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This has been done so often ~ありふれたやり口~

 深夜の山手線外回り。ヘッドライトを灯した銀に緑のラインの11両編成の最終電車がI駅を出てほどなく。
次の駅の乗換線などを日本語と英語で平板な調子で告げていた車内アナウンスがふいに途切れる。
――ザザッ、ブツリ、と耳障りな雑音。
その後に、明らかに何かの機械的処理で声質を変えられた甲高い子供のような声が疎らな車内に鳴り響いた。

――ハーイ、コンバンハ。ボクは皆のピーターパン。 知らない人はゴメンナサイ。

素っ頓狂な車内放送に、車内を見回す者、隣の同行者と視線を合わせて首をかしげる者、意に介さず座席に凭れて寝コケている酔っぱらい。
微かな空気のざわめきを他所に、能天気な声は笑ったような調子でアナウンスを続ける。

――お客様の中にィ、第六疾患者の方はァ、イラッシャイマセンカー? 
――もし、居らっしゃるなら、はい、ザンネンデシター!!

――この電車は、10分後に、アナタのせいで、爆発、シマァース!! きゃはははははは!! 


その声と同時にがくん、と急激にスピードを増す電車。
さすがにざわり、とする車内。 反射的に乗務員の姿を探す者もいただろう。だが車掌の姿はどこにもない。
先頭から二両目に乗っていた者は、一両目へ続く通路の扉が押せど引けど動かず、そこだけ照明が落とされて真っ暗であることに気づいたかもしれない。
当然ながら運転席の様子も伺えない。自動停止装置が働く気配もない。ただただ、電車は加速していく。


ピーターパン。愉快犯的テロリスト『モラトリアム』の指導者の名前だ。




今朝。ニュースに付属している占いを見れば、今日の運勢は最悪だったと告げていた。
仕事で失敗してピンチが訪れるかもしれません!と言っていたがこれは無いだろうと響いたアナウンスに頭を抱える。
確かに、取引先との電話連絡を忘れてしまっていたのは自分の失敗。それだけでかなり冷や汗ものだったのだが。

「ぴあああ…………」
思わず声が漏れる。失敗の挽回の為に夜分遅くまで残業して、漸く帰るところだったのだ。
ピンチが身の危険に直結しているというか、物理過ぎる。
涙目になりながらも周囲をみやれば、窓の外の景色は夜であるにもかかわらず不自然な程早く流れているのが解る。
このまま加速を続ければ10分という時間が立たずともカーブを曲がりきれなかったり終着駅で止まりきれずに大事故に繋がる可能性すらある。
未だ冷静なは色んな人がスマホやタブレットを取り出し何かしらに連絡を取ろうとしているが、何かしらの電波障害を受けているようで次々に首を横に振ったり駄目だなんだと声を上げている。
「ぴあっ、どどどっ、どうしましょう、どうしましょう……ままま、まさか、テロリストさんがいらっしゃるなんて、ね、ね」
頭の中は驚くくらい冷静なのに、口をついて出る言葉は戸惑いに満たされた発言ばかり。
第六疾患者、という言葉はテレビの向こうでだけ聞いた言葉だった。そして、ピーターパンという名前もだ。
何処かで全く理解できることのない事件が、自分とは全く関係ないところで引き起こっている。それが10数分前の話であった。
悪い夢ならさめてほしいのだが、ぐいと手の甲を抓ってみたらやっぱり痛かった。
真っ暗闇にほうりこまれたような恐怖の中とりあえず隣に座っている人間に声をかけることしかできない。
「わ、私達、ど、どど、どうなっちゃうんですかねぇ……ぴぁああ……やや、やっぱり、死んでしまうのでしょうかぁ……あああ……」
勿論そんな事を聞いたとしても何かが前進する事は無い。そんな事は現在進行形で理解している。

ただ、隣の人間は、嘆き悲しむ声を上げる自分とは違って、考え込むように押し黙っていて。
その横顔があまりにも、この車両に乗っている人間の誰よりも冷静に見えたのだから、何とかしてくれるんじゃないかと。

そんな雨上がりの水たまりよりも浅い期待を、抱いてしまっていたのだ。



――――――最悪だ。

何故移動のためだけにわざわざ普段使わない電車を使ったらこうなるのか。
理解できない。まあ、他と違うのは自分でも理解している。片目がアルビノで耳をあえて尖らせておしゃれにふるまうような人間なんていないだろう。

…まあ、自分もそんな人間だった身だが。

「………ふん。」

悪態に不機嫌そうに鼻を鳴らしながら立ち上がる。服の下に忍ばせている暗器と蛇は気づかれてないだろう。
社内が突然、己へ視線を集めてざわつきがまた大きくなる。煙管を口に咥えたら、歩きながら他の人間たちをそれぞれ睨む。
ビビッて道を開けるものもいれば、すでに離れていて様子を見る者もいる。一般人とはこんなものか。
道が扉まで開けたところで、隣の車両へつながる連絡通路へ差し掛かる。
知っている。電車にはすべて、緊急の事態の時に扉を開ける装置があることを。
俺は、ドアコックを確認して、そこから急速に動き始める。

ドアコックを引き、すぐにドアロックを解除し、傍のドアを力任せにこじ開ける。突風が吹きこんでくるが気にするか。
その様子を見て社内では悲鳴が上がったり何者か察したものが指さして名を呼んでくるものもいた。

――――「毒蛇」だ!

その一言が届く前に、自分は車両の外へと飛び出した。

別にこの車両にいる人間に慈悲を与えてやるつもりもなければ、助ける気もサラサラない。
ただ、己の防衛本能と、「ピーターパン」へ牙を報いることだけしか、考えていない。

そして俺は、車両の上へ手慣れた動きでよじ上がり、前方車両を目指す。
窓から突き破って中へ入るつもりでいた。



耳を覆うヘッドホンからは、シャカシャカと微かに音が漏れている。
大音量の音楽を「煩い」と思うことはない。
「何も感じない」銀髪の少女は、タブレットPCのディスプレイに視線を落としていた。
大手ニュースサイトの見出しの文字を、無感動になぞる。
国外で起きた某新興宗教団体によるテロ。
新記録を樹立したというアスリートのインタビュー。
芸能人の誰それと誰それの熱愛報道…
興味を引かれるような文字列は無い。唯、今日もこの国は“概ね”平和だ、ということだけをぼんやりと考える。

……?

突如として、ディスプレイにノイズが走る。そしてすぐに、通信が遮断されてしまった。
一体どうしたというのか…と、顔を上げたところで気付いた。周りの乗客の様子がおかしい。
電車の中だと言うのに、大っぴらに携帯電話を取り出して通話を試みているような者(ただしマナーと言う点では、ヘッドホンから音漏れさせている自分が言えたことでは無いのだろうが)。
泣き出しそうな者。
忙しなく車両間を行ったり来たりする者。

ヘッドホンを外した耳に飛び込んできたのは、
「おい、何だよ爆発って…!」
「ね、ねぇ、何か、電車のスピード上がってない?」
「車掌は!車掌はどこにいるんだ!」
「死にたくないよう…!」
そんなパニックの声、声。

近場にいた、割と冷静な、しかし表情は真っ青なサラリーマン然とした男性をつかまえて、問う。何があったのか、と。

「あ、あんた聞いてなかったのか?この電車は、10分後に爆発するって!だい…だいろくナントカとかいう奴のせいで…」

ピーコックブルーの切れ長の眸が一瞬より細くなる。
それは誰の仕業か。
続けて問えば、「お、俺だって知らねぇよ!」と、上擦った声が帰って来た。
確かに、言われた通りの状況なら、冷静でいろと言う方が無茶なのかもしれない。

それに…と、考える。

仮にその“犯行予告”が本物だったとして、(目の前の客には申し訳無いが)最悪、爆発しても自分にとってはどうということは無いのだ。
そう考えて、椅子にもう一度腰かけそうになった時、サラリーマンが震える唇で告げた。

「子供みたいな声で…確か…―――ピーターパン、って」

「………!?」

ピーターパン。
それは、政府公安でも、マフィアでも、シンジケートでもない、まったく未知の第五勢力。
立ち上がり、少女はダウンベストのポケットから、スマートフォンを取り出した。
貸与品であるそれは、LTE通信回線およびWi-Fiによる無線通信の他に、もう一つ通信手段を持っている。
ジャミングの影響を受けないその無線を繋ぎ、少女は語る。

「…For DLL
 “Leiche(死体)”より“Daddy-Long-Legs(足長おじさん)”へ。
 山手線、外回り。I駅通過。爆発予告あり。
 予告犯の名前は、自称『ピーターパン』。モラトリアムの可能性」

機械的な口調でそれを伝え、通話を終えたスマートフォンをポケットに放り込み、足早に先頭車両を目指す。
2両目まで来たところで、それまでの車内のパニックとは明らかに異質な光景が広がっていた。
走行を続ける列車の、一つのドアが開かれ、風が吹き込んでいる。
周囲の乗客が、遠巻きにそのドアを見つめている。
これまた近くにいた乗客、今度は髪を金色に染めた若者を捕まえて、問うた。何があったのか、と。

「い、い、今、ま、マフィアの…マフィアの毒蛇が…!!」

…事態は、最悪だ。
正体不明の犯人に加え、同じ空間にいるのは敵対する別組織の疾患者。
先頭車両へ繋がる車両結合部の閉じられたドアに向かい、ポケットからP8――H&K USPを取り出した。
鈍く光る自動拳銃の登場に、周囲から短い悲鳴が聞こえるが、それらはすべて無視することにする。


「………メンドクサ…」


溜息と共にぽつり、吐き捨てる。
そして固く閉じられたドアのガラスに向けて、徐に引き金を引いた。





(ふむ。派手に動いたのは……華僑の〝毒蛇〟に、ハーメルンの〝死体〟。まだ集まる可能性はあるが、とりあえずはその二つを注視すべきか。
ま、とりあえずハーメルンに損害賠償請求を送りつけることは確定だな。華僑の方にも送る算段つけておかねーと。電車のガラスの交換は高くつくんだぜ?)

闇色に染まった車両の中で、どこか楽しげに男は目を細める。特徴的な色の髪を平凡な焦茶に染め、黒のカラーコンタクトに伊達眼鏡。見るものが見れば解る程度に簡単な変装を施した男は、闇の中でゆるりと視線を巡らせる。
彼……〝探偵〟の二つ名で知られる男、ミラビリスは、感覚を研ぎ澄ませて拾い集めた情報を精査していた。
(10分後、異能者が存在した場合「そのせいで」爆発。異能を感知して作動するとすれば、10分のタイムリミットはどこから来るのか。 現在でない理由は……どうせあのモラトリアムの頭のことだ、面白いからってのも大きいんだろうけど……)
その間にも、彼の知覚は研ぎ澄まされていく。こと『犯罪』という分野に絡む限り、彼の知覚能力は予知や千里眼にも匹敵する。それが彼の異能、彼の偏愛であるが故に。

(列車のルート……山手線、外回り。景色の流れる速度からして、10分後に到達する地点は恐らく……)
そこまで考えて、ふ、と唇が持ち上がる。なるほど、子供じみた愉快犯の考えそうなことだ。速度から予測される爆破地点は「とても見栄えがいい」。つまり、そういうことなのだろう。
そこまで解れば可能性は二つ。 しかし、うち一つをすぐさま消す。 犯人、少なくとも実行人は必ずこの場にいる。そう、彼の異能は告げていた。

(さてと。 残り8分32秒。ここまで来るのは、一体何人か……)
「ぴあっ、どどどっ、どうしましょう、どうしましょう……ままま、まさか、テロリストさんがいらっしゃるなんて、ね、ね」
と、隣の青年の言葉に、意識は引き戻される。闇に慣れつつある瞳には、自分の手を抓ってみたり、見ず知らずの自分に話しかけたりと、明らかに動揺している様子が見える。
「わ、私達、ど、どど、どうなっちゃうんですかねぇ……ぴぁああ……やや、やっぱり、死んでしまうのでしょうかぁ……あああ……」
(ま、当然だよな。 ……でも、ま、いいか。 金にはならない仕事だが、これも縁だろ)
ふ、と笑う。安心させるように、穏やかに。
「大丈夫。すぐにこんな茶番は終わるさ。 これは、一時の悪い夢。だから……引き摺るなよ?」
疾患者へと堕ちてくれるなと、恐らくはそんなもの、遠いものと感じて生きてきたであろう青年に言う。
犯罪の予感を感じたから来たものの、手持ちの武装はスローイングダガーが6本のみ。甚だ頼りないが、組織から離れた身としてはこの程度が精一杯だ。しかし……

(〝毒蛇〟と〝死体〟、まだ他にもいるかもしれない、動くかもしれない。 ならば、俺に必要なのは戦力じゃなく、この場を収める筋道を築き、その軌道へと乗せること。
 ……動くのは、ここに彼らが到達した時。それまでは、座して情報収集だな)
口元に深く笑みを刻み、軽く目を伏せて感覚に集中する。

探偵は闇の中で時を待つ。 その知覚を、遠くに広げながら……




―――― 一方、車両の上では ――――

上から暗がりの第一車両へ向かっている途中、先ほど飛び出した車両側から銃声が聞こえた。
まったく、派手に動くやつがいるものだ。損害賠償を取られても知らないぞ、なんて脳裏でちらりと思考を張り巡らせつつも、自分だって同じような事するつもりだったが。
いや、ここは窓を突き破らずに操作室から入り込む手を使うか。アッチ側は出入りができるように鍵がかかっていないはずだから。

自然の中で生きてきた知恵と俊敏力を活かし、軽快に移動していく。
操縦室の横の扉まで来たら、鍵がかかってるか否かを調べる。 重い手ごたえから、まあそんな簡単には行くはずないよな、と悟る。
鍵一つぐらい、別に何とかしてくれるだろ。と、振り子のようにぶら下がりながら勢いをつければ、扉を強く蹴る。何度も何度も。10回目あたりの蹴りでようやく鍵を打ち破って中へと突入することに成功すれば、ここからだ。

―――おそらく、銃声の主と対面することは避けられない。その相手が、なんとなく嫌なヤツだってことも野生の勘が感じさせる。
怪我は免れないかもしれない。でもまあ、死ななければいい。最悪逃げればいいことだ。この車両が爆破されたって俺達には関係ない。

意を決して、暗がりの車両のほうへつながる扉もこじ開けて、中へと突入する毒蛇。その先で待ち受けているのは、果たして誰なのか――――。


<<ピーターパンによるアナウンスの直後、暴走列車内。シンディ視点>>

 山手線外回りの最終列車。それに乗り合わせる事になったのは必然ではなく偶然だった。

――ハーイ、コンバンハ。ボクは皆のピーターパン。 知らない人はゴメンナサイ。
――お客様の中にィ、第六疾患者の方はァ、イラッシャイマセンカー? 
――もし、居らっしゃるなら、はい、ザンネンデシター!!

――この電車は、10分後に、アナタのせいで、爆発、シマァース!! きゃはははははは!!

「盛り上がってきましたね」

 思ってもみなかったイベントの発生に意図せず舌が唇をナメた。
 残り10分で爆発するというのに加速する山手線の車内から逃れる術はなく、そして逃げ場がなく閉鎖された環境では人々は自己の判断や考えを第一に行動するようになる。
 それは私が敬愛する自由の女神様がもっとも求める事の一つだ。

「でも、どうせなら3時間——は無理でも、せめて1時間くらいは持たせてくれてもいいのに」

 たったの10分では殆どの人は状況を把握するだけで一杯一杯、その場において何をするかまではきっと思いが至らないし、ましてや実行に移すだなんて。

 まぁでも、それも仕方が無い事なのだろう。誰にだって事情というものはある。おとぎの国のヒーローだって、時間が経てば40過ぎの小汚いおっさんになったりするのだ。あの映画ではカムバックに成功したようだけれど。

「ぴあっ、どどどっ、どうしましょう、どうしましょう……ままま、まさか、テロリストさんがいらっしゃるなんて、ね、ね」
「おい、何だよ爆発って…!」
「ね、ねぇ、何か、電車のスピード上がってない?」
「車掌は!車掌はどこにいるんだ!」
「死にたくないよう…!」

 こうして考えに没頭する間にも、周りでは事態はどんどん進行している。私もうかうかしてはいられない。だって、さっきピーターパンは確かに言ったのだ。この中に、第六疾患者がいる、と。

 第六疾患者。その身の裡に、狂おしい程の情念や衝動を抱えている人たち。彼らの味わい深さときたら、そうでない人をコンビニのハンバーガーに例えるとしたら手作りのこだわりハンバーガーに例えられるくらいそれはもう段違いだ。
 表面はパリっと、しかしふわふわ感を失わないパンズに、シャキっと瑞々しいレタス。ジューシーかつどっしりとした牛赤身100%のパティにぴりっとしたタマネギとトマトのスライス、そして風味を加えるピクルス。ぎゅっと押さえつけそれらを一口に齧り付くあの恍惚感にも似た、それはそれは素晴らしい——

 パリン、とガラスが割れる音がして正気に返った。
 いけない、時間は限られているというのについ状況に浸るばかりで行動する事を忘れてしまっていた、なんて反省しながら改めて周囲の状況を確認する。

 混乱する車中において、1人何かを考え込むように押し黙っている人がいる。なんとか冷静さを取り繕うと一生懸命になっているのか、それとも——

「あの。」

 ——こんな状況などものともしない"力"を持っているのか。どちらでもいい。前者であるならばそれはそれ、それだけ必死になって抑えようとしているものを味わえるだけの事。
 だから私は、その人の前へとあるいていって、満面の笑顔を浮かべながら聞くのだ。

「ちょっと、舐めさせてもらってもいいですか?」



9×19mmパラベラム弾がガラスを撃ち抜いた。
その衝撃音に、2両目の乗客から悲鳴が漏れる。
割れた窓からするりと薄い身体を忍び込ませ、真っ暗な車両に立った。
パニックに陥った乗客が後から続くことも考えなかったわけではないが、十中八九問題は無いだろう。鋭利なガラスの破片が窓枠に残って、牙をむいている。ここに突っこんでいこうという剛の者は、まずいない。
仮に居たところで、そんな稀有な人間がどう巻き込まれ、傷付こうが死のうが、こちらには一切関係は無いのだ。

灯りの消えた車両の中には、複数の人間の息遣いがしている。
顔まで窺い知ることは出来ないくらいの明るさ。

この中に、少なくとも“ピーターパン”と“毒蛇”がいるのは間違いない。
毒蛇の方は、何度か資料で写真を見ていた。確か顔に特殊な痣があった筈だから、見分けるのはそこまで困難ではない。
問題は、まったく謎に包まれた“ピーターパン”の方だ。こちらは見当もつかない。

「………面倒くさ。全員撃つかな…」

ぼそり、と呟いたのは本心に違いなく、恐らく仲間が耳にしたら全力で止められたであろう発案。

その時。
暗闇の中で、人が動く気配がした。
反射的にそちらに銃口を向ける。

「―――ちょっと、舐めさせてもらってもいいですか?」

そう、確かに聞こえた。
舐める?
何を意図しての言葉なのか分からない。
ただ、この場にそぐわない声色だったのは分かった。

…あれが、ピーターパン、か?

