奇蟲(ペット)

登録日:2023/04/01 Sat 10:50:00
更新日:2025/07/10 Thu 21:10:52
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奇蟲(奇虫、きちゅう)とは、ペットとして採集・取引・飼育される無脊椎動物を指す語である。



【概要】


1985年初版の図鑑に「小学館の学習百科図鑑シリーズ第46巻 珍虫と奇虫」がある。
この図鑑は、海外の様々な昆虫*1を、美麗なカラー写真と共に紹介したものである。
ここから窺えるように、「奇虫」は「奇抜な形態や生態を持つ昆虫」が本来の意味で、「虫屋」*2の間で自然発生的に誕生した造語であった。*3

時を同じくして、日本バブル経済の好景気に沸き、ペット業界では何度目かの熱帯魚ブーム、爬虫類ブーム、珍獣ブームを迎えていた。
このブームの際に、爬虫類や珍獣を扱っていた一部の動物商が、目新しいペットとして扱い始めたものにタランチュラサソリがあった。
欧米では既に飼育マニュアルが出版されており、管理の目処がある程度立っていたこと*4、同時期の熱帯魚ブームで脚光を浴びたアジアアロワナ用にフタホシコオロギが安定供給されるようになり、活き餌に困らなくなりつつあったこと、そして何より既存のペットには無い奇抜な外見や生態に魅了された者が続発し、最初は先鋭的なマニアの耳目を集め、徐々に爬虫類マニアや熱帯魚マニアにも波及していくこととなった。

1996年に植物防疫法が一部改正され、植物・菌類食で生きた状態の昆虫(及びそれに類する無脊椎動物)であっても、事前の申請と検査を経た上で、無害と判断されれば輸入が許可されるようになった。
本来は大学や博物館などの学術・教育機関での展示・研究目的を想定したものであったが、商業利用にも規制が緩和され、2000年以降に大幅に輸入解禁されたものが出てきた。海外産のカブトムシクワガタである。
これ以前、日本で「趣味が昆虫」というと標本採集や蒐集、あるいは生態写真の撮影であって、飼育は子供の遊びか、害虫種の防除対策やモデル生物*5としての利用のために農業試験場や大学などの研究機関で行われるもの、というイメージが強かった。*6
少し前の1993年頃に発生したオオクワガタ飼育ブームも相俟って、この時代に「昆虫飼育」がハイエンド的に洗練された趣味への移行が開始され、ペット業界に一大派閥を形成した。
一方で、虫屋側もこのブームに呼応する*7が、元々の趣味が標本蒐集に起因するためか、産地情報や学名が不明の種など学術的要素が薄いものには食指が動かないマニアも少なくなく、第一に彼らの興味の対象はあくまで「昆虫」*8であって、それ以外の無脊椎動物には関心を抱かないことも多かった。*9

こうした経緯を踏まえて、2000年頃から改めて「奇蟲」の語が用いられるようになった。
「蟲」の漢字が、「数多くの虫」ひいては「雑多な様々な虫」意味合いを持つことから「ペットとして取引・飼育される、昆虫以外の陸生節足動物」を指す、現在の意味が定着したようである。

ただし、奇蟲は昆虫とは完全に袂を別ったかというと必ずしもそうでもなく、ゴキブリカマキリなど奇蟲界隈と虫屋との両方で扱われるものも少なからずあり、更にマニアの嗜好や流通経路の多様化から、もはや節足動物に限定されることが無く、カギムシ陸貝ヒルミミズコウガイビルなどの節足動物以外の無脊椎動物をも含む場面が多くなりつつある。

昨今は専門ショップや即売会が開かれ、ネットオークションでも様々な種類が取り扱われているが、前述の流通の歴史上、爬虫類店、エキゾチックアニマル専門店、アクアリウムショップなどでも扱われるものもまた多い。
必然的に、飼育者も奇蟲のみを専門的に飼う人も増えつつあるが、爬虫類や熱帯魚などと同時進行的に飼う人も少なくない。
飼育の難易度は、初心者でも飼育繁殖が容易く行えるものから、歴戦のマニアでさえ歯が立たないほど飼育困難なものまで様々で、価格も小学生の小遣い程度の安価なものから、自動車が買える程度の高級品までピンキリ。日本国内で自家採集可能なものもいる。
一部のものは有毒であり、現在、商業流通しているものについては、人命に関わるほどの影響を及ぼすような強いを持つ者はいないとされるが、体質や体調にもよるため扱いには要注意(特にアレルギー体質の場合)。

また、最近は独特な形態や生態に着目して、動物園や水族館、昆虫館などの公的施設でも飼育展示される例が増えつつある。場合によっては一部のゴキブリやダンゴムシなど、危険性がないものについてはハンズオン展示(直接触ることが出来る展示)に供されることもある。
興味はあるが、個人での飼育が諸事情で難しいという方は、調べて訪れてみるのもよいだろう。

飼うに当たって最も重要なことは、絶対に逃がさないこと。
強毒の種は流通していないとはいえ、一般的には不快害虫として扱われるものも多く、弱毒種であっても実害が全く出ないという保証は無い*10ため、もろもろ騒動になる可能性はある
単なる一過性のもので済めばよいが、飼育個体の脱走が契機の一つとなって制定された外来生物法によって、愛玩目的での飼育が不可能になったキョクトウサソリ科全種などの前例もあるため、趣味人自らの首を絞める結果にならぬように充分に注意されたい。
また、外国産のヒラタクワガタなどで問題になっている遺伝子汚染、マダラコウラナメクジの定着による農業被害など、外来種化することで生態系や産業に悪影響を及ぼす可能性もある。
管理が野放図で、責任を持てないのであれば、これら魅力溢れる蟲たちのオーナーになる資格はない。


【主な奇蟲のグループ】

◆節足動物

A鋏角亜門

節足動物には珍しく触角を持たないグループで、先端が鋏状になった鋏角という肢が口のすぐ近くにある。奇蟲界隈で扱われるものは蛛形綱(ちゅけいこう、くもがたこう)に属するものであり、いわゆるクモとその近縁グループである。世界三大奇蟲は全てここに属する。

タランチュラ

オオツチグモ科に分類されるクモの総称。バードイーター(Birdeater)やバードイーティングスパイダー(Bird-eating spider)を直訳した和名であるトリクイグモとも呼ばれる。因みにドイツ語でもフォーゲルシュピンネ(Vogelspinne)で同じような意味である(Vogel:鳥、Spinne:クモ。原義は糸を紡ぐもの)。
レッグスパン*11が15㎝越えは普通で、最大種のゴライアスバードイーターは30㎝を越えるなど、重量級のクモたちが犇めいている。
イタリアの港湾都市ターラントの伝説に由来する名を持つため、世間では毒蜘蛛として名を轟かせているが、実際の毒は比較的弱く、咬まれても大事に至ることはほぼない。
ただし、種類によっては腹部にある刺激毛という体毛を周囲にばらまくことがあり、これが皮膚に刺さると痛痒く、目や呼吸器に入ると健康を損なう。
熱帯・亜熱帯地域を中心に世界で1100種以上が知られており、ペットとしても常時50種以上、単発的なものを含めれば300種以上の流通例があるため、蒐集癖のあるマニアによく刺さる。

飼育設備・技術上の観点から、
  • 北米大陸から南米大陸及びカリブ地域に産する地表生または半地中生の「バードイーター」
  • アフリカ大陸とアラビア半島及びその周辺属島に産する地中生の「バブーンスパイダー」
  • 亜熱帯から熱帯アジア及びオセアニア地域に産する地中生または懸垂土壌生の「アースタイガー」
  • 産地を問わない樹上生の種の総称である「ツリースパイダー」
の4グループに分けられる。

バードイーターは飼育の歴史が最も長いタランチュラであるメキシカンレッドニーBrachypelma hamoriiが含まれるグループであり、この種を含めて温和で長寿、丈夫で飼育し易く美麗な種が多く、初心者は勿論のこと、ベテランをも魅了し続けている。
飼育下繁殖個体が頻繁に流通するチャコジャイアントゴールデンストライプニーGrammostola pulchripesやメキシカンレッドランプTliltocatl vagans、カーリーヘアT. albopilosusやブラジリアンブルーLasiocyano sazimaiなどが特に初心者向けで、一通りの飼育管理に慣れたら、
  • 小型美麗種のグアテマランタイガーランプDavus pentalorisやコロンビアンパンプキンパッチHapalopus sp.
  • 気性がやや荒い重量級のサンタレムピンクヘアードAcanthoscurria geniculataやバイーアスカーレットLasiodora klugi
  • やや生態に癖のあるブラジリアンブラックG. pulchraやスケルトンタランチュラEphebopus murinus
  • 飼育難易度は高めだが、クモ目の最大種であるゴライアスバードイーターやゴライアスピンクフットTheraphosa apophysi
など、飼育者の技術や嗜好に応じて種を選ぶとよい。

バブーンスパイダーの代表種はキングバブーンPelinobius muticusやウサンバラオレンジPterinochilus murinusなどである。バブーン(Baboon)はヒヒの意であり、同じアフリカ産であることや気性の荒さを譬えたものてものとされる。
ウサンバラオレンジはそうでもないが、キングバブーンは非常に成長が遅く性成熟に20年以上を要するため、若い個体を入手出来れば相当に長い期間楽しむことが出来る。緩い社会性を持つ種が少なからずおり、同腹の個体(つまり兄弟姉妹)に限って、複数飼育が可能なものがいる。
他にも頭胸甲から角のような突起が生えるストレートホーンドバブーンCeratogyrus marshalliや地表生と樹上生の要素を合わせ持つトーゴスターバーストHeteroscodra maculataなどが興味深い種がいるが、総じて低温と乾燥に弱く、気性も荒いものが多いので取り扱いは要注意。

アースタイガーの代表種はコバルトブルーCyriopagopus lividusやタイランドブラックCy. minaxなどである。
タイやラオス、中国南部など昆虫食が盛んな地域に産するものが多く、食品として売られるタランチュラはこのグループのものが殆どである。そうした背景から日本のペットルートにも野外採集品が流通し易い傾向があるが、逆に飼育下繁殖個体の流通が少なく、現地での乱獲が特に心配されるグループである。
体色は黒や茶褐色を基本とした地味な種が多いが、コバルトブルーやインディアンバイオレットChilobrachys fimbriatus、シンガポールブルーLampropelma violaceopesなどクモ目全体でも珍しい青色系の美しい発色を呈するものがいる。
バブーンスパイダー同様に、低温と乾燥に弱く、気性が荒い上に瞬発力に長ける種も多いので扱いは一層注意。

ツリースパイダーは更に中南米産のグループとインドを中心とした南アジア産のものに分けられ、特に後者はコモンネームから「オーナメンタル」とも呼ばれる。
中南米産のツリースパイダーの代表種はピンクトゥータランチュラAvicularia avicularia*12*13で、シート状の広い網を張って、長い脚をパタパタと動かして移動するのが印象的である。エクアドリアンパープルピンクトゥーA. purpureaやアンティルツリーCaribena versicolorなどの近似種が数多くいるため、マニアが種の識別に悩むことも少なくない。
また、立体的なトンネル状の巣を張って、その中をジェットコースター宜しく高速に移動するようなものもいる。それらの代表種にはグリーンボトルブルーChromatopelma cyaneopubescensやサンタイガーPsalmopoeus irminia、トリニダードシェブロンP. cambridgeiなどがいる。
オーナメンタルはインディアンオーナメンタルPoecilotheria regalisを筆頭に、脚や腹部に虎柄模様が走り、灰褐色と黒のツートンカラーに黄色や橙色がアクセント的に入る燻し銀の美しさを誇る玄人向けのグループだが、サファイアオーナメンタルP. metallicaという鮮烈な藍色を基調とするタランチュラ最美麗種を擁する。
普段は頭部を重力方向に従う向きにしてケージの一角に鎮座しているが、獲物を襲うときの瞬発力はタランチュラ随一であり、「タランチュラの皮を被ったアシダカ軍曹」と称されることさえある。振動を含めた刺激にも敏感で、ケージの蓋を開けた瞬間に飛び出してくることもあるためタランチュラとしては最も扱いに注意すべきグループでもある。

比較的短命なバードイーターの小型種やツリースパイダーでも10年は普通に生きて、長命な種になると30年以上の寿命があり、下手な犬猫よりずっと長生きである。
もっとも、これは雌の成体の話であって、雄は性成熟後1年程度しか生きないものが殆どで、繁殖させる場合はペアが揃うように入手のタイミングを調節する必要がある。こうしたことを踏まえて性の判別が難しい幼体から飼育する場合は、最初から同種を複数入手しておくとよい。

「一匹だけ大事に育てる」という飼い方も勿論素晴らしいが、世話の手間やコストが大したことがないため、「様々な生き物を飼う中での一点飼い」や「種ごとの形態や生態の微妙な違いを楽しむ」というコレクション的飼育も楽しめる。
まさに奇蟲界の原点にして頂点とでもいうべき存在である。

クモ

勿論、タランチュラも歴としたクモであるが、奇蟲界隈ではオオツチグモ科以外のクモを意味する時に使われる語である。
流通量こそタランチュラと比べて遥かに少ないが、世界で5万種以上が記載されている鋏角亜門の二大巨頭の一角であり、形態や生態は千態万様の一言に尽きる。
日本だけでも2000種以上が記録されており、本項目からは脱線するが、飼育に限らずフィールド観察でも充分に楽しめるという利点がある。博物館や大学サークル、社会人同好会での観察会も意外とあり、そのような場所に参加して知見を深めるのも良いだろう。

話を飼育関連に戻すと、飼育の対象に選ばれ易いものには、トタテグモ科、ジョウゴグモ科、ジグモ科、イワガネグモ科、ヒメグモ科、コガネグモ科、キシダグモ科、コモリグモ科、アシダカグモ科、カニグモ科、ハエトリグモ科などがいる。

