白峯銀山

会津風土記内検索 / 「白峯銀山」で検索した結果

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  • 白峯銀山
    白峯(しらふ)銀山とは、奥只見にかつてあった銀山です。 現在はダム建設により奥只見湖の湖面に沈みました。 採掘跡地や鉱山犠牲者を祭った神社(十二山神社)に名残りがあります。 詳細は以下のリンク先を参照してください。 奥只見 原生林が辿った歴史(新潟県)(PDF) 枝を折りつつ進んだ秘境に延びる銀の道(新潟県・枝折峠) 十二山神社と銀山間歩 十二山神社(Google Map) 銀山平探検記(国立国会図書館) 年表 和暦 西暦 風土記の記述 出来事 寛永18年 1641 赤川表で銀鉱発見(上田銀山) 寛永19年 1642 越後国の高田領と境界を争う 寛永20年 1643 加藤明成、領地返上保科正之、会津藩主に 寛永の頃 1624~1645 銀坑を開く 正保3年 1646 只見川を境界とする事が決まる 宝永3年 1706 銀坑を廃す その後 ー 抗を開いて...
  • いろいろ
    ...梯山、猫魔嶽 尾瀬 白峯銀山 小野嶽・長者屋敷について 八十里越 六十里越 枯木峠について 滝沢峠 応湖川について 渠川について 栗村堰 頭無清水(蓼川・中荒井組今和泉村) 駒返坂について(松川組野際新田村) 蝉峠(弥五島組枝松村) 蝉峠(野沢組芹沼村) 銀山峠(高田組軽井沢村) 市野峠と市野駅 狭間峠 青坂峠・藤峠(旧越後街道) 束松峠(旧越後街道) 鳥屋峠(池原~天屋) / 鳥屋峠(松尾~軽沢/漆窪。旧越後街道) 塩峯峠(夏井/西羽賀~塩坪) 車峠 夷口七峠 会津六社(会津大鎮守六社)諏訪神社(会津若松市) 伊佐須美神社(会津美里町(高田)) 磐椅神社(耶麻郡猪苗代町) 蚕養國神社(会津若松市) 心清水八幡神社(河沼郡坂下町塔寺) 西村八幡宮(蒲原郡下條組西村) 東照宮 八幡宮(滝沢村) 宗像神社(滝沢村) 伊舎須弥神社 土津神社 新宮熊野神社(長床) 会津六詣出塔寺村 観音...
  • 会津郡古町組檜枝岐村
    ...上 小瀬 白峯銀山 Google Map会津駒ヶ岳 赤安山 燧ヶ岳 沼山峠・三平峠(尾瀬峠) 大福銀山十二山神社 尾瀬沼 三本カラマツ 尾瀬ヶ原 三条ノ滝 愛宕神社 檜枝岐の舞台 安宮清水
  • 会津郡
    ...らずしてまた廃す。→白峯銀山 黒檜松樹茂り黄連を産す(加藤氏の時、寛永19年越後国魚沼郡高田領と境を争い官に訴えしに、正保3年に大鳥嶽より南は小瀬沼只見川の中央を以って境とし、上野国利根郡及び魚沼郡の支配の地となる。この山及び枝折峠・藤原峠・至佛山・小瀬峠この地にあり) 枝折峠(しちりとうげ) 白峰の西にあり。 魚沼郡と峯と界とす。 藤原峠(ふぢはらとうげ) 枝折峠の南にあり。 利根郡魚沼郡と峯を界とす。 至佛山(しぶつやま) 藤原峠の南にあり。 山勢けはしく削り成すが如し。四時雪あり。 利根郡と峯を界とす。 小瀬峠 →小瀬 黒川(湯川) 俗に湯川という。 布引山より南青木組二幣地村に流れ出て、湯本村を経て府城の南より西を廻り、高久組に入り平沢村の西にて応湖川来り注ぎ、界沢村より河沼郡笈川組に入り、湯本村温泉この川に入る。故(ゆえ)...
