■みんなで冒険

■みんなで冒険

Ver.4.00で追加されたストーリーモード「冒険譚」のシナリオを扱うページです。
ゲームシステム自体の攻略・解説は冒険譚ページを参照ください。
またこのページにはネタバレを含むため、望まない人の目に触れないようにそれぞれの個別ページのコメント欄を活用するようご協力お願い致します。

1話(ストーリー深度0)~20話(ストーリー深度190):「ストーリーTIPS」ページ内に記載

21話(ストーリー深度200)
+ 落ち着かないアトリエ
落ち着かないアトリエ

「ねぇねぇ、今日もみんなは冒険に出かけるの?!」
錫の新兵が、アナスンのアトリエに集合していたキャストたちへ問いかける。
少し前は想像もできなかった高いテンションは、『無邪気』な心に目覚めたのが理由だ。

<ミラベル>「え、ええ……」
おどおどしたミラベル相手でも、錫の新兵はお構いなしに息のかかる距離まで詰め寄る。

「じゃあ、わたしはここでお留守番だね!」
<ミラベル>「ひぃっ、ご、ごめんなさいごめんなさい!」
突然目の前で大声を出されたからか、ミラベルは委縮しきってクゥの影に隠れてしまう。

「なぜ貴女が謝るのですか?」
だが次に錫の新兵の口から出たのは、聞き慣れた冷静な口調だった。

<アシェンプテル>「やはりまだ、性格・口調が完全に決まったわけではないのだな」
無邪気な性格かと思えば空白だった頃に戻り、すぐまたテンションが上がる。
ここのところは、ずっとこの調子。
アシェンプテルは、そんな錫の新兵の挙動を遠くから訝しげに眺めていた。

<アナスン>「ふふ、こればっかりは時間がかかるんじゃないかな?」
<アシェンプテル>「……そうか」
横に立つアナスンは全く心配してないどころか、楽しんでいるかのような調子で返す。
アシェンプテルはそんなアナスンを一瞥すると、剣を執り歩み出た。

22話(ストーリー深度210)
+ 育ち盛りの子のように
育ち盛りの子のように

<シュネーヴィッツェン>「とはいえ、このままじゃ落ち着かないわよね」
<深雪乃>「そうだね。まぁ、本人はそんなに気にしてなさそうだけど」
相変わらず、錫の新兵は無邪気と空白の間をふらふらしている。
シュネーヴィッツェンと深雪乃は、何も考えてなさそうな錫の新兵を囲んでいた。

——————
————
——

<シュネーヴィッツェン>「というわけで、落ち着いてる方を連れてきたよ」
<深雪乃>「私も」
少し考えた結果、各々が思う“落ち着いている人”に協力を仰ぐこととなった。

<かぐや>「あの、なぜわたくしが……?」
<深雪乃>「私自身でも良いって言ったんだけど、雪曇がかぐやさんにしろって」
不服そうな深雪乃が連れて来たのはかぐや。
雪曇曰くおっとりとした所作、雰囲気に触れていればあるいは、とのことらしい。

「かぐやさんが遊んでくれるの? よろしくおねがいしまーす!」
<かぐや>「うふふ、元気のいい子ですわね」
期待通り、まるで母親のような穏やかさで錫の新兵に相対するかぐやだったが——

「それで、今日はどのような遊戯を教えていただけるのでしょうか?」
<かぐや>「あら、あらあら……」
二つの性格の激しい移り変わりに、文字通り目を回す結果となってしまった。

23話(ストーリー深度220)
+ 林檎のように頬を染めて
林檎のように頬を染めて

<シグルドリーヴァ>「なぜ、私がこの場に呼ばれたのでしょうか」
シュネーヴィッツェンに手をひかれたシグルドリーヴァが、平坦な声色で問いかけた。

<シュネーヴィッツェン>「シグっていつも落ち着いてるでしょ?一緒にいたら、あの子にも影響あるかなって」
<シグルドリーヴァ>「そうですか」
言われるがまま、錫の新兵の目線に合わせてしゃがみ込むシグルドリーヴァ。
しばらく静かに見つめ合った後、錫の新兵の顔がぱっと明るくなる。

「今度はシグルドリーヴァさんだ!」
<シグルドリーヴァ>「ええ、よろしくお願いいたします」
大きくお辞儀する錫の新兵に対して、シグルドリーヴァはぺこりと頭を下げた。
そして二言三言交わすと、手を繋いで歩き出す。

それからしばらく、二人は本を読んだり、絵を描いたりと交流を深めていた。
そしてその間ずっと、錫の新兵は無邪気な笑顔を浮かべたままだった。

<かぐや>「ああしていると、まるで姉妹のようですわね」
<深雪乃>「うんうん。なんだか新兵ちゃんも安定してるようだし、シュネーちゃん、お見事!」
バシバシとシュネーヴィッツェンの背中を叩き絶賛する深雪乃。
復調したらしいかぐやも、姉妹を見守る母親の目になっている。

<シュネーヴィッツェン>「ううー……」
だが誉められた本人は、釈然としない様子で二人の微笑ましい交流を凝視していた。

24話(ストーリー深度230)
+ 昨日の友は
昨日の友は

<かぐや>「どうしたのですか、シュネーヴィッツェン様」
<シュネーヴィッツェン>「なんでもない!」
二十五番兵の後ろをかぐやたちがついて回る。
だが、先頭を歩くシュネーヴィッツェンはずっとこの調子だった。

<深雪乃>「急にどうしちゃったのよ、シュネーちゃん」
<シュネーヴィッツェン>「だからなんでもないってば!」
誰が訪ねてもこんな返事ばかりで、らちが明かない。

私にだって、わからないんだってば——。
対するシュネーヴィッツェンも、正直どうすべきかわからなかった。
それがどういう感情か、理解はしていたけれども。

<シグルドリーヴァ>「——前方に敵影です」
黒衣の女のものと目される城を望む橋梁に差し掛かった時。
最後尾で口を閉じたままだったシグルドリーヴァが、敵を捉えた。

<深雪乃>「あれは……良い趣味とは言えないね……」
橋上に立つ黒い兵隊の首元に光る、琥珀の花飾り。
ある兵隊が想い人からの贈り物だと自慢していたから、よく覚えている。
だがその彼は、先の戦闘で……。