トタテグモ科、ジョウゴグモ科、ジグモ科はオオツチグモ科に近縁な、やや古いタイプのクモである。
どのグループも基本的には地中生だが、
  • トタテグモ科:糸と土で作られた開閉可能な扉を持った網
  • ジョウゴグモ科:中央が窪んだ広いシート状の網
  • ジグモ科:壁や構造物に沿った管状の網
といった具合にそれぞれ独特の網を持ち、獲物とする小動物に絶妙に対応した網を作り分けていて興味深い。脚は短めだが頭胸部と腹部が重厚な印象があり、レッグスパンの数値に比べてボリュームがあるように感じる。
また、シリキレグモ属Cyclocosmia spp.は腹部が途中で切断されているような形状であり、断面のように見える部位に貨幣に似た刻印を呈するという、他に類を見ない非常に奇妙な特徴を有する。
小型の地中生タランチュラという趣であり、10年以上生きる長命なものも多く、飼育は容易な種が多い。

イワガネグモ科は日本には産しないクモで、ヨーロッパから中央アジアに掛けてのユーラシア大陸とアフリカ大陸北部に分布する。
Ladybird Spider*14の英名通り、赤色系の腹部に斑紋が入り、非常に華美な外見を持つが、その特徴が雄成体というのが鋏角類としては例外的*15で印象深い。
また、ムレイワガネグモStegodyphus lineatusはクモには珍しく社会性を持つため、コロニー飼育に挑戦するのも一興であろう。
寿命はタランチュラほどは長くはないが3〜4年ほど生き、乾燥や低温には強いが、過度の湿度と高温には注意した方が良く、日本の夏場の管理には注意が必要である。

ヒメグモ科は悪名高い毒蜘蛛であるセアカゴケグモLatrodectus hasseltiiやクロゴケグモL. mactansが含まれるグループである。
籠網(かごあみ)または襤褸網(ぼろあみ)と称される不規則網を垂直方向寄りに張り、網の下端に虫が掛かると吊り上げて食べるという面白い捕食を行う。ついでに極小の餅巾着といった雰囲気の卵嚢も吊り下げていることが多い。
セアカゴケグモやハイイロゴケグモL. geometricusは、2025年現在、特定外来生物に指定されているため愛玩目的での飼育は認められないが、外来生物法施行以前には一部のマニアが飼育を試みており、咬まれないように注意すれば、飼育管理自体は手間が掛からないとのことである。
2025年現在、法的な飼育規制がない種ではオオヒメグモParasteatoda tepidariorumやニホンヒメグモNihonhimea japonicaなどが同様に飼育可能であり、特にオオヒメグモは倉庫や校舎の隅、街灯回りやビルの階段裏、路地に放置された粗大ゴミの中や下からなど、自然が少ない都市部でも見つけることが出来る。
飼育ケージは小さなプラケースやガラス瓶を充分である。寿命は1〜3年程度。

コガネグモ科はオニグモAraneus ventricosusやコガネグモArgiope amoena、ゴミグモCyclosa octotuberculataなどを含み、分類体系によってはジョロウグモTrichonephila clavata*16やトリノフンダマシCyrtarachne bufo*17なども包含することもあり、世界に3000種以上が知られる大所帯でもある。
南方系の種には珍奇な形態のものが多く知られ、国産種でも
  • 腹部背面が甲羅のように硬くなっており、周囲には3対の棘と多数の蹄のような刻印を持つチブサトゲグモThelacantha brevipina
  • 脚を畳んだ状態は髑髏のようなシルエットを呈するゲホウグモPoltys illepidus
あたりは相当に奇抜な種であるが、海外産に至っては、
  • チブサトゲグモと同じく硬い腹部と棘を持つが、その棘の長さがレッグスパンの3〜4倍にもなるオオナガトゲグモGasteracantha arcuata(別名オオトゲナガグモ、ツノグモ)
  • 同じゲホウグモの近縁種だが、腹部の前端から柔軟性のある長い突起が伸びているヒョウロクゲホウグモP. nigrinus
などクモの形態的極致とでもいうべき奇妙な外見の種が知られている。
コガネグモは鹿児島県加治木町の伝統行事、蜘蛛合戦に用いられるクモであり、異論はあるものの400年を越える歴史があるともされる。
オニグモやジョロウグモなどは都市部でも見かけることが多く、近所迷惑にならない範囲で庭やベランダに住まわせて観察する、バタフライならぬスパイダーガーデンという楽しみ方もある。
いずれの種も、典型的な円網を張るクモであるため広い飼育スペースが必要となるのがネックで、特に造網性のクモでは日本最大種であるオオジョロウグモNephila pilipesは、三重網という住処とは別の網を前後に張るため、足場糸を含めると網の長径は1.5m以上になり、これを飼育下で再現するのであれば室内用のアルミ温室を一棹明け渡す覚悟がいるが、単に飼うだけならば60㎝水槽程度の容積でも飼えなくもない。1年で天寿を全うするものが多い。

キシダグモ科は河畔林や湿地でよく見かけるクモである。
「〜ハシリグモ」と和名がつくものが多いことからも判るように、網を張らずに獲物を探す徘徊性のクモである。*18
本土のアオグロハシリグモDolomedes raptor、沖縄本島のオオハシリグモD. orion、八重山諸島のイシガキアオグロハシグモD. yawataiなどは、レッグスパンが10㎝近くなる大型種であり、クモには珍しく小魚やオタマジャクシなど水中の小動物を捕食することが知られている。
湿度を高めに設定すれば普通のクモと同じように飼うこともできるが、水場と陸場を両方設けたアクアテラリウムで、植栽も凝ったレイアウトで飼育しても面白い。
また、別科*19で系統的に特に近縁という訳ではないが、ミズグモArgyroneta aquaticaクモ目唯一の完全水生種であり、アクアリウムでクモを飼うという、ある種の倒錯的な雰囲気を味わえる。
餌にごく小さな活き餌、具体的にはアカムシイトミミズミズムシミジンコなどを常時必要とする点と、高水温に弱い点でやや上級者向けであり、世界的な分布は広いものの日本に於いては北海道以外では散発的な記録しかなく、環境省レッドリストには絶滅危惧Ⅱ類に選定されている点は留意すべきである。

コモリグモ科もキシダグモ科と同様に徘徊性のクモである。
コモリグモの名の通り雌親が卵嚢を抱えて保護し、幼体は孵化後も暫く雌親の腹に群がる習性がある。
ウヅキコモリグモPardosa astrigeraやハラクロコモリグモLycosa coelestisはごく身近なクモであり、茶褐色から灰褐色の体色を基本として、頭胸部に黒色の縦条が走るという体色パターンの種が多数いるため識別が難しいが、中にはイソコモリグモL. ishikarianaのように砂浜に縦穴を掘って暮らす大型種もいる。
何を隠そう、イソコモリグモに近縁なナルボンヌコモリグモL. narbonensis*20やタランチュラコモリグモL. tarantulaこそが、ヨーロッパのタランチュラ伝説の正体とされたクモであり、それに肖った学名もつけられたが、本項目名「奇蟲」と同様に名称と対象とがスライドしてしまったという経緯を持つ。
飼育に関しては小型のプラケースを用いれば充分で、寿命が短い小型種が多いため水切れや餌切れに注意する点を除けば、管理は容易な部類である。イソコモリグモやナルボンヌコモリグモなどは3〜5年ほど生きることもある。  

アシダカグモ科もまた徘徊性のクモだが、前二者と異なり立体活動を主とする。
また、コモリグモ程の「子煩悩」ではないが、雌親は卵嚢を抱えて保護する。「軍曹」と親しまれる無印アシダカグモについては、単独項目を参照。
熱帯地域には近縁種が多数存在する。
全身が燃えるようなオレンジ色の短毛に被われたボウイアシダカグモHeteropoda davidbowie*21やレッグスパンが30㎝を越えるキョジンアシダカグモH. maximaなどは稀に輸入される。
この科で変わったものとして、カマスグモThelcticopis severaやコロガリサバクアシダカグモCebrennus rechenbergiがいる。
カマスグモは国産のクモで、中部以西の本州、四国、九州、南西諸島などで見られる。カマスとは藁で編まれた穀物や岩塩などを入れる袋の叺のことで、叺に似た網を木の枝葉の間に張り、日中はその中に潜んでいる。クモ本体も光沢ある黄土色の短毛が密生していて美しい。
コロガリサバクアシダカグモはモロッコ産の砂漠に棲むクモであり、普段は灌木の根元や岩の下の地面に穴を堀って潜んでいるが、敵に襲われた際に、前転を繰り返すような方法で回転しながら逃げるという珍しい特徴がある。転がる速度は普通に脚で走る速度の2倍にもなり、更に斜度40°の坂を駆け登ることも出来る。
近縁種を含めて、ごく稀に輸入される。*22
更に、別科だがアシダカグモ科と似た生態を持つクモには、アワセグモSelenops bursariusとヒトエグモPlator nipponicusがいる。
それぞれ和名は袷と単衣に由来しており、アシダカグモを縦に押し潰したような平面ガエルならぬ平面グモである。
特にヒトエグモはレッグスパンは3㎝強はありながら体の厚みが1㎜未満という、全てのクモの中村で最も扁平なものとして知られており、殆ど体毛がなく独特な艶がある赤茶色の頭胸部と歩脚も相俟って、一度見たら忘れないインパクトのある外見をしている。古い寺社仏閣や城郭、旧家の屋敷や農家の納屋などから見つかる例が多く、奈良時代や平安時代にまで遡る古い時代の外来種である可能性も指摘されている。
いずれの種も、瞬発力こそあるものの、普段はケージの壁面やシェルターの裏側などで静かに静止しており、高さのあるケージを用いて定期的なスプレーで水を飲ませることを忘れなければ、絶食にも強く、寿命も3〜8年ほどあり、飼育は容易である。

カニグモ科は樹皮や草木の葉の上で見られる樹上生のクモである。
発達した第1歩脚と第2歩脚を持ち、大きく広げて獲物を待ち伏せている様子がカニに似ることが名の由来である。
必然として、待ち伏せ場所に擬態した体色を持つものが多く、樹皮に擬態するキハダカニグモBassaniana decorataや葉に擬態するワカバグモOxytate striatipesは人家付近でもよく見られて中々美しい。
花に擬態するものもおり、ハナグモEbrechtella tricuspidataやアズチグモThomisus labefactusは擬態する花に合わせているのか同一種でも体色に変異があり、黄色いものから白いものまでいて、斑紋の数や形などが大きく異なる。
非常に珍しい種として知られるものに鳥や昆虫の糞に擬態するとされるカトウツケオグモPhrynarachne katoi*23がいる。
殆どの種が体長1㎝以下の小さなクモであり、しかも擬態場所から滅多に動かないため、飼育ケージは小さなものでもよく、大きめのプラケースに樹皮や造花を立て置いて、複数飼育することも可能である。
その場合、飼育個体が餌を食べ損ねないように一頭ごとにピンセットで餌を与えた方が良く、給餌の手間は多少かかる。
全く別グループだが、樹皮やコンクリートの壁に硬貨大の平たいマシュマロのような網を張るヒラタグモUroctea compactilisも、同じ方法で飼育可能である。

ハエトリグモ科は最も派生的なクモ目のグループであり、鋏角類で屈指の視力と跳躍力を有するのが特徴である。
種数も非常に多く、世界に約6000種以上と、クモ目最大の科でもある。
  • 屋内でもよく見られるチャスジハエトリPlexippus paykulliやネコハエトリCarrhotus xanthogramma
  • 雑木林に生息して同一種内の色彩変異が非常に激しいカラスハエトリRhene atrata
  • 山地に多いヤマジハエトリAsianellus festivus
  • 波飛沫がかかる海岸に棲むイソハエトリHakka himeshimensis
  • ハエトリグモには珍しく地表生でアリを好んで補食するアオオビハエトリSiler cupreus
  • アリに擬態するアリグモMyrmarachne japonica
などが有名である。
殆どの種の体長は1㎝以下の小型種で、
  • 落葉の下で見られるネオンハエトリNeon reticulatus
  • 北方系のウスリーハエトリHeliophanus ussuricus
のように3㎜程度の超小型種もいるが、
  • ペットとして人気のある北米産のオウサマハエトリPhidippus regius
は2㎝に達する。
昼行性の種が多いためか体色が美しい種も多く、国産種では
  • 腹部に朱色の横帯が4本入り、更に雄成虫は鉢巻を巻いたように、頭胸甲前縁が赤く染まるヨダンハエトリMarpissa pulla
  • メタリックな緑から黒のグラデーションがかかる躯幹部と、透明感のあるレモンイエローの脚の対比が鮮やかなキアシハエトリPhintella bifurcilinea
  • ガラス細工のような金色と黄緑色の中間色の体色に、単眼の周辺に橙色の差し色と、その後端から腹部背面かけて墨色の縦条が1対走るタニカワヨリメハエトリAsemonea tanikawai
  • アオオビハエトリに近縁な南方種で、コバルトグリーンの背面に朱色や墨色の横帯が入るカラオビハエトリS. collingwoodi
などがそれに当たる。
また、オーストラリア産のクジャクハエトリ属Maratus spp.が有名で、イワガネグモ同様に雄成体がクジャクの名に恥じぬ華美さを誇り、複雑な求愛ダンスを行うことが知られてから、行動生物学の材料として注目されている。
飼育ケージは小さなプラケースやガラス瓶で充分で、蒸らさなければシャーレや試験管やスクリュー管などでも飼える。餌には名前の通りハエを与えても良いが、コオロギやゴキブリでも特に問題ない。
肉食を基本とするクモには珍しく、この科には花粉や花の蜜を舐めることが知られているものがいるため、糖蜜や昆虫ゼリーを試してみてもよい。
昭和中期頃まで東京都の下町や房総半島広域ではネコハエトリやミスジハエトリPl. setipesを「座敷鷹」と称して愛玩、あるいは喧嘩蜘蛛として戦わせる文化があったとされるが、現在は風前の灯である。