  • 大沼郡高田組軽井沢村
    陸奥国 大沼郡 高田組 軽井沢(かるいさは)村 大日本地誌大系第33巻 26コマ目 府城の西に当り行程5里。 家数26軒、東西1町28間・南北40間、山中に住す。 東24町永井野組赤留村に界ひ二岐川を限りとす。その村は辰(東南東)に当り1里33町50間余。 西7町河沼郡牛沢組塩野村の山界に至る。その村は戌(西北西)に当り8町。 南21町滝谷組田代村の山界に至る。その村は未申(南西)に当り1里6町。 北6町牛沢組大野村の山に界ふ。 また 寅(東北東)の方28町40間逆瀬川村の界に至る。その村まで1里33町。 小名 銀山(ぎんさん) 本村より12町申(西南西)の方にあり。 家数5軒、東西30間・南北1町10間、山間に住す。 元和元年(1615年)本村の農民善吉という者始て抗を穿ち銀を堀採、年を経て出る事弥(いよいよ)多し。諸国よりも人多く集まり小屋10...
  • 大沼郡滝谷組田代村
    陸奥国 大沼郡 滝谷組 田代(たしろ)村 大日本地誌大系第33巻 54コマ目 府城の西に当り行程6里。 家数22軒、東西50間・南北1町25間。 東は山に倚り三方田圃(たんぼ)なり。 東1里高田組軽井沢村の山に界ふ。 西12町10間湯八木沢村の界に至る。その村まで25町。 南1町53間中村の界に至る。その村まで12町。 北22間大嶺村の界に至る。その村まで24町。 小名 南田代(みなみたしろ) 本村の南4町にあり。 家数16軒、東西1町9間・南北35間。 東は山に倚り三方田圃なり。 端村 松下(まつした) 本村より丑(北北東)の方8町にあり。 家数6軒、東西35間・南北30間。 東北は山に倚り西南は菜圃(さいほ)なり。 山川 杉山(すきやま) 村より巳(南南東)の方10町20間にあり。 頂まで20町余。 雑木多し。 また村より...
  • 河沼郡牛沢組黒滝村
    陸奥国 河沼郡 牛沢組 黒滝(くろたき)村 大日本地誌大系第33巻 150コマ目 府城の西に当り行程7里6町。 家数9軒、東西20町・南北1町。 山中に住し、東は銀山川に傍(そ)ひ西は山に倚る。 東4町小柳津村の界に至る。その村まで7町30間。 西は郷戸村の山に連なり界域分かちがたし。 南7町猪鼻村の山界に至る。その村まで12町10間。 北9町柳津村の山界に至る。その村まで16町50間余。 山川 銀山川 村東にあり。 猪鼻村の界より来り、北に流るること16町計柳津村の方に注ぐ。 関梁 橋 村南5町にあり。 長6間。隣村の通路銀山川に架す。丸木橋なり。 神社 山神社 祭神 山神? 草創 不明 村より未申(南西)の方山中にあり。 村民の持なり。 Google Map山神社
  • 河沼郡牛沢組塩野村
    陸奥国 河沼郡 牛沢組 塩野(しほの)村 大日本地誌大系第33巻 149コマ目 府城の西に当り行程5里30町。 家数16軒、東西30町・南北2町30間。山中に住す。 四方少しく田圃(たんぼ)あり。 東1町大沼郡高田組軽井沢村に界ふ。その村まで8町。 西は大沼郡滝谷組大峯村の山に隣り界域分かちがたし。 南は村際にて軽井沢村に界ふ。 北2町猪鼻村の界に至る。その村まで21町。 また 戌亥(北西)の方6町長倉村の界に至る。その村まで24町。 山川 高森山(たかもりやま) 村西にあり。 頂上まで70丈余。 大峯村と峯を界ふ。 銀山川 村東にあり。 軽井沢村の銀山より出る故(ゆえ)この名あり。 北に流るること3町猪鼻村の界に入る。広4間。 金気ある故にや魚類を産せず。 神社 春日神社 祭神 春日神? 相殿 八幡宮    稲荷神    ...