引き鉄に指をかける。
しかし、その視線の延長上。
暗闇に慣れてきた目が、この車両の遥か一番先頭、操作室からこちらに繋がる扉が開くのが見えた。
現在、少なくとも他の乗客と明らかに異なる動きをしている人影が、2つ。
どちらかが“毒蛇”で、どちらかが“ピーターパン”なのか。
それとも、どちらとも違っていて、“毒蛇”も“ピーターパン”も他にいるのか。
生憎、自分に判断できる材料が少なすぎる。
というか、そもそもそういったことに考えを巡らせるのは得意ではない。

…本格的に面倒くさくなってきた。
先程、2両目の開け放たれたドアからさっさと外に出てしまった方が、よほど面倒が無かったように思う。この電車が今時速何キロで走っていようとも、降りるのに大した問題ではないのだ…―――死体には。

とりあえず、銃は降ろさず、いつでも引き鉄を引けるように指をかけた状態で、この事態がどう動くのかを見届けることにする。
どのみちそう長くはかからないだろう。
『あと10分で爆発する』なら、自分ならいざ知らず、他の異能者はまずその『爆発』を阻止する方向に動くに違いない。
いかな敵対組織の“毒蛇”とて、自分に係う間に爆弾が爆発してしまったら、元も子も無い。それくらいの思慮はある筈だ。


(…自分から先に動く道理は無いな。ここで暫し見物させてもらおう)

タイムリミットが無いというのは、今ここにあって大きな強みだ。
後続の車両に続く、いましがた自分が開けてきた穴の前に立ち、退路を断った状態で、ルフェウスは沈黙した。
―――まさしく、“死体”に相応しい様に。




――――さて、飛び込んだはいいものの、一人だけかと思ったらもう一人いるようだ。おかしな雰囲気だが、奴も疾患者だろうか。

暗闇は己にとって好都合だ。明るいところより目がよく見える。パッと見て、野生の嗅覚が火薬の臭いを二つ嗅ぎ取った。一つはおそらく目の前の銃を構えた人物から。もう一つは、この車両のどこかにある爆弾だろう。

「………何をもたもたしている。ここで牙をむいても何も意味はない。感情も死んでるならさっさと車両を降りちまえ」

透き通るガラスのような声が空間を通り、銃を構える相手へと向けて放たれるだろう。
銃を持った人物はこっちでも把握している相手だ。そいつは厄介者で自分ひとりじゃ相手できないことぐらいわかってる。動物たちに任せるわけにもいかない。
会話をしてる間にそっと懐から蛇に出てくるように指示をし、社内の火薬の根源を探らせる。

――――10分。そのタイムリミットがなかなかに痛い。しかも爆弾というとあの色合わせゲームのような仕組みがまた苦手だ。

…考えていた。爆弾を見つけたらそれを持って車両の外へ放り投げてしまおうと。高速で走る車両は知るもんか。爆弾さえ処理できればそれでいい。

ピーターパンの思惑通りにしてやるものか。それが、「毒蛇」の今の考え方だった。




(3人目か。しかし……この状況。あまり良い状況とは言えないな)
何故か舐めさせてくれと言ってきた少女――恐らく彼女も疾患者であろう――は一旦除外して、それなりに知った相手二人に視線を走らせる。

「〝毒蛇〟、〝死体〟。双方、一旦敵意を納めろ。今後の活動に妨害が欲しいわけじゃねーだろ?」
〝探偵〟と呼ぶ声。色彩を変えてあるのと暗がりが影響してか、少しばかり訝しげな声は〝毒蛇〟のものだとミラビリスは判断する。そもそも〝死体〟の方は、こちらを覚えているのかすら危うい。

「先の放送を聞いてこの場に来たと判断する。協力しろとは言わねーが、せめて危険がなくなるまで争うなと言わせて貰うぞ。残り時間はそろそろ半分だ。〝毒蛇〟、あんたも、むざむざと巻き込まれたくはないだろう?
〝死体〟、あんたにとって脅威ではなかろうが、妨害するならあらゆる『情報』がハーメルンの敵となる。組織に迷惑をかけることは本意ではないだろう?」

前後に立つ二人を牽制しつつ、立ち上がる。
犯罪の現場においては無限に近い解析能力を与えてくれる異能も、こと戦闘という面においてはあまり訳にたたない。華僑系マフィアグループ『蛇頭』が誇る『魔女』たる〝毒蛇〟や、互助組織『ハーメルン』の戦闘系二大巨頭の片割れ、不死身の盾と名高き『死体』が一戦するを横目に爆発物を処理するのは、自らの異能によって二人の異能を把握しつつある今であっても不可能だ。

それ故の、脅迫。自らの最大の武器たる情報を使っての、刃なき戦い。

「別に和睦を結べと言ってるわけじゃない。この件に対処している間は邪魔するな、と、それだけだ。目的が同じだと言うのなら、こちらの持つ情報は提供しよう。 ……未だ見つけられていないんじゃないのか?」

残り5分48秒。返事を聞かず、もう一人の疾患者と思しき少女に向き直る。

「お嬢さん、あんたの目的が何かは知らねーけど、ちょっと後回しにしてな? さっきの放送の通り、割とヤバいことになってるんだ。今は時間を無駄にはできねー。」

話は後で聞くから、と言い置いて。自らの知覚範囲の内部を精査しつつ、ミラビリスは立ち上がる。

「さてと。 まだ全体を把握した訳じゃねーけど……〝毒蛇〟、あんたは気づいてるんだろ? この車両の中に、火薬があることを」

視線が、そっと操縦室側に向けられた。





向けられる視線。毒蛇と名を呼ばれて、もちろんその声にも聞き覚えがある。
まったく、毎度毎度事件に巻き込まれると厄介なこいつと話さなきゃいけないのが嫌になる。

「……火薬の臭いは二つ。一つはソコの無感情の物だろう。 もう一つは……」

蛇が戻ってきた。足を伝って腕に巻き付く相棒ともいえる蛇の話を聞けば、暗がりで目を細めて不機嫌な顔をする。

「……ピーターパンの馬鹿野郎め。さっさと後ろへいけ。後方から強い火薬の臭いを感じ取った」

戻ってきた蛇を懐へ戻しながら、返事を聞かずに第二車両側へと走り出す。そこに「死体」がいようとも気にしない。押しのける勢いで人とかけ離れ気味の速度で走り出す毒蛇。

勿論乗客もそのままだろうから、せめて厄介にしないためにも身軽な体躯を活かして電車の上部を器用にサーカスの団員のようにわたって素早く駆け抜けていく。

多少一般人を蹴飛ばしたり踏みつけたりしても怪我は負わせていない。そして外へ届くように懐から犬笛を取り出せば、それを一定のリズムで吹き鳴らす。
自分専用の退路確保だ。最悪間に合わなければこれで逃げる。今頃外では上空から影を落とす巨大な鳥の影が2匹分、あることだろう。

自分の仲間の一部であるオウギワシを呼んだ。彼らの力強さを二匹分合わせれば己を掴んで運んでもらうことも可能なので空へも逃げれるのだ。
何より最大の己の武器は、動物との意思疎通。そして、動物たちとの信頼関係だ。それは絶滅危惧種であれど、心を交わすことができれば協力を得ることが可能なのだ。


間に合え。そしてピーターパンの悔しい顔を世に知らしめて、華僑の存在が強いんだということをアピールしてやる。
最後の最後まで蛇は諦めず、獲物を追う――――


依然として真っ暗な車両の中で、警戒をしている2つの影のうち、正面に位置するそれが先に口を開いた。

「感情も死んでるならさっさと車両を降りちまえ」

その口ぶりから、少なくとも相手は、此方が何者かを正確に把握していることが分かる。即ち、此方が“毒蛇”か。
…「感情も死んでるなら」、か。
ほんのつい先程、自分でも考えたことだ。今、自分の前に展開された状況は、面倒極まりない。ならば、さっさと降りてしまうに限る。
即座にそれを実行に移さなかったのは、懸念が一つだけあるからだ。
モラトリアムの司令官“ピーターパン”…否、例えそれが本物ではなかったとしても、モラトリアムの尻尾の一端を掴める可能性があるならば、もう少し様子を見てみる価値はある。

―――と、
3つ目の影…それは、2つ目の影に向かい合った形で座っていたもの…が、動いた。

自分を正確に“死体”と呼ぶ者。
次いで、闇の中から漏れ聴こえた“探偵”という呼び名。
言われれば自分にも、朧気ながら記憶が無いわけではない。
大都市Tの片隅に小さな探偵事務所を構え、何故か、異能絡みの事件には常に居合わせる、油断のならない優男、だった筈だ。


「〝死体〟、あんたにとって脅威ではなかろうが、妨害するならあらゆる『情報』がハーメルンの敵となる。組織に迷惑をかけることは本意ではないだろう?」

「………」

つまり、今ここで銃を収めなければ、今後この探偵は、あらゆる方向からハーメルンに圧力をかけると言っているのだ。

今、ここで“探偵”の言葉を全て棄却し、“毒蛇”に引き金を引くことも、可能と言えば可能だ。そうすれば、“毒蛇”を屠るまではいかなくとも、自分の銃とこの車両に仕掛けられた爆弾で、少なくとも自分を付け狙う組織の一つに、小さくない打撃を与えることが出来る。

しかし、あらゆる『情報』がハーメルンの敵になる…という脅し文句。
少なくとも現在のハーメルンに、そのペナルティを覆でる程の情報収集能力・情報操作能力は無い。
自分と、そしてぱっと思い浮かぶもう一人の“同僚”は、どちらも「超」がつく戦闘向き能力者。それ故、暗躍や諜報といった分野については、他の組織に後れを取っていると言える。

頭が、あまり得意ではない損得勘定をするのに、要した時間は2秒。

「………なるほど」

構えていた銃口を“毒蛇”から外した。
取り急ぎ、事態が変わるまでの停戦には合意した形だ。
銃をダウンのポケットに突っ込む。あくまで、いつでも発砲できるようにポケットの中で握り締めたまま。

「…“探偵”、貴様の顔を立ててやる」

この暗闇の中、どこまで見えるかは分からないが、小さく肩を竦めた。

「だが、手を貸す義理もない。
 …貴様の言う通り、自分にとってこの状況は脅威でも何でもないからな」

ここで高みの見物を決め込もうか…とした次の瞬間。



「……ピーターパンの馬鹿野郎め。さっさと後ろへいけ。後方から強い火薬の臭いを感じ取った」


“毒蛇”が、言うが早いか此方へ…後続車両への結合部へ向かって来る。
つまり、爆弾は此処にはない。
先頭車両の電気を落としたのはブラフで、実際に爆弾がある場所は…―――

「………馬鹿馬鹿しい」

ぼそり、と吐き捨てる、無機質な言葉。
“毒蛇”がここまで到達する前に、一番近くにあるドアに歩み寄り、ドアコックを引き上げた。


「貴様の願いを叶えよう、“毒蛇”。
 …感情も死んだ“死体”は、先に降りさせてもらう」


手動で開いた扉の先は、漆黒の闇。
その闇の帳の中に、トンッ、と床を蹴って落ちていった。



―最終電車でそんな出来事が起こっている頃より少し前の時刻。件の電車が通常運転であるならやがて到着する隣駅のO駅。 
やはり疎らに人を乗せた電車が駅から滑りだす。山手線外回り。最終一本前。

軽くポケットに手を突っ込んで、その電車から降りてきた男が一人。赤い絵の具がついた右手のひとさし指をぺろりと舐める。 
踊原三迫という名のその若い男は顔にラクガキをしてやった電車の中の酔客の顔を思い出そうとしてみる。
こちらが居眠りをすることさえ許さないほどの大層ゴキゲンな酔い加減で隣で高いびきをかいていたのでつい腹立ちまぎれに手が出た。 
右の頬に描いてやったハナマルマークのほぼ完全な円弧のラインは思い出せても、ソレを描いた酔っぱらいの顔はよく思い出せない。

いつだったか、ラーメン丼の模様みたいな髭を描いてやった男もいたな。アレはいつのことだったろう。なんで描いたんだったっけ。
ボンヤリとそんな事を思い出しながらホームから改札へ向かおうとしたところで、ごう、と電車が入ってくる音。

「……え」

彼は心の底から驚いた。

駅のホームに電車が入ってくることなど、当たり前だ。 
ATC制御されてピーク時には分単位に目まぐるしく列車が出入りする山手線ならなおさらだ。

驚くことなど本来ならば何もない。 
その電車が自分が先程降りた電車で、先程走り去った方角から倍ほどはあろうかという速度で駅を通過して同じ線路を逆走していったのでなければ、だ。


逆走していった電車が消えたI駅方面を呆然と見送っているものも勿論彼だけではなかった。
何かしらの情報を求めて駅構内の表示や放送を確認したり、スマートフォンを取り出して親指で情報を探り始める人々。
だが特別なアナウンスは何もなく、ネットの海も静からしい。
先程見た電車はむしろ幻覚だったのかと誰もが自分の心を疑うほどにO駅構内は平常通りだった。 

逆走した先で景気よく後続の電車と衝突する先程の電車をつい想像して、まさかね、と肩をすくめて。
どこかで止まるんじゃないかな? 送電切るとか、なんか色々できるんだろ?
そして明日あたりには事故かなにかの報道があるのかもしれない。でなければ、俺も少し飲みすぎなんだろう。


さっき書いた完全な円弧のハナマル。 異能を使ってアレに心を滑り込ませれば、何が起こるかは解るだろう。
けれどソレで事故の現場をリアルに体感したいと思うほどの好奇心は無かった。
酔っぱらいの男は? 起こしてやるのが人情っていうものだろうか。

「……あーりさんとあーりさんがごっつんこーォ」

少しばかり悩み顔で立ち止まる彼の隣を、見知らぬ誰かがやけに能天気な調子で少し外れた音程の童謡を歌いながら通り過ぎていった。



―――――さて。唐突だが、ここで場面は事件開始当初まで遡る。


愉快な音声を耳で拾って、疲労にどろりと沈んでいた思考が浮上する。
何事だと思ったのも一瞬で、すぐに頭を仕事に切り替えれるようになったのは、つくづく自分は“非日常”に慣れきってしまっただなと、妙に場違いな感慨が頭の隅をよぎる。

ピーターパン。モラトリアム。最近自分の周りで囁かれるようになった未知のテロ勢力の名だ。
公安側としても未だその内実を追い切れていない故に、これから先に何か別の事を仕掛けてくる可能性までは読み切れない。
ただ、これだけはわかる。10分後、どこかに仕掛けた爆弾が爆発する、その一点だけは。

そこまで思考を巡らせたところで、遠くで何かが吹っ飛ぶような音が微かに聞こえてきた。

(――騒ぎが起こってるのは、先頭車両か)

敵か。それとも、あの放送が告げた第六疾患者の誰かか。
周囲を見渡せば、徐々に波紋が広がっていくようにざわめきだす、何の罪もなく巻き込まれた乗客達。
好奇心で虎穴に突っ込むのはさすがにないとは思うが、ひとまず彼らを落ち着かせないと余計な被害が増えかねない。ひとまず出した彼女の結論はそれだった。

「きゃっ」
「おい、気を付けろ!」
(おっと、)

ふと振り返れば、小さな女の子がしりもちをついて、目の前のサラリーマン風の男をおびえたように見上げていた。
不安であちこち動き回っているうちにぶつかってしまったのだろう。相手の男はスマホを片手にピリピリしており、しかしすぐに興味を失ったようにふいっと顔をそらしてしまう。

「大丈夫?」

膝を折って、そっと立たせてやる。何が起きているのかわからない不安にめいっぱいに瞳を潤ませたその頭を、優しく撫でてやって。

「あんまり動き回ると危ないから。お母さんやお父さんの所で、おとなしく待っててね?すぐに怖くなくなるから」

撫でられる手に少し安心したのか。こくん、と素直に頷いたのにふ、と目元を和ませて、立ち上がる。

(……この場を収めるには…まあ、怒られたらその時だ)

申し訳ない、と律儀に心の中で上司の顔を思い浮かべて。
すう、と大きく息を吸い込んだ。

「―――公安です!!ご協力をお願いします!!」

不安な空気を打ち破ろうとするかのように、その声は凛、と強く響いていった。



<<暴走山手線最終列車一両目、予告から5分前後経過時点。シンディ視点>>

「〝毒蛇〟、〝死体〟。双方、一旦敵意を納めろ。今後の活動に妨害が欲しいわけじゃねーだろ?」

 目の前で考え込んでいた男性ーー〝探偵〟と呼ばれていたその人は、騒々しく車内に乱入してきた2人へと声を掛ける。
とりあえず無視された格好になってしまったけれど、いきなり舐めさせてくださいと言ってまともに応対してもらえると思う程に私は厚顔ではないし、なにより今はそれどころではない。

「先の放送を聞いてこの場に来たと判断する。協力しろとは言わねーが、せめて危険がなくなるまで争うなと言わせて貰うぞ。残り時間はそろそろ半分だ。〝毒蛇〟、あんたも、むざむざと巻き込まれたくはないだろう?
〝死体〟、あんたにとって脅威ではなかろうが、妨害するならあらゆる『情報』がハーメルンの敵となる。組織に迷惑をかけることは本意ではないだろう?」

「別に和睦を結べと言ってるわけじゃない。この件に対処している間は邪魔するな、と、それだけだ。目的が同じだと言うのなら、こちらの持つ情報は提供しよう。 ……未だ見つけられていないんじゃないのか?」

 その場を仕切るように青鈍色の髪をした男性は言葉を続けた。緊迫した場を、自分の色へと塗り替えるかのように。

 ——この人は『同類』だ。なにがどう同類なのかは、分からないけれど。

 直感の根源を探ろうとじっと男性の顔を見つめる私。それを意識したわけではないのだろうけれど、青鈍の男性の顔がこちらへと向きなおり目線があった。——紫って、珍しいな。

「お嬢さん、あんたの目的が何かは知らねーけど、ちょっと後回しにしてな? さっきの放送の通り、割とヤバいことになってるんだ。今は時間を無駄にはできねー。」

 ——話は後で聞くから。時間を無駄に出来ないと言いながらもそんな言葉を言いおいてから立ち上がる辺り、きっと律儀な人なのだろう。あるいは面倒見がいいのか、両方か。私の思考を置き去りにして、状況はさらに流れて行く。

「さてと。 まだ全体を把握した訳じゃねーけど……〝毒蛇〟、あんたは気づいてるんだろ? この車両の中に、火薬があることを」
「……火薬の臭いは二つ。一つはソコの無感情の物だろう。 もう一つは……」

 〝毒蛇〟と呼ばれた人は、緑系の髪色が特徴的な、格好からするとご近所の広い国の方っぽい印象を感じさせる人だった。見た目やぶっきらぼうな喋り方から性別を特定する事は難しい。というか、今、何かが足から腕に這い上ったような……?