本項目で示した僅かな例からだけからも読み取れるとは思うが、クモ目一つだけでも、一生楽しめるだけの興味深い形態や生態に満ち溢れており、一度足を踏み入れたが最後、まさに蜘蛛の糸に絡め取られて虜になるのは必至である。


サソリ

蛛形綱の中では最も古い系統の末裔とされる、生きた化石にして、世間一般の有毒動物の代表格。単独項目も参照。

2005年の外来生物法施行以前にはイエローファットテールAndroctonus australis(和名ミナミヒトコロシサソリ)だのジャイアントデスストーカーParabuthus transvaalicus(和名トランスバーグフクウシコロシサソリ)だのとかなりが強い剣呑な種も多数輸入されていたが、軒並み特定外来生物に指定され、その後も古くからペットとして大量に輸入されていたダイオウサソリPandinus imperatorとその近縁種を含めたアフリカ産の種も、原産国の政情の変化によって輸入が殆ど無くなるなど、趣味としてはやや向かい風のグループである。
現在は熱帯アジア産のカワリハカリサソリ属Heterometrus spp.(別名チャグロサソリ属、ダイコクサソリ属)やヤエヤマサソリLiocheles australasiaeを中心に、20種程度が流通する。
なお、外来生物法によってマダラサソリIsometrus maculatusは「宮古・八重山諸島では在来種*24とされるが、キョクトウサソリ科全種の指定に伴い特定外来生物として扱う」という、奇妙な立場になってしまった。 

よく知られているように、尾*25の先端に毒針があるが、わざわざ指を毒針の先に持っていったり素手の掌に乗せたりしない限り、まず刺されることはない。
動き自体もかなり鈍いため、殆どの種はロングピンセットは勿論のこと、割り箸一膳あればどうとでも扱える。
特に成体はタランチュラ以上に手がかからない動物であり、毎日の世話は水を切らさないようにすることと、やや高温よりで管理することぐらいに注意すればよい。
基本的に平面活動しかしないので、レイアウトもごくシンプルなものでよい。
あまりに手がかからないため、正直なところこれだけを飼っていると飽きてしまったり、存在を忘れて乾燥死させてしまうこともしばしば。
ケージは目立つところに設置して、他の奇蟲も並行して飼うのもよいかもしれない。
また、「サソリのダンス」で知られる求愛行動と交接は一見の価値があるので、繁殖を目指すのも一興だろう。ヤエヤマサソリは単為生殖種であり、健康に飼育すれば幼体を産んで着実に殖える。
寿命は5〜7年程度のものが殆どだが、北米産のデザートヘアリーHadrurus arizonensisなどは20年以上生きることがある。


ヒヨケムシ

世界三大奇蟲の1つ。詳しくは単独項目参照。

危険性は無いが、飼育難易度は奇蟲界トップクラス
特にエジプトやモロッコから輸入される乾燥地の種は飼育難易度が尋常ではなく、半年飼えればそこそこ成功、一年飼えれば上級者というレベルである。
一説にはカビや細菌に覿面弱く、気候レベルで日本での飼育環境構築が困難であるとも言われている。
古くから数多くのマニアが挑んでいるのだが、いまだにベストな飼い方が見つかっておらず、今日も何処かで誰かが死なせている始末である。
近年は若干ながら改善傾向があり、同じエジプト産でも河原付近のやや湿度の高い地中に棲むとされるブラックキラーGaleodes sp.については、比較的長生きさせ易く、ごく一部のマニアが繁殖も成功させているので、そこから始めるのが無難だろうか。


ウデムシ

世界三大奇蟲の1つ。詳しくは単独項目参照。

他に類を見ない奇蟲屈指の異形な形態を誇るが、毒は無く人畜無害な蟲である。
  • 「天井からぶら下がって、そのまま垂れ下がるように脱皮するため、ある程度高さのあるケージで飼わないと脱皮に失敗する」
  • 「コルク樹皮や植木鉢など、体全体を密着させて隠れられる場所を作って落ち着かせる必要がある」
  • 「やや水切れに弱く、定期的なスプレーで滴にした水を飲ませる必要がある」
などの幾つかの注意点を守れば、比較的飼育は容易で奇蟲入門者にもお薦めできる。
後述する他の奇蟲にも、飼育管理技術が応用出来る。


サソリモドキ

世界三大奇蟲の1つ。詳しくは単独項目参照。

飼育方法は乾燥に注意を払う以外はサソリとほぼ同じで、管理は容易。
無毒だが、驚かせたり急に持ったりすると、腹部から独特の刺激臭のある液体を噴射する
なかなか取れない上に、目や粘膜に入ると危険なので、そこだけは注意。


ザトウムシ

以下の4グループは、ペットとしての流通量は非常に少なく、マニアの中のマニア向けのものばかりである。寧ろ、フィールド観察を交えて楽しむものと思った方がよい。

ザトウムシは世界から6500種、日本からは80種程度が知られているが、クモに比べて研究者が非常に少なく、潜在的にはこの数倍の種数がいるという見積りもある。
比較的大型といえる種もおり、身近なオオナミザトウムシNelima genufuscaやモエギザトウムシLeiobunum japonicum japonicumはレッグスパンが10㎝を越えるが、殆どが脚であって本体は非常に小さく1㎝程度しかない。形態のバリエーションは意外と豊富で、日本産だけでも
  • 脚が短く本体が細長いスズキダニザトウムシSuzukielus sauteri
  • 触肢*26が長く、先端が油圧ショベルのバケットと鎌を足して割ったのような形をしたオオアカザトウムシEpedanellus tuberculatus
  • 鋏角の長さが本体以上あるサスマタアゴザトウムシNipponopsalis abei
  • 頭胸甲の中央の眼が飛び出し、タコ型宇宙人を彷彿とさせるマメザトウムシCaddo agilis
などがいる。南米産のスネボソザトウムシ科のMetagonyleptes calcarに至っては頭胸甲の後端に角のような太い突起が入り、第四歩脚の腿節には多数の棘があるという奇抜な外見をしており、いずれの種も奇蟲と呼ぶに相応しい異形である。
生物相が豊かな森林の林床や土壌中に生息するものが殆どで、環境指標生物に利用出来る可能性が指摘されている。

飼育する場合、乾燥と高温が大敵であり、保湿性の高い床材を用いた上で密閉性をある程度保った方がよく、蓋にごく小さな穴を少数開けたガラス瓶やクワガタ用のプラケースなどを用いると良い。夏場の高温はエアコンで凌ぐかワインセラーでの低温管理が求められる。
反面、餌の方は楽で、基本的には捕食者であるもののクモやサソリほどのパワーが無いためか、新鮮な死体や落ちた果物などもよく食べ、活き餌がなくても飼育可能である。
酵母菌や乳酸菌の匂いに惹かれるのか、食パンやビスケット、乳酸菌飲料やチーズを好んで食べ、これに蛋白源として昆虫の死体や魚肉ソーセージ、ゆで卵などを与えるとよく、共食いも殆どしないため複数飼育も可能である。


カニムシ

カニというよりは尾がないサソリといった雰囲気であるが、呼吸器が気管系*27で紡績腺(糸を吐く能力がある)を持つなど、サソリにはない特徴も多く、系統的にも近縁ではないとされている。
世界から3000種、日本に70種程が知られているが、研究状況はザトウムシと五十歩百歩である。
特大の種でも1㎝を超えるかどうかで、殆どの種が体長は3㎜から5㎜程度である。
ただし、小笠原諸島に固有のテナガカニムシMetagoniochernes tomiyamaiは体長こそ5㎜程度であるが、雄成体の触肢が非常に長く、片方だけで体長の3倍以上の長さがあり、この奇怪な形態から海洋堂がフィギュア化しているほどである。
大きく分けて、土壌中に棲むもの、樹皮の隙間に棲むもの、海外近くの崖の割れ目に潜むものがおり、この順番で乾燥に強くなる。大型の昆虫や鳥の体表を掴んで長距離を移動するものがいる。

海岸生のイソカニムシGarypus japonicusやコイソカニムシNipponogarypus enoshimaensisが偶に飼育されており、100円ショップ*28の小型のアクリルケースなどで飼育可能で、飢餓にも強く複数飼育が可能である。


ヤイトムシ

世界中でも180種しか知られていない小さなグループで、日本からは奄美諸島以南の琉球列島と小笠原から4種が知られるかなりの珍種
外見は尾を無くして*29、触肢がやや長いサソリモドキといった雰囲気で、実際に系統的にもかなり近縁とされるが、サイズが全く異なり、体長が8㎝に達するものもいるサソリモドキに対してヤイトムシは最大種でも8㎜程度である。
土壌生物であると同時に好洞窟性でもあるらしく、鍾乳洞の入り口付近の土壌の中や転石の下から見つかることが多い。 

基本的にはサソリモドキと同じ方法で飼育可能だが、サイズを考慮した飼育ケージや餌を用意したい。


ダニ

少なくとも名称はクモと並んで人口に膾炙しており、事実としてもクモと互角の種数が記載されている鋏角亜門の二大巨頭の一角である。
しかも、それなりに研究者がいるにも関わらず新種記載の頻度が全く鈍くならず、潜在的な種数は既知種数の10倍とも20倍とも噂されており、その場合断トツの種数を誇る。
ごく一部の例外を除いて体長は1㎜以下であり、ペットの対象としては殆ど限界に近い微小動物と言える。
生態の多様性もクモを凌ぎ、よく知られているのは、ヤマトマダニIxodes ovatusやヒゼンダニSarcoptes scabiei、ワクモDermanyssus gallinaeのような動物寄生性の種であるが、実際に多いのはササラダニ類や代表とする土壌生のものとハダニ科のような植物寄生性のもので、ミズダニ類のような水生のものまでいる。ツツガムシ科のように複雑な生活史を送るものもいて、本項目で説明するにはキリがないため、大幅に割愛させていただく。

飼育対象となる種であるが、マダニ科やツツガムシ科など医生物学*30分野で長らく飼育研究されてきたものも多いが、個人レベルでの飼育は安全管理上、推奨できない。
人体に無害で比較的採集や飼育が容易なのはササラダニ類の大型種*31であり、ヒメヘソイレコダニRhysotritia arduaやヨコヅナオニダニNothrus palustris、ツヤタマゴダニLiacarus orthogoniosやコンボウイカダニFissicepheus clavatusなどが初心者?向けである。
土を入れると何を飼っているのが全く不明になってしまうため、シャーレやスクリュー管に石膏を敷いて湿らせておき、餌となる落ち葉を数枚いれるという方法がよい。
ドライイーストや熱帯魚用の人工飼料を細かく砕いたものもよく食べるが、カビが生えやすいので忘れかけた頃にごく少量を与える程度でよい。また、非常に稀なことだがナミケダニ科のTrombidium grandissimumなどがペットとして流通することがある。ダニとしては非常に大きく体長が2㎝近くになり、昆虫の卵や他のダニの体液が主食とされる。
いずれの場合も種の判別には顕微鏡が必須で、双眼実態顕微鏡と光学顕微鏡の両方を揃えておいた方が便利である。


B多足亜門

頭部を除いて1対または2対の脚を有する体節構造が延々と繰り返される細長い体を持つグループ。
奇蟲界隈で扱われるのは唇脚綱(しんきゃくこう・ムカデ)と倍脚綱(ばいきゃくこう・ヤスデ)である。

オオムカデ

奇蟲界最凶悪グループ。「合法的に飼える最も危険な蟲」とすら言われるほど。ムカデの項目も参照。

世界に800種、日本に10種強が知られているが、サソリに並ぶ有毒節足動物の代表格でありながら世界的に研究者が非常に少なく、日本もまた同様であって、種の識別や学名の妥当性からして混乱している。
全長20cmを超える大型種の流通も多く、見た目のインパクトは凄まじい。
10㎝以下の小型種にはタイワンオオムカデScolopendra morsitansやレッドフェザーテールセンチピードAllipes grandidieri、ノコバゼムカデOtostigmus scaberやアカムカデScolopocyptops nipponicusなどの体色が美麗であったり特徴的な形態を持つものもいる。
言わずもがな有毒だが、タランチュラやサソリと比べても明らかに強毒。
特にペットとして流通するベトナムオオムカデScolopendra dehaaniペルビアンジャイアントなどの30㎝オーバーの超大型種は毒の量も多いため、咬まれた場合シャレにならない症状が出る場合もある
国産種で全長10㎝程度のトビズムカデであっても、次第によっては救急車で病院に担ぎ込まれかねない。

さらに厄介なのが行動と性質。とにかく動きが素早く、柔軟で薄っぺらい体を生かした脱走名人でもある。
バードイーター系のタランチュラやサソリならば、誤ってケージから出てしまってもスピードは知れているので、落ち着いて捕まえればよいが、ムカデは手を拱いているうちに家具の隙間などに逃げ込んでしまう。
そして、体の先端に顎肢と呼ばれる肢が変化した毒牙を持ち、動くものにぶつかると殆ど反射的に毒牙で噛みついてくるという厄介な性質も持っている。
部屋の中に逃がそうものなら、布団や枕の中に潜り込まれたり、天井から突然落ちてきたりと、おちおち眠ることもできなくなる。
ましてや屋外に逃がしたりしたら目も当てられないので、ケージから逃がしたら直ちに殺虫剤*32で殺す覚悟をもって飼育に臨むべきである。
なお、スリッパなどで叩き潰しても中々死なず、ピンセットで摘んでも長い体を上手く捻って、ピンセットを持っている手を咬んだりする。