  • 河沼郡牛沢組阿久津村
    陸奥国 河沼郡 牛沢組 阿久津(あくつ)村 大日本地誌大系第33巻 146コマ目 この村旧悪津に作る。寛文中(1661年~1673年)今の字に改む。 府城の西に当り行程6里24町。 家数14軒、東西1町・南北1町48間。 東は山に倚り三方田圃(たんぼ)なり。 越後国に通る裏街道にて、村の西南に一里塚あり。 東30間・北30間、共に柳津村の界に至る。その村は北に当り1町10間余。 西6町20間余野老沢村の界ひ只見川を限りとす。 南8町54間郷戸村の界に至る。その村まで29間町。 また 未申(南西)の方8町56間出倉村の界に至る。その村まで15町0間余。 また村南3町20間に1区あり。龍藏庵という。 家数4軒、東西50間・南北7間。 土倉村に並ぶ。 山川 三千佛山(さんせんふつやま) 村南5町計にあり。 高70丈計。 昔堂宇あり...
  • 河沼郡牛沢組猪鼻村
    陸奥国 河沼郡 牛沢組 猪鼻(いのはな)村 大日本地誌大系第33巻 149コマ目 村北黒滝村にゆく路の傍に猪の鼻に似たる岩ありし故(ゆえ)に村名とせしとぞ。今は岩崩れてその形とも見えず。 府城の西に当り行程7里18町。 家数18軒、東西40町・南北3町20間。 山中に散居す。 四方田圃(たんぼ)あり。 東11町大野村の界に至る。その村まで16町50間余。 西3町長倉村の界に至る。その村は申(西南西)に当り11町20間余。 南18町塩野村の界に至る。その村まで19町50間。 北6町黒滝村の界に至る。その村まで12町10間。 山川 銀山川 村西2町余にあり。 塩野村の界より来り、北に流るること30町余黒滝村の境内に入る。 広4間計。 里道川(さとみちかわ) ※公文書館の風土記の本文には「黒道川」と記載している。 村東2町余にあり。 大...
  • 会津郡中荒井組下荒井村
    陸奥国 会津郡 中荒井組 下荒井(しもあらい)村 大日本地誌大系第31巻 44コマ目 府城の西に当り行程1里18町。 家数63軒、東西4町・南北41間。 中程より南に通るを本町(もとまち)という。 東西31間・南北1町37間。 四方田圃(たんぼ)なり。 村中に官より令せらるる掟条目の制札あり。 東2町34間蟹川村の界に至る。その村は辰巳(南東)に当り8町。 西8町44間本多村の界に至る。その村まで10町30間。 南3町51間今和泉村の界に至る。その村まで9町。 北町53間中里村の界に至る。その村まで9町。 また戌(西北西)の方7町21間荒田村の界に至る。その村まで8町。 小名 寶壽(ほうじゆ) 本村の北5町50間にあり。 家数3軒、東西1町20間・南北20間。 寛政5年(1793年)寶壽院の住侶本教という僧本村及び田村山の境内を新墾して民居...
  • 会津地方の地図
    蘆名時代黒川城市図 会津鶴ヶ城縮図 福島県若松市全図 ※若松市郷土誌(国立国会図書館)より 会津地方の古地図をご紹介。 天保国絵図 陸奥国会津(国立公文書館) 天保9年(1838年)の会津地方の絵図 まだ見つけたばっかりで内容を精査していませんが、かなり古い地図です。 状態も綺麗で拡大すれば内容も確認できます。 大日本国郡名所 奥州会津郡若松(国立国会図書館) 明治元年(1868年)の会津地方の絵地図。 戊辰戦争前に発行されたものと考えると感慨深いです。 調べものするには向かないです・・・。 磐城岩代両国全図(福島県立図書館) 明治11年(1878年)に福島県地理課が発行した福島県全体の地図。 とにかく大きい。山川の名前はほぼ網羅している事と、大きい町や集落名はほとんど載っています。 問題は大きすぎて調べものするときに...