動揺か怒りか。
それを見た二十五番兵の視線が光り、揺れた。

25話(ストーリー深度240)
+ いつか選んだ道の続き
いつか選んだ道の続き

やるべきことを理解しているであろう二十五番兵の手には、確かに力が込められている。
だが突き出された黒い槍に対して見せる行動は、回避の一手だけだった。

<シュネーヴィッツェン>「どうしたらいいか、わからないんだ……」
周囲を囲むヴィランを一人あしらいながら、二人の戦いを見守る。
本来なら、ずっとそうしてきたように、槍を振るって“黒い兵隊”を倒してしまえばいい。
ただ今はそれが“誰”なのか、一瞬で判別できてしまうというはじめての状況。
揺れているのは、一目瞭然だった。

<シグルドリーヴァ>「似ていませんか? あの時と」
じりじりと狭まる包囲網の一点を破って現れたのは、シグルドリーヴァ。
背後につくと、シュネーヴィツェンに問いかけた。

<シュネーヴィッツェン>「あの時って——あ」
甦るのは、いつか彼女たちに与えられた選択肢。
生か死か、生かすか殺すか。

<シグルドリーヴァ>「戦って、言葉にして、伝えたでしょう。私の信じたシュネーヴィッツェン」
<シュネーヴィッツェン>「……そうだった。ごめん、シグ……いや、シグルドリーヴァ」
<シグルドリーヴァ>「謝るよりも、言うことがあるのでは?」
<シュネーヴィッツェン>「戻ったら、ゆっくり話すから!」
もやもやする気持ちを、深呼吸と共に吐き出すと——

<シュネーヴィッツェン>「行くよ!」
呼応してか、二十五番兵の瞳に覚悟の光が灯った。

26話(ストーリー深度250)
+ 自ら選んだ道の先
自ら選んだ道の先

一合、また一合と重ねられていた槍撃が止んだ。
槍が地面に落ちる鈍い金属音の後に、がちゃりと膝をつく鎧の音が続く。

<シグルドリーヴァ>「決着、です」
静かに告げるシグルドリーヴァの視線の先で、ひしゃげた黒槍が結末を物語っていた。

<かぐや>「ですが、本当に彼だったのでしょうか……?」
かぐやの言葉からは、そうでなければいいのにという願いが漏れ出ていた。
だが度重なる打ち合いの後でも、琥珀の首飾りは変わらずそこにある。
変わり果てた姿の中でそれだけは、彼が“饒舌な錫の兵隊”であることを明示していた。

確かな手応えがあったのか、もうこれ以上見るのも辛いのか。
二十五番兵は、振り返らずに立ち上がる。

しかしそれを待っていたかのように、背後の気配が立ち上がる。

<深雪乃>「危ない!」
まるでこちらの声が届いたかのように、二十五番兵が身を翻した。
それによって、黒い兵隊は乱暴に飛びかかった勢いのまま吸い込まれていく。
戦闘で崩れたであろう、欄干のその先へ。

そして黒い鎧が完全に見えなくなる直前。

『これでいい』
声が、聞こえた気がした。

27話(ストーリー深度260)
+

身体に鞭を打ち、駆ける。

引き返し戦力を整える——否。
休息をとって回復する——否。
立ち止まり息を整える——否。

二十五番兵は、どれもしなかった。
一心不乱、正しくその通りに身体を、脚を動かし続けた。

自らの友が“ああした”理由に行きついたから。
行きついてしまったから。

こんなことは、もう終わらせなければならない。
一刻も早く、一瞬でも早く。

そのために駆ける。

そして彼を迎え入れるが如く——
門は、開かれていた。

28話(ストーリー深度270)
+ 帳の奥の闇に
帳の奥の闇に

城上層部への螺旋階段を駆け上がる二十五番兵とキャストたち。
その階段を抜けた先——

『遅かったじゃあないか』
聖堂のように静謐な空間で、彼女は待っていた。
場の雰囲気にそぐわぬ、まるで特等席で演劇でも見ているような、ゆったりとした姿で。

『凄い顔だ、道中で何かあったか?』
全てわかっている態度、それを隠そうともしない顔。
ここに来るまでで消耗しているはずの二十五番兵の手に、より一層の力がこもる。

<深雪乃>「……心配しないで、彼より先には抜かないから」
それを見て逸らない者は、この場にいなかった。
刀の柄に手をかけた深雪乃を、それでも一歩引いているシグルドリーヴァが制する。

『せっかくここまで来たんだ。このまま突っ返すのは、私としても心苦しい』
言いながら立ち上がり、軽く装いを正す。
武器を構える二十五番兵に歩み寄ると、手を差し伸べた。

『二人っきりになったんだ。少し踊ろうじゃあないか』
クスクスと笑いながら、恭しく一礼する黒衣の女。
しかし二十五番兵は緊張の糸をピンと張ったまま、彼女を睨み続けている。

『つれないものだねぇ……仕方ない、相応しい相方を用意してあげようじゃあないか』
そして、黒衣の女が部屋奥の緞帳を開いた。

29話(ストーリー深度280)
+ 開演の鈴が鳴る
開演の鈴が鳴る

一歩、二歩——軽快な靴音が響く。
その度、小さかった音が徐々に強く、確かなものになっていく。

<かぐや>「ああ……そんな……」
影から踊り出たシルエットが流れるように跳び、

<シュネーヴィッツェン>「予想、したくはなかったけど——」
刹那。言葉を、短い風斬り音が遮った。

<シュネーヴィッツェン>「やっぱり、こういうことだよね」
機械のように正確なポワントは、片足で立つことを定められていたかのようで。
明確な敵意で突き出された右のトウシューズは、それが元来槍であるかのようだった。
ドレスは黒一色に染め上げられ、影の落ちた顔からは表情さえも読み取れない。