飼育ケージには爬虫類用の頑丈かつ無意味な隙間の無いものやクワガタ用のスリットが小さいものを用いるのが無難。メンテナンス性は落ちるが、二重ケージにすることも検討した方がよい。
使い古しのプラケースなどを大型種に使うと、蓋のスリットを食い破られることがある。小型種や幼体ならば破壊することはないにしても、スリットからさえ逃げ出すことがあるので要注意
意外と水をよく飲み、乾燥は大敵だが高温下で蒸れるのは更に拙い。
グワンシーペパーミントレッグS sp.やマレーシアンジュエルS sp. aff. calcarataなど、25℃を超えると明らかに調子が悪くなるものもいて、エアコンで室温や下げるなりワインセラーなど冷却機能のある飼育設備を用意するなり、夏場には何らかの対処が必要である。
給餌についても注意点がある。食べるだけ与えても割と問題ない鋏角亜門の奇蟲と異なり、オオムカデの成体は餌を食べ過ぎると食滞を起こして死ぬことが少なくない。特に輸入直後で体調が本調子でないものや、最大全長に近い育ち切ったものに過剰に給餌すると危険である。そのような場合、昆虫ゼリーのように消化のよいものを与え、調子が上がってきたところで7〜10日に1回、コオロギやゴキブリを1〜2匹与える程度の少なめの給餌から始めるとよい。
一方で、食欲旺盛な幼体は成虫並みの給餌頻度では上手く育たず、長期的に餓死させかねない。故に基本的には頻繁に給餌を行うが、それでも給餌直後の突然死は起こる時には起こる。

広範な知識と充実した設備、奇蟲そのものを扱う高い技術が必要であるため、「奇蟲は一通り飼いたいから」くらいの軽い気持ちでは手を出さないほうがいい。「同じ部屋の中に危険生物がいる」という感覚を味わいたい人だけが飼うべきだろう。
とはいえ、危険性と魅力度は表裏一体の関係であるのも事実であり、愛好家はかなり多く、ムカデをメインに扱う専門店が存在しているほどである


ジムカデイシムカデ

オオムカデと比べてペットとしてはかなりマイナーだが、危険性は皆無でコンパクトな設備で充分飼えることから、通好みと称されることもある。それぞれ別系統に属するものであり、ジムカデはオオムカデに、イシムカデは後述するゲジに近縁とされる。

ジムカデは世界に1500種以上、日本で50種以上が知られている。
非常に細長い体と短い多数の脚を持ち、真に「百足」といえるのはこのグループである*33
体長は3〜5㎝程度のものが多いが、ナガズジムカデ属Mecistcephalus spp.には10㎝を超えるものもいる。
体色は色素が薄く模様も無い黄褐色系のものが多いが、ベニジムカデ属Strigamia spp.には鮮烈な赤色を呈するものが多い。
また唇脚綱では珍しく発光能力を持つものがおり、国産種ではヒラタヒゲジムカデOrphnaeus brevilabiatusが該当する。
森林の倒木下に多く、伸縮性に富んだ体を生かして土壌の隙間を自在に移動し、ダニやトビムシなどの小動物を捕食する。フタマドジムカデPachymerium ferrugineumやイソシマジムカデTuoba littoralisなど、時に海水が被る転石下から見つかるような種も少なくない。

イシムカデは世界に1200種以上、日本からは50種以上は記録があるものの、種の判別は非常に難しく実態は殆ど分かっていない。
ムカデとしては寸詰まりで体長も殆どの場合3㎝以下で、1㎝前後の種も少なくない。形態のバリエーションも乏しく、15対のやや長めの歩脚に分厚く大きな背板、赤褐色から茶褐色の体色という特徴がほぼ全ての種に共通するため、口器や気門の微細構造の違いなど形態学及び解剖学の深い知識がないと同定不可能なものが圧倒的に多い。
卵や孵化直後の幼体を保護するものが多いムカデ一族にあって、イシムカデは産みっぱなしで卵保護をしないため、祖型的系統だと考える人もいる。
森林に多いものの様々な環境で見られ、特にイッスンムカデBothropolys asperatusやホルストヒトフシムカデMonotarsobius holstiiは攪拌された環境にもよく適応し、適度な湿度さえあれば庭先の植木鉢や石の下や、車庫に放置されたコンクリートブロックやベニヤ板の下からもよく見つかる。

飼育についてはジムカデもイシムカデもほぼ同じ方法で飼うことが出来る。
乾燥と脱走に要注意で、灼いた針を用いて最低限の通気穴を開けたタッパーが飼育ケージとしてはベスト。シャーレやガラス瓶なども使える。
大型種であれば弱らせたコオロギやゴキブリを捕らえて食べるが、小型種の場合はトビムシやダニを増やして与えた方がよい。自家採集で少数を飼育する場合、採集地の土も持ち帰り、定期的に飼育ケージに入れ替えることで、土に含まれる諸々の土壌生物を与えるという方法も取れる。種によっては肉食熱帯魚や爬虫類用の人工飼料や昆虫ゼリーを食べるものもいるので、色々試してみるとよい。


ゲジ

無毒無害にも関わらず、不快害虫の代表格とされ、奇蟲界隈でも好悪が別れるという哀しい扱いをされがちな蟲である。詳しくは単独項目参照。

基本的にはウデムシと同じ飼育方法で良いが、意外と繊細で特にオオゲジの飼育はマニアでも苦戦することがある。
空気の流れを作りつつ、乾燥させずに湿度を保たせることが重要。水容器も常設して、水をしっかりと飲ませること。


ヤスデ

一般にはムカデと混同されがちだが、綱のレベルで別の動物であり、例えるならばサメイルカほどの違いがある。2020年に記載されたオーストラリア産のペルセポネジヤスデEumillipes persephoneは1306本の脚を持ち、この数値は全ての動物で最多である。*34
現在、単独項目は無いが、ムカデの項目に簡単な識別法が記してあるので、参照されたい。

種数について記すと、既知の種数は唇脚類全体で約3000種に対し、倍脚類全体で1万種以上とされている。
移動能力が低いこと、湿度や植生の変化に敏感なものが多いとされること、リュウガヤスデ属Skleroprotopus spp.のように洞窟性の種が一定数知られていることなど、唇脚類に比して種分化の要因が多いことが種数に反映されていると考えられている。
なお、日本からは唇脚類が約150種、倍脚類が約300種が記録されている。唇脚類も分類学的な問題を多数抱えているが、倍脚類も状況は同等かより難儀であり、時に南西諸島のものは殆ど手付かずと思って良い。

飼育に関しては、意外にも難易度が高いものが多い上級者向けのグループといえる。
奇蟲では珍しく、腐植質を中心とした植物食または菌類食を基本とするため、活き餌が不要で一見手軽そうに思えるが、実際は特定の腐植質や菌類、あるいは地衣類のみを食べるものが相当いるらしく、加えて温度や湿度の変化にも敏感なものが多い。
また、ミドリババヤスデParafontaria tonominea*35やキシャヤスデP. laminata armigera*36(別名オビババヤスデ)のように、土壌の深い場所で成長し、成体になってから地表を移動するタイプは、成体を入手した時点で寿命が迫っているというパターンもある。
そして、その食性から基本的には植物防疫法の対象となりうるものであり、かつてペットとして流通が多かったアフリカオオヤスデArchispirostreptus gigas (別名タンザニアオオヤスデ、タンザニアブラックジャイアント)は有害判定されていたにも関わらず日本国内で普通に販売されていた*37*38
現在流通する種についても法的にグレーゾーンと言わざるを得ないものが少なからずいるため、その観点からも飼育は推奨し難い。
それらを踏まえた上で、飼育技術上の難易度が低いものはヒメヤスデ目やマルヤスデ目、ヒキツリヤスデ目などの体形が円筒形のグループで尚且つ多食性の種であり、国産種ではサツマフジヤスデAnaulaciulus kiusiensisやミナミヤスデTrigoniulus corallinus、海外産の種ではバンブルビーミリピードAnadenobolus monilicornisやブルーミリピードTonkinbolus caudulanusなどである。
一方で、背腹の方向に押しつぶされたような扁平な種は基本に飼育が難しい。
人家付近に多いヤケヤスデOxidus gracilisやヤマトアカヤスデNedyopus patrioticus patrioticus、マクラギヤスデNiponia nodulosaなどは例外的に飼育が楽な部類であるが、それ以外のオビヤスデ目やヒラタヤスデ目は食性の幅が狭く総じて飼育困難である。
この手のものに限って、
  • 鮮烈なピンク色をしたヤマシナヒラタヤスデYamasinaium noduligeru
  • 胴節背板が黄色く縁取られ、ベースカラーの黒とのコントラストが鮮やかなヤットコアマビコヤスデRiukiaria chelifer
  • 日本には産しないアバラヤスデ科で、胴節背板が左右に長く張り出し、まるで脊椎動物の背骨が動いているかのような姿のNyssodesmus spp.
など美麗であったり珍奇であったりするような種が多いため、ヒヨケムシ同様にマニアが挑んでは玉砕している。

以上のヤスデはヤスデ亜綱に分類される細長い体型を持つものであるが、倍脚類は他に2亜綱が知られる。

一つはフサヤスデ亜綱で、全身に剛毛を生やしており極小の毛虫といった雰囲気の外見を持つ。
サイズは精々3㎜程度で、樹皮下や断崖など立体活動が必要な環境に棲むものが多いため、ガラス面でも平気で登ることが出来る。
地衣類や藻類が主食とされており、湿度変化にも敏感で飼育は難しいものが多いが、海浜棲のイソフサヤスデEudigraphius nigricansについてはモデル生物としての研究事例もあり、ワカメやコンブを食べることもあり、温度や湿度変化にも強く、脱走にさえ注意すれば多少は飼い易い。

もう一つのタマヤスデ亜綱は、後述するダンゴムシによく似た外見を持つグループである。
タマヤスデ目とネッタイタマヤスデ目の2目があり、日本には前者のみが産する。ネッタイタマヤスデ目には全長が8㎝以上になるものがおり、「巨大ダンゴムシ」と呼ばれることがある。
ヤマトタマヤスデHyleoglomeris japonicaについては餌となる腐朽具合が適度な木片の入手がネックで、自家採集で入手した場合は採集地の倒木や腐葉土も持ち帰ることが出来れば格段に難易度が下がり、繁殖を狙うことも出来る。
一方、後者は非常に飼育が難しく、特に「メガボール」の商品名で流通する世界最大のタマヤスデのミドリマダガスカルタマヤスデZoosphaerium neptunusとその近縁種は、2000年代初頭から日本国内に流通しているが、ほぼ繁殖例は皆無で、採集者から問屋、小売店に流通する途中でさえ相当数が死亡しているなど、短期間の消費飼育になっており保全上全く好ましくない。
見栄えがして高値で取引される繁殖間近の大型個体*39に採集圧が集中することで、個体群の再生産を妨げ、更に近年の研究でこの属はマダガスカル島内で著しく種分化が進んでいることが判明した*40ため、同一種だと思っていたものが別種で、個体群の消滅が即時に種の絶滅になりかねないということが指摘されている。
故に個人飼育は特に推奨できないが、本気で詳細な生活史の解明や飼育下保全を志すのであれば、現地に長期滞在して野外調査や観察することも視野に入れて挑んでほしい。


C甲殻亜門

いわゆる甲殻類であって、2対の触角と3対の顎肢、8節の胴節と6節の腹節が基本体制であるが、例外多数あって形態のバリエーションは非常に豊かである。
基本的には水生動物であるためアクアリストが扱うものが多いが、陸生種の一部が奇蟲界隈で扱われることがある。

ワラジムシダンゴムシフナムシ

甲殻類の下位グループの一つにフクロエビ上目というグループがある。
このグループの特徴として、腹面に哺乳類の有袋類のように育房という器官を持ち、そこで卵を孵化させて幼体を保護する性質がある。
幼体の方も他の甲殻類と異なり卵の中で変態を終えて、生殖能力以外は成体のミニチュアというべき状態になってから孵化する。この性質を持つため、生育に大量の水を要しないものがこのグループから現れた。それが等脚目ワラジムシ亜目の面々である。
等脚目は前述のフクロエビ上目では最大派閥で、約10000種が記載されており、その中でワラジムシ亜目は5000種以上が含まれる。
等脚目の半数を占めるワラジムシ亜目の構成員の殆どが陸生種であるため、最も陸上への進出に成功した甲殻類の仲間とも見做される。

最も身近な存在はオカダンゴムシArmadillidium vulgareであろう。ダンゴムシの項目も参照。
一般人にもよく知られた存在であり、オカダンゴムシを子供の頃に飼育していたという人もいるだろう。
ヨーロッパには同属別種が多数知られており、2010年頃から日本にも輸入販売されるようになった。クラウンダンゴムシA. klugiiやゼブラダンゴムシA. maculatumなどは特に美麗で、オカダンゴムシとほぼ同じ感覚で飼育することが出来る。
毛色が異なるものとしてはコシビロダンゴムシ類がいる。Cubaris spp.Spherillo spp.など数十種程度は流通例があるものの、半樹上生だったり石灰岩地帯に棲むものが多く、湿度は保ちつつ通気性を重視する必要があるなど、やや飼育は難しい。
ペットトレード上で扱われた例は寡聞にして聞かないが、カリブ地域から南米に分布するDiploexochus spp.やマダガスカル産のCalmanesia spp.、アフリカや熱帯アジアやオセアニアから知られるLaureola spp.のように、全身が棘だらけで丸くなれば小さなウニかイガ栗にしか見えないような途轍もない姿のものもおり、マニア垂涎の種とされている。