「……ピーターパンの馬鹿野郎め。さっさと後ろへいけ。後方から強い火薬の臭いを感じ取った」

 目を凝らして這い上がった何かを特定する間もなく〝毒蛇〟さんは私の横をすり抜けて二両目の方へ。それは確かに毒蛇の名にふさわしい俊敏かつ滑らかな動きで、後から遅れて動きを視線で追いかける頃にはすでに隣の車両へと姿を消していた。

 代わりにというわけではないけれどその場に残っていたのが三人目。〝死体〟と呼ばれていた人だ。
身長は私より少し高いくらい。暗い車内でもなお存在感のある、抜けるように白い肌と銀色の髪がなんとも目を引く。

「………馬鹿馬鹿しい」

 吐き捨てられた無機質な言葉が、妙に耳に残る。——何を思えば、こんな風に無機質に喋れるのか。
 もはや疑うまでもなくこの3人は皆『ごちそう』だ。この異常な事態に順応するだけの情報を、力を、動機を持っている。中でもとりわけこの〝死体〟と呼ばれた人を深く深く味わってみたいと、強く思った。きっとそれは凄い味がするのだろう。今までに味わった事も、想像した事もないような。

 ——ああ、だというのに。

 そんな私の狂おしい程の欲求を他所に、〝死体〟さんは近くのドアへと歩み寄りコックを引き上げる。

「貴様の願いを叶えよう、“毒蛇”。
 …感情も死んだ“死体”は、先に降りさせてもらう」

 ——待って、いかないで。

 言葉にする暇もなかった。仮にも暴走している電車だと言うのに、まるで階段を降りるかのような気安さで〝死体〟さんは夜の闇の中へと消えていってしまった。

 先に立ち上がった青鈍の〝探偵〟さんも解決の為に動き出していて、もはや私に構う暇はないといった様子だ。
 車内に残されたのは私と、後は普通の乗客ばかり——いや、そういえば。

 少し視線を巡らせれば、すがるような視線を〝探偵〟さんに向けていた人がそこにいる。

「あの。今の人と、お知り合いですか?」

 どうせ事件は彼らが解決してくれるだろうから。とりあえず私は、見つけた『3人のごちそう』の情報収集からする事にしたのだった——



(逆走していった電車内 side)

ぐらりと逆方向にかかる外力。それを予期できずバランスを崩す乗客たち。
先ほどとは逆に動く窓の景色。狼狽えと混乱の声が車内に充満する。

… 今日、彼は花屋の仕事で鉢植えを届けるために恋人と共に電車に乗っていたことをとても後悔した。

「…ぐっ!? み、未亜、無事か…?」

彼は車内が揺れる中、車椅子に乗って鉢植えを持った恋人をバランスを崩した乗客や落ちてくる荷物などから守っていた。
車内はすでに混乱しきっており、誰かが携帯を取り出し通信が取れない!と叫んだのちさらに騒ぎが大きくなった。

そんな騒ぎなんて聞きつけず、彼は恋人の心配をするばかり。騒ぎの方を一目も見る振りはない。
恋人もそんな感じなのか、彼の方を向いて自分は無事だというように微笑む。

その様子にホッとしつつ、現状を確認して頭がいたくなった、というように頭を抱えた。

「逆走、しかもスピードがさっきよか早いな…。」

窓の外を見て、さきほど見ていた景色の逆再生を見たような気分になりつつ、今の乗客の様子を見る。

「これ、どうなってんだよ!?車掌は!? 運転士は何してんだ!!」
「おかーざぁん!おどぉーざぁん!!」
「おいおい、もしかしてこのままじゃあ―――――…   次来る電車にぶつかるんじゃねぇか!?」

怒鳴る声、泣き騒ぐ声、不安の声の中、次なる恐怖を予期した叫びで、車内が一瞬だけ静まり返る。

… ………。

「に、逃げろぉぉぉ!!!」
「いや、どこに…!?」
「今走ってる方の後方だ後方! そこならまだ助かる可能性が…」
「いやぁあああぁぁ!!! こんなところで死にたくないぃ!!」

混乱の頂点に達した人々が動き始める。冷静な人々もちらほらといるようだが、ほかの人を抑える前に波に流されているようだった。
車椅子に乗った恋人がそばにいる自分にとっては、その中に突っ込んでいくのはいささか無謀であるのは明白であり、
混乱の波に飲まれぬよう、車椅子を端に移動させて混乱がどうなるかを見るしかなかった。

… しまったな、これからどうするべきか。

彼がそう思い始めていた頃、辺りを見渡して頬に無駄に綺麗なハナマルマークが書かれている男性を見つけた。
こんな状況の中でも豪快ないびきがここまで聞こえてきて、思わず場違いではあるが吹き出してしまう。
そういや、この電車がこういう騒ぎになる前にいびきかいてる男性の隣に座ってた青年が腹いせとばかりに書いていたような、と思いを馳せていた頃、
自分の服の袖を引っ張る感覚にそちらの方を向いた。

袖を引っ張っていたのは、恋人である未亜であった。その顔はなんだか不安そうな表情である。


「… あー、すまんすまん。ちぃと状況確認してただけだよ。」

未亜の頭をぽむぽむと撫でるけれども、恋人の表情は変わらず、じっと彼を見ている。
その様子にほんの少し眉をひそめて、自分の頭をぐしゃぐしゃとかいた。

「へぃへぃ、わぁーったよ。 どうにかする。 その代わり、お前さんも手伝ってくれよ? 俺一人じゃ無理だし…。」


植木鉢も使うか、まだ花屋に同じやつあっただろうし、と独り言のように呟いて、車椅子を押して今の先頭車両へと向かう。

「… 幸いにも、ここ辺りは線路近くに草やら樹木が生えてるし、内側と外側の「植物」を操りゃ、なんとかなるだろ…。」

めんどくさい、が、恋人の可愛い頼みにゃ逆らえないとばかりにそんなことを言って、ご機嫌そうな顔の恋人の髪を撫でた。




「さぁて、大仕事だ。 「俺ら」なりの善いことをしよう。 … ただの俺じゃなくて、【プアレナ】として…。」

とりあえず向かっていく中、ちょうど居眠りしてる男性のそばを通ってさっさと起きろとばかりに頭を叩いていこうとしつつ、
これからやることを整理するのであった。



終電間際のN国首都T都。
大都市という名の身体を巡るように、まるで毛細血管の如き細かさで敷き詰められている、鉄道網。
全ては最先端のコンピュータで管理され、人間と言う酸素を、その身体の隅々へ届ける役割をしっかりと果たしている。
その都心部で環状運転を行っているのが、山手線だ。
最も人口密度が高まるのが、朝の所謂「通勤ラッシュ」。この国では当たり前になっているこの奇妙な現象は、しばしば他国から好奇の目で見られ、場合によっては「クレイジー」という〝賞賛〟を受ける。

そんな山手線において、朝の通勤ラッシュの次に利用者が多いのが、最終電車の時間帯。
勤め先の近くで飲んでいたサラリーマン。友達との〝女子会〟が盛り上がったOL。深夜まで補修を受けていた予備校生…またそれらをもてなす側である、店舗等のスタッフ。
皆一様に、「これを逃したら帰れなくなる」と分かっており、ギリギリのタイミングで何とか混雑する電車に駆け込むのである。

山手線O駅。
そんな疲れた顔を満載した最終電車ひとつ前の列車は、定刻を2分ほど遅れてホームを出発した。
……が、
電車がホームを離れて数十秒後。
…3、2、1、

―――…ゴォッ!!

今しがた出て行ったばかりの筈の電車が、猛スピードで通り抜ける。
先程その電車から降りてきたばかりのOLのスカート、酔っぱらってベンチで寝ているサラリーマンのネクタイ、フリーターっぽい痩せた男の長髪などをぶわりと浮かせて、電車は弾丸のように、敷かれたレールの上を疾走する。
…その方向は、真逆だけれど。


「……え」

すぐ隣に立つ長身の男性が、驚嘆の声を上げる。
周囲を見渡せば、今の珍妙な現象を目の当たりにした者たちは、皆同じような顔をしている。
つい先ほどまで、自分に向けられていた好奇心の眼差しは、今は一つも感じない。
それもそのはず。目の前であり得ない動きを見せた電車に比べたら、〝こんな時間に一人で歩いている7歳前後の少女〟なんて、インパクトに欠けるということだろう。

「…そして、これから起こることを知ったら、あなたがたのおどろきは、いまとはくらべものにならないほど、大きく、大きくなるのだわ」

7歳前後の唇と舌では、どうしても舌っ足らずに聞こえる声で、誰にともなく呟いた。

「―――ああ、なんてすてきなんでしょう!きねんすべきこのひに、れきしのしょうにんになれるなんて」

芝居がかった台詞も、今は気に留める者はいない。
少女はゆっくりと歩き出した。
――ああ、本当に素敵。思わず歌いたくなってしまう程に!
叶うならば『天国と地獄』のオペレッタを口ずさみたいところだけれど、せめて今は、この外見に見合う歌を歌いましょう。

「……あーりさんとあーりさんがごっつんこーォ♪」

あまりにも可笑しくて、笑い出すのを堪えて歌ったら、少しばかり調子を外してしまったものの、誰の耳にも届いてはいなさそう。
そして今、それを歌っている〝少女〟が、今年の春に世間を賑わわせた少女その人であることに気付ける人は、もっともっと少ないだろう。

「ジェイン・ドウ(Jane Doe)」

日本語にするなら、「名無しの女の子」
―――外務事務次官爆破事件のキーウーマンだ。



――――――電車内、車両最後尾手前―――――

雪崩れる人の波をものともせずに電車の天井スレスレをひょいひょいと移動していく毒蛇。
……あと少しだ。あと少しで火薬の根源のある車両に到達する。
近づくにつれてだんだん強くなる火薬の臭いに顔をしかめる。最悪、失敗して爆破なんてされたらいくら魔女とはいえ、自分も無事では済まないだろう。
そうならないためにも、最終手段は考えてある。上手くいくかは分からないけど、一か八か、だ。

車両最後尾の手前の連絡通路まで到達すれば、人の流れはだいぶなくなっている。
最後尾手前の扉に差し掛かれば、勢いのままに引き開け、中へ飛び込む。

「―――――――――お前ら、死にたくなければ大人しくしろ。死んでもいいなら抵抗しろ。今から爆弾を探す。」

車内に動けないまま取り残されてる人や、何やら資料で見たことあるような人物もいる。
それらへ、威圧も含めて言い放てば、服の袖から蛇が2匹這い出て床へと足を伝って降りていく。それぞれがバラバラに爆弾を探し始めている間、己はその場で立ったまま周りを睨んでいるだけだ。

―――――最悪、爆弾を見つけてすぐ、それを抱えて外へ飛び出せるようにドアコックの位置などを視線で確認もしていた。


毒蛇が放った蛇たちがするすると床を這い進むのを慌てて車内の立っていた乗客が避ける。
目的はハナから決まっていた、という様子で奥の座席下の隙間に滑り込み、ここだよ、というように這い出してきて鎌首をもたげる2匹の蛇。

「そこか。よし」

背をかがめて覗き込むと、何の変哲もない四角いアタッシュケースが把手をこちらに向けてつっこまれているのが見える。
いかにも、いかにもすぎて流石に一瞬手を触れるのを憚るものの、毒蛇は手を伸ばす。
どのみちこちとら爆弾処理の専門家ではないのだ。


ずるり、とそれはさしたる重みも無く引っ張り出される。
引っ張り出してみると赤と青のビニールコーティングされた太いコードが、座席の奥へと繋がっている。

そしてその瞬間、普段は路線図や広告を映し出す出入り口上のディスプレイが全車両で明滅。

『03:38:36』

そして黒字に赤のデジタル数字が表れ動き始める。 カウントダウンというわけか。


―――ハァーーーイ!! ビンゴォ!! どこの誰だかサッパリコンコンですがぁ、よーく見つけましたァ!エライ!! 
―――さあここでヨイ子の皆、ここはやっぱり、アレだよね? お約束って大事ダヨね?

―――赤いコードと青いコード、ドッチを切りますかァ? 正解はダイバクハーツ、不正解はあら残念、ジゲンソーチが停止しちゃいまース!

続いて再び流れる放送にますますざわめく車内。


「……リアルタイム、でこちらを監視しているわけじゃ無いようだな」
突然の再度の放送が言っている通り、後方車両に向かった「毒蛇」がおそらく何かを見つけたのだろう。

「どちらかはダミー線、どちらかは信管に電流を流す……? なんとも前世紀的だなァ。セオリー通りなら……」

オイオイ、という顔をしながらこちらは先頭車両の操縦室への扉を開けようとしている『探偵』。
操縦室にたどり着けば電子制御はあてにならずとも手動のブレーキも連結解除装置もあるだろう。
操縦室の中に突っ伏して動かぬ運転手の影とその足元に転がされた車掌の靴も見て取れる。彼らは呼べど動く気配はない。
生きているのか、死んでいるのか。


「ふざけやがって。だからダイヤルロックをどーのとか、コードをどうこうとかそういうのは好かん。捨てるのに邪魔なら、どちらもだ」
再び最後尾車両。からかうような調子の放送をそう切って捨てると、パチリ、と『毒蛇』は指を鳴らす。
トランクから伸びるコードを赤青2本同時に食いちぎる、彼―または彼女、の放った2匹の蛇。

パパパン、パーン、パン、パパン。

把手を握った『毒蛇』の腕の中で派手な火花と音を立ててアタッシュケースが爆ぜる。 
当然大爆発、では無い。音と光ばかりは少々派手だが打ち上げ花火が数十本程度の玩具のような代物だ。
衝撃で蓋のあいたアタッシュケースから煙をあげる紙筒がごろごろと数本床へと転がり落ちた。


それに混じって一枚の紙きれ。

『窓から外を見てごらん』

その通りにして前方を見た者がいたなら、そろそろ見えてきたかもしれない。同じ線路の向こうから近づいてくる、別の電車のテールランプが。

『03:00:00』

車内ディスプレイのカウントダウンは続いている。



<<暴走最終列車上空 ハーヴィ side>>

 定められた犬笛の合図を耳にし、男は羽根を模した模様を施してある袖に腕を通した。イメージするは数ある猛禽の中でも最強に位置すると語られるオウギワシ。
実物を参考に作り上げた付け嘴、付け爪、そしてこの翼。一瞬の遅滞なく男は姿を変じ、2頭のオウギワシはT都の空を翔ぶ。

 犬笛からの指示に従って路線を回り込むように先行する2頭の鷲。文字通り鳥瞰する事によって見えてくる状況は最悪の一言に尽きるように彼には思えた。

<<ーーキケン、レッシャ、ブツカル。オレ、ムコウヘイク>>

 彼女は動物との意思疎通を可能とするが、彼はまがい物であるが故に完璧にはできぬ。未だ己のものに出来ていない鳥類の発声法を辿々しく操って状況を伝えようとすると共に、翼を翻して逆走する列車へと向かう。


「に、逃げろぉぉぉ!!!」
「いや、どこに…!?」
「今走ってる方の後方だ後方! そこならまだ助かる可能性が…」
「いやぁあああぁぁ!!! こんなところで死にたくないぃ!!」

 火がついたような騒ぎの車中へ、さらに油を注ぐように窓の一つをブチやぶり車内へと侵入する彼。しかし新たな闖入者に構う余裕があるものは少なく、ガラスが割れる破砕音にあがる悲鳴と少しでも後ろの車両へ逃げ出そうとする動きが加速する程度。

 故に、その後に起きた異変を正確に把握していた者がどれだけいた事か。翼の先端が指の様に開けば肩が生まれ、指で嘴を外す仕草をすれば、顔は人へと。合わせるように体躯も人のものへと変じ、翼と足のかぎ爪だけがオウギワシの特徴を残している。

「さぁて、大仕事だ。 「俺ら」なりの善いことをしよう。 … ただの俺じゃなくて、【プアレナ】として…。」

「——面白い、聞かせてもらおうか。その、『俺らなりの善い事』について」

 ——ピーターパンの思い通りにはさせぬという彼女の強い意志は感じ取った。ならば己はそれに従うまで。彼らがピーターパンに携わる者だというのならば叩き伏せれば良し、そうでないのなら利用するだけだ。


