会津郡滝沢組

陸奥国 会津郡 滝沢組
大日本地誌大系第31巻 12コマ目

※国立公文書館版より滝沢組地理之図。
 雄山閣版は(なぜか)地図上から金堀と石盛山、牛畠が消されていた


この地府城の東北に当たり、本郡の東北端にあり。
東は原組に隣り、西は高久組に交わり、南は南青木組に按し、北は河沼郡代田組に並び、未申(南西)の方府下の地を続く。
東西1里15町余(東は原組原新田村の界より、西は高久組下荒久田村の界に至る)。
南北1里4町余(南は南青木組慶山村の界より、北は代田組八田野村の界に至る)。

東北に山連なり西南は広平の地に続き人煙(じんえん)繁し。
村落多くは山に傍で住す水旱(すいかん)の患少なく土地肥え五穀(ぎょう)に薪材の用乏しからず。農隙(のうげき)に駄馬を追い、薪柴諸(きのこ)を採って府下に(ひさ)ぎ出し、生産の資とす。

昔は原組の諸村もこの組に隷して瀧澤山組と称し、この組は瀧澤里組と称せり。寛文七年(1667年)分けて原組とす。

黒川郷に属するもの1ヶ村あり(滝沢村)。
その余は皆郷名を失う共に門田荘と称す。

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