  • 河沼郡牛沢組柳津村
    陸奥国 河沼郡 牛沢組 柳津(やないつ)村 大日本地誌大系第33巻 143コマ目 この村水辺に昔は楊柳(かわやなぎ)多く風致(ふうち)ありしゆえかく(・・)名けしとぞ。 府城の西に当り行程6里24町。 家数121軒、東西3町18間・南北7町16間。 東に重山を擁し西に只見川あり。銀山川(中ノ川ともいう)また村中を名流れ一帯の匹錬(ひつれん)空翠(くうすい)を浸し佳景(かけい)比なし。 民居、或いは山岩を鑿し或いは只見川に傍(そ)ふ。 山中にあれども虚空菩薩の霊場なれば参詣の男女たえず。村中に客舎多く西頬は只見川に臨み大抵3階のかけつくりなり。因て駅所とし、塔寺村駅より2里3町ここに継ぎ、ここより3里5町野沢組野沢村駅に継ぐ。また1里18町塩野村駅に継ぎ、1里30町大沼郡滝谷組滝谷村に継ぐ。 村中に官より令せらるる掟条目の制札あり。 東6町49...
  • 河沼郡牛沢組長倉村
    陸奥国 河沼郡 牛沢組 長倉(なかくら)村 大日本地誌大系第33巻 149コマ目 府城の西に当り行程7里12町。 家数21軒、東西2町・南北2町50間、山中に住す。 四方少しく田圃(たんぼ)あり。 東8町30間猪鼻村の界に至る。その村は寅(東北東)に当り12町。 西1町54間余・北12町37間余、共に郷戸村の界に至る。その村は西に当り10町40間。 南16町51間余塩野村の界に至る。その村は辰巳(南東)に当り24町。 山川 湯泉峠(ゆせんとうげ) 村の辰巳(南東)の方5町余にあり。 登ること5町余。 塩野村にゆく山経なり。 赤谷川(あかたにかわ) 村西3町にあり。 広2間。 塩野村の山中より出て、北に流るること20町余、田地の養水となり阿久津村の界に入る龍蔵庵川となる。 神社 鬼渡神社 祭神 鬼渡神? 相殿 八幡宮    稲荷神   ...
  • 耶麻郡五目組岩尾村
    陸奥国 耶麻郡 五目組 岩尾(いはお)村 大日本地誌大系第32巻 120コマ目 府城の西北に当り行程6里7町。 家数28軒、東西2町15間、南北3町5間。 四方田畠にて西は山に近し。 東3町4間五目村の界に至る。その村まで5町余。 西2町14件・南3町4間、共に半在家村の界に至る。その村は南に当り6町10間余。 北8町10間中河原村の界に至る。その村まで16町50間。 また 亥(北北西)の方8町50間山岩尾村の界に至る。その村まで1里3町10間。 また村北1町に家数4軒あり。 東西1町14間、南北1町24間、幡立(はつたて)という。 金堀小屋 銀山(きんさん) 本村より戌亥(北西)の方11町にあり。 小屋3軒、山中にあり。 このほとりの山中に銀拡あり。寛永中(1624年~1645年)より明暦中(1655年~1658年)まで少しく出ければ、...