 衝突まで、残り3分。威嚇するように両翼を広げかぎ爪を誇示しながら、男は真顔で相手の出方を伺った。





某邸内。
鴉の様に黒尽くめの服の男達が、慌ただしく動いている。


「は。 例の件ですが……」


それらを背に、一人の青年が受話器を片手に取っていた。N国人ではない。
白皙の肌と焦げ茶の髪、神職らしき金縁の法衣。朱色の瞳はいつもはは気怠けなのだが、今日ばかりは、
どこか緊迫した風情を伴っていた。

「テロリストで間違いないようです。……国家鉄道に手を出すとは正気とは思えませんが、
道化を進んで気取る連中だ。脳味噌の作りが我々とは違うようで」

手持無沙汰に、片手の司祭杖を弄ぶ。軽快な口調とは裏腹に、
フレデリックは幹部上役との連絡を、ただ、面倒に思っていた。


もう年の瀬だ。堅気では無いが、「仕事納め」は済んでいたと思っていた。
面倒な古狸は今頃卵サンドをしこたま買い込んで齧っているだろうし、
祖国に近い北の端の高級ホテルを予約した。年末は海鮮の食い倒れに興じるだろう。
そのまま倒れてしまえと忍び笑いを漏らしたものだが……。


そのままベッドで「平穏な毎日が過ごせますように」と控えめに神に祈り、眠りについた青年を起こしたのは、
一本のけたたましく厚かましい電話だ。鳴り止まないので取ってやれば、
「テロリスト」の御登場だと言う。

(はしゃぎやがって、)

眠気を堪え目を擦りつつ、心の中で毒づく。

H.A.K(国対テロ委員会)がいれば話は違ったでしょうが、ここはヤーポニャ(N国)です。
乗客ごと「主の下に送る」事はせんでしょう。……ファミリーは何と?」

分かり切った問いかけをする。
コンビナートは世界のヒューマンリソースを管理する。
管理しなければならない。
管理されなければならない。

「……承知しました。ええ、あれは単なるリソースの無駄遣いでしょう。子供のありがちな”背伸び”です。
我々の、我々による徹底的で完璧な、疾患者の正しい意義を教えてやる必要があります。」

野良兎に狐がちょっかいをかけているというだけの話だ。
宮使えの身はただ下命を守るのみ。

「直ちに疾患者の回収へ向かいます。カバルの血に」

かちん、と受話器を硬質な音と共に置く。
失礼と声をかけ、黒服の一人を呼び止めた。

「ファミリーからの御下命を仰せつかりました。至急、任務に当たれる構成員に此方に来るようにと。
……ヘルさん、カルディアさん、ギルテさん、シエルさんの四名には特に念入りにお願いをして下さい。
実験番号109番と、エリザさんは………」

危険だろうか。否、指令は「疾患者の全力確保」だ。
少し迷ったが、眉根を揉んで告げる。

「直ぐに連絡を。寝ているでしょうが少女二人は叩き起こしなさい。
彼女の預言、……最悪の場合彼女の「首輪の鍵」も今回は必要になるでしょう。」


彼等が他の任務に当たっていない事を祈るばかりだ。
特にヒゲの野郎は。朝っ腹から起こされたのだ。あの苛々するヒゲを叩き起こしてやるぐらいの、
ささやかな愉しみが無ければやっていられない。

苛々しながら、本来朝食用に取り置いておいたベーコンエピを齧るのであった。


(※コンビニさんも黒服雑魚ぐらい送れたらイイナーと思いつつお邪魔します、他のPCさんの名前を無断で出した上に呼びつけていますが、
当然ご任意でのものですので…!お許し下さい。)



<<暴走最終列車の車内 プアレナ side>>

先頭車両へと向かおうとした瞬間、窓が割れる音を聞いてまた何か起こるのだろうかと舌打ちをし、
移動しつつ目を向けた… はずだった。


… …………なんだ、この、荒ぶる鷹のポーズをしつつ真顔でこちらに話しかけてきた鳥っぽい格好の半裸の男は。
変態か、変態なのか!? なんでこんなタイミングでこんなやつが俺に話しかけているんだ!?


「… おい、聞いているのか。 お前らがやろうとしていることを聞かせろと言っている。 それとも、お前たちはピーターパンの仲間なのか。」


俺がこの鳥男を凝視してしまったせい、少し不審げな顔をしてもう一度話しかけてくる。
… ホントなんだよ、今日は厄日は。そう思い始めたとき、その男の姿をよく見れば、コスプレ… と、いうにはいささかリアルに鳥の一部が体にくっついていた。
そう、まるで…。


「… “ぴーたーぱん”、なんざ、おとぎ話だろうがよ。それに俺も未亜ももう大人だ、“永遠の島”なんざ行けるわけがない。
そんで、俺と同じ変な力持ちみてぇだが、お前さんは何者なんだ? 俺急いでるんだけど…。」

「質問しているのはこちらだ。お前たちは何をしようとしてる。」

「… めんどくせぇなぁ、お前さん…。 …んま、聞きたいならついてくればいい。ついでにその変な力で手伝ってくれると助かる。」


そう言いつつも時間があまりないことをつげるような電車の揺れから車椅子に乗っている『恋人』の心配をしつつ車椅子を押して先頭車両へと向かう。
鳥男は背を向けた自分に攻撃する様子もなく、動きにくそうな鳥の爪のままこちらについてくるようで。
その様子をちらりと見たあと、逃げ惑う人々の群れに逆らうように車椅子を進めた。人々が困惑した様子で車椅子を見るも、自分の身が最優先とその視線を後方車両に向ける。

「… お前、俺と同じ変な力持ちか、と聞いてきたな。第六疾患者か。」
「だいろくしっかんじゃ…、ってなんだよ…。 なんかの暗号か? …んま、お前さんがさっき鳥になってたやつ…とはちぃと違うが、変な力は使える。その力使って、どうにかしようとしてんだけど。」
「… ……所属は。」
「所属って何のだよ…。そういうの、知らねぇよ。俺は。」

鳥男がしてくるなんとなく意図の読めない話に首を傾げて、自分が考えた通りに動くために先頭車両へたどり着いた。
そこでも先ほどの混乱の波があったあとなのか、人っ子一人もいない。ここにくるまで何人かこちらの身を案じて止める者もいたが、構わず進んできた。


「… うっへぇ、こりゃあひでぇなぁ。」


一旦車椅子を押したまま車掌室の透明の窓から覗くと、そこはまるで子供が遊んで散らかしたような残場。
おもちゃにされた人間。壊された何かの機械。 … おそらく、ブレーキか何かに関するものだろう。
同じように覗いた鳥男も少し眉をひそめた。

「…おい、だからお前は何をしようとしているんだ。もう時間がない。見ろ、ここからでも、激突する電車の姿が見える。」

と先頭車両のフロントガラスから見ると、おそらく何分かするとこちらと接触するだろうと安易に予想できる電車がこちらに向かってきているのが見えた。



「ん、簡単なことだろ。 ブレーキが効かなさそうな止まる気ねぇ電車なら、『無理やりにでも止めちまえばいいんだよ』」



ケロッとした顔で俺が言った言葉に眉をひそめて鳥男が何を言ってるんだこいつ、みたいな顔をする。

「まぁ見てろって。少なくとも大惨事は回避させるさ。」
そう言って、俺は『恋人』の髪を撫で、軽くキスをする。するとコトン、コトン、と彼女から『二つの義眼』が零れおち、その『目』があった場所からシュルリシュルリと植物が生えてきた。

それに驚く鳥男を尻目に見て、俺もつけていた医療用の眼帯と、かぶっていた帽子を外す。そこには、綺麗な黄色い花やピンクの花がいくつか咲いており、『恋人』と同じようにシュルシュルと蔦が生える。
『俺ら』の目から、両手から、両足から、様々な植物が蔓を、蔦を、根を生やし先頭車両の車内に寄生していく。
持っていた植木鉢に生えていた植物もまるで生き物のように動き、『俺ら』と同化していく。
車内に取り付いた植物たちはまるで岩を割って中から芽を生やすかのごとく、外に出るための扉の隙間をメキメキと無理やり広げていった。

「… これ、は…。 おい、お前…!」
「内側は完了っと。あとは外…。」

鳥男のことは後回し、とばかりヒトガタをまだ保っている俺はフロントガラスの方を見る。 窓はともかく、こちらの方はよく周りが見えるようだった。
そこから見えた、これから通るだろう線路の脇に生えている草花や樹木に向かい、呼びかけるように目をつぶる。


するとその植物たちも生きているかのようにざわざわと全体を震わせ、急成長するように線路に向かって伸び、
端と端の植物たちが互いを結びあって何重にも渡って電車同士の間を遮ろうとする。 … 少しぐらいならクッション材ぐらいにはなるだろう。


「… 電車は… なるほど、ブレーキシューをつけるタイプか。なら、植物でそれを動かして…。」

ブツブツと何かを見ているかのように視線をフロントガラスから離さず呟いていたが、このあたりでやっと鳥男の存在を思い出す。



「… おい! 鳥男! 暇なら外出て電車の送電切るかなんかしてこい! 今から…

―――――――…この電車、急ブレーキさせるぞ!!」


ぐい、と自分が右手をあげた瞬間、内側から外に向かった植物が電車の外側を沿って動き、ブレーキシュー部分にたどり着く。
そして、ほぼ無理やりにブレーキシューを作動させた。

キ、キーーーーッ!!!!、と独特な電車のブレーキ音が響き、電車内を大きく揺らす。
俺らは電車内に『根』を生やしているせいで揺れにはどうとも思わない。しかし、急ブレーキによって飛び散った火花が植物を焼く痛みに顔を歪めた。

その中で、目から植物を生やしニコニコと笑っている『生気のない恋人』の嬉しそうな顔がやけに目立って見えた。




「……望みは薄いか。しかし、これは……」

意識のない、冷たくなった車掌に一瞬だけ黙祷して、前を見据える。恐らくは〝毒蛇〟が、最後尾の爆弾に手をつけたのか。再度流れた放送で、ミラビリスはやっと自らの異能に引っかかる感覚を悟る。彼が思う脅威は常に前方にあった。そして、前を見ればまだ遠くながらもこちらへ向かってくる、前方列車のライト。

しかし、何となく感じる。どういった手段でかは不明だが、あちらの車両内部にも、列車を止めようとする者がいる。ならば、やるべきことは一つ。

「経路と……カーブのところから速度考えるに、正面衝突まであと3分弱、てところか。 てことは、コレに使える時間は1分半程度、と」

一見して通常通りの操縦席。しかし、ブレーキは動かしても反応しない。配線を切断されている、と、現場に置いてはなお冴える彼の異能は告げていた。スローイングダガー1本を犠牲にして、カバーを外し配線を露出させれば、切断された配線と、小馬鹿にするかのようなピエロの絵。無駄に細かい仕込みに、思わず舌打ちする。

「元通り繋ぐ……は、多分出来る。問題は電気流れた状態だ、てことか。手が持つといいんだが」

言いつつも、せめてもの抵抗とばかりに操縦室の中にあったコンビニのビニール袋を裂いて手に巻き、上から白手袋をして。そうして、思い出すは列車内部の配線図。
彼の能力は決して戦闘向きとは言えず、犯罪という分野に関わらなければ働くこともないもの。

故に、彼はあらゆる『情報』を蓄え、自らの力とする道を選んだ。

「〝死体〟が降りたのが悔やまれるぜ。あいつ確か、こういうのが効かないって異能だったはずだしなぁ。」

言いつつ、コードに触れる。ありあわせの保護をしただけの指先に、火花が弾けた。



『じゃあ、こうしようか』

そう――それは、遠い日の約束だ。

優しい手。
優しい声。
行かないで、と愚図るあたしに、あの人は、笑って。

『君が大人になった時、もしも――…』



(―――ガタタン!!!)


【side:ジュリ 逆走する電車、急ブレーキの十数分前――最後尾車両にて】



「っ…」
唐突な電車の揺れに、微睡みから目覚めたあたしが見たものは…
車両内を埋め尽くす人、人、人。

「…なにこれ」
あたしが乗り込んだ時よりも、人口密度が倍以上に跳ね上がっている。
電車を使うようになったのはここ最近だけれど、この時間帯にこれほど混み合うものだろうか?
いや、それ以上に異様なのは人々の様子だ。皆一様に青ざめた顔で、身を固くして――
よくよく見れば、泣いている者までいる。いい年した大人が、複数。

「ちょっと――、諏訪森」
呼びかければあたしの直ぐ傍ら、
黙々とスマホを弄っていた少年は、眠たげな瞳を此方へ向けてくる。

「…起きたの、衣ヶ谷」
「これ、どういうこと?何かあったの?」

あたしの問いに、諏訪森は「ああ」と頷いて、

「なんかね、テロリストにジャックされたみたい、この電車。
 逆走してて、停まんない。…このままだと、向こうから来る電車とぶつかるって」

――『明日の天気は晴れだって』ぐらいのノリで、事も無げに言った。

「………は?」

あまりに荒唐無稽な話だが、こいつが言うなら事実その通りなのだろう。
昔から何考えてんだか分からない奴だけど、嘘をついたことは一度もない。
周りの様子にも説明が付くし、『テロリスト』とやらには心当たりもあった。
そも荒唐無稽というならば――いや、しかし、それにしてもだ。

「なんですぐに起こしてくれなかったの!?」
「気持ち良さそうに寝てたし…。…あと、谷間を眺めるのに忙しかった、さっきまで」

つい、と顎をしゃくってみせるのは電車の中吊り広告。
水着姿のグラビアアイドルが扇情的なポーズを取っている。…特集12ページ。

「……あんたね……。で、今は何してるわけ」
「メール。犬吠埼に。…『テロに巻き込まれて死にそうなう』…」
「悠長に実況してる場合じゃないでしょ!?」
「…『どうせなら、巨乳に埋もれて窒息死したかった』。…おっけー、送信」
「ねえそれ遺言?遺言なの?あんた本当にそれでいいの…?」

送られた側も大困惑だろう、そんなもん。犬吠埼の引きつった顔が目に浮かぶようだ。

「んー、あんまり良くはないけど。他に出来ることもないし」
「………。助かんない、よね。あんたもあたしも…多分、ここにいる全員」

何年か前に起こった電車の脱線事故では、乗客の殆どが命を落としていたはずだ。
あれももしかしたら、今回のように仕組まれたものだったのだろうか。

このままこうしていれば、今度こそあたしも。
――パパとママの処に、行けるだろうか。



再び時間は巻き戻る―――

そこまで混乱は広がっていなかったのが幸いだった。
先頭車両辺りまで足を伸ばしている暇はなさそうだったが、粗方乗客は落ち着かせた。
ひとまずどうしようか。最後尾車両で、ロビンは考える。

このままじっとしているわけにはいかないだろう。ゆるり、視線を宙に投げかけて、足を踏み出したところで――

「Σおうっ!!?」

べしゃ、と思いっきりすっころんだ。
額をぶつけた。痛い。

何事だと起き上がれば、そこにあったのは、足。
振り返ってみれば、この混乱の最中でも爆睡を決め込んでいる酔っ払いが、ひっくり返った拍子に投げ出した足に引っかけたらしかった。
やれどうしようか。起こしてみようかと思ったが、そういう時間もないだろう。

「……ん?」

男が抱えていた鞄を持ちあげたところで、気が付いた。
わずかにチャックが開いた、その奥。点滅する光を、視界に捕えた。

(……まさか?)

