会津郡古町組

陸奥国 会津郡 古町組
大日本地誌大系第31巻 119コマ目、125コマ目


この地府城の西南に当り本郡の西南隅にあり。
東は高野組熨斗戸組に隣り、西は黒谷組に及び本郡小出島組(小出島組は越後国魚沼郡に隷すれどもその地面本郡に跨る)及び日光神領下野国都賀郡に接し、北は和泉田組に交わる。
東西13里余(東は高野組針生村の界駒戸峠より、西は小出島組の界只見川に至る)。
南北12里8町(南は戸倉村の界小瀬沼より、北は和泉田組界村の界に至る)。
本郡西南の組これに至て(きわめ)り。

越後・上野・下野の三国に隣り、四方みな数山を経て他組に通ず。
寒暑府下に比するに大いに異なり盛夏にも霜隕て五稼*1熟せざることあり。
冬雪最深し。年により1丈(約3m)余に至る。民々(そり)を著って往来す。また「なで(春に至て宿雪山上より潰ゆるをいう。雪頽の方言なり)」「あひ(山雪凍りたる上に降重なり時ありて崩れ落つ音なくして勢強し土俗あひと称して最瘄これを恐る)」の患ありて行人往々に苦めり。

この組の村落多は檜枝岐川の両岸に連なり衆山四面に重畳(ちょうじょう)し嶺(けわし)く谷深し。
魚猟採薪の便よく用水また乏からざれども山間の衆渓檜枝岐川に合し春雪消融(しょうゆう)するあいだ洪水の害あり。
民居蕎麦・苧麻(からむし)を植え蚕を養て生業を資く。

浜野村より南の方大桃村までの数村を俗に内川郷と称へ最山深く水田少なし。
檜枝岐村はなおその奥三里余駒嶽の麓にあり。
また西南に燧嶽(そび)え、人煙ここに尽き地勢深邃(しんすい)にして別境に入が如し。
寒気特に強く土地瘠薄*2なり。ゆえに専ら小羽板(こばいた)を割き曲物を製し仲附馬(なかつけうま)にて府下に運送し五穀に交易す。

この組の諸村伊南郷を称す。


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