会津郡楢原組

陸奥国 会津郡 楢原組
大日本地誌大系第31巻 95コマ目



この地府城の南に当り本郡の中程にあり。
東は松川弥五島組に隣り、西は高野組に界ひ、南は田島組に連なり、北は大沼郡橋爪組に続き、西北隅は大沼郡東尾岐組に接す。
東西3里余(東は弥五島組弥五島村の界より、西は高野組高野村の山界に至る)。
南北4里18町(南は田島組長野村の界より、北は橋爪組関山村の界に至る)。

村里多くは山間にあり。
水田少なく米穀最乏し。栗・粟・煙草を種て生計の資とす。

安張村より西の方は分て深山にて戸石村最その奥にあり、因って賊に戸石郷と称す。

大内・中倉・桜山・安張・戸石・赤土等の村々より馬を引き府下及び大沼郡高田村に出て米味噌醤油の類を買来て商売す。
1夫数匹の馬を牽に前後の序あり。常に自ら列次を(みだ)らず。殊に山中嶮岨(けんそ)の所多く重きを負せて顚仆(たふれふす)せば、馬の傷んことを恐れ腹帯を施さず。土俗これを仲附馬(なかつけうま)とも「どちや馬」ともいう。
又、戸石村・石井村・志源行村・日陰村は鷹を飼い、赤土村・石戸村・日影村・桑取火村・中倉村・桜山村・大内村は蕨、紫萁(ぜんまい)を採り乾して(ひさ)ぎ出す。

この組の諸村楢原郷に属し共に長江荘と称す。
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