ハーランド・デーヴィッド・サンダース(Harland David Sanders、1890年9月9日 - 1980年12月16日)カーネル・サンダースとして知られている。
なお、カーネル(英:colonel)というのは名前でも通常用いられる軍の大佐の意味でもなく、
「ケンタッキー・カーネル」というケンタッキー州に貢献した人に与えられる名誉称号(名誉大佐)である
(彼自身若い頃に従軍してはいるが、
一兵卒止まりの軍歴となっている)。
日本人にもこの称号を授与された人が数名存在する。
若い頃から多くの職を転々とする波乱万丈の苦労の末、経営するガソリンスタンドの倉庫を改装した僅か6席の食堂から、
全世界規模のフランチャイズチェーンを築き上げた、まさに立志伝中の人物。
客の要望から始めた小さな食堂「サンダース・カフェ」は、ほんの数年でモーテル併設・142席の大型店舗にまで成長。
この繁盛店による州の食文化への貢献と、孤児救済の為の多額の寄付を評価され「ケンタッキー・カーネル」の称号を授与された。
更にはそこの名物メニューだったフライドチキンをワゴン車に積んで各地を回り、調理法を教えてフランチャイズに加わってもらい、
歩合をもらうというアイディア商法を考え出す。
これがケンタッキー・フライドチキンの始まりとなる。
日本の消費者にフライドチキンの美味しさを知ってもらいたいという事と、当時紅白の塗装店舗から
理容店と間違う客が存在したため、
間違い防止も兼ねたPR活動のシンボルとして、日本各地でカーネル像がディスプレイされるようになったが、
これが好評だった結果世界中のフランチャイズ店でもカーネル像が飾られるようになったと言われる。
誠実さをモットーとし、味と清潔さに妥協しない厳格さで知られた氏にとって、ルールを律儀に守る日本支店は特にお気に入りだったそうで、
1970年に日本初出店後、1980年に亡くなるまでの晩年、視察のため三度も訪日していた事も知られている。
カーネル像は70歳当時の彼を象った物であり、視察の際「君は年を取らなくていいなあ」と笑ったとも伝えられる。享年90歳。
1985年10月16日、阪神タイガース(以下阪神)のセ・リーグ優勝が決まった際、
ファンが道頓堀店のカーネル像を当時の助っ人のランディ・バースに見立て、店員に暴行を加えて制止を聞かずに担ぎ出し、
胴上げの末道頓堀川に投げ込んでしまった。
この事件以後、阪神は成績低迷に陥り18年間リーグ優勝から遠ざかったため、これを「カーネル・サンダースの呪い」
(別称「カーネル・サンダース像の呪い」「カーネル人形の呪い」、あるいは単に「カーネルの呪い」など)だと呼ぶファンがおり、
都市伝説として定着していたが、2009年に水辺整備のために潜水調査した所、偶然発見されて引き上げられ、24年ぶりにその姿を現した。
なお、バラエティ番組「探偵!ナイトスクープ」が第1回放送からカーネル人形の追跡調査を行ったのだが、
その際に送り出された調査員の「槍魔栗三助」氏とは、当時この芸名で活動し、
後に『
餓狼伝説2~SP』で
ジョー東や
ギース・ハワードらを演じることになる生瀬勝久氏である。