会津郡小出組

陸奥国 会津郡 小出組
大日本地誌大系第31巻 81コマ目

この地府城の南に当り本郡の東にあり。
東南は共に弥五島組に界ひ、西は楢原組に隣り、北は南青木組に交わる。
東西1里18町(東は弥五島組田代村の界鶴沼川より、西は楢原組大内村の山界に至る)。
南北3里18町計(東は弥五島組弥五島村の山界より、北は南青木組大豆田村の界闇川橋に至る)。

村落(そんらく)大抵鶴沼川の岸に縁りて南より北に連なり、山高く澗深くして水田少なく菜園多し。
採薪(さいしん)の便よくまた漁釣(ぎょちょう)の利あり。
3、4月の頃に雪やや消えれば丁壯(ていそう)山に入りて葛根を掘り、女童(めのわらわ)家に在りてこれを粉に製し或いは蚕を養う。
桑原・舟子・芦牧・沼尾等の村々は柴薪(さいしん)()り炭をやき山灰を製して府下に出し生産の̪資とす。

この組及び弥五島・松川・楢原の4組は俗に下郷と唱へ。

皆山中なれば府下に比するに寒強く暑弱く農務の候10余日の差あり。
常に鹿猿多く中にも数十の野猪郡をなし田園の害をなすに因り、春より秋に至るまで野外に小屋をかけ村民輪番にこれを守り、鳥銃を放ち或いは板を撃ち農器を(たた)いて逐い退く。
土地最煙草に宣し、多く種えて産業とす。
毎年9月頃上郷・下郷の商人弥五島組白岩村に会集(かいしゅう)し価の高下を定め結城・下妻の方に売り出す。
農隙(のうげき)には下野・常陸の方に出て屋上を葺き又杣人(そまびと)の業をなす者あり。
秋は栗を拾って勝栗(かちぐり)に製し府下及び他邦に(ひさ)ぐ。

この組及び弥五島・松川・楢原・田島・高野・熨斗戸・古町・和泉田・黒谷・大塩の組々にて3月11日を地神下(ちしんくだり)という。この日未明に虚臼を()けばその(こえ)(おう)じて地神降臨ありとて虚臼を()(しとぎ)を製してこれを祭る。10月10日を地神上(ちしんのぼり)という。この日は地神天上の日とて又虚臼を()(しとぎ)を供える。

大寒の後105日に霜ふるを百五の霜という。もっとも諸物を(そこな)うとて3月の頃霜祭とて生土神に参詣しその日遊楽す。
また弥五島・松川・楢原・田島・河島・高野・熨斗戸7組とこの組とには3月中兄弟契(きょうだいちぎり)ということあり。老若男女各年歯に従って会集(かいしゅう)(きゅう)を話して相歓す。

門田荘に属する村1ヶ村あり(小塩村)。余は皆湯原郷に(れい)し長江荘と称す。

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