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大沼郡野尻組

陸奥国 大沼郡 野尻組
大日本地誌大系第33巻 62コマ目

この地府城の西南に当り本郡の南端にあり。
東は冑組に界ひ、西は会津郡和泉田組に隣り、南は会津郡高野組に交わり、北は大谷組に連なる。

東西4里18町(東は冑組下谷地村の山界より、西は和泉田組布沢村の山界に至る)。
南北3里10町(南は高野組大豆渡村の山界より、北は大谷組琵琶首村の山界に至る)。

四方に山(めぐ)り博士・船鼻の2山東南に秀で、大芦・両原・小野川等の村々その麓に住し、殊に深山なり。されば大谷・滝谷の両組よりは寒気(つよ)く雪深く大抵10月の初より雪積て3月の末に漸く消尽(しょうじん)す。然れども近郷の諸組に比すればやや平地ありて水田乏しからず。
村民耕作を業とし、また麻を植て余産とす。
山中より多く諸菌を出す。

この組の諸村野尻郷に隷す。
凡て9ヶ村あり。



外部リンク等


昭和村寺社一覧

昭和村寺院一覧

寺院名 山号 宗派 所在地 縁起
正法寺 大雄山 曹洞宗 下中津川村 天正元年(1573年)開基。鑑室如察大和尚。天寧寺末社。
本尊:釈迦如来。
もと沖にあり時宗に所属。他寺合併して現在地に再興のとき曹洞宗になるという。
徳林寺 多宝山 曹洞宗 野尻村 文明5年(1473年)領主山内信濃守建立。
元和4年(1618)尊芸和尚(門田山田宝積寺)再建。
本尊:釈迦如来
観音寺 示現山 曹洞宗 佐倉村 元和2年(1616)清憐学察開基。正法寺末寺。
本尊:十一面観世音
延命寺 仏森寺 曹洞宗 喰丸村 天正4年(1576年)信濃国清宅開基。
寛文年中天寧村、正法寺、斧山来りて再建。
本尊:釈迦如来
大乗寺 妙典山 曹洞宗 小野川村 天文22年(1553年)創建。もと地蔵堂。
その後法華の徒住し、寛文年間、尾岐窪龍門寺黙岑開山す。
本尊:地蔵菩薩
「昭和村史資料」による。

昭和村神社一覧

神社名 祭神 所在地 縁起
春日神社 武甕槌命
経津主命
品陀別命
稲倉魂神
天児屋根命
比売命
伊勢両宮
野尻村
上山
領主山内信濃守俊行氏神たるにより勧請すという。晴天祈願行われ近郷尊敬をうく。
明治に郷社に列せらる。
末社:雷神社、若木神社、山神社、宗像神社
稲荷神社 倉稲魂命
大山祇命
大山咋命
仁徳天皇
野尻村岸 不詳
末社:雷神社
熊野神社 事解男命
伊邪那岐命
速玉男命
下中津川村
熊野堂
永禄7年(1564年)8月24日、邑主佐瀬源兵ヱ、代官入善三郎右ヱ門勧請という。旧村社
末社:雷神社、若木神社、山神社、稲荷神社、淡島神社
住吉神社 底筒男命
中筒男命
表筒男命
大山祇命
八衢彦命
大己貴命
松山村
居平
佐原十郎義連の臣佐々木某安置すという。
延宝3年(1675年)当地へ三島神社、幸神、於都麻神の三社を移し、俗に四社神社と称す。
気多神社 大己貴命
大山祇神
小中津川村
後沢
不詳
諏方神社 建御名方命 佐倉村
館裏
不詳
熊野神社 伊邪那岐命
伊邪那美命
武甕槌命
喰丸村
寺坂
不詳
八幡神社 品陀別命
大山祇命
蒼稲魂命
両原村
天狗屋敷
不詳
大山祇神社 大山祇命 大芦村
愛宕山
不詳
末社:雷神社、若木神社、稲荷神社、疱瘡神社
大山祇神社 大山祇命
相殿一座
熊野神社
大芦村
中坪
不詳
末社:雷神社、風神社、若木神社、稲荷神社
三島神社 大山祇命
倉稲魂命
仁徳天皇
小野川村
後沢
不詳
「昭和村史資料神社調」による。郷社、村社のみ掲載

追記

正法寺(しょうぼうじ)昭和村(しょうわむら)
大沼郡昭和村下中津川字築島。大雄山正法寺と称し、曹洞宗に属する。草創は明らかでないが、長保9年(999)に始まるという。天正元年(1573)若松東山天寧寺十四世鑑室恕察(かんしつじょさつ)和尚がきて再興、以後天寧寺の末寺となった。当時は下中津川中島地内にあったが、四世道板勝達和尚時代、名主本名五左衛門(じょう)好道が発願、寺地を寄進し延宝3年(1675)現在地に移築した。現住職は二十三世。本尊に釈迦牟尼仏を安置する。この尊像は元禄4年(1691)の入仏で、また宝暦8年(1758)の木像達摩・太源の像、嘉永4年(1851)の大般若経600巻がある。本堂南隣に薬師堂がある。堂宇は永禄7年(1567)四月願主本名左京藤原政通が入仏したものといわれ、この地方最古の薬師像で、古来より信仰を集めている。末寺の本村佐倉慈眼山観音寺は御蔵入三十三観音第7番札所として知られている。
参考:会津大辞典

参照



主となる道路と峠

※野尻組交通図 - 昭和村の歴史より

余談

  • 昭和村
村名は昭和に入ったばかりの1927年(昭和2年)11月に大芦村と野尻村との合併で誕生したことから当時の年号にあやかって名付けられた。
最終更新:2026年06月20日 20:32
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