一応、周囲に見られないように中を確認して――さ、と背筋が凍る感覚がした。
酒の匂いにまぎれて気が付かなかった。


無機質なディスプレイに表示された数字が、確かにカウントダウンを刻んでいた。



[side:コンビナート/ヘル]

もう少しだから、今日中にK検3級のドリル終わらせてしまおう、と机に向かっていたら、呼び出しを受けた。
簡単に事件の説明を受け、「疾患者を回収せよ」と命が降りる。
この場合、俺の担当は疾患者と思しき人物の情報を集めること、だろう。
まずは現場に行って、それっぽい人を隠し撮りしよう、と車を出してくれるように言う。
とりあえず望遠レンズとデジタル一眼とノートPCがあればいいか。
機器保管室から適当に引っ掴んで車に乗り込み、現場へ向かう。

そろそろ衝突予想地点も近いかな、という辺りで、
「…何あれ」
急ブレーキと共に止まった車両は、植物まみれになっていた。



[side:蛇頭/ヴァレンタイン]

乱暴に取り払った爆弾と思わしき物だったものはダミーだった。
脅威は今、目の前にある。こちらが高速で突撃しようとする先には、同じく電車。

チッ、と舌打ちをすれば爆弾だと思ってたものはもう放っておき、空から聞こえた相棒の声を聴く。

「……ったく、永遠のガキの遊びに付き合うのは骨が折れる。」

周りには知ってる姿も見える。だが、この暴走する電車が衝突するのも時間の問題だ。
なら、こっちだってやるべきことをしようじゃないか。

「―――――――集え、空の子供たちよ。」

透き通る声が、電車内から空へと通り抜ける。ふと、周りから違和感のある音が多く聞こえてくるだろう。

そう、それは羽ばたきの音。多量の羽ばたきの音が空から降りてきている。
懐に忍ばせていた長いロープを取り出せば、ドアコックを引き、扉を開けて外へと向かう。
そのまま上へ向かえば、ロープを結べる場所を探し、固く何か所も結んでから、飛んでいる沢山の鳥たちへと投げつける。
何百と飛んでいる鳥たちに多少なりとも引っ張ってもらって少しでも衝撃を分散しようとする作戦だ。

これで多少なりともピーターパンの妨害になればいい。負傷者が出ようと死者が出ようと関係ない。
毒蛇は、ただ永遠の子供を睨むのみだ―――――――



[side:コンビナート/シエル]

薄ぼんやりした視線を暴走する列車たちに向けて、特徴的な服――いわゆる黒ゴスという分類に入る服だ――に身を包んだ少女は、ほんの僅かに笑みを浮かべた。
自らに危険の及ばない場所から見る未来は霞がかってはっきりとしないが、それでも数分先程度くらいなら見通せる。双方の列車の中には複数名の異能者。コンビナートで教えられた有名どころの姿も、数分後に列車から降りるはずの人の中にあった。
少しずつ、少しずつ、爆破から衝突、そしてそれが寸前で回避されるようにと、未来は転じていく。定められた未来から外れる様を喜ぶように、彼女は淡く笑う。

シエル、と、通称を呼ばれる。ここまで彼女を連れてきた、同じ組織の者の声。
彼女は足を止めたままそっと列車を指差して、列車を指差した。
状況にはまた変化が生じている。片や、植物に埋もれて動きを止めた列車。片や、無数の鳥が勢いを殺そうとする……そして、ブレーキが着々と修復されていく列車。

「あちらから降りてくるのは……蛇頭の〝フューリー〟。正体不明の能力者、植物を操る男と、車椅子の……女? 他にも異能者がいるかもしれないけれども、大きく動いたのは、その二人ですわ。車椅子連れの男と……それとは別に、顔に落書きのある男に要注意です。」

シエルは口を開く。ただ役割を果たすため……今回の役目は、内部にいる異能者の確保。ならば、その異能者たちについて語ればいい。

「もう片方から降りてくるのは……蛇頭の〝毒蛇〟、公安の〝レディ・ローゼン〟。ハーメルンの〝死体〟は降りた後のようですわ。 それと……正体不明の、恐らく異能者の女。 その後に………〝探偵〟が、手を庇っていますね。怪我でもしたのではないでしょうか?」

今見えるのはそれだけです、と。そう言い置いて、手を下ろす。随分沢山喋って疲れた、と言うように吐息を零し、そのままその場に立ち尽くした。

これからどう動くのか、それは彼女の感知するところではない。ただ、命令されれば未来を語るけれども。
刻一刻と転じる未来を見ながら、遠くを見る茫洋とした紅の瞳は、ただ虚ろだった。



【side:ジュリ 逆走する電車、急ブレーキの数分前――最後尾車両にて】

…いや。まだだ。
先ほど夢の中で聞いた、あの人の言葉を反芻する。

『君が大人になった時、もしも――…』

あの人だったなら。きっとこんな時でも、笑って何とかしてしまうんだろう。
あたしは違う。そんな大それた力も、度胸も持ってない。…だけど、それでも。

「諏訪森、」
「ん。なに」
「…乗客って、ここに集まってるので全員だと思う?」

座席から立ち上がったあたしに、訝しげな視線を向ける諏訪森。

「どうだろ…多分、ほとんど? 前の車両から、ぞろぞろ移動してきてたよ」
――正面衝突した時、前よりは後ろに居た方がマシそうだもんね。
そう言ってから、ああでも、と思い出したように続ける。

「逆に、ここから前に移ってった人がいた。男女二人で、カップルっぽい感じだったけど…」
「そっか」

それだけ分かれば十分だ。
あたしは頷くと、抱えていたスケッチブックと紙袋を諏訪森へと押し付けた。

「衣ヶ谷?」
「これ、預かっといて。中は見ないでよね、見たら引っぱたくから」
「え…預かるって、なんで。 なにするつもり――あれ、」

彼の、ぼんやりした目が珍しく見開かれ。
「えっ!?」 「なんだこれ?」 「どういうこと…?」
ほぼ同時、一斉に――他の乗客たちからも驚いたような声が上がる。

いつの間にか彼らの体を、ベスト型のエアージャケット――
耐圧・耐衝撃性を持つ防護服の一種だ――が、すっぽり覆っていたからだ。

「…衣ヶ谷、」
「あ、そうそう。肝心なやつ忘れてた」

次の瞬間には、鈍色に光る防災頭巾も同様に。
…これでいい。こんな事をしたからって、この人達が助かる保証なんてないけれど。
何も無いよりは、幾らかマシって信じよう。

ざわめく人々を掻き分け、あたしは前の車両を目指す。
後ろから諏訪森が何か言っていたようだけど、内容までは聞き取れなかった。
――ごめん、後でね。

最後尾車両を抜けてしまえば、隣の車両は嘘みたいにガラガラだった。
その隣、更にその隣も…諏訪森の言っていたカップル(推定)はおろか、人っ子ひとり居ない。
途中、窓ガラスが割れているのが気になったものの、無視して先を急ぐ。
足を止めてしまったら、それきり一歩も進めなくなりそうだったから。

怖い。怖い。怖い。怖い。

だけど行かなくちゃ。何とかしなくちゃ。
まだ、こんな所で死ぬわけにはいかない。だって、あたしは――…

知らず知らずのうち目尻に溜まっていた涙を、制服の袖で乱暴に拭って。



「…ッ大桃まりあの最新刊!!!本屋5軒ハシゴしてやっと買えたやつ!!!!
 まだ読めてないんだからなバカヤローーーーーーッ!!!!!!!!!」



車内中に響き渡りそうな大声で、叫んでやった。


<<ハーヴィ side>>

「… おい! 鳥男! 暇なら外出て電車の送電切るかなんかしてこい! 今から…

―――――――…この電車、急ブレーキさせるぞ!!」

「ム」

 植物を操る男が言うが早いか耳障りな音と共に車両に急激な制動がかかる。男は反射的に踏ん張ろうとして——つるりといった。元より猛禽の足は地面に立つ為のものではなく、獲物を捉え、締め付け、あるは引き裂く為のかぎ爪。そのまま壁に叩き付けられそうにになる前に両翼を動かし態勢を立て直してなんとかハンドポールの一つにしがみついた鳥男。

「……鷲とは、このようなものだっただろうか」

 逆さ吊りで小首を傾げる若干の間。聞こえてきた犬笛の合図と大量の羽音に、そうだそれどころではなかったとハタと翼を打つ。

「おい。なにか面倒事があれば、こちらに連絡を寄越せ。化生の紹介だと言えば良い」

 狂乱の中で散乱した荷物の中からペンと適当な紙を拾い上げ連絡先を書いて押し付けると、鳥男は再び付け嘴を顔へ装着しオウギワシへと姿を変じた。
書いた連絡先は相棒である毒蛇のもの。当然の事とも言える。——動物は、携帯電話など持たぬ。

 要を果たせば後はなんの未練もなく、小さく羽ばたいて勢いつけたのち鷲は一度割った窓の穴から外へ飛び出す。方や植物の力によってほぼ勢いをなくしつつある逆行列車、もう方や無数の翼あるものが集って今まさに食い止めんとしている最終列車。

 ——相変わらず、無茶をする。

 もし彼が人の形を保っていたのならば、ほんの少し唇の端を楽しそうに持ち上げたのかもしれない。暴走する電車を大小入り交じってとはいえ都会に生息する鳥類中心に食い止めようなどとは無茶無謀以外の何者でもない。しかしそれをせよと彼女が願うのは、つまりは彼女が心を通わせる者達への全幅の信頼の証に他ならぬ。それを自覚したや否やは定かではないが、化生の異名を持つ男もまたその信頼の一端を担う者として行動にでたのはまぎれもない事実。
 上昇時に送電線に爪を掛けて強引に断ち切った後、相棒が結んだ紐を嘴とかぎ爪を駆使して保持し全力で翼を広げ生きた凧と化す。

 もっとも、相棒の意図は最終列車の停止ではなく少しでも衝撃を和らげる事にあったわけだが。それを知ったとて彼の行動はさして変わらなかっただろう。

 ——別に、止めてしまっても構わないのだろう? なんて、いかにもな台詞が付け足されたくらいの事だ。
 しかしそんな彼の心中とは裏腹に決して少なくない人を載せた10両編成の列車がこれまでに得たベクトルは並大抵のものではない。先頭車両では非常ブレーキが動作を始めた気配がする。最後尾では生きたパラシュート部隊が必死に翼を広げ風を受け速度を減じようとしている。それでもなお、列車は前へ、前へと進み続ける。己が保持するベクトルに従って。

「…ッ大桃まりあの最新刊!!!本屋5軒ハシゴしてやっと買えたやつ!!!!
 まだ読めてないんだからなバカヤローーーーーーッ!!!!!!!!!」

 ヒーローの登場を願うかのような少女の大声が響き渡ったのは、そんなタイミングの事だった。


【side:ロビン】


(あれは――蛇頭の〝毒蛇〟?)

見覚えのある姿に一瞬身構えるも、どうやら今の状況では敵ではないらしい、ということはわかったので、ひとまず安心しておく。
そのままコックを開くのを見て、好都合、とばかりに後に続いて鞄を抱えたままなんとか上へと登った。
なんでいるんだ、という目線が一瞬来たが、気にしない。セミロングの髪を暴風に遊ばせて、前方から迫る電車のライトを確認しつつ、彼女は空を仰ぐ。

(本物か、偽物か……どちらにしろ、用心に越したことはない)

迷いは一瞬。運よく隠し持っていたバタフライナイフを取り出し――ざく、と思いっきり自分の腕に突き刺した。
歯を食いしばって、痛みに耐え。真っ白になる思考の中、鞄を軽く上へと放り投げる。

――彼女の能力。それは、自身の痛み、ダメージを威力として倍乗せすること。
ほぼ無茶な体勢になることは承知で長い脚をぶうんと振り回し、かちり、思考を切り替えると同時、打ち出されたそれは鋭い衝撃と共に弧を描いて闇の中へと打ち出された。
走り抜ける列車のスピードと比例して、小さなそれは見えなくなって……直後、火薬の匂いと閃光をまき散らして破片と化す。

「……ッ、ひとまず、これで…」

思いきりバランスを崩して落ちかけた本人は、必死になって車両に捕まってそれをやりすごし(ついでに転がった衝撃で意識も元に戻っていた)。はふりと息を吐き終わるのも待たず、再び電車によじ登って前方をにらむ。
追突するまで、あと数分もないだろう。

(――間に合うか?)

そんな思考が頭をよぎったが、できることなどあるかどうかは蚊帳の外。
滴る血液を手で押さえつつ、全速力で先頭車両へと駆けだした。



【side:与太郎 逆走する電車】

男は心地よいまどろみの中にいた。
ほんの転寝のはずだったが、思いのほか深い眠りについていたらしく、
周囲の喧騒にも気付くことなく眠り続けていた。
やがて眠りが浅くなり、何かの夢を見始めたとき……
頭部に何かが触れるのを感じて急速に意識が引き上げられる。

目覚めた視界に入るのは、電車の中。
眠りに着く前と何も変わらないその車内を渡しながら、和服姿の男『与太郎』は考える。

(電車で眠ると、どうしてこうも気持ち良いんだろうなぁ…♪)

いや、気にするのはそこじゃないだろうと言われた気がして、再度あたりを見渡す。
確かに奇妙だ。この時間とはいえ、明らかに乗客が少なすぎる。
「終点か…?」
寝過ごしたかなと、目の前にいた相手…車椅子の女性を押している男へと声をかける。
返ってきたのは、呆れた様な視線と笑みと、現在この車両がテロの対象になったらしいとの回答だった。
I駅へと逆走中で、後続の車両と衝突の危険性があること。
その答えを聞くと、和服の男は何かに気付いたように携帯電話を取り出した。

「ひとつ、思い出したことがある…
 いきつけの裏カジノが、オンラインカジノも手がけていてな…」

「なんの話だ?」

訝しげに尋ねる車椅子連れの男に答えるでもなく、
しかし、和服の男は真剣な表情でスマホを操作し続ける。

「新しい出し物に、山手線ルーレットてのを追加したらしくてな。
 山手線をルーレットに見立てて、どの駅にアタリが入るかを予想するゲームらしいんだ。
 通常のルーレットだと1/38だけど、山手線なら29駅だから当たりやすいって言う売り文句で……
 いや、ただのゲームだとは思うんだが、もしこれと関係があるのなら…」

「なるほど、この件の黒幕t……」

「このままじゃ俺が賭けてたのと外れちまう!」

「ぉぃ…」

「なんとか変更を…あぁ~~!!っくそ、やっぱりサイトに接続できねぇ!!」

「このテロが本当にその裏カジノサイトと関わってるんなら、そりゃあ賭けは締め切ってるだろ…
 ってか、お前さん随分騒いでるが、そのくだらねぇギャンブルに幾ら賭けたんだ?」

「ええと、2箇所にそれぞれ500万ずつ♪」

「Σ突っ込みすぎだろバカヤローっ!1000万とか何処のギャンブル狂だ?!」

「おかげで口座の残高が3桁に!」

「ΣΣほぼ無一文じゃねえかっ!どーすんだよハズれるぞ?!」

「だが待て。俺が賭けたのはA羽とO茶ノ水。まだ当たらないと決まったわけじゃ…」

「決まってるよ!!そもそも山手線じゃねえよ、どっちの駅も!!
 なんであえて一番ハズレそうなところに賭けたんだよ!?」

「いや~、なんかノリと勢いで?あとは配当も高かったし(てへっ♪」

「あ"あ"あ"あ"あほかぁーーーーーーっ!!!!」


そんな馬鹿馬鹿しくも呑気なやり取りをしていると、
外から鳥人間が飛び込んできたりと色々あって……
車両前方へと向かう二人を見送って、結局自分は後方へと移動することにした。
自分の能力としては、人が少ないところでは大した事はできないし、多くても遠くにいたのでは意味がない。
反対に、乗客が固まっている後部車両は、自分の舞台としては悪くない。
いざとなれば車両の連結を外して、後部のみ停車させることも考えつつ軽やかに下駄を鳴らして歩を進める。

(それにしても、あの男。この列車を止めると言っていたが…やはり異能持ちか?
 鳥男との遣り取りから察するに無所属のようだが…あのツッコミがコンビニみたいな連中に攫われるのは惜しいなぁ♪
 あと気になるのは、あの車椅子に乗っていた女性だが…俺の強化度合いから察するに……)

…等と考えながら続く車両の扉に手をかけた。
その瞬間、与太郎の耳に飛び込んできたのは…


「…ッ大桃まりあの最新刊!!!本屋5軒ハシゴしてやっと買えたやつ!!!!
まだ読めてないんだからなバカヤローーーーーーッ!!!!!!!!!」


「…どーゆーこと?」

思わず問い返すのと、車体が大きく揺れてブレーキがかかるのと、どちらが先だったか。
反射的に開けた扉の向こうから、急停車のせいでつんのめったか勢いよく飛び込んでくる人影を、咄嗟に抱きとめようとした。
相手にとって、扉で頭をぶつけたりしなかったのは幸いだったかもしれない。
だが、ぶつかった相手が、こんな男だったのは果たして幸か不幸か。
しかも男の顔にはこれ以上ない特徴…ハナマルほっぺが、でかでかと!!



[side:コンビナート/ヘル その2]

車の窓を少し開ける。望遠レンズを装着したカメラを構え、逆走車の植物まみれになった車両にピントを合わせる。
植物の生えた男、鳥っぽい男…これは蛇頭の化生かもしれない、停車直前によりによってこの車両に走りこんできた女、それを受け止める変な顔(落書きかな?)の男。
次々とカメラに収めると、本来の進行方向で前方に当たる車両にレンズを向ける。
何故か乗客が皆、エアージャケットやら変な被り物(ボーサイズキン、だっけ?)をしている…まさか、みんながみんなこういう事態に用意したってわけじゃないだろうし、誰かの能力なんだろう。
資料として少し撮っておく。
それからもう一度、本来の最後尾の車両に戻す。良く見えないんだけど、植物の生えた男に連れがいそうな感じ…上手く写らないな。

一度諦め、後続車両の方へ視線を移し、夜景モードに切り替える。
空からすごい数の鳥が、と思ったら、列車の上に誰かいる。
すかさずシャッターを切る。
「…毒蛇か…」
夜空に光の花が咲いたと思ったら、もう一人。
「あとレディ・ローゼン…」
他に動きはないだろうか?



[side:ミラビリス]

びし、ばちり、と。指先に電流が走る度に跳ね上がる手を押さえつけ、剥いだ電線を接続していく。最初に電流が走った段階で、懐中時計の鎖を手から金属部分に通してアースしているものの、指先の電撃傷はそろそろ危険な範囲であろう。とはいえ……

「これで、終わりッ!」

配線を繋ぎ直し、もはや感覚のない手を強引に引っ掛けて急ブレーキを引く。甲高い金属音と強烈な慣性に倒れこみながら、列車が見る見るうちに速度を落としていくことを知り、ミラビリスは深々と息を吐いた。
先程後方で聞こえた爆発音と車外で爆ぜた光を見るに、爆発物の脅威は去った。前から迫る列車もその速度を急激に落としている。こちらも外の鳥たちの力もあって、もう数十秒後には完全に停止するであろう。

衝突の危機は回避されたのだ。

「っ……! 急いで治療しねーと、痕残るなぁこれは……」

言いつつも、思ったほどには痛くない傷に傷の深さを悟る。そのままずるずると壁に凭れるように倒れこむと、僅かに目を伏せ感覚を研ぎ澄ませた。
そろそろ事が収束しつつあるせいか、異能の及ぶ範囲は狭まっている。しかし……何だろう、妙な予感は未だ続いていた。何に対するものかは解らないそれに、警戒を新たにしようとして……天井から、音がする。
誰だ、と警戒するも一瞬。どうやら屋根を駆けてきたのであろう知り合いの姿に、安堵したように笑みを零す。

「あんたも居たんだな、ロビン女史」

後ろの様子はどうだ? と問いつつ、ミラビリスはやっと肩の力を抜いたのだった。



――あーあ、止まっちゃった。 誰も死んでないの? おかしいナー? ツマンナイなー?

――でもさ、でもさ。 僕しらなかったけど、第六疾患者って、こーんなに、たくさんいるんだねえ?

――いいことみちゃった、きいちゃった。 いつか一緒にネヴァーランドに行けたらいいねー? またあそぼ!!きゃはははは!