それでも確かに、パピールだった。

二十五番兵は、鼻先に突き付けられた右足、その奥の顔から眼を離さない。
二人だけの、静寂な時間が過ぎていく。

破ったのは、パピールの二撃目。
瞬きの直前まで二十五番兵の頭があった場所を、今度は左の足が貫いた。

寸でのところで反応した二十五番兵の兜が、キンッとか細い悲鳴を上げる。
開演の鈴が、鳴らされた。

30話(ストーリー深度290)
+ 奈落へ
奈落へ

“紙のよう”と評された踊り子の姿は、もうなかった。
黒く染められた姿だけではない。
繰り出される蹴撃は重く、鋭い。

それでも二十五番兵は反撃しない。
できるはずも、なかった。

二人の、しかして一方的なダンスに言葉はない。
故に、完全に操られているという可能性を捨てきれないのだから。

『悩んでいるのか? だろうなあ』
二十五番兵の後ろにはもう、崩れたバルコニーがあるだけ。
心の内を見透かしたような態度の黒衣の女が、くつろいだ格好で外野から声をかけた。

『お情けだ、教えてやれよ』
声に反応して、パピールの足が止まる。
両足を地につけ背筋を伸ばすと、変わらず鈴のようによく通る声を奏ではじめた。

『わたしは……様の踊り子、パピール——』
言葉と共に、右足を再び構える。
弾き出されるまでの間は、一瞬だった。

だから——————————


31話(ストーリー深度300)
+ 怒りの矛先
怒りの矛先

<怪童丸>「おうおう! 今回ばかりは、さすがのオレっちも堪忍袋の緒が切れたぜ!」
額に青筋をいくつも浮かべた怪童丸が、アナスンに迫る。
その感情を直に表すように、マサカリからは雷が迸っていた。

<アナスン>「な、なんだい藪から棒に! どうどう!」
<怪童丸>「ここで退いたら漢がすたらぁ!」
制止するアナスンの態度も火に油を注ぐ結果にしかならず、雷の筋は数を増す。
それに、弁明を待つのは彼だけではない。
距離こそ詰めては来ないが、ほとんどのキャストが視線を送っていた。

<アナスン>「うぅ……わぁかった! わかったから、ちょっと離れてくれるかい?」
<怪童丸>「いいや離れねぇ! とっとと口を割りやがれい!」
怪童丸はなおも距離を詰め、あわせてアナスンの毛が逆立っていく。

<アナスン>「あー! オーケーオーケー!」
ついに観念したアナスンが跳び退き、壁際で姿勢を正す。
すぐさま怪童丸が飛びかかるが、突き出された腕一本分の場所で急停止した。

<アナスン>「ちょっと早いけど、キミたちにも知る権利はある。教えよう——」
そして、軽いはずの口が、重々しく開かれる。

<アナスン>「あの物語が生まれた経緯を」

32話(ストーリー深度310)
+ 戦場と兵士たち
戦場と兵士たち

<アナスン>「闇を払うための戦いの物語であり、物語の戦士がキミたちキャストだ」
<リン>「最初は信じられなかったですけれど」
思い返すリンに同調するキャストたち。
彼女たちの反応を見て微笑むアナスンが、続ける。

<アナスン>「そして、各々の物語の中では闇を打ち倒す者として描かれるよね」
<多々良>「そのためのわしら、だからな!」
<アナスン>「でも自身の物語の外では——」
<スカーレット>「本当に戦えるかすら、わからない」
アナスンが一瞬言い淀んだところに、スカーレットがすかさず事実を挟む。
誰もが思いつつも、明言したくはないであろう事実を。

<アナスン>「……助かるよ、スカーレット。だから、物語の外で戦うための舞台が必要だった」
ふぅと一息ついて、尋ねる。
<アナスン>「批判は承知で聞こう。『しっかり者の錫の兵隊』のルールに、覚えはないかい?」
<ロビン>「二つの兵士、二つの国、そして舞台……なるほど、そういうことですか」
一人納得したらしいロビンが出したキーワードを聞き、波紋が広がった。

<美猴>「いや、な、なんだぁ? おう、お前もわかんのか?」
<ミラべル>「ひっ……! わ、わたしは何も知りませんっ……!」

<アナスン>「……ちゃんとボクの口から言おう。今の、キミたちの戦場だ」

33話(ストーリー深度320)
+ 彼の笑顔
彼の笑顔

<吉備津彦>「とはいえ、それだけでは筋が通らぬ」
声を上げたのは、吉備津彦。

<吉備津彦>「そなたらには、一つの世界を自由に作り上げるだけの力があるのだろう?」
スゥと息を吸い込み、目を閉じたかと思うと、すぐさまカッと見開いた。

<吉備津彦>「ならばなぜその自由! 人が泣かずとも済む世界のために使わんのだ!」
空気が震えるほどの一喝にも、誰も動じない。
今まさに喝を向けられている、アナスンでさえも。

<アナスン>「吉備津彦、キミの言う通りだ……ただ、理由が二つある」
観念したような調子のアナスンだが、その顔は笑っている。

<アナスン>「一つは記憶に残り続ける物語にしなければならなかったこと。
これはそのまま戦場としての強度に結びつくから、なんとしてもやりとげる必要があった」
ヴィランを封印する土台にもなるからね、と付け加え、言葉を切る。

<エルルカン>「もう一つは?」
エルルカンが、無邪気な笑顔を浮かべて尋ねる。

<アナスン>「あの時のボクが、そうすることしか知らなかったってことさ」
答えるアナスンは、まだ笑っていた。

34話(ストーリー深度330)
+ みにくいアヒルの子
みにくいアヒルの子

<怪童丸>「なんでぇ、アナスンの野郎がそれしかできない程度だったってぇことかい」
大きなため息と共に、怪童丸が憎々しそうな顔をする。
アイツの力不足の尻拭いじゃないか、と。