オカダンゴムシと同じような環境で見られるものにワラジムシPorcellio scaber、クマワラジムシP. laevis、ホソワラジムシPorcellionides pruinosusなどがいる。
飼育はオカダンゴムシと同じく簡単で、クマワラジムシはアルビノやパイボールドなど幾つかの色彩変異が固定化されており、ワラジムシやホソワラジムシは爬虫類や奇蟲の餌としても重宝されている。
但し、これらは植物防疫法上は有害と判定されているため、海外から愛玩目的での輸入は不可であることには注意すべきである。外来生物法には抵触しないので、国内に定着した個体の採集や飼育繁殖、或いは既に飼育下にあるものの譲渡や売買などは合法である。
オオフチゾリワラジムシP. expansusやコウテイオオワラジムシP. warneriなど無害判定された種もいくつか流通するが、湿度調整やミネラル要求などで癖が強く、飼育はやや難しい部類である。

フナムシLigia exoticaもまた、「海のG」の異名と共によく知られた等脚目の一つである。販売されていることは少ないため、入手は自家採集に頼ることになるだろう。
飼育に関しては、陸場を広くとりつつ濾過器を組み込んだマリンアクアテラリウムが最善だが、テラリウムに海水を満たした水容器を組み込んだ形式でも可能である。餌に関しては熱帯魚やカメ用人工飼料を中心に与え、海藻もよく食べるので乾燥ワカメや海藻サラダも積極的に与えたい。
また、南西諸島には淡水に順化したものがいるので、それらは海水を使わなくとも長期飼育可能という意見もあるが、生息地がごく限られておりており、採集禁止になっている場合もあるので、各自調べられたし。

ちなみに深海生物として人気のダイオウグソクムシもまた等脚目の一員であり、近縁なグソクムシやミズムシ、ヘラムシやコツブムシやウミナナフシなどは奇蟲と呼ぶに足る外見で、飼育者も少なからずいるが、亜目レベルで異なるグループに属し、水生生物であることから、本項では割愛させていただく。


オカヤドカリ

世界中で約1000種が知られるヤドカリは殆どが海産種であるが、その中で2属16種が知られるオカヤドカリ科は全種が陸生種である。15種はオカヤドカリ属Coenobita spp.で、残る1種は後述するヤシガニである。
太平洋、大西洋、インド洋の亜熱帯から熱帯地域の海岸付近の森林に生息し、日本からはオカヤドカリC. cavipesやムラサキオカヤドカリC. purpureusなど7種の記録がある。
本土では黒潮の影響がある鹿児島県や和歌山県の南部で僅かな個体が定着している他は、無効分散で偶に記録される程度であり、小笠原諸島でも入植や開発によって減少傾向にあったため、1970年に日本産全種が天然記念物に指定された。
一方で、当時は本土復帰していなかった沖縄では非常に数が多いありふれた存在で、子供の遊び相手や釣り餌として扱われていたものであり、1972年の復帰後も、種の天然記念物の指定こそされるものの、特定の業者には採集と販売を認める鑑札があり、そこから買い付けたものは不問にするという、合法的に飼える天然記念物の野生生物という奇妙な立場になった。*41*42*43

当項目で紹介するものの中では最もメジャーなペットであり、飼育したことのある人も多いのではないだろうか。
夏場になると一般的な観賞魚店やホームセンターのペットコーナーにもよく入荷していて、場合によってはスーパーマーケットや縁日などでも売られることがある。
珊瑚砂を敷いたケージに隠れ家や登り木を入れて、野菜や熱帯魚の人工飼料を与え、冬場は保温するという方法で飼育可能であるが、幾つか注意点がある。
一つは水で、貝殻の中に蓄えた水を用いて鰓呼吸を行うため、飼育個体の全身が浸かることが出来る水場を設置して、常に清潔な水で満たしておくことである。あまり水深を深くしすぎると溺れることもあるので注意する。
もう一つは脱皮で、これが飼育失敗の最大要因と思ってよい。基本的に砂の中に潜って脱皮するため、床材の砂は充分に厚さが必要である。老成した大型個体ならば15㎝は欲しい。
また、カルシウムを中心としたミネラルが不足すると脱皮失敗しやすいため、餌からのミネラル補給は強く意識する。
カメや甲殻類用の人工飼料にはミネラル配合量が多い製品があり、コウイカの甲やカキ殻*44、卵の殻を餌に混ぜる方法もある。
一番効果的なのは甲殻類そのものの殻で、乾燥オキアミがよい餌となる他、アメリカザリガニを湯通しにして、天日で乾燥させたものを与えるとよく食べる。脱皮の兆候を見るのは難しいが、その気配を感じたら時に水場の水を海水や苦汁に変えるのも有効である。
そして忘れがちだが、脱皮すると体が大きくなり、必然的に貝殻に収まりきらなくなるので、新しく大きな貝殻を、個体が好みに合わせて選べるように複数用意しておく。
繁殖は海に降って幼生を放ち、幼生はプランクトン生活を送った後に変態して上陸するため、個人レベルの設備では繁殖は難しい。
上手く飼えば10年以上生き、生理学的寿命は30年以上あるともされる。ヤシガニや後述の陸生のカニにも飼育技術が応用することが出来る。


ヤシガニ

陸生節足動物最大最重種にして、奇蟲界最強の破壊神。詳しくは単独項目参照。
オオムカデは毒性的に危険だが、こちらは物理的な破壊力が尋常でない。
ライオンの咬合力に匹敵する握力340㎏重の鉗を二つ持つため、プラケースの蓋どころか金属製の鳥籠さえヤシガニの前には無力である。挟まれれば人の指や鼻は容易く落ちると思ってよい。

取り扱い自体もさることながら、飼育も中々手強い。基本は前述のオカヤドカリと同じように飼うことが出来るが、飼育ケージははるかに大型で頑丈なものが不可欠。より高温多湿な環境を要求し、水場によく浸かって水もよく飲む癖に、オカヤドカリ以上に溺れ易い。
自然界ではスカベンジャー傾向が強く、何でも食べる反面、ベストな餌を絞るのが難しく、偏食傾向のある個体も少なくない。
脱皮は更に難しく、これに失敗する例が後を絶たない。脱皮の兆候はオカヤドカリよりは判り易い*45ため、三方がレッグスパンと同大の衣装ケースに慎重に移して、そこで脱皮させるのもあり。

オオムカデは生体そのものを扱う技術を要求し、ヒヨケムシは生体の状態を読んで適切な管理を行う判断力を要求するのに対し、ヤシガニはその両方の能力が同時に必要である奇蟲界の裏ボス的な存在といえる。


陸生のカニ

巨大な鉗と分厚い甲殻を持ち、基本体制は同じであっても各部位の比率の差で、科ごとにまるで異なる印象を抱かせるカニは、奇蟲界隈の嗜好によく合致して飼育欲な蒐集欲を刺激するのだが、その殆どが水生動物であり、アクアリストにも熱心な愛好家が多いため、本項目では生活の大部分を陸上で暮らす、オカガニ科とベンケイガニ科とサワガニ科、一部のモクズガニ科とイワガニ科に属するものを紹介するに留める。

オカガニ科は最も陸上生活に適応したカニである。
鰓が収まっている鰓室の内壁の一部が肺のような構造となっているため、空気中から直接酸素を取り込むことが出来る。ヤエヤマヒメオカガニEpigrapsus politusなどの一部の種を除いて、甲幅が6㎝以上の種が多いのも乾燥への適応と考えられている。
世界から7属27種、日本からは4属7種が知られている。ペットトレード上ではハロウインクラブGecarcinus quadratusyaやゾンビクラブG. ruricolaなど10種強が扱われている。赤や紫、水色の体色を呈するなど非常に派手なものがいる。
ペットでは扱われないがインド洋の孤島であるクリスマス島およびココス島のみに産するクリスマスアカガニGecarcoidea natalisは、産卵期に一斉に海に降る様子やヒトと野生生物の共存を主題にして自然番組でもしばしば紹介されている。
オカヤドカリと同じ方法で飼育可能だが、脱皮は水中で行うため、脚を伸ばした状態で全身が浸かれる水場が必須で、脱皮の前後や調子が上がらない時は海水にすると良い。レッグスパンが30㎝を超えることもあるミナミオカガニCardisoma carnifexやゴライアスランドクラブ
C. guanhumiなどは、ヤシガニと大差ない設備が必要になると考えた方がよい。

ベンケイガニ科は干潟やマングローブ域が主な生息環境であるが、外洋域から山地まで幅広く見られ、科レベルでは垂直分布が最も広いカニと言われる。
代表的な種はアカテガニChiromantes haematocheirやベンケイガニOrisarma intermediumで、オカヤドカリ同様に古くからペットとして流通してきた。
この2種であればオカガニよりもずっとコンパクトな飼育設備で問題なく、飼育水が凍結するほどの極端な低温に晒さなければ室温任せで飼育可能で、成体に関しては全てのカニの中で最も飼育が容易な部類といえる。
他にもクロベンケイガニO. dehaaniやカクベンケイガニParasesarma pictum、フタバカクガニP. bidensやイワトビベンケイガニMetasesarma obesum(流通名バティッククラブ)やハマベンケイガニM. aubryi(流通名レッドアップルクラブ)なども比較的飼育は容易だがアクアテラリウムで管理した方が良く、クロベンケイガニ以外は海水の25%程度の塩分を含んだ飼育水を用意する必要があり、南方系の種や個体群は冬期の加温が必要である。
近年ではインドネシアからバンパイヤクラブと総称されるGeosesarma spp.が頻繁に流通している。パルダリウムと呼ばれる高湿度環境のテラリウムで飼うとよい。
本来、ベンケイガニ科はオカヤドカリと同様に幼生は海水中でプランクトン生活を送るが、バンパイヤクラブは卵の中で変態を終えて稚ガニ状態で誕生するため、個人レベルの飼育設備でも繁殖に成功した事例が多い。

サワガニ科は一生を淡水域で過ごすカニである。
水生傾向が強い種もいるが、クモのような体型をしたヒメユリサワガニのように滅多に水に入らないような種もいる。
代表的な種は本州・四国・九州で広く見られるサワガニで、ハイキングやキャンプでサワガニを捕まえたり、持ち帰って飼育した人は少なくないだろう。地域によって赤色・橙色・紫色・薄黄色・水色と体色にバリエーションがあり、近年の研究では海洋を介して分散し、それぞれが別種相当である可能性が示唆されるなど、学術的にもホットなグループである。陸場を広くとったアクアテラリウムか、大きな水容器を設けたテラリウムを用意し、夏場の高温を凌げれば飼育は難しくない。
琉球列島には前述のヒメユリサワガニを始め、28種ものサワガニ科が分布しているが、絶滅寸前のものが多く、安易な飼育は勧め難い。
海外産の種としては台湾や中国産の種が輸入されることがある。
サワガニ科に類似するものにヤマガニ科がいる。

モクズガニ科は汽水域から海岸に産する種が多い。
科の代表であるモクズガニは、ほぼ完全な水生種でアクアリウム界隈で扱われるが、それ以上に食用としてのイメージが強い。
奇蟲界隈で注目されるのはハマガニである。
マイナーだが、アカイソガニに注目する人がいる。

イワガニ科ではカクレイワガニGeograpsus grayiがしばしば飼育される。肉食傾向が特に強く、コオロギやゴキブリを餌の中心にすることが出来るのも奇蟲界隈との親和性が高い。


D六脚亜門

昆虫とそれにごく近縁な幾つかのグループが含まれる。
概要で説明した通り、奇蟲界隈で扱われるものが幾つか存在する。

カマキリ

肉食昆虫の代表格。詳しくは単独項目参照。

その食性ゆえに元より植物防疫法に抵触しておらず、90年代から様々な海外産の種が輸入されていた。
幾度かブームの兆しはあるものの、寿命が1年程度しかないことと、近親交配に弱く系統維持が難しいことが、ガラスの天井となっている感がある。

比較的飼育し易いのはヒョウモンカマキリTheopropus elegansやヒシムネカレハカマキリDeroplatys lobataなど。カレハカマキリの類は擬態の完成度が高く互いを認識し辛いためか、共食いが少なく複数飼育に成功し易い。
ハナカマキリHymenopus coronatusやマレーイッカクカマキリCeratocrania macra、ダブルシールドマンティスPnigomantis medioconstrictaは中級者以上向けでやや繊細。
オオカレエダカマキリToxodera beieriやニセハナマオウカマキリIdolomantis diabolica、ケンランカマキリMetallyticus splendidusはかなり難しい。特にケンランカマキリは樹皮上を高速で這い回り、ガやハエなど飛ぶ虫を主に食べるという生態であるため、トリッキーな動きで扱い辛く、餌付きもやや悪い。
国産種では、実はアジア最大級の種であるオオカマキリ、ハリガネムシの寄生さえなければ丈夫で長生きなハラビロカマキリHierodula patellifera、日本では局所分布で繊細な美しさのあるウスバカマキリMantis religiosa、唯一の幼虫越冬種であるサツマヒメカナキリAcromantis satsumensisや成虫が無翅のヒナカマキリAmantis nawaiなどが特に注目される種である。

ウデムシと同じ飼育方法で問題ない。成長が早いので、数を飼う時はデリカップのような安価な容器が重宝する。ハラビロカマキリやオオカマキリのように慣れ易い種の場合、ピンセット越しに魚肉ソーセージや鶏のササミ肉を与えることも可能で、牛乳をシリンジで飲ませると長生きする。


ゴキブリ

虚実綯い交ぜであるが、世間一般的には害虫の王にして、コードネーム「G」。単独項目も参照。
世間一般では害虫としてのイメージが特段強い昆虫だが、中には美しい外観の種類も存在している。

適度な大きさからモデル生物としての需要は古くから存在し、害虫種と呼ばれるもの*46の存在から、防除対策の一環として飼育実験が長らく行われてきた。
2000代初頭から徐々に海外産の種が輸入され始め、最近では完全に1ジャンルとして定着した。
ネットオークションや即売会の常連であり、100種以上は流通している。
一つの目安として、流通価格が安価な種ほど繁殖させ易く、高価になればなるほど飼育や繁殖が難しくなる場合が多い。