あと数センチ、というところで列車は止まる。それと同時に流れる最後の車内放送……ではない。
その地点に何処からか飛んできたドローンから、あのからかうような音声がそう告げて、飛び去ろうとする。

止まった列車からは、ドアを開けて外に走り出す人々、遠くから近づいてくる消防と公安のサイレン。
最初に、その場から逃げ出したのは、与太郎の右頬のハナマルに潜んでいた男。
おそらくは、衣ヶ谷という名の女子高生の目の前で、彼の頬に描かれたハナマルがついと肌から蒸発するように消えるのが見えたことだろう。



 同時刻、O駅前の深夜営業の喫茶店。コーヒーを一杯頼んだ後黙って座っていた三迫は一つ息をついて、閉じていた目を開ける。
結局なんとなく気になってハナマルのヨッパライ男に伸ばしていた意識の手を、今引き戻した。
それにしても、なんて非日常的な光景だったことだろう。助かってヨカッタねと言うよりもまず、最初の感想は愉快犯と同じだった。
すなわち、あんなにたくさんいるのか。異能者。

夜だというのに力強く羽ばたき走ってくる列車を引き止める無数の鳥たち。こちらの列車にまるで生き物のように絡みつく植物を操っていた?男
と、その連れらしい目に花が咲いたような異形の少女。ぶち切られる電線やら炸裂する爆弾の光やら、耳をつんざくブレーキ音に振動やら……

――そんな状況でもこちらの呼びかけには一切目を覚まさなかったくせにちゃっかり大桃まりあ好きらしい女子高生を抱きとめるラッキースケベに出会っているあの男も、
あの落ち着きようは只者じゃあないのかもしれない。 心配してやることもなかったな。

そうして、喫茶店のテレビの画面に、ついさっきまで現場で見ていたニュース速報が存外速く流れ始めるのを見上げながら、彼は冷めたコーヒーをすすった。

「ごっつんこは、ナシだったみたいだナァ?」
駅で後姿を見た、よく考えたらこんな時間に一人は不思議な年ごろの少女が歌っていた童謡が、何故か今更頭をよぎった。



[side:コンビナート/フレデリック #2]

「公安?」
非戦闘要員として少女――シエルと共に車に控えていたフレデリックはやや不審げに眉をひそめた。

もう対応か? 嫌、速過ぎる。 偶然いたのか。
……運が悪いと言うべきか良いと言うべきか。

暫し思い悩むように口を閉ざしていた所を、同乗していた男が口を開く。
先程から事細やかに上層部に電話で連絡をしていたが、携帯を離し、

「命令の変更は無いそうです」

「そう、か。そうだろうな………。シエル、今後も分かる範囲で予知を続けてくれ。」

頷く少女の顔――瞳と言うべきか――はどこまでも無感動に見える。
「疾患」は、何れにしろ精神の振れ幅によって生み出されるものだと聞いているが、
この少女にもそれがあるのだろうか。

凡そ、上層部と二言三言話をする。
ただ単なる野良組織だけなら兎も角、公安の人間がその場にいる、というのは問題だ。
ならば……。

「第一第二第三小隊を電車内に派遣。疾患者を全て生け捕りにしろ。
一般人は抵抗した場合のみ排除だ」

預かった構成員を派遣する。どうせ他の疾患者は勝手に動いているだろう。
現在状況のメールだけ送る。今現場にはヘルが来ているという話だが、もう乗り込んでしまっただろうか。

そして次々に黒いスーツにタイ。サングラスにトカレフ。
画一化された下級エージェント達が車をぞろぞろと降り、次々に電車へ乗りこんでいく……。




[side:蛇頭/ヴァレンタイン 2]

――――――止まった。

威力を半減させるだけのつもりだったが、どうやら相棒と他の奴らの力もあって電車は止まったようだ。

「…助かった、呼びかけに答えてくれてありがとな。」

呼んだ鳥たちへお礼の言葉をかける。次々とロープを放して飛び立とうとする鳥たちを見送ろうとした中、ふと、嫌な気配を感じた。周りを見渡せば、見えた黒い車――――

「―――――電車に乗ってる奴らに告ぐぞ、今すぐ逃げろ!!! 籠の鳥にされるぞ!!!!」

喉が痛くなるぐらい、叫ぶ。そして飛び立とうとした鳥たちへと視線を向けて。

「もう一仕事頼む、あいつらを妨害してくれ…頼んだ!!」

予想外の状況になんで俺が疾患者全員の尻拭いをしてるのか分からなかった。
でも、今言えることは…ここで誰かが捕まれば、その分楽しみが減る。
己の楽しみを消さないためにも、己は動くのみ。

「―――――さあ、コンビナートの奴らよ…この“毒蛇の魔女”の眼中に留まったことを後悔するといい……」

―――――さあ、狂った宴の始まりだ―――――


ザワ―――ザワリ――――どこからともなく、聞こえる這いずる音。
それは即ち――――死への架け橋を作る音――――

さあ…毒に蝕まれて死ぬがよい――――。



ぎゅるん、と勢いよく半分ターンするような形で急停車した車に、ふと振り返る。
後ろの扉が開いて、慌ただしく降りてきた人物は、馴染みの白衣の裾を翻し、不機嫌そうに髪をかき上げた。

「遅かったな、カルディア」
「ようやくの休みのところを叩き起こされたこっちの身にもなれっての、運よく近場で車回してもらえたからよかったけど」

ゆる、と。蟻の子を散らしたような喧騒を眺めて、カルディアは空色の瞳を鋭く細める。

「さすがにちと騒ぎすぎじゃね?公安がいるらしいとは聞いてるけど」
「……全力を以て、と上からのお達しだ」

ぐり、と眉間を揉む仕草に、ああ一応こいつも苦労してるんだなあと微妙に失礼な感想が浮かぶ。
呼ばれたからにはやるしかないのだろう、と早々に諦めの方向に持って行って、視線は今度は男の傍らの少女へ。

「シエル、他の疾患者の数と大体の居場所、わかる?」

問えば、彼女は未だ思考の読めぬ表情のまま、簡潔に現在の情報を語ってくれる。
上がる名はどれも実力者ばかり――探偵の名が出れば一瞬肩を跳ねさせて――そうして、一つ頷いて。

「……ま、やれるだけやってみるわ。行ってくる」

軽い調子で言い置いて、仕込んだナイフの場所を改めて確認しつつ、喧騒の最中へと駆けだしていく。

(―――本当ならば、逃がしてやりたいけど…)

自分が上部の方針に常々苦い思いを抱いているのはもはや知られていることだろう。
だからこそ、こういうタイミングで従っておかないと、後々厄介なことになる。
集う場所がどこであれ、下っ端というのはつくづくめんどくさい。

「終わったら有給申請してやろうかな……一週間くらい……」

今の自分には、そんな現実逃避を漏らすぐらいしかできなかった。
多分、実際言ったところで却下を食らうのは目に見えていたけれど。



<<逆走していた電車の車内 プアレナ side>>

ブレーキ音がゆっくりと響き終わり、電車の動きが完全に止まる。
そのことを植物ごしに感じて、はぁ、と安堵のため息をついた。
そしてゆっくりと車体に伸ばしていた植物たちを体に収めようと動かす。

「… ……っく。」

電車に被害はなくとも、ブレーキを無理やり作動させたせいで出た火花のせいで、自分の体を損傷している感覚がする。
おそらく、今は両手があまり使い物にならない。

「… でも、ま、これでなんとか… なった、な。」

これでいいんだろう?、と『恋人』に声をかけつつ、自分と『恋人』の体を戻していく。
最後に目から生えていた植物が落ちていた義眼を拾い、きゅぽ、と元に戻ったところで『恋人』はいつものように嬉しそうに微笑んだ。

その様子に少しホッとしたあと、自分の手を見る。やはり想像通り、両手とも焦げきっており、使い物にならないのは明白であった。
一応、これでも鉢植えの植物に代用してもらった方だが、それでもこうなるのか、と少しため息。
仕方ないか、帰ったらまた『土の中に埋まろう』、と考えたところで、
そういえば先ほど聞こえた少女の叫びとほっぺにはなまるを書かれた男性はどうなったんだ、とそちらに視線を向けようとした。しかし…。


ガンッ! ガンッ!! メキメキメキメキッ…!!


植物で無理やり開いた扉の隙間をさらに広げようとする音が、電車の窓を叩き割ろうとする音が聞こえる。
その音の方を見れば、多くの怪しい武装をしたやつらがこの電車内に侵入しようとしていた。


「いたぞっ!! 疾患者だっ!!」
「報告されていた植物を操る男と車椅子の女を発見。ただちに捕らえます!」
「…くっ、なんだこの鳥はっ!邪魔だ、どけっ!!」


こちらを見たやつが大きく叫ぶ。するとどこからか鳥が飛んできてその視界を塞ぐために邪魔をしているようだが、数が数だ。
勢いをほんの少し抑えるだけで、扉を広げる作業や窓を割る作業は進んでいく。


「… なっ、なんだ、あいつら…!?」


…俺は、まぁ、こんな風も大体的に能力を使ったことなんてない。おそらく、しっかんじゃ、というのはさっきの鳥男がこちらに聞いたのと同じ意味らしい。
奴らの狙いは、異能を使う者。つまり『俺ら』、か。

「… っ、未亜!」

未亜、未亜だけでも守らなければ、そう思えど、自分の両手はもう使えない。
シャベルだって、持ち歩いているわけではない。植物を操る力はまだ残っているが、そんなものあの数では逃げる活路を開くこともできない。
… 第一、車椅子に乗っている『恋人』を置いていくわけにはいかない!!


そう考えているうちに、扉は人が入れるほどの隙間を作り、窓はひび割れてすぐにでも割れそうな状態である。





… …………万事休す、か。
でも、せめて、恋人だけでも。

そう思って恋人を守るように奴らと恋人の間の位置に立つ。
最初に入ってきたやつが、こちらに向かって銃を構えてきたが…   。


――――――― …その銃は、ある男の木刀によって空に飛ばされた。


ポカンと俺が木刀を持った男を見る。その背中は…、服装は、先ほど見たどっか呆けたはなまる男だった。
右手には木刀、左手にはおそらく『おおもも』なんとかが…とかいう叫びをあげた少女を肩に担いでいた。



「… ほぉほぉ、やっぱ来たか、コンビニ野郎ども♪


―――――――――――――… … こーんな、いいツッコミ役になってくれそうなやつは、お前らみてーなつまんねぇところに渡さねぇぜっ!!」



そう言って、その男は次々にやってくるやつらに木刀を向けた。

… 左手にいる少女の悲鳴を無視して、だ。




「… ……∑いや、ツッコミ役ってなんだよっ!!? あと左手の子は離してやれ可哀想だから!!」

そういうところがツッコミ役なんじゃない?という未亜の視線が彼の背中に突き刺さった。




[side:ミラビリス]

〝毒蛇〟の叫びに、腑抜けた精神に再び緊張が走る。動かない手をもどかしく思いつつ外を見れば、黒服の集団の姿が見えて、ひとつ舌打ちをした。

「予感はこれか。ロビン女史、すまねーが、先頭車両にいる女子の『保護』を頼む。未確認の異能者だ、本人の意思確認をしたいとこだが……時間がない。 コンビナートの異能狩り、あっちに捕まるよかマシだろ」

それで全てを察してくれたか、頷いて後ろへ向かうロビンを心強く思いつつ、ミラビリスはゆっくりと立ち上がる。ろくに言うことを聞かない手では自衛もままならないが……

「あっちの車両は……あっちで何とかしてくれると信じるしかないか。ここから先は荒事になる、なら、俺は足手纏い。さて、どうやって包囲抜けるかねぇ……」

捕まった先にある拉致・監禁という『犯罪』を思えば、多少の異能を引き出すことも出来る。再び広がる知覚を活用しつつ、ミラビリスは思考を巡らせた。



[side:コンビナート/シエル]

適度に距離を置き止った車の中で、シエルはただぼんやりと列車を眺めていた。何名かは捕まるだろうか、と、未来を見つつ思う彼女に憐憫の色はない。
既に心は身体から離れ、自らの身体をただ『道具』として扱う。そんな彼女が、彼らに対して感慨を抱くはずもなかった。ただ……どんな形であれ、未来が変わる瞬間を見たい。それを楽しみにしているという、それだけで。

「………あ」

と。不意に未来が歪む。思わず声を漏らしたシエルに、フレデリックが問いかけるような視線を向けてきた。

「植物使いと、もう一人……異能者と思しき少女。ハーメルンの与太郎と接触、彼はこちらを阻んでいる。 あまり多人数を向かわせては、逆効果」

植物に塗れた列車を見て紡ぎ。もう片方の列車を見て、また少し、目を凝らす。

「あちらには〝魔女〟の呪い。毒蛇の牙が狙っています。深追いすれば無駄に犠牲が出ます。ヘルとカルディアに注意を促したほうがいいでしょう。未確認異能者には、〝レディ・ローゼン〟が接触。代わりに〝探偵〟が無防備。……少し、未来が変わりました」

そう、仄かに恍惚の笑みを浮かべて、書き換わった先を語る。
少しずつ歪んで別の情景を映し出す未来をどこか幸せそうに見ながら、シエルは再び口を閉ざした。




[side:コンビナート/ヘル その3]

次の対象を探していたら、毒蛇が何か叫んだ。すると、鳥達がこちらへ向かってくる。
俺は嫌な予感がしてカメラを引っ込め、急いで窓を閉めた。
車に到達した鳥が、ガンガン車の屋根やらガラスやらを突く音がする。
「ち、こっちを排除しようっていうの」
どうやら他の部隊も到着しているようだし、そろそろ切り上げた方が得策だろうか。
寒さに強いことを除けば、俺の戦闘能力など子供の範疇を越えない。正面切っての抗争は苦手なのだ。
それより、俺の戦いはこれから。

「出して、帰還する。急いで」
運転を請け負った構成員に声をかける。車は鳥を振り切る様に急発進した。
カメラのメモリーカードをノートPCのスロットに挿入し、撮った写真をコピーする。
沢山の写真の中から、対象の顔がよくわかるもの、背格好がなるべくわかるものを選び、まずはメールに貼り付けて送信。
既にコンビナートのデータベースに載っている顔は、コードネームを添えて。
後は上とか、今回の件を任されてるらしいフレデリック辺りが判断するだろう。

次に、諜報部の情報整理用のドキュメントアプリを起動する。
データはクラウドに保存され、共有、管理編集ができる。
もちろん一般向けのサービスではなく、コンビナートメンバー専用。中身は暗号で書かれている。
今回の件についてのページを作る、内容はこんな感じ。

~~~~~~
山手線テロ事件、能力者と思しき人物報告

  • 植物を生やしている男。連れ有り。植物を操る能力を持つと思われる。
(プアレナの写真数点、女の頭(後頭部が多い)の写真が張り付けてある)

  • 女。正体不明。女がやってきた車両の乗客が皆エアージャケットなどの防具を付けていた。関係要調査。
(ジュリの写真数点、エアージャケット等を付けた乗客の写真数点)

  • 男。正体不明。(与太郎の写真数点)

  • 鳥男。蛇頭の化生と思われる。(ハーヴィの写真数点)

  • 動物を操る者。蛇頭の毒蛇と思われる。(ヴァレンタインの写真数点)

  • 公安のレディ・ローゼン。(ロビンの写真数点)

以上 ヘル
~~~~~~

とりあえずはこんなところだけど…ここから住所や、何らかの組織への加入の有無を洗い出すのが大変なんだよな…。
二つ名のあるような奴らはデータベースに載ってるからいいとして、正体不明の奴らだよね…公式資料のハッキングからかなぁ…?
まあ、やるけどさ。
そのままアジトに着くまで、ノートPCと首っ引きだった。


【side:ジュリ 停止した逆走列車内】

「ひゃ…っ!?」
急停止する電車――慣性の法則に逆らう術がある筈もなく。
ぐらりと傾いだ体は、しかし、壁や床に叩きつけられる前に抱きとめられた。

「ぁ… すみません、助かりました。…えぇと、」

スカートの裾を整え、咳払いひとつ。精一杯よそ行きの声と笑顔を作ってみせた。
さっきの叫びは聞かなかったことにしてもらいたい。

…が、見上げた男性の風体に思わず目を見張る。
着物に下駄履き。それだけなら、少し珍しくはあるが常識の範囲内だろう。
侍よろしく腰に提げられた木刀も…まぁ、コスプレということで納得できなくも…ない。

あたしを驚かせたのは、彼の右頬。やけに綺麗に描かれたハナマルマーク。
――それが見る見るうち、融けるように搔き消えてしまったことだ。

「……。」
「ん?どうした、俺の顔に何か付いてるかぃ?」
「いえ、あの…」
付いてるというか、付いてたというか。何だったんだろう、今のは。

「あっ、ひょっとして惚れちゃった?いやぁ~、色男はツラいねぇ♪」
「 違 い ま す 」
…自分でもビックリするほど冷ややかな声が出たよね。

「それより、電車…」
「ああ、停まったな。あいつら、上手いことやったらしい」
あいつらがどいつらだか分からないが、心から有難うって言いたい。
電車は停まり、衝突は回避された。そう、助かったんだ――…

そんな安堵も束の間。
窓の外、ぞろぞろと現れた黒服集団に、あたしは後ずさった。

「……やだ、なに……?」
どう見ても救助に駆けつけた警察の皆さん、って風ではない。
あの、手に持ってるのって、もしかしなくても拳銃…?