<シレネッタ>「違うよ。あのセリフは、本当に彼の言った通りの意味なんだ」
<ミクサ>「うん……できなかったんじゃなくて……それしか知らなかった……」
澱んだ空気の中で、シレネッタとミクサの二人が揃って呟いた。

<ツクヨミ>「そういえば、お主たちの物語はアナスンが作り上げたものだったか」
<怪童丸>「っと、そうだったのか。わりぃな」
怪童丸の謝罪に首を振るシレネッタだったが、表情は明るくない。

<怪童丸>「で、アイツの過去に何があったってんだい」
<シレネッタ>「それは——」
<マグス>「白鳥は生まれた時から白鳥の姿じゃない、ってことさ」
言い淀むシレネッタの背後にいつの間にか立っていたのは、仮面の男——マグス・クラウン。
そして彼はその一言だけ言うと、呆気にとられるキャストたちを置いて去ってしまった。

マグスの言葉の意味を知る者は、多くはない。
実際、問うた怪童丸は全く理解できていないままでいる。
ただシレネッタとミクサの二人だけは、確かに遠い目をしていた。

35話(ストーリー深度340)
+ 陰気を払って
陰気を払って

<ヴァイス>「なぁもういいだろ? 前のことなんて、アタシらじゃどーしようもねぇ」
<怪童丸>「お、おう。それもそうだな!」
呆れ口調のヴァイスに、まだ理解できていなかった怪童丸がこれ幸いと乗っかった。
壁の花に徹していたヴァイスは歩み出たかと思うと、外に繋がる扉へ一直線に向かう。

<ヴァイス>「湿っぽくて敵いやしねぇ、ほーら散った散った! 一旦お開きだ!」
乱暴に扉を開いたヴァイスの言葉をきっかけに、キャストたちが続々とアトリエを出る。

だが、シレネッタとミクサの足取りは重い。
何度も錫の新兵の方を振り返っては、
<シレネッタ>「やっぱり私はついていようかな」
と零し、踵を返そうとさえしている。

<ヴァイス>「辛気臭ぇツラしてるヤツが近くにいて何になんだよ」
<ミラベル>「そ、そんな言い方……!」
<ヴァイス>「あ?」<ミラベル>「ひっ……!」
決死の覚悟で抗議したミラベルも、ヴァイスの剣幕に圧し返されてしまった。

<シレネッタ>「ありがとう、ミラちゃん」
シレネッタはすっかり小さくなったミラベルを気遣うと、素直に扉へと歩を進める。
そしてアトリエから出ると最後に一度だけ振り向いて、扉を閉じた。
ヴァイスは、すでに見えなくなっていた。

36話(ストーリー深度350)
+ 閉じた扉の中の二人?
閉じた扉の中の二人?

<ヴァイス>「よぉ」
錫の新兵以外誰もいなくなったはずのアトリエ内に声が響く。
扉のすぐそばの壁が人型に揺らめき、その人物は姿を現した。

他の全員をアトリエから追い出した張本人、ヴァイス。
足早に錫の新兵の前へと向かうと、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

<ヴァイス>「あー、なんだ……てめーは何があったか、知ってんのか?」
「んー? なにがー?」
<ヴァイス>「いや、やっぱなんでもねー。気にすんなよ」
どう接すればいいか測りかねてか、距離は一歩分空いている。
不思議そうにする錫の新兵が一歩詰め寄ると、ヴァイスは不意に一歩退いてしまった。

「? どうしたの?」
<ヴァイス>「い、いーやなんでもねぇよ! アハハハ……」
普段見せない笑顔は引き攣り、視線は空を泳いでいる。

<シャリス>「わっすれものー……って、あら? どうしてあなたがここにいるのかな?」
その時、突如アトリエの扉が勢いよく開かれた。
大股で入って来たシャドウ・アリスは、錫の新兵がしたように首をかしげた。

<ヴァイス>「なっ……! それはこっちのセリフだ!」
<シャリス>「わたしは忘れ物を取りに来ただけだけど…………ふふふ」

37話(ストーリー深度360)
+ 誰の為の世界か
誰の為の世界か

「ねぇ、ヴァイスお姉ちゃんは怒らないの?」
<ヴァイス>「おねっ……?!」
意味深な笑みを浮かべたシャドウ・アリスがアトリエを去った後。
しばらく黙りこんでいた静寂の中、先に声を発したのは錫の新兵だった。

<ヴァイス>「お、お姉ちゃん、か……」
頬をピクつかせるヴァイスは言葉を詰まらせ、錫の新兵の言葉を反芻する。
その意味がわからない錫の新兵は、ただその行為を不思議そうに眺めていた。

<ヴァイス>「コホン……まースッとする話じゃねーのは確かだけどよ、過ぎた話だろ」
一つ咳払いしていつもの調子に戻ると、頭を掻きながら答える。

<ヴァイス>「お仲間さんの中で育った奴も多いし、キレる奴らの気持ちもわからなくはねーがな」
「そういうものなの?」
<ヴァイス>「特に今となっては、な」
呟いて、アトリエの扉を見やる。
大勢のキャストたちが通って行った扉を。

<ヴァイス>「自分たちが……なんだ、生きた世界、でーいいのか? わかんねぇけど……」
そこで一息つくと、素直に耳を傾け続ける錫の新兵の頭を撫でながら続けた。

<ヴァイス>「それが誰かの手で作られたものだと知らされた挙句——
そいつの都合で気心知れたヤツと戦わされるなんてのは、まぁ普通じゃねーってことだ」

38話(ストーリー深度370)
+ "今"のカタチ
"今"のカタチ

<エピーヌ>「でも、悪いことばっかりじゃないのもみんなわかってるのよね」
<ヴァイス>「……だーかーらー! なんでいンだよ!」
暗闇の中から、蔦の這う音と女の声が聞こえてきた。