飼育するに当たって、多くのゴキブリは周知の通り、垂直なガラスでもプラスチックでも平気で登るため、脱走防止策を講じなければならない。
よく使われるのは、飼育ケージの上側5㎝ほどに、ワセリンか水やアルコールで溶いた炭酸カルシウム粉末を塗る方法で、更に念を入れて、ケース本体と蓋との間に新聞紙やガーゼなどを挟むのもよい。
メンテナンスの際も大型の衣装ケースに同様の細工を施し、その中に飼育ケージを入れて行うとよい。これは他の動作が俊敏な奇蟲のメンテナンスにも通用する方法である。
一部に偏食の種もいるが、基本的には人が食べて問題ないものならば大概のものは食べる種が多く、マウスや錦鯉用の人工飼料を中心に、偶に野菜屑や果物の切れ端を与えればよい。
都市伝説的な殖え方はしない*47が、状態良く飼育し続ければ、いずれ卵鞘を産み落とすか幼虫を出産*48する。
一部の種は取り出して別々に管理しても良いが、そのまま親と一緒に飼い続けても問題ないものも多い。

初心者向けの種はメンガタゴキブリ類*49やジャイアントウッドローチArchimandrita tesselataやカブトガニゴキブリHemiblabera sp.などで、これらはプラケースを登ることが出来ない点でも管理が楽である。
前述の脱走防止措置が施せるならば、害虫種を初めとしてマダガスカルゴキブリ類*50やマデイラゴキブリRhypharobia maderae、ハイイロゴキブリNauphoeta cinereaも飼育は容易である。
ただしチャバネゴキブリやハイイロゴキブリは生活環の周期が短めで、繁殖制限をかけないと手に負えなくなることがよくあるので注意する。
フタテンコバネゴキブリLobopterella dimidiatipesやアミメヒラタゴキブリOnychostylus notulatus、レッドヘッドビュレットローチOxyhaloa deustaやポーセリンローチGyna luridaなども容易な方だが、小型種なので、水切れには注意する。
ヨツボシゴキブリParanauphoeta formosanaやミドリバナナゴキブリPanchlora nivea、キボシクサリトイゴキブリThyrsocera spectabilisやニジイロゴキブリPseudoglomeris magnificaなどの小型美麗種はやや繊細なものもおり、出入口用の穴を開けたタッパーに水苔を入れたウェットシェルターを設けるなど湿度調整に注意する。
日本最大種で幼虫が半水生のヤエヤママダラゴキブリRhabdoblatta yayeyamanaや、それに近縁で枯れ葉に擬態するカレハゴキブリMorphna dotataは湿度管理がかなり難しく、飼育難易度は高めで繁殖まで至らないことが多い。
全く別の飼育方法が必要なものにオオゴキブリ属Panesthiaやクチキゴキブリ属Salganeaがいる。
立ち枯れた木の洞や朽ち木の中に家族単位で生活している亜社会性ゴキブリであり。ケージ内に湿らせた昆虫マットと朽ち木を入れて固く詰め、偶に果物や昆虫ゼリーを与えるという、カブトムシやクワガタと大差ない方法で飼育可能である。
似た方法で世界最大最重種のヨロイモグラゴキブリも飼育出来る。

従来から活き餌として用いられてきたコオロギと比べて、増殖力は劣るものの管理の手間が少なく、種数が多いためサイズのバリエーションが豊富で、栄養価的にも遜色ないとされることから、最近は奇蟲界隈に限らず、昆虫や爬虫類、熱帯魚の餌用として飼育する場合も多い。
一方で、逸出したと思われるトルキスタンゴキブリPeriplaneta lateralis(通称レッドローチ)やアルゼンチンモリゴキブリBlaptica dubia(通称デュビア)が野外で発見された例が関東を中心に複数の報告があるため、管理は徹底したい。


ナナフシコノハムシ

熱帯アジアからオセアニアを中心として世界から3500種以上、日本から15種以上が知られる擬態のスペシャリスト。世界最長の昆虫を含むグループでもある。

残念ながら海外産の種は植物防疫法に悉く抵触するため愛玩目的での輸入は不可能。
多摩動物公園附属昆虫館や石川県ふれあい昆虫館などの限られた施設で、教育や啓蒙の一環として展示されているに過ぎない。
一方で、欧米ではペット昆虫としてかなり人気で、200種以上がマーケットに流通し、専門図鑑や飼育マニュアルが何冊も出版されている。インドナナフシCarausius morosusやユウレイヒレアシナナフシExtatosoma tiaratum、ゴライアストビナナフシEurycnema goliathやセンストビナナフシTagesoudea nigrofasciata、サカダチコノハナナフシHeteropteryx dilatataやオオコノハムシPhyllium giganteumなどが特に人気らしい。

愛玩用に飼育する場合は国産種に限られる。
食草の種類が多く*51長寿なトゲナナフシNeohirasea japonicaが初心者向け。コブナナフシDatames mouhoti;やアマミナナフシEntoria miyakoensisも観葉植物や庭木として流通が多い種*52を食べるためハードルは低い。
ナナフシモドキRamulus mikado(無印ナナフシとも)やトビナナフシ属Micadinaは食草*53管理に慣れた中級者向け。
国産では最重種のツダナナフシMegacrania tsudaiは食草であるアダンやタコノキを大量にストックしなければならないため、個人向けとは言い難い。
コノハムシ科のコブナナフシは両性生殖だが他のナナフシは単為生殖であるため、1匹入手すれば繁殖可能である。


その他の直翅系昆虫

上記の3グループは、バッタやキリギリスやコオロギなどが分類される直翅目の、亜目レベルの下位分類群として扱われていた時代があった。
これは不完全変態昆虫のうち、体軸に沿って直線的に翅を畳むことが可能で、翅脈自体も直線的でやや単純なものを基本とし、咀嚼型の口器を持ち、尾肢を有するものを一括りにしたものであった。
現代の分岐分類学定や分子生物学的手法に於いては、後述のグループを含めて、一定の類縁性は認めつつ*54も、単一の目として扱うのは不適当とされるのが一般的である。
しかしながら、最近の昆虫の大分類に於いては多新翅亜節*55という分類階級が認められ、構成が「旧」直翅目とほぼ同一であり、採集や飼育、標本作成など研究手法に共通点があるという視点を含めて「(広義の)直翅類」「直翅系昆虫」と呼ばれることも割合多い。

直翅系昆虫で他に飼育趣味で扱われるものは、直翅目・革翅目・紡脚目がいる。
殆どの種が植物防疫法に抵触するため、国産種を中心に扱われ、種数も多くないが、どれも独特の魅力がある。

直翅目の飼育というと、キリギリスやコオロギなどの鳴く虫のイメージが強くバッタも人気があるが、奇蟲界隈ではあまり話題にならず、飼育派の虫屋が扱うイメージが強い。スズムシに至っては化政文化期には飼育マニュアルが出版されており、ある種の伝統文化と化している。
話題に上りやすいのは捕食性の強い大型種で、国産種ではヤブキリやコロギス、海外産の種ではリオックに人気が集中している。
奇抜な外見という観点からはカマドウマやケラも意外と古くから飼育されており、最近ではクロギリスに注目が集まっている。
植物防疫法が関係ない海外では、ナナフシほどの人気はないものの、オオコノハギスやオウサマボウバッタなど、日本人垂涎の大型有名種が飼われているらしい。

革翅目に分類されるのはハサミムシである。
オオハサミムシやハマベハサミムシは飼育し易い。

非翅目にはガロアムシが属する。
かなりマイナーな分類群で、北アメリカと中国、朝鮮半島と日本という環太平洋分布するのが特徴である。

紡脚目もマイナーさでは非翅目に引けは取らず、日本からはコケシロアリモドキを始めとして3種が記録されるのみである。
飼育は意外と容易で、小型のアクリルケースにコルクバーグを立て掛けて、ケージの一角に湿度調整用に固く絞った水苔をいれて、熱帯魚用のフレークフードを与えるだけで飼える。


サシガメ

セミやビワハゴロモ、カメムシなどが含まれる半翅目は多くが植物食である。
その中で例外的に、構成員の多くが肉食性の種であるのがサシガメ上科である。
シロモンオオサシガメPlatymeris biguttatusやベニモンオオサシガメP. rhadamantusが比較的ポピュラーである。


水生カメムシ

水生昆虫は、形態や生態が独特であり、昆虫としては比較的寿命が長いものが多いことも相俟って、虫屋、アクアリスト、奇蟲界隈の三者それぞれに熱烈な愛好家が一定数存在している。その片翼を担うのが水生カメムシである。
代表格はタガメであるが、特定第二種国内希少野生動植物種に指定されたため販売不可となった。自力で採集して飼育することは許されており、近年は西日本を中心にやや個体群が回復傾向にあるのが救いである。タイワンタガメLethocerus indicusなど海外産の種が入荷することもあるが、水質に敏感で飼育難易度は高めである。
タガメと同科のコオイムシもよく知られた水生昆虫の一つである。小さなプラケースやガラス瓶でも充分に飼育可能な手頃なサイズ感も魅力だが、逆にナイジェリア産のタガメモドキHydrocyrius sp.は日本のタガメ以上の体躯を誇る。
タイコウチLaccotrephes japonensisやミズカマキリRanatra chinensisもよく飼われており、特にインドシナオオタイコウチLaccotrephes sp. aff. pfeiferiaeは、体長が日本のタガメと同等以上になり、呼吸管の長さを含めて迫力がある。
変わり種として、アシブトメミズムシNerthra macrothoraxが注目される。この種は厳密には水生昆虫ではなく湿地性ないしは海浜性昆虫であり、深い水に入れると溺死してしまう。


甲虫

代表格はオオエンマハンミョウである。
マイマイカブリも熱心な愛好家が多い、
その他、オサムシやゴミムシの類は奇蟲界隈でも注目されるものがおり、成虫の飼育は比較的楽だが、繁殖は一筋縄でいかないものが多い。

ゲンゴロウも人気がある。


ハチアリ

アメリカとオーストラリアではアリバチがペットとして飼われる例がある。


その他の六脚亜門の奇蟲

上記で紹介したもの以外のグループでは、ウスバカゲロウとシミ、イシノミやトビムシなどが注目される場合がある。

トビムシは側昆虫類と言われるグループである。
アカイボトビムシは稀にオークションや即売会などで流通することがある。
飼育はダニの項目で紹介した石膏を利用した方法がよい。


◆有爪動物

脚の数に対応した体節構造や複数の節からなる脚を持たないが、体側に対をなす疣状の脚が数多く並び、多数の環状の皮褶が認められるなど、多足類ないしは後述するゴカイ類を想起させ、皮膚呼吸を基本とするが祖型的な気管系を補助的に用いており、開放血管系の循環器系を有し、体表は柔らかいビロード質の疣状短毛に覆われつつも、成分は節足動物と同じキチン質であり、脱皮して成長するといった節足動物と環形動物の特徴をそれぞれ併せ持った独特の形態が認められる。
故に、これらの特徴から「生きている化石」だとか「系統上のミッシングリンク」などと古くから考えられてきた。
また、口器の構造が現存する動物の中では独特であり、類似する構造を持つバージェス動物群、特にアノマロカリスとの関連が指摘されたこともあった*56
現在、諸研究の結果、節足動物と環形動物は直接の系統関係にないとするのが一般的で、ミッシングリンク説は潰えたものの、有爪動物が限りなく節足動物に近い外群であるのは疑いなく、現在はこの2グループに緩歩動物(クマムシ)と化石分類群の葉足動物を加えて汎節足動物と呼ばれ、これに
などを更に含めたものグループは「脱皮動物」と呼ばれ、無脊椎動物の一大勢力となっている。
現存するものは全て陸生種で、水生種が存在しないのは動物界の門では唯一の特徴とされ、また、門レベルで日本国内の分布が知られていない稀有な例の一つである。

・カギムシ

ゴンドワナ大陸由来の地域から150種程度が記載されている。熱帯地域に産するものが多いが、オーストラリア南部やニュージーランドなど、やや寒冷な温帯地域に産するものがいる。
捕食行動が独特で、触角基部と口器の中間辺りに口側突起という器官があり、そこから非常に粘着力の粘液を発射して獲物を捕える。
粘液の分泌腺自体は胴体の中間から後半にかけてに収まるなど、体に対してかなりのサイズがあり、必然として分泌量も多ければ射程も長く、全長の10倍近く飛ばす種もいるらしい。また、この粘液は防御に用いることもある。

過去には数種が流通したことがあるが、近年ペットとして飼育されるものは、ほぼバルバドスカギムシEpiperipatus barbadensisに限定される。全長は最大で7㎝程度でカギムシ全体では中型の部類である。過去に流通した種は非常に高温に弱かったが、本種はある程度耐性があり、28℃くらいまでならば何とか耐えるため、エアコン管理で夏場を凌ぐことが出来る。
餌はコオロギやワラジムシなどでよく、前述の捕食行動により意外と大きな獲物も仕留めることが出来るが、動きが素早すぎるものには粘液が当たりにくいため、コオロギやゴキブリを与える場合は弱らせてから与える。
カギムシは基本は卵生だが、子宮を持ち母体から栄養を受け取って卵発生する胎生種が相当にいる。本種もその一つで1度に1〜5頭ほどの幼体を産む。親は子供を保護して共喰いをすることもないので、大きな飼育ケージであれば、そのまま飼い続けることが出来る。
独特の可愛らしさで密かなファンも多い蟲である。


◆軟体動物

所謂「貝」の仲間であり、節足動物に次ぐ無脊椎動物の大派閥であり、世界から約10万種が記載されている*57。殆どが水生動物、更に言えば海産種であり、タコやイカなどの頭足綱やヒザラガイなどの多板綱など海でしか見られないものも多い。一般には食品や宝飾品の材料として知られており、趣味としてはアクアリウム界隈で扱われるものもいるが、「虫屋」の貝バージョンである「貝屋」と呼ばれる人種も日夜暗躍?している。
奇蟲界隈で注目されるのは陸生種であり、それらは全て腹足綱、即ち巻貝に属するものである。