  • 耶麻郡五目組
    陸奥国 耶麻郡 五目組 大日本地誌大系第32巻 105コマ目 この地府城の北に当り本郡の中程にあり。 東は小田付組に隣り、西は木曽組に接し、南は小荒井組・慶徳組につづき、北は重山連なり米沢領出羽国置賜郡に界ふ。 東西2里22町余(東は小田付組小田付村の界より、西は木曽組板沢村の界に至る)。 南北5里28町余(南は小荒井組北原新田村の界より、北は米沢領出羽国置賜郡の界に至る)。 東南は平衍(へいえん)の地に接し西北に衆山連なり、東を日中川西を濁川流れ、中間に平山ありて南北に綿延(めんえん)す。 村里多くは山麓に基布し薪樵(しんしょう)の便よく田圃(たんぼ)少なからず。 花候(かこう)・農務廣平(こうへい)の地に比すれば7、8日を差ふ。 日中・水沢・野辺沢・黒川・金屋・熱塩等の諸村は凍雪(いてゆき)を踏て深山より薪材を伐り、雪消えて後渓流に下し府下に運送...
  • 大沼郡高田組
    陸奥国 大沼郡 高田組 大日本地誌大系第33巻 9、18コマ目 この地府城の西に当り本郡の東北にあり。 東は宮川を隔て会津郡中荒井組に隣り、西は山を越えて滝谷組に界ひ、南は永井野組に並び、北は中荒井組に続く。 また東南は橋爪組と冑組に交わる。 東西3里8町余(東は会津郡中荒井組十二所新田村の界より、西は滝谷組田代村の界西勝峠に至る)。 南北2里2町余(南は永井野組永井野村の界より、北は中荒井組沢田村の界に至る)。 東に宮川流れ西に衆山連なり、土地肥えて五穀豊なり。ただ竹原・上中川・西勝等の諸村は養水の便悪く常に旱損に苦しむ。軽井沢・逆瀬川の両村は山中に住し、雀林・米沢・根岸・中田・立行事等の村々は山麓にあるゆえ寒暑の候府下に比すれば10余日の差あり。 また5、6月の際に日を択び高田村伊佐須美神社にて御田植祭あり(高田村の条下に詳にす)。その時遠...
  • 河沼郡
    大日本地誌大系第33巻 81コマ目 ※国立公文書館デジタルアーカイブ「新編会津風土記85」より河沼郡地理之図 この郡は延喜式35郡の中に見えず、その後大沼郡と共に会津郡より分かれしにや。【和名鈔】の細註に『今分て大沼河沼二郡と爲す』と見えたり。然れども【拾芥抄】36郡【節用集】54郡の中ににはこの郡なし。【節用集】に載たる稲我はこの郡の蜷川(いなかは)荘なるもしるべからず。寛文(1661年~1673年)中まで誤て稲河郡と称し会津4郡の一とせり。 東北は共に耶麻郡に隣り日橋川を限とす。 西は越後国蒲原郡に連なり、九才坂・鳥居峠を界とす。 南は会津・大沼2郡に続く。 東西7里18町余(東は耶麻郡の界日橋川より、西は越後国蒲原郡の界九才坂に至る)。 南北3里24町余(南は大沼郡高田組軽井沢村の界より、北は耶麻郡の界日橋川に至る)。 東西に山あり。北を大...
  • コメント/コメント
    車峠の茶屋は昭和40年代まで住居として使われていたようです(なおその当時で電気が通っていなかったとの事)が、その後廃屋となり、昭和五十五年に雪害で潰れてしまったそうです。 - とんりすんがり (2020-05-27 22 03 41) 昭和40年代って事は車トンネルが出来たタイミングで引っ越しされたんでしょうか。雪で潰れてしまったのは残念です。越後街道の遺産として何かの形で残して欲しいものですね。 - 管理人 (2020-05-28 08 00 38) 車トンネル開通のタイミングで引っ越されたというのは大いに有り得ますね。高齢の男性が一人で住んでおられたとの事で、お子さんの家に移られたか或いはトンネル開通を待たずに亡くなられたのかもしれません。会津は豪雪地帯なので人の手入れが離れた建物は時を置かずして潰れてしまうので仕方ない面もありますが、いずれにせよ残念です。 - とんりすんがり (20...
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