<エピーヌ>「あら。確かに解散とは聞いたけれど、出て行けなんて一言も言われてないわ」
段々と音は近付いてくる。
姿を現したのは、いつものように茨のベッド——兄さんに身体を預けた、エピーヌ。

<ヴァイス>「あーはいはいそうだったなァめんどくせぇ」
「ねぇねぇ! みんなわかってるって、どういうこと?」
舌打ちしてそっぽ向くヴァイスなど気にかけず、錫の新兵はエピーヌに問う。

<エピーヌ>「私は視力を奪われないままでも強くあれたかもしれないけど、それは“私”じゃない。
“視力を失い暗闇で生きる茨使い”こそが“私”」
淡々と言って、エピーヌは自身の目を覆うアイマスクを優しく撫でる。

「ん、んー?」
<エピーヌ>「“今”は、そうだという可能性を誰かが形にしたから存在する……ちょっと難しいかしら?」
エピーヌの表現にいまひとつ理解が及んでいないらしい錫の新兵が、眉間に皺を寄せた。
頬に指をあてて思考を巡らせたエピーヌは、続けて一つの例え話を口にする。

<エピーヌ>「そうね、例えばもし“視力が残っている私”という物語だったら——」
<エピーヌ>「最悪、兄さんは失われていたかもしれない、とか」

39話(ストーリー深度380)
+ 素直になれなくて
素直になれなくて

<エピーヌ>「ただあなたは、もうちょっと素直にしてもらいたかったかしら?」
<ヴァイス>「……何が言いてぇンだ」
目隠しをしたエピーヌに、何が見えているかはわからない。
しかし、ヴァイスの中の何かを確かに見ていた。

<エピーヌ>「みんなも、そう思うでしょう?」
<ヴァイス>「は?」
急に閉まっているアトリエの扉に向かって話かけるエピーヌ。
咄嗟にその意味を理解できなかったヴァイスの気が抜けた声で、扉は開かれた。

<妲己>「素直になれない女のコは、ウケが悪いわよぉ〜?」
<ツクヨミ>「逆にお前は、もう少し慎ましさというものを……」
<シュネー>「そうです! 私みたいに素直さと慎ましさを兼ね備えてこそ! ですよね、お姉さま?」
<サンド>「え、ええ……そうですね……」
開け放たれた扉から、ぞろぞろとキャストたちが流れ込んでくる。
口々に、好き勝手なことをのたまいながら。

<ヴァイス>「だーっ! るっせぇ! てめーら全員解散つったろうが!」
ヴァイスの怒りのボルテージが最高潮に達し、爆発した。
だが他のキャストたちは悪びれもせず、むしろニヤニヤとした笑みを浮かべている。

<妲己>「あーんな露骨な言い方されたら、ねぇ?」
<シュネー>「何か企んでるんだろうなって、すぐわかっちゃいました」

40話(ストーリー深度390)
+ トゲのある花
トゲのある花

<ヴァイス>「あーもうわかったアタシがどっか行くよ! てめーは余計なこと言うんじゃねーぞ!」
「は? なんでアンタに指図されなきゃいけないの?」
早口でまくしたてるヴァイスの言葉への返答に、水を打ったような静寂が訪れた。

「何よ」
耳まで真っ赤になったのをフードで隠したヴァイスの背後、少し低い位置。
声の主は、両腕を組んで堂々と立っている、錫の新兵だった。

<スカーレット>「ヴァイス、あなた……」
<ヴァイス>「ア、アタシが悪いってのかよ?!」
<エピーヌ>「でもまぁ、お姉ちゃんの口調まで真似しきらなかったのは幸いね」
<ヴァイス>「だっ、誰がお姉ちゃんだ!」
抑揚を殺したスカーレットの言葉を皮切りに、ヴァイスと錫の新兵は取り囲まれる。
包囲されたヴァイスが縮こまる中、錫の新兵はきょろきょろと辺りを見回す。

「ねぇ」
そしてキャストたちの囲いから顔を出した先に、目的の人物たちを見つけた。
アトリエを出る前のやりとりを思い出してか、輪の外にいるシレネッタとミクサ。
二人の姿を確認すると、錫の新兵は聞こえるか聞こえないかの声で呟く。

「あ、ありがと……アタシのこと、気にしてくれて……」

直後、大きな水飛沫が上がった。


41話(ストーリー深度400)
+ 千変万化
千変万化

冒険を終え、キャストたちが戻ってきた。
ヴィランとの戦いは熾烈を極めたらしく、服等にも傷が見て取れる。
そのキャストたちは栞状の何かを取り出すと、早着替えのように一瞬で姿を変えた。

<妲己>「あらぁ、ダッキさんのカラダが気になる?」
露出が多い派手な衣装から貴婦人風の格好になった妲己が、錫の新兵ににじり寄る。

「は? 別にそんなんじゃないけど」
変化の大きさに気を引かれていたのか、釘づけになっていた錫の新兵は、
ハッとなって視線を逸らした。

<妲己>「じゃ何よ、ハッキリ言ってごらんなさいな」
「何でもない」
妲己は肩に手をかけ抱き込もうとするが、錫の新兵は振り払うようにそっぽを向いた。

<妲己>「強情なトコまで似ちゃったわねぇ」
「いや、似てないから」
無下な扱いにも動じることなく、しな垂れるようにより身体を密着させる妲己。
対する錫の新兵は、諦めたようだった。

<妲己>「ないない否定ばっかりしてちゃ、モテないわよ? ね、深雪乃ちゃん」
<深雪乃>「そ、そ、そうよ、そう! やっぱり、いつでも前を向いてなきゃ!」
話は栞を使おうか悩んでいる深雪乃に飛び火し、
急に声をかけられた彼女は慌てて栞を仕舞い込んだ。