カタツムリキセルガイその他の陸貝

貝屋発祥と思われる言葉に「陸貝」というものがある。
読んで字の如く陸に棲む貝を指す言葉であるが、貝屋ごとに異なるニュアンスで使われることがある。一番広い用法としては全ての陸生軟体動物を意味して、後述のナメクジをも含むこともある。
一方で軟体動物の種の和名を見ると、〜ガイや〜ニシ、〜マイマイなど貝を意味するグループ名がつくものは、ほぼ全て一見して判る貝殻を持つ種であることを鑑みて、陸生軟体のうち外套膜*58が収納できる程度の貝殻を持つものを陸貝と呼ぶ、とするのが最多数派と思われる。
難しいのは「陸貝」の内訳である。
実は陸生貝類は複数の系統か独立的に上陸を果たして放散したものであって、自然分類群ではない。
最も陸上生活に適応して種数も多いのは有肺類*59で、その多くが柄眼類に属している。柄眼類の俗称がこそが「カタツムリ」であり、またその中で殻が細長いものには〜ギセルという和名がついているため「キセルガイ」という。
飼育方法の違いもあるため、本項目では貝殻を有する陸生貝類を陸貝として、カタツムリ、キセルガイ、その他の三者に分けて紹介する。

カタツムリは陸貝の中では最も一般的である。ウスカワマイマイやコハクオナジマイマイのように市街地の公園でもよく見かけるものもいる。また、各地によく似た大型種が分布する。
植物防疫法が関係ない海外ではアフリカマイマイがよく飼われている。

その他の陸貝で最も有名なものはアオミオカタニシだろう。

ナメクジ

人気があるのはアシヒダナメクジである。
マダラコウラナメクジは近年分布が拡大傾向にあるため、取り扱いには注意する。


◆環形動物

環形動物の中でもケヤリムシやイバラカンザシなど、よく飼育される種類は当頁では扱わない。

ミミズ

単独項目も参照。
一般人にも身近な存在であるミミズだが、ペットとして楽しむ人は少ないのではないだろうか。
しかし、美しい体色を持つシーボルトミミズなどは、マニアから人気がありペットとして飼育されることがある。


オニイソメウミケムシ

どちらもゴカイの仲間としては大型で、ウミケムシChloeia flavaは10cm前後で太く、オニイソメEunice aphroditoisに至っては最大3mにも達する。実際はそこまで大きくなることは少ないようだが。
水生種ではあるが、どちらも奇蟲界隈とも親和性のある見た目をしている。

アクアリウムでは、ライブロック*60などに紛れ込んで、意図せず水槽に紛れ込んでいる例もあり、魚を捕食するなどの実害を及ぼす害虫としても知られている。
健康な魚が急に行方不明になったりする場合は、どこかにオニイソメが隠れているかもしれない*61
また、ウミケムシは釣りの外道としても知られており、その不気味な外観や毒性から釣り人に嫌われている。

一方で、その独特な見た目に惹かれ、オニイソメを好んで飼育する人も一定数存在している。
世界中に分布しているが、ペットとしてはあまり流通しておらず、稀に入荷しているショップがあるくらい。
水族館でも飼育されていることがある。


・ヒル

世界に500種、日本で約100種が知られるヒルも、また世間一般と実態とに乖離のある動物である。
確かに吸血動物または寄生動物として有名で、水が澱んだ沼地に多いイメージもあるが、生態は結構多様であり、貝類やミミズ類を捕食して自由生活を送るものも少なからずおり、渓流から深海まで種ごとに様々な環境に棲み、陸生の種もいる。
シナノビルやカニビルのように寄生生活を送る種は生活ステージごとに宿主を変えるものもいる。

飼育し易いのは捕食型の自由生活を送るもので、特に水生種はクワガタ用のプラケースか最低限の空気穴を開けたガラス瓶に水を張っただけの設備で飼育可能である。
水は1週間から10日に1回ほど換えれば充分で、水草を入れれば更に頻度を少なくしても良い。共食いもまずしないので水が汚れすぎない範囲ならば複数飼育も問題ない。
餌の用意は、用水路や溜池で見られるシマイシビルErpobdella lineataやナミイシビルE. octoculataは楽で、冷凍アカムシや肉食魚用の人工飼料を食べる。
水田で最も普通に見られるセスジビルWhitmania edentulaは貝類食で、餌となる巻貝を定期的に入手する必要がある。繁殖力が強いインドヒラマキガイIndoplanorbis exustus(通称レッドラムズホーン)やサカマキガイPhysa acutaを予め殖やして与えるという方法もある。
より大型になるウマビルW. pigraはスクミリンゴガイPomacea canaliculata(通称ジャンボタニシ)をよく食べる。スクミリンゴガイは外来種で、農業被害があることを含めて餌用に乱獲しても生態系へのインパクトが少なくて済む。
陸生種はやや難しく、水苔を敷いて湿度を保ちつつ空気の流れも作った方が良く、更に暑さに弱い種類が多いので、夏場の高温対策は多くの場合で必要。
本土産のクガビル属Orobdella spp.は低温には強いものが多く、冷蔵庫の野菜室で夏を越す方法もある。餌はミミズを与える。

そして本丸とでも言うべき吸血性の種であるが、飼育環境自体は上記の水生種や陸生種に準じたもので良く、水生種には餌用の金魚カエル、陸生種には生きたマウスやウサギの血を吸わせるのがセオリーである。
だが、筋金入りのマニアは自分の血を吸わせる。そして、ネッタイチスイビルHirudinaria manillensisなど一部の種は人間の血を吸わせ続けると40cmを超える巨大サイズに成長する
ニコチン、アルコール、カフェインなどが血中に残っているとヒルには有害なため、自身の血を吸わせる場合は生活習慣にも気を配る必要がある*62自分の血を吸わせる行為は感染症の危険もあるので、やるなら自己責任で!!
初心者向けも蜂の頭もあったものでないが、漢方薬局で販売される*63チスイビルHirudo verbana辺りがまだしも無難で、自家採集したヤマビルHaemadipsa zeylanica japonicaや野外採集品が多いネッタイチスイビルで試す場合は腹を括るように。
また、注射器や刃物の使い回しが危険なのと同じく、感染症の恐れがあるため複数人のを餌にすることも避けよう
ピアスやボディサスペンションといった身体改造(Body Modification)とも相性が良いらしく、非常に数は少ないものの専門店が存在する程度にはマニアの需要があり、この趣味の極北であると同時に、飼育行為の臨界点といっても過言ではない。


◆扁形動物

蠕虫(ぜんちゅう)と呼ばれる、動物の中で最も単純な体構造のものの一つで、体節、骨格系、呼吸器系、循環器系を欠く。一方で単純な体構造ゆえに再生能力が高いものが多く、特にナミウズムシDugesia japonica(プラナリア)とその近縁種は再生のモデル生物によく使われる。
多くの種は水生または寄生生活を送るものであるが、三岐腸目には陸生種が少なからず存在する。

コウガイビル

人呼んでKGB*64
ヒルの名を冠するが、上記のヒルとは全くの別物。コウガイとは髪結い道具または髪飾りの笄のことで、笄の頭と同じイチョウ葉状の頭部を持つことに由来する。
硬組織らしい組織がないため、分類形質の設定からして難しく、標本作成を含めて肉眼サイズの動物では最も分類が難航しているものの一つである。世界から150種以上が記載されているが、実際の種数はその10倍とも20倍とも言われている。日本でも数10種は存在しているとされるが、学名を宛てることが出来るのは片手で数えるほどである。
全長は10〜30㎝程度だが、後述のオオミスジコウガイビルBipalium nobileのように1mを越えるものもいる。
伸縮性に富むため正確な数値は固定標本でない限り知るのは難しい。体色は意外にも派手なものが多く、鮮血のような濃い紅色や、黄色と白と黒の帯が入れ替わり入るような種もおり、熱帯地域ではよく似た模様の毒蛇が同所的に分布するという例が複数あるため、ベーツ型擬態の一種とも考えられている。

マニアックなショップで販売されていることもあるが、自家採集のほうが入手しやすい。
遭遇の機会が多いのは本州や四国で広く見られる中型在来種のクロイロコウガイビルB. fuscatum*65や、東南アジア原産とされる大型外来種のオオミスジコウガイビルである。どちらも都市部の公園や花壇の付近など人家付近に多い*66
梅雨時の雨上がりの夜には特に見つけ易い。
ごく稀な事例ではあるが、スーパーで売られている野菜などに紛れ込んでいる事例も報告されている。
飼育は意外と厄介で、粘液の量が多く、これが腐敗すると自家中毒を起こしてあっさり死ぬ。しかも死ぬと消化液か何かによって自己融解が忽ち進行し、みるみる本体が溶け出す上に猛烈に臭い。
タッパーに湿らせたキッチンペーパーを敷き、植木鉢の欠片程度の簡易的なシェルターを入れた程度のシンプルなレイアウトで管理し、ペーパーの交換と飼育ケージの洗浄は毎日行うこと。予め飼育ケージを複数用意しておき、飼育個体を毎日移し替える方法にすると多少の猶予が出来る。
空気の流れをつけたいところであるが、名人を通り越した脱走の神であるため、ごく小さな穴を開けるに止めるか、場合によっては無改造のタッパーの方法が良いかもしれない。
高温で蒸れると即死するので夏場はワインセラーを利用するのが安全で、低温に強いクロイロコウガイビルについては冷蔵庫の野菜室で飼うという手もある。餌はミミズかナメクジで、オオミスジコウガイビルはカタツムリを襲うこともある。


◆原生生物またはアメーボゾア

変形菌

通称の「粘菌」の方が有名であろうか。
日本人の極限と言われた民俗学者にして博物学者の南方熊楠が生涯通じて熱中した、リアルスライムとでも言うべき奇ッ怪な生物
もはや動物界に属するものですらないが、動物の形態造形美を散々味わい尽くした後は却って無形のものに惹かれる、或いは刺激の分布状況に応じて自在に形が変わるという逆に形の無限性を感じ取るという、哲学的命題に片足を突っ込みかけたディープなマニアが、この手のものを欲し出すということらしい。

かいつまんで説明すると、アメーバの親戚筋にあたる原生生物である。普段のスライムのような状態は変形体と呼ばれ、単細胞生物*67であるため餌を求めて移動もすれば、分裂して数が増えることもあるため一見すると動物的であるが、餌の不足や光刺激などで生育環境の悪化を感じると、子実体という小さなキノコのような構造を造り、そこから胞子を放つという菌類のような生殖活動を行う。
放たれた胞子が発芽するとアメーバ細胞または鞭毛細胞*68という状態に変化し、これが接合すると変形体に成長する。

もう少し込み入った話をすると、変形体や子実体の核相は複相だが、胞子やアメーバ細胞、鞭毛細胞は単相であり配偶子に当たる。
ヒトで乱暴に例えるならば、精子や卵子がそれぞれ好き勝手自由に動き回った挙句に餌を食べて成長し、適当なタイミングで互いに融合してヒトになるようなものであり摩訶不思議というより他ない*69

実は「粘菌」と十把一絡げに呼ぶ場合、本項で説明した変形菌以外にも、細胞性粘菌と呼ばれるものも含まれる。
細胞性粘菌も変形菌とよく似た生活史を送るが、細胞性粘菌の変形体はある程度の細胞の独立性がある*70ことから偽変形体と呼ばれ、変形菌の子実体は変形体が直截的に変化するのに対して、細胞性粘菌はの子実体は個別に細胞が積み重なって器官分化のように変形するため、累積子実体と呼ばれるなどの違いがある。
基本的には門レベルで同じものではあるが、遺伝子を解析すると綱レベルでの別物であり、更に細胞性粘菌は多系統群であると見做されるなど、生物学上は区別の必要がある。

モデル生物としては変形菌も細胞性粘菌もどちらも利用されており、前者の代表はモジホコリ、後者の代表はキイロタマホコリカビDictyostelium discoideumである。モジホコリの項目も改めて参照されたい。
趣味での飼育(培養)管理は両者とも大同小異であり、タッパーなど気密性の高い容器に湿らせたキッチンペーパーを敷き、餌にオートミールを与えるというものである。なるべく冷暗所で管理して過度な刺激を与えないことで、子実体を作らせないようにする*71




追記・修正はヒヨケムシの繁殖に成功してからお願いします。

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最終更新:2025年07月10日 21:10

*1 一例としてハナカマキリコノハムシツノゼミ各種やヒカリコメツキハチアリに擬態する様々な分類群の昆虫など

*2 これの昆虫バージョンであり、アマチュアであることが多いが、研究者として生計を立てている“プロ”もいる

*3 因みに「珍虫」も虫屋の造語であるとされ、形態や生態の非凡さ平凡さとは関係なく、「採集や観察が困難な昆虫」を意味するが、前述の「珍虫と奇虫」では使い分けが不明確である

*4 特に、爬虫類や熱帯魚の飼育管理で培われた保温設備や技術を応用することで、熱帯・亜熱帯産の種の冬季温度管理が楽だったことが大きい

*5 生命現象の解明のために実験に供される生物のこと。データの稠密性を考慮して、少ない資源や管理で累代飼育出来て世代交代が速いものが推奨されるため、ゴキブリやショウジョウバエを始めとした昆虫にはその条件を満たすものが少なくない

*6 例外としてスズムシキリギリスなどの鳴く虫の飼育は江戸時代から続く伝統文化であり、高度経成長期以降、急速に数を減らした水生昆虫の飼育も、一部の熱心なマニアが研究を続けていた