「ふ~む、電車に悪戯仕掛けたのとは別の奴らみたいだが…得物からすると、コンビニか?」
いやコンビニ店員はもっとないと思うけど…何言ってるのこの人…。

ふと、こちらへ視線を向けてきた男性と目が合う形になった。
見つめ合うこと数秒。…にまーっと、悪ガキのような笑みを浮かべる彼。

(…あ、なんだろ)

無性に、嫌な、予感が…。



【そして現在――先頭車両】

「… ……∑いや、ツッコミ役ってなんだよっ!!? あと左手の子は離してやれ可哀想だから!!」
「ほんとそれぇ!もっと言ってやって!ていうか助けて!?」

呆気に取られたように此方を見ている男の人と、彼に連れられた車椅子の女の人。
おそらく諏訪森が言っていたカップル、だろうか。
あたしはと言えば、着物男に後ろ向きに担ぎ上げられて、ここまで連れてこられたのだった。

もがきながら見回せば…
次々と車両の中に踏み込んでくる黒服さん達の銃口は、確かに着物男へ向けられている。
このままだと、あたしも巻き添えを食らうのはまず間違いない。

「…い、いやあああああ、離して!降ろしてったら!この人攫い!!けだものーーっ!!!」
「…人罵る時に『けだもの』って、今日びあんまり使わねえよな?」
「今日びっていうより、実際使ってるの自体初めて聞いたわ」
「必死の訴えをサラッと流すのやめてよ!? もぉぉぉ、おーろーせーーー!!!」

なんとか抜け出てやろうと両手両足をバタつかせるが、着物男はビクともしない。
ここまで人一人担いで走って来て、息が上がってる様子もない。何なのコイツ。ター●ネーターなの?

「まぁまぁ、そう暴れなさんなって。舌噛んじまうぜ?
ちょいとばかしイイコにしててくれよ、なるべく早めに終わらせるからさ♪」

表情は窺い知れないけれど、耳元で響く声はこの上なく楽しげで。

――ああ、どうやら。
あたしが漫画の続きに有りつけるのは、もう少し先になりそうだ――…。



[side:ヴァレンタイン 3]

次から次へと沸いてくるような黒服どもを見下した後、トンッ、と電車の屋根から地上へと降り立つ。
その地面には何千と数えられる蛇の大群が押し寄せていた。

勿論降り立った瞬間にこちらへ黒服どもが抵抗するなと言わんばかりに、銃を向けてくる。
だがそんなの知ったこっちゃない。お前たちに蛇の包囲網を潜り抜けられると思うなよ。

鳥たちはさらに数を増やし、猫も野良犬も、ネズミも次から次へと魔女の元へ集まる。
さらには裏山からの援軍もやってくる。T都には実は熊だっている。事前に連絡を付けておいたものの、こちらへ到着するまでは多少なりとも時間が掛かる。両袖へ両手を入れたら、次、出した時には手に暗器として持っていた毒液仕込みの細く鋭い爪が手の指に装着されていた。
それを合図に、待機していた動物たちが動き出す―――――。


途端にその場は地獄絵図と化す。
悲鳴を上げて倒れる者。犬と猫の鋭い牙と爪の餌食になる者。鳥に妨害されたのち、魔女に爪で喉を掻っ切られる者。
普通の人間が見たら発狂するレベルでの死闘が始まった。

――――ここでアイツとの過去の経験が活かされるとは思いもしなかったが、この速さ、反射神経、五感…すべて、アイツから受け継いだもの。
活かせるだけ活かし尽そうじゃないか。ミリュウ、見てろよ…お前との追いかけっこ、今ここでタメになってるんだからな、無事に帰ったらまた追いかけろよ?

色素を失った真っ赤な血色の瞳が、死を映し出す。己の身を返り血に染め上げながら。
他の奴らにも見えるだろう。異常な動物の大群。そして、先陣を切る、狂った笑みを浮かべた魔女の存在が――――



【side:ロビン】


「ミラビリス、君もいたのか…」

やっと止まった電車から降りてみれば、そこにいたのはかつての同僚の姿。
最近は顔を合わせる機会もめっきり減ったので、なんだかこんな時ではあるがこちらも緩く笑みを浮かべる。

「後ろの様子はどうだ?」
「ひとまず“処理”だけしてきたよ。乗客はあらかた落ち着かせているが…って、君、その手…」

ふと、真っ赤に傷ついた手に意識が向く。厳しい視線に気が付いたのか、ミラビリスはへらりと笑って簡潔に説明をしてくれる。
一通り聞いて思わず呆れてしまった。全く、彼も大概無茶をする。

「可愛い助手達に心配されても知らないぞ?」
「それを言われるとちと弱ぇぜ…」

くつくつ、笑い合って少し気が抜けたところで――それを現実に引き戻す声が響いた。

反射的に振り返ったところで、手に力が入らず立ち上がれないことに気が付いたので、肩を貸して窓へと誘導する。
夜闇にまぎれて一瞬わかりにくかったが、周囲に並ぶ黒い車。黒いスーツの男達。それらがまるで黒い波のように電車になだれ込んでいく光景――
肩を貸す隣がち、と鋭く舌打ちするのが聞こえた。

「まさか…コンビナート?」
「予感はこれか。ロビン女史、すまねーが、先頭車両にいる女子の『保護』を頼む。未確認の異能者だ、本人の意思確認をしたいとこだが……時間がない。 コンビナートの異能狩り、あっちに捕まるよかマシだろ」

言われて、ゆるり、反対側を確認する。なるほど、そういうことか。
それだけ聞けば十分とばかりに頷いて見せる。

「了解した。……くれぐれも、これ以上の無茶はしないでくれよ?」

聞いてくれるかはともかく一応念押しをしておいて、駆けだす。


心の奥底にざわつく、醜い衝動を必死に押し留めながら――



【side:カルディア】


(……あぶねェー…)

黒服の中に紛れ込むようにして、偶然見つけた姿をやり過ごしつつ、へふ、と息を吐く。
公安の〝レディ・ローゼン〟。やっこさんの知る中でも随一の戦闘派と、まともにやりあうのは分が悪い。
こちらも一応戦闘向けとして知られてはいるが、それはあくまでも予め裏を回しておいた時の話だ。

できることなら無駄な戦闘は回避したい。それこそこの場にいるらしい〝毒蛇〟とぶつかり合って消耗しててくれれば御の字だ、と思えるぐらい。

(……ま、とはいえ…)

気になるものは、気になるわけで。
先頭車両、『彼』がいるらしいという情報を得た場所の前で、扉を開けるかどうか思案していたところに――

「誰だ?」
(おっと、)

向こうから気が付いてくれた。流石、とゆるり、口の端を上げる。

「……久しぶり」
「!あんた…」

開いた扉に寄りかかるようにして、首だけ振り返って笑って見せる。
一瞬目を見開いたのち、さらに警戒心が強まったのを見て、嫌われたこと、とさらに内心笑みを深めて。

「心配すんな、お前とやり合う気はねーよ。オレとしてはこのままバックれたいくらいの気分でね」

あくまでふざけた調子で答えるも、相手方の緊張感が変わる気配はなくて。
僅かに動こうか戸惑った手は、ナイフの位置を確認したからだろうか――

「……あ、」

そこにきて、まじまじと手を見たところで、ケガに気が付くのである。
真っ赤に血が滲みつつある、酷い火傷に似た、それ。



―――ごめんなさい―――



ゆらり、胸の奥底の感情が、揺らいだ。



「………。」


かつ、とブーツを鳴らして。危険領域に自ら踏み込むように足を進める。
反射的に動いた手が仕掛ける前に、がし、と引っ掴むようにして、手と、彼の顔を交互に見る。

きっと、自分は今変な顔をしているのだろう。怒ってるのか、憂いているのか。
相手側も、掴む手に敵意がないことに気が付いたのか、相変わらず警戒モードを続けつつ、どこか何かを計りかねるような光をその奥に宿す。
一瞬のような数分のような奇妙な沈黙が落ちて、先に動いたのはカルディアの方だった。

白衣のポケットに手を突っ込み、大判の白いハンカチを取り出して。ざっくりと、しかしどこか怯えるような手で、確かに傷を保護するように、巻き付ける。
簡単な治療が終われば、逃げるように手を引っ込めて。誤魔化すように周囲にゆるり、視線を巡らせる。どこか喧騒が、遠い。

「……じゃ、オレ行くから」

短く言い捨てて、それからはもう振り返らずに走り出す。
何か言ったような気がしたが、それすら意識の外に切り捨てて。

ざわ、と。黒く淀んだ幻の手が、視界を埋めるように轟き、自らの頬を舐める。


「………うるせーよ」


吐き捨てるような、苦々しい声は、果たして誰に向けたものだったのか――



――現場近くの某車中。

次々に情報端末に流れていく一般の報道やらメンバーからの情報やら上への中間報告やら確認やら、
並の男であれば中間管理職の悲哀的に忙殺されていたろう、そのマルチタスクの最中に。

後ろからするりと伸びた白い手で、フレデリックの視界が塞がれる。

「……おい、集中しろ。キミは今、俺の邪魔をしてる場合じゃないだろ?」

こういう真似をするのは隣の席に乗っているシエル……では絶対にない。 
若干イラッとした様子で手を引きはがしながらフレデリックが振り返ると、
バックシートから身を乗り出した黒のエナメルスーツ姿の銀髪の少女が、
口元にホイッスルを咥えたまま、何かもの言いたげに数秒、蜂蜜色の瞳で彼を見つめていた。

 ぴゅるり~……と、短く、力なく、かすれたような音で口元に咥えた笛を吹くと、
彼女はそのままくったりと運転席のフレデリックの頭を抱きかかえるようにもたれかかってくる。
 驚くほどにラッキースケベ感は無かった。
背中にささる固い感触が、ゴテゴテと彼女の衣服につけられた鋲だの鎖だののせいなのか、あばら骨なのかも判別困難なほどに。

「……ハァ?! なんだって?! 腹が減った!? シッカリしろ、今それか?!大事なところなんだからお前」

「今の笛で何を言っていたか、わかりますの?」

がくがくがく、と背中に凭れた少女の体を両腕掴んで揺さぶるフレデリックにシミジミと呟くシエル。
ぽろりと笛が口元から落ちるが、呟かれた答えはやはりかすれたように小声でぽつり。

「お腹すいた…… フレッド。なんか食べさせて下さらないと私、もう無理です」

電車に突入した部隊の雑魚たちの半数ほどは実は彼女――ジゼルの能力により作られた【兵士の模型】である。
操作には彼女の意識共有が必要であるため、精密な動きや複雑な行動選択を同時にこなすことは当然困難ではあるが、
時に、質より量が求められる現状のような作戦においては、ジゼルの能力は実に使い勝手が良い。
だが、そうして配備された玩具の兵隊は、もし彼女が操縦を放棄した場合、文字通りのガラクタとなり砂塵に帰すことだろう。

のん気に飯食ってる場合じゃない。ソレは確かな事なのだが。



【side モラトリアム-アーテル

山手線O駅。
先程、目の前に展開された信じがたい光景に対する驚愕もいくらか過ぎ去り、喧騒の余韻が僅かに残るのみ。
騒ぎの際、近くに立っていた青年が、近くの喫茶店でテレビのニュース速報に目を向けていることなど露とも知らず、7歳前後の少女はO駅からI駅方向へと駅沿いの暗い道を歩いていた。

「…〝パーティ〟は失敗、ですって?」

チッ。
それまでの芝居がかったような口調から一転して、なんともガラの悪い舌打ちが漏れる。
幼い少女はぐるりと辺りを見渡した。そうして、誰の人の目も無いことを確認すると、すぅっと息を吸う。

「…むーんだいやもんどぱわー、めーいくあーっぷ」

棒読みに近い呪文のようなものを呟いた次の瞬間、少女の身体は背や髪がぐんと伸び、体つきも明らかに大人のそれに成っていく。
ふぅ、と軽く息をついた時には、彼女の姿は、少々小柄な、しかし成人しているであろう女性へと変貌を遂げていた。
黒と白の、所謂ゴシックロリータと呼ばれるようなドレスのポケットから、スマートフォンを取り出すと、画面をタッタッとタップする。立ち上げたのは、コミュニケーションアプリ。

『〝あたし〟よ。今、O駅出たところ。
 ところで、失敗ってどういうコト?
 ニュースサイトで速報が出るような騒ぎになっちゃったのに、失敗って、ダサ。』

軽快な指の動きで文字を綴り、反応を待つ。

「…派手な打ち上げ花火が上がると思ってたのに。つまんないわ」



居合わせた公安の女性の尽力により一旦は落ち着いていた乗客達は、電車が止まったことにより再びざわめきはじめていた。
カウントダウンを刻んでいた車内ディスプレイの表示は消えたものの運転手や車掌からのアナウンスも無く、通信端末も相変わらず繋がらないまま。車外では乱闘騒ぎが起きていて、出るに出られない。
不安げな会話、舌打ち、すすり泣く声が細波のように広がる。

最後尾車両後方。ドア脇の座席に深く腰掛け、座席脇の袖仕切りに寄り掛かってぼんやりと、彼女はその光景を眺めていた。

(赤い電車並みの速度で走る山手線なんて珍しいアトラクションに乗れたのは面白かったけれど、)
「…なんだか大変なことになってきたねえ?」
(わくわくするわ!)
(見たい番組があったのに…。)
(お気の毒ですが諦めてください。)
(“ピーターパン”のせいで…。)
(何時になったら帰れるますか。)
(モラトリアムのばか…。)
(まだしばらく掛かるんじゃない? この規模だし。)

怠惰な体勢からのろのろと姿勢を正し、少し振り向いて窓越しに外を見遣れば、黒服の集団と“毒蛇”とその仲間たちが大規模戦闘を繰り広げている。

(夜間で幸いでしたね。白昼にあれを展開されていたら、目撃した乗客はパニックでは済まなかったでしょう。)
(さっきあの蛇、私たちの足元を掠めて行ったのよね。失礼しちゃうわ。ご挨拶に行きましょう?)
(もう帰ろうよ…。)
(乗客と外の人間をぜんぶ片付けて帰れば解決するます。)
「やだよ、面倒くさい。」
(みんなでがんばれば1分で終わるます。)
(ドアを手動で開けるのが面倒くさい。)
(ドアならさっき“毒蛇”が開けていったわよ?)
(あのドア…誰か閉めてほしい…。寒い…。)
(地面まで1m以上の高さがあるのを足場もなしに降りるのは大変だし。)
(120cmは飛び降りても死ぬような高さじゃないます。)
(タクシーを呼べそうな道まで出るのに、線路脇のあの傾斜の土手を登るだなんて罰ゲームでしょ。ねえ、ラヴェもそう思わない?)
(そうですね。現時点では一般人に紛れて救助されるのが最も穏便です。状況が変わるまで、このまま待機してください。あの黒服たち…おそらくコンビナートの手の者でしょうが、彼らがこちらの車両にまで及んだら別の対応を検討します。)
(つまり“毒蛇”が倒れたら動いて良いますね。)
(コンビニのみんな、がんばって頂戴!)
(もうやだ…。)

目を凝らして外の状況を確認する。
先頭車両方面は黒服の層が厚く一部突破されているようだが、些か距離のある後方側は“毒蛇”が優勢で、最後尾のこの車両にはまだ誰も到達する気配は無い。

「あーあ。さっきの公安のお姉さん、はやく戻ってきてくれないかな。」

欠伸をひとつ噛み殺すと、彼女――エルダは、再び座席脇の袖仕切りに体重を預けた。




狭い車内。
シエルと呼ばれた少女は、アンニュイな瞳でそのやりとりを見つめていた。

ビーフストロガノフ(牛丼)
「日本の物はなんか違います」
「……ハンバーガー」
「ピクルスが酸っぱいから嫌です」
「抜いて貰え」
「そもそも緑色のお肉を食べさせるというのですか、私に。まあなんでもいいんですけど、それはちょっと」

男と女が、顔を突き合わせて何か言い合いをしている。
聞き間違いでなければ、そのやりとりはまるで、これから食べるランチの語らいのようだ。
だが、そんな訳が無い。

ここは戦場だ。
公安、コンビナート、蛇頭、ハーメルン、モラトリアムが群成す、N国では中々お目に書かれない鉄火場なのだ。

「分かった」

男――フレデリックはついに折れ、降参のポーズを取った。
携帯をすらりと手に取り、微笑む。

「わがままディエーヴゥシカ(お嬢さん)の言う通りに。
……もしもし?”むら寿司”さん? すまないんだが今からニコニコランチ折詰を…2人、ああいや3人前。梅セットで」

ぷちり。
その携帯はすらりと伸びた手に取られ、通話は終了された。

「何でさ」

フレデリックが聞き返すと、ふっと、手の主。ジゼルは微笑みながら、

「なんか、そういう気分じゃありませんの」
「殴られたいの?」

互いに真顔になる。
女、ジゼルはつらつらと続けた。

「だって、あんなに何人も動かしたらそれはそれは、何人分もお腹が減るに決まっているじゃないですか。」
「量なら、」
ニェット()です。ガソリンだとして、軽油とレギュラーは全然違いまぷ」

ぶにゅ。
男の手は迷いなく、ジゼルの顎を手で挟んでいた。

「間違えて居たら謝罪するが、君、この機に乗じてタダメシ高飯を喰らおうという算段じゃあないだろうな」
「………………」

あまり笑わぬ男の清純極まるいい笑顔と、目を逸らした女性は大極的だ。


溜息が車内に零れ、続けて、見かねた様にシエルが呟いた。

模造人形(ドールコープス)が、半分、破砕されました」
「は?」
「思った以上に抵抗が激しいです。……ただ、何名かの疾患者確保には成功しているようです。」

シエルは無感動に宙を見つめ、

「費用効果としては十分かと。滅裂偏愛者と、過薬偏愛者。既に移送済みです。
過剰なコスト投入は避けるべきかと」
「そうですそうでふ」
「口に無理やりチキンナゲットを詰め込んでやってもいいんだぞ」

少女に面白そうに追従した女性の口をふにふにと挟み込みつつ、
考え込むような様子の後、茫然としていた連絡役の男に声をかける。

「今回の任務は”疾患者の確保”だったな」
「は、はい。ですがまだ」
「”すべての疾患者の”、ではない?」
「………そ、そうではありますが、」

遮るように、カブームと音が鳴る。
思わずアメコミのような表現になってしまうぐらい、派手な火炎が上がる。
方向を見るに、ぶっ飛ばされた兵隊らの方角だ。
もくもくと黒煙が上がっている。