「モ、モテる……?」
<妲己>「そ。オトコノコの気を引けないってコト」

42話(ストーリー深度410)
+ 天衣無縫
天衣無縫

「なんだかわからないけど、別に必要ないでしょ? モテる、とか」
相変わらず妲己に纏わりつかれたまま、うな垂れている錫の新兵。

「実際、そーゆーことなら深雪乃だってそんなでもないし」
<深雪乃>「うっ……」
誰かにそれをなすり付けたいのか、話題の先にしたのは縮こまっている深雪乃だった。

<妲己>「ほら、また“ないない”」
しかし妲己は錫の新兵の思惑も意に介さず、言葉尻を捕えつまらなさげに指摘する。

「どーしろって言うのよ」
<妲己>「深雪乃の言う通り、真っ直ぐ前向きに考えてみたら?」
そう言うとようやく離れた妲己は、錫の新兵の正面に立った。
少し離れた、全身が一目でわかる位置に。

<妲己>「その方が斜に構えてるよりも、自分のことがハッキリ見えるわよ」
「アタシ、別に見せモノじゃないんだけど」
一瞬真面目な姿を見せたかと思うと、すぐに態度を崩す。
千変万化、彼女が彼女である由縁。

<妲己>「そーよ、ダッキさんもアンタも見せモノじゃない」
「え? じゃあ——」
さらに続けて見せたのは、柔和な笑み。
優しい姉のような、母親のような——別人と言っても過言ではない、柔らかな笑顔。

<妲己>「見せモノじゃないから、自分の意思でどーにかすんのよ」

43話(ストーリー深度420)
+ 奇想天外
奇想天外

<妲己>「ていうかアンタの服、相当ボロってきてるわよ」
一言だけ真面目になったかと思うと、すぐこの調子に戻ってしまった。

「しょうがないでしょ、コレしかな——っ、コレがアタシの服なんだから」
<妲己>「フフ、ちょっとはわかって来たじゃない? でも、ソレはソレで」
揚げ足をとられまいとする錫の新兵と、それを笑う妲己。
だがそれに意識を割いていた錫の新兵は、妲己の狙いに気付かなかった。

<妲己>「コレはコレ」
妲己は錫の新兵の服に素早く腕を滑り込ませると、そのまましがみつく。
あまりの素早さに反応できなかった錫の新兵は、立ち尽くすばかりだった。

「ちょっ、何触ってんの?!」
<妲己>「なぁに、オンナ同士なんだから気にしなーいの」
「そういう問題じゃ!」
身を捩って振り解こうとする錫の新兵だが、
管狐のように絡みつく妲己の細腕を余計に絡みつかせるだけ。

<妲己>「ん、ほらやっぱり。内側も擦り切れてるじゃない」
しかし、妲己の手は服の縫い目を的確になぞっているに過ぎなかった。
見た目よりも損傷が激しい錫の新兵の実情を見抜き、するりと腕を引き抜く。

「だ、だったら何なのよ……」
じりじりと後ずさる錫の新兵。
妲己はその全身に舐めるような視線を向けた。

<妲己>「そうねぇ、まずは採寸からかしら?」
「へっ?」

44話(ストーリー深度430)
+ 豪放磊落
豪放磊落

「どうしてこんなことに……」
羽交い絞めにされうな垂れる錫の新兵と、抑えている張本人の妲己。
だが妲己の方も難しそうな顔で、辺りを見回している。

<妲己>「んー……あ、多々良ちゃんいいトコに!」
<多々良>「おお、妲己に錫の新兵とやら! どうした、整備か?」
重い機械音と共に現れた多々良を見て、曇り気味だった妲己がパッと明るくなった。

<妲己>「そんなところ。で、アンタのそのでっかい絡繰……」
<多々良>「ヤシャオーだ!」
<妲己>「ヤシャオーの中って、あと一人くらい入れる?」
<多々良>「入るだけなら入れるが……」
締め上げられたままの錫の新兵とヤシャオーへ交互に視線を送る。
錫の新兵も多々良も困惑する中、妲己だけが一人浮かれていた。

<妲己>「入れるだけでいいわ。この子、入れといて頂戴」
<多々良>「お、おお? わかったぞ」
錫の新兵の首根っこを掴み、ヤシャオーの方へポイッと放り投げ
掴んだ服を、そのまま引き剥がした。

<多々良>「って、おわーっ! 何してるんだ?!」
<妲己>「整備って言ったでしょー? 女の子にとって、服は武器の一つよ」
さっきまで錫の新兵が纏っていた服を持ち、妲己が手仕事をはじめる。
しかし錫の新兵の衣装はそれ一つ、それが示すのは——

「ちょっと、服! 返しなさいよ!」
<妲己>「ハイハイ、軽く繕ったら返すわよ」

45話(ストーリー深度440)
+ 一喜一憂
一喜一憂

「ちょっと、まだ終わらないの?」
ヤシャオーの内側から、金属的に尖った声が聞こえてきた。
内側からは見えていないのか、妲己は既に作業を終えて暇そうにしている。

<妲己>「もう終わってるわよ」
「なら早く言ってよ!」
<妲己>「聞かれなかったから答えなかっただけよ? 頭、開けてちょーだい」
言われて、多々良がヤシャオーの頭を開け、そこからひょこっと錫の新兵が顔だけ出す。
そこに妲己が服を投げ込むと、すぽっと引っ込んだ。

<多々良>「おお、これは!」
ヤシャオーの頭に開いた穴から、反響した驚く声が聞こえる。
妲己はそれを聞くと、得意げに胸を張った。

<多々良>「凄いな、作りたてみたいにぴかぴかだ!」
「うわ、すご……じゃなかった、その……」
多々良の感嘆と錫の新兵の言い淀む声に、もぞもぞとした衣擦れの音が続く。
音が収まると、再び錫の新兵が顔を見せた。

「一応、ありがと」
そう零すと、錫の新兵は恥ずかしそうに顔を伏せた。

<妲己>「あら? お礼、言えたじゃない」
「当たり前でしょ!」
<妲己>「フフ」
突っかかるために乗り出してバランスを崩す錫の新兵と、それを抑える多々良。
じゃれるような二人を見て、妲己が小さく笑った。

