会津郡黒谷組

陸奥国 会津郡 黒谷組
大日本地誌大系第31巻 138コマ目


この地府城の西南に当り本郡の西端にあり。
東は和泉田組に交わり、西は越後国魚沼郡堀内組に界ひ、南は古町組に接し、北は本郡大塩組に連なる。
東西6里計(東は和泉田組小林村の界より、西は堀内組大白川新田村の界朝草峠の頂に至る)。
南北12里余(南は古町組檜枝岐村の山界より、北は大塩組蒲生村の界に至る)。

重峰四方に(めぐ)り村居皆山間に散布し、南の方に朝日・大鳥の二山(そばだ)ち、四時(しじ)多は雪絶えず。中にも叶津・只見・田子倉・石伏の四ヶ村は朝草山の東麓に在り。冬日積雲屋を埋み昼夜を弁せざることあり。居民雪を(うが)(わずか)に出入を通ず。
気候大抵古町組に同じ。寒早く暑遅く農務の候平地より後れ常に二十日計の差あり。然れどもこの(ほとり)の諸組に比すれば土地(やや)潤肥にして五穀乏しからず。薪樵(しんしょう)の業ゆたかなり。また布を製し(むしろ)を織り蚕を飼て余産を(すく)はす。
習俗鄙朴(ひぼく)にして華飾を務めず。故に居民恒の産ありて生計に困せず。ただ檜枝岐川・只見川の洪水田圃(たんぼ)を害する患あり。また三月より五月までは山間の諸渓(みなぎ)り注ぎ、水かさ増りて両岸の残雪が(ため)に崩れ荒島・小川・只見・石伏の村々は船通せず。矢文を射て諸用を弁ず。所々に土堤を築いて水災を防ぐ。

この組の諸村皆伊北郷と称す。


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