「………あー……」

そして次々に悲鳴やら破壊音が聞こえてくる。
あーあ。
限りなく景気の悪そうな顔をした"司祭"は、
顎を撫でながら溜息を吐き、結論を出した。

つまらなそうに携帯を取り出せば、早々に通話を始める。

「各疾患者エージェントへ。下級エージェントに現場を任せ即時撤退が推奨された。
充分な目的は果たした、後はヘマせんように自由にやってくれ」

コンビナートの各員へ、上司からの命令を噛み砕いて伝えれば、
さっさと椅子に座り直した。

「シャイゼリヤへ」
「は、は?」
「知らんのか。チェーンの仏料理屋だよ。出せ」

車は困惑するエージェントによって発進され、現場から離れていく。

「クロスナーさん」
「何だいジゼルさん」
「今日だけ大好きです」
ぴぴー。そんな軽妙な音が車内に響いた。

「パリ風ドリアがいいです」
「はは。好きなだけ食べてくれ。これから重労働なんだから」
「??」

葉巻を取り出しながら、あっさりとそれは告げられる。


「”下級エージェントに任せ”っていったろ。君、下級エージェントの半数は誰が操ってるんだ」
「………」


ぴゅる~……。
物悲し気な音が、冬の空気に混じって消えて行く。


―そしてO駅付近。路上にて。

『ち』

ほどなく小さく震えたスマートフォンを取り出し、
あえて人目を憚って一般に広く流通している「LIME」風のコミュニケーションアプリを覗くアーテル。
目にしたのはタ行2段目のその一文字のみのフキダシ。

『ち』

『ちk』

『血』

『。』

『ちか』

『ちか国』

『いr』


「だぁああああ!! 田中!! こういうのは田中だろてめーどこだ!!」
その後見ている間にもアプリの画面に続々とと並ぶ無意味な変換ミス文字列に軽くぶち切れ風味に一瞬罪なきスマホをたたきつけかけるものの、
傍らを通り過ぎかけたサラリーマン風がびく、みたいな顔で振り返ったのであらやだ♪と他所いきの調子に戻りつつ、周囲をきょろきょろ。

いた。視界の端、車道にかかった陸橋の上で一心不乱にスマホをぽちぽち打っている、
昨今どこかの田舎の中学でも探さなければ割とお見かけできない黒い学ラン姿に細長い包みを担いだ少年。
剣道少年くらいで見逃してくれよという雰囲気の竹刀か木刀の包みに見えるそれの中身が旧帝国陸軍の軍刀であったり、
おっとりボンヤリしているようにしか見えないが刀を抜かせれば結構な使い手であることは知っている、仲間の一人。

つかつかと駆け登ってそちらに近づいていく間も、コミュニケーションアプリの履歴は増えていくがもう目をやる気にもならない。
近づきざまに、たし!とスマホを慣れない手つきでなぞっている少年の手を軽くはたいて止めさせる。

「む、 あーてるか。近くにいる、ととりあえず連絡を入れてみようとしたのだが上手く行かなんでな」
「あーあーあー、知ってる。それはもう知ってるともさ!……っていうか動転するのは解るけど、落ち着こう新人の田中君?」

腰に手を取りニッコリと詰め寄るアーテルに、緊迫感の無い様子でそうか、と田中はスマホを懐に仕舞う。

「……いや。俺は動転などしていない。 この、すまーとふぉん、というモノの使い方がまだよくわからないだけだ」
「それはそれでそっちのほうが恥ずかしいんじゃないの。 いいよいいよ、言い訳しなくても」
「いや、事実である故、嘘は言っておらぬ。 今回に関しては『失敗』も頭目の望む結果のうちであったようじゃぞ?」
「……?ナニソレどういうこと」
「俺のところには『もし爆発するようならとりあえずお前はその力で時を数秒巻き戻せ』と指令が来ていた」
「ふうん?」

まったく、おえらいヒトの考えることはよくわからない。
ただ一つわかるのは、田中、コイツ、そんな指令受けたのにこんなとこに居ちゃダメだろうということだ。
現場は流石にここから見えない。彼の異能――数秒時間を撒き戻す力は、彼を中心としたほぼ通常の視界と同程度の狭い範囲だったはずだから。
そうして一つ溜息をつくと、田中による荒らしが収まったアプリの画面を改めて返答を待つように見つめる彼女だった。



[side:ミラビリス]

「……一体何のつもりなのやら」

闇に溶け込んでいった後姿を目で追い、ミラビリスは深々と溜息をついた。
怒りと憂いが混在するような表情。怯えるような手で巻かれた、傷を保護する白いハンカチ。そして、僅かに見えた、零れ出す彼女の『世界(幻覚)』。

「あの反応から察するに、この傷は彼女の過去に触れる。そういうことだろうけど……」

言いつつ、開いた扉から外を見る。黒服たちを阻む動物たち。その割に少ない血の匂い。闇夜の中、いくつかの気配が捕らえられたような感覚。
――思った以上に、この場には多くの疾患者がいたらしい。そして、一部は逃げ切れなかっただろうことも。

「自分が無事だっただけ御の字と思うべきか。見逃されただけか、それとも……」

先のカルディアの言葉が真実なら、彼女は乗り気ではなかったのだろうけど。

「あぁ、止めだ止め! 引いてきたとはいえ、まだコンビナートの連中もいるしな。とっとと撤退するか」

ちらりと、後部車両を見る。ロビンはあの疾患者の少女と出会えただろうか? 無事に脱出出来ただろうか? 気がかりはあるものの、少しずつ黒服も近づいている。
怪我の分、早めに行動せねばなるまい。

「……どうか、無事で」

ぽつり、呟いて、電車から飛び降りる。自らの感覚と、周囲の動きと。それらを見ながら、ミラビリスは足早に歩き出した。




[side:ヴァレンタイン]

―――――おかしい。手ごたえがない。

奴らを斬っているのに、返り血はほとんど浴びない。それどころか、生きてるかすら疑問だ。
動物達も言っている。奴らは人間じゃない、別の何かだと。

笑っていた笑みが消える。なんだつまらん。

「……おもちゃの兵隊に付き合う気なんぞない。生きた本物の兵をよこせ。コンビナートは弱虫か?」

そう愚痴をこぼせば、相棒の化生へ犬笛で指示を出す。動物達にも疾患者が逃げたのを確認したら散るように声をかければ、恐らくまだワシの姿だろう相棒ともう一匹、自分が世話をしているワシの足に両手で掴まり、その場を飛び立つだろう。

……今回の大規模テロは若に伝えなくては。
ピーターパンが大きく動いたこと。それと、コンビナートも疾患者を捕まえに動き出したことも。

――――――いつか、コンビナートの拠点に突っ込む日がくるかもしれないな。
そんな気持ちを抱きつつ、相棒と共にその場を後にした。


side:最終列車先頭車両/シンディ視点]

「……収まりましたか」

 最初ここに爆弾がと思ったらそれはダミーで最後尾に爆弾が、とみせかけてそれもブラフで実は逆走してくる列車との衝突が本命、とか。
挙げ句の果てにどうにも居合わせた組織?の人たち同士で抗争が始まったようでなにやら派手に派手な事になっていたけれど、それもどうやら小康状態に落ち着きつつあるような感じがする。
途中、聞いた事のある声が何かを叫んでいるような声が聞こえた気もしたけれど……彼女はおうちの都合で学校を休んでいる身だし、まさか夜遊びなんてしていないだろうから気のせいだという事にしておく。

 ——逃げるのなら、今のうちかな。

 一応〝探偵〟さんに話は後でと言われた以上、彼を待つ義理くらいはあるかもしれないけれど。
なんの後ろ盾もないか弱い女子高生の身としては闇に隠れて生きる人に姿を見せられぬ陰の組織と暗い運命を打ち壊せ的な関わりあいになるのはちょっとご遠慮願いたい所だ。

 ——あれだけ特徴的な人だから、後からでもその気で探せばきっと見つける事はできるだろうし。

 そうと決まれば後は行動あるのみ。騒ぎの中で自然と切れたのか電車を止めるために誰かが切ったのかは定かではないけれど、とにかく今は電気がきていない様子なので扉は全て手動で開くハズ。〝死体〟さんが開けた扉でもいいけれど、出来るだけ地味で目立たなさそうな……

 「あ、あの……」
 「?」

  掛けられた声に振り向くと、先ほどからあわあわおろおろしていた〝ぴあああ(仮)〟さんがやはり視線を泳がせながらこちらを見ていた。先ほど〝探偵〟さんについて何かご存知かと思って聞いてみたのは記憶に新しいのだけれど、ご存知ないのか混乱されているのかよくわからなくてとりあえず話を切り上げたつもりだったのだけれど。

 「ええっと、あの、その、あの、ぴぁああ……」

  どうにも言葉が出てこないらしい。格好からして会社勤めをされていて、つまりは年上なんだと思うのだけれどなんとも放っておけない気持ちにさせる不思議な人だった。

 「えっと、私、外にでようと思うんですけれどよかったらご一緒にいかがですか?」

  目の前の人をはじめとして、ものはついでだからまだ車中に残っている人たち全員にも声を掛けた。

 「外もほら、こちら側は落ち着いてきていますし——今なら、うちに帰れますよ。きっと」

  先ほどまで動物達と黒服さん達が街灯の弱い灯りの中戦いを繰り広げるなんてシュールな光景が繰り広げられていたけれど、どうやらそちら側はケリがついたようで今は動く姿があまりない。
一方で反対側はといえば、一時期動きが変になっていた黒服さん達が再集結して態勢を整えているような感じがする。

 話は、纏まった。元々こんな時間の電車だったからご老人とかご病気の方もおらず、これまでの騒動で動けない程の怪我を負った人もいなかった。
「さ、行きましょう」なんて〝ぴあああ(仮)〟さんの服の袖を引っ張って。
思ったより高かった車両から降りるのに男の人の手を借りたりしながら、私たちはその場を後にした。

[side:一方その頃 TN高速道上、バス内。/ セイコ視点]

『ただいま山手線にて車両トラブルの関係で各線の最終電車に影響がでており——』

 1列2席という空間を広々と使った夜行バスのシートに背中を預けながら、繰り返される車内アナウンスにその人物はしみじみとため息をついた。
組織からの命令で急な出張を命じられ、なんとか成し遂げようやっと帰途に付けたと思ったら、これだ。思わず愚痴の一つも言いたくなったのでポケットに閉まっていたモバイルを取り出しショートメールサービスを立ち上げる。

『もしかしなくてもコレ、失敗ってコトですか。またトンボ帰りとかヤメてくださいね?』

 50絡みのそれなりに地位も恰幅もありそうな壮年の男性という外見からは想像できないような砕けた文面のメールを送信すると、その人物ーー九備越智誠子はそっと目を閉じた。
 彼女へと下される指令は新たな何か。それは、彼女の上司のみが知るーー。



「ハーメルンの与太郎を知らねえとは、新人かモグリかぁ~♪」
高らかに名乗りを上げる与太郎にざわり、とどよめく車内の黒服。
……なのだが、中には明らかに、どよめいていないのも居たりする。
あれは自動人形か何かとか、誰かが叫んでいた奴なのかな、と目星をつける与太郎。

「与太郎!まさかあいつは……!」
「知っているのか雷田!?」
「聞いたことがある(中略)で確か千人斬らずの異名を持つ……」
「そうそう♪」
ああ、こいつらは人間だろうな。にっこり頷いて、与太郎。
ニンゲンの奴だけ、覚えておいて……人形は、どうとでもなるだろう。

「ハーメルンのほら吹き男!」
「お前、顔覚えたからな?」

肩にのっけた珠里を振り回しながら悪い笑顔を浮かべると、与太郎はずびし、と男を指さす。

「それにしても、あんた、そんな得物ひとつで中々ヤんなあ?」

そんな与太郎に向かって呟く葉隠。「中々ヤル」がウデマエなのか、漫才のワザマエなのかは彼のみぞ知るというタイミングで。
列車が止まったのちに、未亜を連れ出すために車内へ戻ったら、
雪崩れこんだ黒服の人さらい相手に相手に行きがかり上の共闘の合間なのだが、何とも余裕のあるというか不思議な男だ。

珠里を担ぎ上げたまま木刀一本で暴れまわっていた与太郎は律儀にそちらを振り返ってニッと笑う。

「そらぁ、こんな可愛いお嬢さん守りながらだ、気合いも入ろうってもんよ。
 つーか、ソッチこそ、鉄火場は慣れっこって感じじゃないのか。 どーよ、俺たちの仲間になれよ♪」
「ちょっ…と、人のことブンブン振り回しっぱなしで呑気に和んで話してないでよ、シムラ!うしろ!!後ろ!!」
後ろから銃口を向けかける新たな黒服に、ぽかすかと与太郎の肩を叩いて注意を促す珠里。
「シムラ誰だよ!?だから俺は与太郎♪そーいえば、お嬢ちゃんの名前をまだ……」
答えながら低く姿勢を落として踏み込むと、木刀で後ろから狙っていた相手の脚を払う与太郎。
返す刀でもう一人。めきやめきゃと相手をなぎ倒していく。
そして最後の一人の喉元を突き上げ……た瞬間に、何故か一瞬低く呻いて内腿を押さえてしゃがみ込む。

「くっ……俺としたことが、恐ろしい武器の存在をすっかり忘れてたぜ……不覚」
「えっ?!なに?どこか撃たれて…ないよね?どうしたの? って、黒いの居なくなってる…。…もういいでしょ、降ろしてよ。その、手ぐらいなら貸せるし…」
「そう……?じゃあ、とりあえず、コイツを持ってて」

そう言って笑いながら懐に手を入れる与太郎。 
おもむろにそこから取り出したのは、いたってシンプルな金属製ハンガー。 
ぺたりと百均のお買い上げシールが貼られている。

「じゃあ、ソイツの事はお嬢ちゃんにまかせた♪気を付けろよ。使いようによっちゃ、油断のならねえ武器だ。
 ……あと、俺の連絡先は、ココ。ていうか、今夜宿に困るならご案内するぜ。」

ぴ、と一枚メモに書かれた電話番号と簡単な地図を、珠里と葉隠に手渡して。

ああ、うん。それを、帯に挟んでて、そう。

かがんだ時にソレがお腹に刺さったのね、うん、とんがったとこが、あー、あー。

なんか人肌であったかいね、これ。

「……って、何でこんなもん持ってるワケ!?」

珠里が叫んだ頃にはもう与太郎の姿は無く、振り返ればあの異形の少女とシャベルの男の姿も無かった。
まだどこかの車両から聞こえる銃声、何人もの走る足音。サイレンの音と赤い光。 ヘリコプターの音。
撤退していく黒服たち。そののち駆け込んで来るオマワリさんが、怪我はないかと聞いてくる。

そしてだんだんに静けさがもどってきて。
サスペンスドラマみたいな状況で何故かどこか懐かしいような気がしたりする暇もなくブンブン振り回されてる間に謎の和服男から金属製ハンガー一本預かって、
安全が確保されたのちも事情聴取やら念のため病院やらなんやらを何とかはぐらかして切り抜けたりなんだり。
彼女がようやくホテルに戻れたのは他の乗客共々明け方近くのことだったという。
友人の無事を確かめたり、貰ったメモを手にしばし考えたり、
台所でうまかっちゃんの袋を開けるか、寝るか、ほんの少し迷った挙句に睡魔のほうに軍配が上がったりしていたかもしれない。



あくまでもタダの乗客を装い続けたのなら、『白い災厄』の別称を持つその人物も、
若干うんざりと彼女と大差ないその日の朝を迎えたかもしれない。





 都内某所。高級料亭。ゆらりと揺れる燈明の灯の下、二つ並んだ水盆を見下ろす複数の人影。
背広姿の男に黒と白の束帯姿の人物の混ざったその一群は、やがて悲痛な表情を浮かべて灯を消す。

『まさか、我々の計画に感づかれるとは。ウラノツカサにスパイでも潜り込んでいるのか?』
『密偵?どちらの?……まあ、疑わしきはいくらでも叩けばわいてくるでしょうが。
 愉快犯のする事ですし、偶然の可能性も頭から外してしまうのは愚かです』
『名だけを語っている別の組織の関与やら、我々の知らない新勢力の可能性も』
『……それはなかろうよ。ならば卦が見て取れたはずじゃ。無念よのう……最良の合の日であった』
『次は何年後になることやら……』
T都を巡る山手線、O府を巡る環状線。
東の陣を陽とするなら西の陣は陰。

今宵、手筈通りに『合魂(みたまあわせ)の儀』が行われたならば、
東西の陣を巡る数多の魂もつ人を乗せた列車の一台一台が一つの符となり、
過去から幾度も様々な形で試みられてきたこの儀式の術式は完全な形で形為す……はずだった。 

山手線と環状線の列車ダイヤを人知れず政治的な工作をも含めて綿密に調整し、遠く離れた魂の霊力を東西の陣で時を合わせて加速し結びあわせ、
その力で一気にかの西の商都まで結界を拡げる祭儀にとって、今宵は最上絶好の機であったものを。

成功していれば、第六疾患者全てを一日にして囲い込みこの神国N国においては完全掌握支配する基盤が確立していたことだろう。 

――狙いすましたように起きた爆発テロにより、儀式は中止。これは偶然なのか、必然なのか。


『西陣の準備は整っておりましたのに。無念です』
『九尾越智か。だが、肝心の東がこの有様ではなあ』
『……我らとて、一枚板ではありませぬし。 軽々しく合魂を執り行うなという意見も少なくはなかった』

灯の消えた暗闇の中、彼らはひっそりと水盆に映る月をみつめていたという。
何れにせよ、民衆も第六疾患者どもも誰ひとりまだ気づいていないなら、いつかまたチャンスは訪れる。


――それもまた、一つのありふれたやり方。





×月×日 A新聞朝刊

本日未明の山手線暴走事件における死傷者の数は78名。行方不明者8名。
テロリストグループ『モラトリアム』の犯行と思われるが、
その他の第六疾患者組織『蛇頭』『コンビナート』『ハーメルン』のメンバーの目撃情報もあり、
当局では事件の背後関係に関しては慎重に調査を進めているらしい。

山手線は外回り・内回りとも本日は終日停止。各駅・路線で復旧作業と爆発物調査が行われる。
運転再開は現時点では発表されていない。

<了>

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最終更新:2016年01月09日 12:52