<妲己>「でも……なーんか物足りないのよねぇ」

46話(ストーリー深度450)
+ 興味本位
興味本位

<妲己>「ねぇ、やっぱオシャレな格好しましょ? 肌も白くて元は良いんだし」
ヤシャオーから出てきた錫の新兵を改めて見て、妲己が言い寄った。

「お洒落なんて、アタシわかんないし」
<妲己>「じゃあそうねぇ、こういうのはどう?」
妲己がパチンと指を鳴らすと、錫の新兵の身体が煙に包まれる。
くしゃみの音と晴れた煙の中から現れた錫の新兵は、目を疑う格好になっていた。

「何この格好?!」
大胆に露出した胸元と腹部、脚。
装飾も華美に目立つが、所々の毛皮も特徴的。
つまるところが——

<妲己>「何って、アタシとお揃いだけど」
「それがおかしいって話!」
露出度の上がった部分を腕で覆い隠す錫の新兵。
しかし他の場所も布が満足にあるとは言い難く、どうしても肌は見えてしまう。

<妲己>「えー、似合ってると思うんだケドぉ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
錫の新兵が叫ぶと再び煙が身体を包み、元の格好に戻った。

<妲己>「あれれ? 似合ってたのは否定しないんだぁ」
「あーもう! ああ言えばこう言う!」
今度は錫の新兵から詰め寄った。
眼と鼻の先に迫っても、妲己の余裕は変わらない。

<多々良>「なら、わしと同じ服はどうだ? 動きやすいし、すぐ替えられるぞ!」
「そうじゃないんだってば!」

47話(ストーリー深度460)
+ 金科玉条
金科玉条

<妲己>「ぎゃーぎゃー騒ぐんじゃないわよ、イジメてるわけじゃあるまいし」
「十分イジメでしょあんな、ろ、露出が多いの!」
相変わらず、錫の新兵は妲己に突っかかっている。

<妲己>「そう言われると、普段その格好してるダッキさんは傷付いちゃうんだケドー?」
散々言われてさすがに疲れたのか、妲己は苦笑すると一歩距離を置いた。
しかしその立ち姿は変わらず自己主張が強く、肌面積の広い服装を誇っているかのようだ。

「傷付くくらいなら違う格好すればいいじゃない!」
<妲己>「んー、そーゆー後ろ向きな理由でオシャレするのはダッキさん的にナシ」
「ナシって」
やれやれと首を振るが、その気持ちは錫の新兵にはわからないようで。

<妲己>「だって、オシャレって自分をより良く見せるためのモノよ?」
妲己は改まって姿勢を正すと自らの身体を、というより服の装飾を強調しはじめる。
真っ直ぐに、視線を逸らすことはせずに。

<妲己>「前向いてやらないと、ダサいでしょ」
「ふーん、そういうモノなんだ……」
そうは言われてもやはり錫の新兵にはわかっていない。

<妲己>「そーゆーモノなの。だからまぁ、そうねぇ——」
頬に人指し指を添え、わざとらしく悩んだ風を装う妲己。
くるくると中空で指を遊ばせたかと思うと——

<妲己>「まずは見た目を変える前向きな理由でも、探してみる?」
最後に、錫の新兵を指差した。

48話(ストーリー深度470)
+ 一念発起
一念発起

<多々良>「見た目を変える理由……それはやっぱり、強化武装だな!」
脇でヤシャオーを整備しながら話を聞いていた多々良が口を挟む。

「はぁっ?!」
<妲己>「アンタほーんとにそういうのばっかねぇ」
しかし、当然の如く他の女性陣には受け入れられない——

<妲己>「あ、いや……今回ばっかりは、お手柄かも!」
はずだった。しかし妲己は何かを思い立ったのか、即座に掌を返す。

<多々良>「本当か! わし、役に立ったか!」<妲己>「うんうん、サイコーに立ったわぁ!」
「アタシを放置して話進めるんじゃないわよ!」
話の中心を差し置いて盛り上がる二人。
そのうちの一人である妲己は錫の新兵へ向き直ると、問いかけた。

<妲己>「アンタ、今やりたいことは?」
「何よ急に……まぁ、自分の物語をちゃんと先に進めることだけど」
本来の目的を思い返す、錫の新兵。

<妲己>「そのために必要なことは?」
「えーっと、戦う力をつける、こと……?」
戦って書き進む。錫の新兵の意見は、その手段として正しいはず。

<妲己>「ちっがーう! 人が変われば世界が変わる、世界が変わればお話は変わる!」
しかし、妲己は食い気味に声を上げてそれを否定する。
珍しく熱が入った様子で錫の新兵の方を抱き、続けた。

<妲己>「だから、必要なのはやっぱり変わること!」
49話(ストーリー深度480)
+ 奇貨可居
奇貨可居

「変わるって言ったって、アタシ一人の格好変えただけじゃ——」
口調だけは強気だった錫の新兵が、肝心なところで弱気になる。
性格は変わった。しかし、大きく変化を感じたわけではないからか。

<多々良>「ここには姿を変えたことで勇気を出し、自分の人生を大きく変えた者もいるぞ!」
<妲己>「モチロン、自分で何かしたいって感情は必要よ?」
だが多々良と妲己は意に介さず調子も変えず、錫の新兵に目の高さを合わせた

<妲己>「あそこの真っ白いお姫様みたいにね」
妲己が指差す先にいるのは、サンドリヨン。
ドレスを手に入れ自ら意志を示し、舞闘会に躍り出た彼女。

「でもあれは、サンドリヨン自身が素敵な人だったから……」
<多々良>「それなら、お前も問題なかろう!」
多々良は一点の曇りもない笑顔でそう言い切ると、妲己がそれに続く。

