多層建て列車

登録日:2012/09/27(木) 03:32:06
更新日:2018/04/18 Wed 19:13:15
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「多層建て列車」…と言われてもさっぱり分からない人が多いだろう。

具体的に言えば、一つの列車が二つに分かれて別々の終着駅を目指す、と言った運転方法である。
東北新幹線の「やまびこ・つばさ」や「はやて・こまち」と言えば分かりやすいかもしれない。

途中の駅で切り離しを行って、切り離した車両がその駅で終点となる場合は厳密には多層建て列車ではない。

専門的には2方向へ向かうものを「2階建て」、3方向へ向かうものを「3階建て」と言うが、別に車両がMaxのように二階建て車両と言う訳ではない。二階建て車両も一部やってたりするけど。
少々紛らわしい言葉である。

また、変則的なパターンとして、切り離した車両がその駅で終点扱いになった後、後続のその駅始発列車に化けるパターンもある。


◎概要

この運用方式の長所として…


  • 乗り換えなしで目的地へ向かう事が出来る
  • ダイヤに余裕がない時、一つの列車に纏めれば線路の容量を有効活用できる
  • 需要に差がある幹線と支線で編成の長さを変えることによる輸送力の適正化



などがある。一方、短所として…

  • ダイヤの調整が難しく、一度ダイヤが狂うとたくさんの列車に影響が及んでしまう
  • 列車を切り離したり連結する際の手間が多く、停車時間が長くなってしまう
  • 間違えて別の目的地に到着してしまうお客さんが出てしまう
  • 分割併合を行う駅では特別な設備や余計な人員が必要となる。


というものがある。
また、国鉄当時はこういった運用を行うものは客車列車の他に、気動車列車が目立っていた。
乗り入れる支線の多くが非電化だったのもあるが、編成を自由に組める柔軟性が大きかったのも理由だろう。
そのため、電車による運転もあったのだが比較的少なく、
こういった運用を想定して581系や583系、485系に取り付けられた貫通扉は多くがお荷物となってしまった。

その後、新幹線の開業などで一時こういった多層建て列車は減少したのだが、JR以後はこのような運用を前提にした車両が多く造られる事となる。
先程取り上げた貫通扉も、JRの臨時列車などで有効活用された例も多い。


☆代表的な列車

◎現役の代表的な多層建て列車

  • やまびこ&つばさ
  • はやぶさ&こまち
現在の多層建て列車の代表格。ミニ新幹線への乗り入れのため、東北新幹線の列車と併結運転を行う。
福島駅や盛岡駅での連結・切り離しの様子をじっくりと見た人も多いかもしれない。

  • 踊り子
伊豆急下田行と修善寺行が東京から熱海まで併結運転。熱海駅では増解結作業が見られる。

  • 成田エクスプレス
東京駅で新宿・池袋方面と横浜・大船方面に別れる。 むっちゃ深い地下ホームで行う。

  • ひだ
名古屋方面と大阪方面からの列車が岐阜駅から併結。
キハ85系の貫通先頭車が大いに活用されている。
この大阪発着のひだはかつて運行されていた急行たかやまの末裔。

  • はしだてorきのさき&まいづる
京都駅~綾部駅間で併結し、はしだては福知山駅から京都丹後鉄道経由で天橋立駅、きのさきは城崎温泉駅、まいづるは東舞鶴駅へ向かう。
車両は287系電車と京都丹後鉄道KTR8000形気動車が使用されるが、電車と気動車の併結運転は行われない。
なお、KTR8000形はJR区間しか走行しないまいづるにも使用される*1

  • サンライズ瀬戸・サンライズ出雲
東京駅~岡山駅間で併結し、岡山駅からそれぞれ高松駅と出雲市駅へ向かう。

  • しおかぜ&いしづち
宇多津駅または多度津駅~松山駅間で併結し、しおかぜは岡山駅、いしづちは高松駅へ向かう。

  • 南風&しまんと
宇多津駅または多度津駅~高知駅間で併結し、南風は岡山駅、しまんとは高松駅へ向かう。

  • 南風&うずしお
岡山~宇多津間で併結し、南風は高知駅へ、うずしおは高松駅経由で徳島駅へ向かう。
なお、このうずしおは快速マリンライナーのように瀬戸大橋線から直接坂出駅へ行かないため、宇多津駅と高松駅で2回方向転換(スイッチバック)を行う*2

途中区間で分割併合がある列車には、貫通扉を持つ30000系(EXE)や60000系(MSE)が使用されている。

  • 東武特急リバティ&アーバンパークライナー
春日部(アーバンパークライナー)、東武動物公園(リバティけごん&リバティりょうもう)、
下今市(リバティけごん&リバティきぬorリバティ会津)で併結・分割が実施される。

  • 関空・紀州路快速
大阪方面から日根野まで併結し、日根野で関西空港方面と和歌山方面に別れる。
指定席がない一般列車かつ空港方面と分割するため、多数の訪日外国人を和歌山送りにしてしまい一時問題視された。
なお、使用車両には貫通扉はあるが幌はなく、走行中に双方を行き来することはできない。

◎廃止された代表的な多層建て列車

  • 東武快速・区間快速
リバティけごん&リバティ会津の前身で、あちらと同様下今市で併結・分割が実施される。
浅草発会津田島行きは私鉄の一般列車で最長区間を走っていたことでも知られる。
しかし、使用していた6050系が老朽化していたこともあり、リバティへと置き換えられる形で廃止された。