*7 抑も、前述の植物防疫法の改正も虫屋からの地道なロビー活動の成果とされる

*8 更に言えば、個々人の虫屋は専門とするグループを絞り込んでいることが多く、外国産カブト・クワガタブームに沸いた当時でも、チョウトンボ、同じ甲虫であってもカミキリタマムシなどを専門とする虫屋には冷ややかな視線の者もいた

*9 「六本脚の昆虫こそが完成された節足動物の一形態であり、クモだのムカデだのは形態に節操がない」と評したマニアさえいたとか

*10 体質によってはアナフィラキシーショックなどの重篤な問題が起こる可能性がある

*11 脚を広げたときの長さ。開脚張、差し渡しとも呼ばれる

*12 学名は「小さな鳥に関係するもの」という意味である。17世紀末の1699年にドイツ出身でオランダ在住の博物画家マリア・シビラ・メーリアン女史はスリナムに渡航し、2年間の滞在の後に帰国、野外で徹底的に観察した様々な動植物の記録を「スリナム産昆虫変態図譜」として出版した。この図譜の中で、本種(または近縁種)がハチドリを捕らえて食べるシーンを紹介したため、ヨーロッパ各国の博物学会にはちょっとした衝撃が走り、爾来この手のクモをBirdeaterと称するという慣習が根付いたらしい

*13 なお、メーリアン女史は波乱の生涯を送った傑物である。銅版画家の一家に生まれて才能にも恵まれていたため、絵画の技術は親族に教わったものの当時のヨーロッパ社会通念上、高等教育を受ける機会には恵まれず、絵画工房を経営しながら殆ど独学で博物学を修得した。当時、昆虫が変態するという事実は殆ど知られて折らず、異端審問にまでかけられる寸前であったが、高い完成度の博物図譜から王侯貴族や自然科学者から高い評価を得て、辛くも魔女狩りからは逃れた。52歳の時に前述のスリナムに渡航して観察記録を発表し、69歳でこの世を去った。1991年から1998年まで発行されていたドイツの500マルク紙幣に肖像画が採用されるなど、ドイツやオランダではルネサンス以降の女性文化人として評価が高い

*14 テントウムシグモの意

*15 タランチュラの項目にあるように、鋏角類全般の傾向として「蚤の夫婦」であり、雄成体は雌成体に比べて小型で地味なものが多いのが普通である

*16 アシナガグモ科またはジョロウグモ科に分類されることがある

*17 ナゲナワグモ科に分類されることがある

*18 ハシリグモ科として分割される場合もある

*19 ナミハグモ科または独立のミズグモ科

*20 かの「ファーブル昆虫記」で、この種はナルボンヌドクグモの名で紹介されることも多い

*21 この種の学名は奇抜な外見と、「グラス・スパイダー」という曲名を併せてロックシンガーのデヴィッド・ボウイに献名されたものである

*22 外見がよく似た別科のシロコモリグモ属Ocyale spp.が混同して流通することがある。サバクアシダカグモ属は北アフリカからアラビア半島及び中央アジアに産するのに対して、シロコモリグモ属はサハラ砂漠より南のアフリカ大陸とマダガスカルに分布するというのが一つの識別の目安になる

*23 俗に日本七大珍蛛と呼ばれる、フィールド派のクモ通が、己の力量を試す上で登竜門となりうる種の一つである。なお、残り6種はツシマトリノフンダマシParaplectana tsushimensis、サカグチトリノフンダマシP. sakaguchiii、キジロオヒキグモArachnura logio、ムツトゲイゼキグモOrdgarius sexspinosus、マメイタイゼキグモOrdgarius hobsoni、ワクドツキジグモPasilobus hupingensisとされる

*24 この種は小笠原諸島にも生息するが、こちらは20世紀に入ってからマリアナ諸島由来の外来個体が定着したものとされる

*25 実は毒針の裏側に肛門があるため、本来は腹部の一部である

*26 第一歩脚の前方にある肢のことで、サソリやサソリモドキの鉗(はさみ)、ウデムシの腕に当たる。歩行には使わず、捕食行動や振動探知、交接の際の精子や精莢の受け渡しに用いる、鋏角類の「手」である

*27 サソリ、ウデムシ、サソリモドキ、ヤイトムシ、タランチュラ等祖型的なクモは書肺系という鰓に似た呼吸器系を持つ。カニムシ、ヒヨケムシ、ザトウムシ、クモは昆虫と同じ気管系であり、ダニは原則気管系であるが皮膚呼吸を行うものが相当いる

*28 全くの余談だが、100円ショップで売られているタッパーや収納ケース、ガラス瓶やデリカップなどは多少の改造を施すことで飼育容器に早変わりし、植木鉢や鉢底ネット、園芸用土や霧吹きやシリンジ、ピンセットや絵筆やガーゼやコットンなど、飼育に使用出来る物品が多数揃っており、頻繁に利用する愛好家や研究者は非常に多い

*29 尾の代わりに尾節という構造物が腹部の末端にあり、尾節の形がお灸に似ていることから灸虫の和名がある

*30 ヒトの感染症に関係する諸生物を研究する学問。近年は感染症そのものを引き起こす細菌やウイルスが対象となることが多いが、感染症の媒介者となって公衆衛生に関わるカやノミ、ハエやネズミなども対象であり、一部のダニも当然含まれる

*31 といっても体長は0.5〜0.8㎜程度であるが…

*32 同じ部屋に他の奇蟲がいる場合、薬物系の殺虫剤だと巻き添えを食って全滅しかねないため、瞬間冷凍系をお薦めする

*33 成体の脚の数はオオムカデ目が21対か23対、イシムカデ目とゲジ目は15対であるため脚は100本も無いのだが、ジムカデ目には国産種でも51対以上の脚を持つものが知られており、海外差の種に至っては191対のものがいる。なお、ムカデの脚の対数は個体発生中の過程の関係で、奇形個体を除いて必ず奇数対になる

*34 ヤスデは英語で「千の脚を持つ」を意味するMillipedeというが、属名は「真に千の脚を持つ、ヤスデの中のヤスデ」といった意味合いである。この種のみ単型属であり、現在知られている限り脚が1000本を越える唯一のヤスデである。種小名はギリシャ神話に登場する冥界の女王ペルセポネーに由来し、その名に違わず砂漠地帯の地下60mの土壌中から採集された

*35 実際は複数の種が含まれる複合種群と呼ばれるものと考えられているが、分類形質に用いられる雄の生殖肢の形状とミトコンドリアDNAを始めとする分子生物学的データとに著しい乖離があり、形態分類が事実上不可能という状態である

*36 和名は、時に山間の線路に溢れかえるまで大量発生して汽車を止めたことがあるという逸話から。この種は産卵から性成熟するまでに8年を要し、幼体は腐植質の更に下にある養分が乏しい土壌で緩やかに成長し、かつ同一の場所では齢数がほぼ同じであるため性成熟のタイミングも同じである。故に繁殖のため一堂でに地表に現れることになり、恰も突然大発生したかのように感じるのである

*37 流通していたものは密輸されたものか、それを種親にして国内で繁殖した個体である。2025年現在、タンザニアが野生動植物の輸出を大幅に制限したことも相俟って、この種は日本国内での流通が殆ど無くなった

*38 なお、植物防疫法では輸出入時の行為や手続きを取り締まる法律であるため、既に国内に存在する当該の生物についての取り締まりは想定されていない。別の法律である外来生物法で特定外来生物に指定されていない限り、愛玩飼育や売買は黙認状態である

*39 この種は体サイズに性的二型があり、雌がより大型化するため選択的に採集されてしまい、輸入される中には雄が殆どいないため、日本での飼育下繁殖も困難という、悪条件が揃い過ぎている

*40 74種が記載されているが、そのうちの45種は2009年以降に記載されたものである。そしてほぼ全てがマダガスカル島固有である。このように、限られた地域で特定のグループが種分化を起こす現象を単系多型化といい、後述するマダガスカルゴキブリや、本項目対象外だがカメレオンやキツネザルなどマダガスカル島には、この現象を生じたとされる分類群が非常に多い

*41 「野生生物」と銘打ったのは、天然記念物には家畜や家禽も含まれており、系統維持という名目があるため、雑種系統は勿論、純血個体であっても飼育する上での許可は不用である

*42 鑑札無しで野生の個体を採集すると文化財保護法違反になり、更に厳密に法を運行すると、触っただけでも無許可の現状変更として違法行為と見做される

*43 そしてこのような事情を考慮したためか、海外産からは日本にも産する種を含めて植物防疫法では有害と認定されており、禁輸となっている

*44 この2つは、それぞれ「カトルボーン」「ボレイ粉」の名前で鳥の餌としてペットショップで売っている他、海岸で拾ったものを利用してもよい。なお、カトルボーンはコウイカ(Cattlefish)の骨の意味でCattle Bone、ボレイ粉はカキの漢字表記に由来して牡蠣粉の意味である

*45 背甲が浮いたような感じになる

*46 クロゴキブリワモンゴキブリチャバネゴキブリの項目を参照

*47 多くのゴキブリは孵化から成虫まで1年程度を要し、非熱帯産の種には季節性もあるため、他の昆虫と比べて、再生産速度は寧ろ少し遅い程度である

*48 オオゴキブリ科やマダラゴキブリ科、ハイイロゴキブリ科などは卵鞘を体内に収納し、そこで卵を孵す卵胎生である

*49 BlaberusやEublaberusなどの総称。前胸背板の模様からからこの名称があり、前者はドクロゴキブリ属、後者はユウレイゴキブリ属という和名が宛てられることもある

*50 Aeluropoda、Elliptorhina、Gromphadorhinaなどの総称。成虫でも翅を持たず三葉虫を髣髴とさせる外観を持つ。また、気門から噴気音を出すことが知られているため、ナキゴキブリやHissing Roachの別名もある

*51 自然下ではヤツデやキイチゴ、ギシギシやシダ類を食べるが、飼育下ではこれらのほか小松菜やチンゲン菜、白菜なども食べる。

*52 ポトスやガジュマルやレモンリーフ、サンゴジュやビワやコナラやハイビスカスなど。個体によってはレタスや白菜を食べることもある

*53 バラ科の木本やシラカシなど

*54 例えば、シロアリはゴキブリの内群として扱い、カマキリを姉妹群として上目相当の網翅類という系統群として認めるなど

*55 あまり見慣れない「節」は「科」や「種」と同じく分類階級の一つであり、「綱」と「目」の間に設置されることがある

*56 現在、アノマロカリスは非常に祖型的な節足動物、基盤的節足動物というグループに分類されており、有爪動物ではないとされている。有爪動物の形態的特徴はこれらのグループが分岐する以前の系統が獲得した形質を偶然に失うことなく持ち続けた共有原始形質と呼ばれるものと考えられている

*57 それでも節足動物全体の既知数約120万種の前には霞んでしまうわけで、如何に地球が「蟲の惑星」であるかを思い知らされる

*58 貝の本体、とほぼ同義

*59 外套膜の一部が肺嚢という呼吸器となっているためこの名前がある。分類階級としては亜綱から目レベル相当とされる

*60 海中のサンゴの死骸に様々な生物が付着したもの。水質の維持やより自然に近い環境を作るために使用される

*61 実際イングランドの水族館では、展示している魚が夜な夜な行方不明になったりサンゴが傷つけられる怪奇現象が発生、原因の究明も兼ねて水槽のメンテナンスをしたところ、底砂に巨大なオニイソメが隠れていた事例がある

*62 再び全くの余談だが、筆者の知人は、吸血性のヒルを飼育する前は一日にタバコを2箱以上吸い、ほぼ毎日晩酌するスナック菓子好きにして運動嫌いという、絵に描いたような不摂生で、健康診断でもD寄りのCが常態化していたが、ヒルの飼育を機にタバコや酒を止め、レバーやホウレン草を頻繁に摂るようになり、フィールドワークのみならずトレーニングジムにも通い出し、健康診断では殆どの項目がAとなったため「ヒル健康法」と名付けて周囲に布教するようになった

*63 ヒルの唾液に含まれるヒルジンは血液の凝固阻害作用があり、鬱血や血栓防止に利用することが出来る。また、ヒルの唾液にはヒルジン以外にも炎症抑止や鎮痛作用のある物質が含まれていることが知られている。但し、欧米では正式な医療行為として認める国もあるが、日本では医療行為としての認可は無い

*64 無論、ソ連国家保安委員会とは全く関係なく、KYやJKと同じくKouGaiBiruの頭字語である。ただし使用例は意外と古く、90年代末にはこのように呼ぶマニアがいた。そもそもソ連崩壊が1991年の話であるから当然であるが…

*65 ミドリババヤスデと同じく、実際は複数の種が含まれる複合種群と考えられており、学名の基準となるタイプ標本を用いた再検討が必須であるが、肝腎の標本が150年以上前に失われており八方塞がりの状態である

*66 この2種については、寧ろ深山幽谷では見かけない種であり、植木や園芸資材に紛れて分布を広げているフシがある

*67 原形質自体は一続きであるが、原形質の量に応じて核は数百から1億近い数がある。この状態を多核体といい、細胞分裂の際に核のみが分裂増殖する思えばよい

*68 その名の通り、アメーバと同じく仮足や鞭毛で移動や捕食を行う単細胞で、時にメートル級に育つ変形体と異なり、こちらは精々10マイクロメートルと、肉眼で確認するのは不可能である

*69 但し、生物全体で見ればさほど珍しいことでもない。高校生物で学習するシダ植物の生活環においても、通常見るシダは胞子体といい複相で、胞子体が形成する胞子嚢から放たれる胞子と、それが成長変化した前葉体が単相である。前葉体が作り出す精子と卵が受精することで、複相の胞子体へと成長するものであり、似たような生活環はコケ植物や藻類でも知られている

*70 単細胞生物の集合体、といったイメージであり群体にも似ている

*71 アメーバ細胞の育成はかなり難しく、子実体が出来てしまった時点で乾燥標本にするというマニアも多い