  • 近鉄特急
阪伊特急&京伊特急(大和八木~賢島)、京奈特急&京橿特急(京都~大和西大寺)などの併結が実施されていた。

  • 近鉄南大阪線準急
古市駅で一部が橿原神宮前と富田林で併結・分割されていた。
現在は案内こそされないが、朝夕のラッシュ時などに古市駅で吉野・橿原神宮前方面の準急または急行(いわゆる化け急)と河内長野方面行きまたは御所行きで併結・分割されている。
やっていることは変わらないどころかむしろエスカレートしてるが、橿原神宮前&富田林以外は複数方向への方向幕も対応してる反転フラップ式発車標もないため仕方ない。

  • かもめ&みどり&ハウステンボス
1992年から2011年まで、当時日本唯一の三方面へ向かう「三階建て列車」として運用されていた。
かつては「かもめ」と「みどり」が連結運転を行っており、そこに「ハウステンボス」が加わった形となる。
その後「かもめ」が抜け「みどり&ハウステンボス」での運行となったが、一時期「有明&かもめ」で「かもめ」も二階建てになった。
みどり&ハウステンボスは大半の区間を連結走行するため、片側がノーズありでもう片側が貫通扉付きという列車を2編成用意して運行しており、貫通扉付きの部分を連結して中を行き来できるようになっている。

  • 国鉄時代のかもめ
国鉄時代の特急かもめはキハ82系投入後、宮崎行と長崎行を京都から小倉まで連結して運行していた。
このかもめは双方の行先に食堂車が連結されており、担当する会社も別々だったので味付けやメニューの違いから中には食べ比べをする乗客も居たという。
同じように食堂車を2両組み込んで担当する会社が異なるという事例は白鳥とつばさでも存在し、何れもキハ82系での運転だった。

  • 草津&水上
新特急として登場した2列車も多層建て運転を行っており、水上が臨時列車へ格下げされても草津との連結運転は守られていた。
しかし、2012年3月のダイヤ改正で水上が臨時列車よりも運転日数の少ない季節列車へ格下げされたため、連結運転が廃止された。

  • ひだ&北アルプス
名古屋鉄道の高山本線直通特急北アルプスは、キハ8500系の登場後は高山本線内でJR名古屋駅発着の特急ひだと美濃太田から先の高山線内で併結運転を行っていた。

  • さんべ
山陰地方から九州まで乗り入れていた急行列車。そのうち1往復が、複雑な運転経路を有していた。

米子駅を発車した列車は、まず益田駅で小郡方面の列車を分割。
その後、長門市駅で再び二つに分かれ、それぞれ美祢線山陽本線を経由した後、なんと下関駅でもう一度連結し直し、九州方面へと向かうのである。
どちらのルートも距離がほぼ一緒という事で可能となったこの芸当は昭和50年代末まで続き、「再婚列車」とも呼ばれていた。
小郡方面の列車は切り捨てられたのだ…

  • 陸中
末期は三陸地方を走るローカル急行だったが、東北新幹線開業前は仙台からそれらの地域を結ぶ重要な列車であった。
ただ、その全盛期の運用は非常に複雑怪奇なものであった。
昭和43年時の運用を例にとると…

Ⅰ仙台~一ノ関間:「陸中(秋田行)・むろね(盛行)・くりこま(青森行)」
 三列車が連結して運転。

Ⅱ一ノ関~花巻間:「陸中(秋田行)・くりこま(青森行)・さかり(青森行)」
 一ノ関駅で盛駅へ向かう「むろね」が切り離され、逆に盛駅から来た「さかり」が連結。

Ⅲ花巻~盛岡間:「陸中(秋田行)」
 花巻駅から盛岡駅までの間は釜石線山田線経由で単独で運転。「くりこま・さかり」はそのまま東北本線を北上し、青森へ向かった。

Ⅳ盛岡~大館間:「陸中(秋田行)・みちのく(弘前行)」
 盛岡駅からは上野始発の急行「みちのく」と連結され、花輪線経由で大館駅まで向かった。

Ⅴ大館~秋田間:「陸中(秋田行)・むつ(秋田行)」
 そして大館駅でみちのくが分離、そこに青森駅から来た急行「むつ」が連結され、ようやく終着駅へと向かうのである。
ここまで旅の道連れにした列車数は5列車…お疲れさまでした。

ちなみに仙台~秋田間での所要時間は、かなりの遠回りをしたため13時間半と実に半日以上もかけて走っていた。
仮に単独運転で分割・併合による長時間停車を除いたとしても、12時間くらいはかかっていたのではなかろうか。
なお、最短の北上線経由で走っていた急行「きたかみ」が約4時間半で、この列車の3分の1程度しかかかっていない。


…ただ、こんな運用を取っていたのは陸中だけでは無い。

  • 急行みちのくは上野~鳴子・宮古・大館間という三方面の列車を途中駅まで連結して運用
  • 急行むつには途中駅まで急行「岩木」が連結

…当時の東北本線の気動車急行は、とにかく分割併合が頻発していたのである。
わけが分からないよ。
しかも、さらに年代が経つと運用はもっと複雑となり、「たざわ」「はやちね」「こまくさ」「千秋(せんしゅう)」など新手の急行列車が次々に加わり、
さらに途中まで普通列車となる区間も現れたりとカオス極まりない状況だったと言う。

結局これらの運用が解消されるのは東北新幹線開業まで待つ事となった。

ちなみに当然ながらダイヤが乱れれば列車の運休も起き、連結位置が変わったりもしたらしい。
どの列車もキハ58系だらけ、専用塗装も無ければヘッドマークすらないという状況で、当時の乗客は大変だっただろう。

流石に東北本線の陸中は特殊な事例…と言いたいところだが、紀勢本線も匹敵するカオスっぷりだった。興味がある人は調べてみてほしい。





急行「アイン」・「ツヴァイ」・「冥殿」 (追記~修正・お願い・します)

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