<妲己>「そうよ。言ったでしょ、元は良いんだからって」
萎んだ錫の新兵の頬を両手で掴み前を向けさせ、無理矢理視線を合わせる。
少し潤んだ錫の新兵の瞳は、不安で揺れているようにも見えた。

<妲己>「アタシがアンタの魔女になってあげる」
しかし、やはり妲己は揺るがない。
それは、少し心の拠り所にしてもいいと感じさせる強さがあった。

<妲己>「だから、アンタはアタシの見込んだシンデレラになってごらんなさいな」

50話(ストーリー深度490)
+ 前途多難
前途多難

突然、爆風と共に扉が開かれる。

<リン>「お話は聞かせていただきましたわ!」
顔を現したのは、ワンピースを纏ったリンだった。
その瞳は、面白そうな何かを察知して煌々と輝いている。

<リン>「お洋服のことでしたら、わたくしにまっかせなさーい!」
<妲己>「ヒュー! 自信満々じゃなぁい。イイ案でもあるの?」
服をなびかせポーズをキメるリンと、煽る妲己。
錫の新兵は呆気にとられたままだが、状況は進む。

<リン>「やはり、わたくしのような特別なものを仕立てて差し上げるべきですわ」
<妲己>「ふぅん。新しい格好にしちゃおうっていうのね」
思いの外——妲己には思った通りかもしれないが、出てきたのは普通の案。
とはいえ他に無いのか、話は続く。

<妲己>「でもこの子に希望の服って聞いても多分無理よ?」
<リン>「なら、まずは誰かのお洋服を参考にするとか!」
自身を主張するリン、便乗する妲己。
対する錫の新兵は、明らかに辟易していた。

<妲己>「そうねぇ。ね、誰みたいな格好がいいとか、ある?」
「そんなこと聞かれても、わからないってば」
すっかり蚊帳の外の錫の新兵が、ヤケ気味に答える。
しかし、二人のテンションは下がるどころか上がっていった。

<リン>「では、みなさんにお洋服を見せてもらいに行きましょう!」
<妲己>「オッケー! じゃ、早速レッツゴー!」


51話(ストーリー深度500)
+ 白影の頭巾
白影の頭巾

<ヴァイス>「で、なんでアタシなんだよ」
<リン>「外は白いひらひらで案外女の子っぽいですし」
鬱陶しそうなヴァイスに構いもせず、リンはマントの内側に潜り込む。

<リン>「それでいて機能性の高いインナー! 戦う女の子には、ピッタリですわ!」
そして美術品を披露するかのように、ヴァイスのマントを剥ぎ取ってみせた。

<ヴァイス>「テメェ何しやがる!」
<リン>「別に良いではありませんか、減るものでもないですわ」
白い頭巾にくるまって顔だけ出したリンが、ふざけた様子もなくのたまう。
ヴァイスは取り返そうと飛び掛かるが、くるりと優雅に避けられてしまった。

<ヴァイス>「減ってんだろ! アタシの布面積が!」
とは言いつつも、ヴァイスは一切身体を隠そうとはしない。

「羞恥心、あるのかないのかどっちなのよ」
<ヴァイス>「あ!? あるに決まってンだろ!」
踊るように腕から逃れるリンを、ムキになって追い続けるヴァイス。
その渾身の一撃を余裕の足取りで躱すと、リンは錫の新兵の手を握って声を張った。

<リン>「では、試着のお時間にいたしましょう!」

52話(ストーリー深度510)
+ 軽すぎるため不採用
軽すぎるため不採用

大胆な胸元のコルセット型インナーに、短めの白いスカート。
上から羽織るのは、移動する度に白い尾を引く頭巾。
錫の新兵は、動きやすさを意識した、そんなスマートな出で立ちと化している。

<リン>「とってもかっこいいですわ!」
<ヴァイス>「ま、悪くはねぇんじゃねーか?」
誰かが同じ格好をするなんて機会が珍しく、また恥ずかしいのだろうか。
ヴァイスが、少し赤く染まった鼻の頭を掻いた。

「不採用」
しかし、錫の新兵は不服そうに短く告げる。

<ヴァイス>「ハァ?! あンだよテメェ不採モガッ!」
<リン>「あら、何かご不満ですの?」
今まさに手が出そうになっているヴァイスを押し留めて、リンが訪ねる。

錫の新兵は目を細めてスカートの端をつまみ、ひらひらと弄んで答えた。

「スカート短すぎるし、戦いって目的だとちょっと軽すぎるでしょ」
<ヴァイス>「スカートはテメェのだって変わらねェだろうが!」
羽交い絞め担当を引き継いだヤシャオーの腕の間から、ヴァイスが吠える。
しかしリンは気にもかけず、妲己に新兵の服を戻させて、腕を取る。

<リン>「ならば次! 善は急げですわ!」

53話(ストーリー深度520)
+ 不死鳥姫の銀甲冑
不死鳥姫の銀甲冑

<シュネー>「そういうことなら、ほら!」
事情の説明もそこそこ、シュネーヴィッツェンは二つ返事で甲冑を披露した。

<リン>「話が早くて助かりますわ!」
リンは繋いだままの手を引いて、錫の新兵を前に立たせる。
突然連れて来られて整理がついていないのか、錫の新兵の視線が泳ぐ。

<リン>「シュネーヴィッツェンさんの甲冑、見た目よりもしっかりしていますわね」
<シュネー>「戦うんだったら、これくらいしないとね」
リンからの好評を受け、自慢げに動いてみせるシュネーヴィッツェン。

<シュネー>「でも、ゴツゴツしてなくて女の子らしいでしょ?」
<リン>「フェニックスの羽根のような赤い装飾も凝っていて、お洒落ですわ!」
誇らしげなシュネーヴィッツェンを見て、はやし立てるリン。

そのやり取りは、リーフショップで新商品をもてはやすどこかの二人のよう。

<リン>「これなら戦いとお洒落、両立できますわね!」
リンは錫の新兵に向き直ると、再び手を握った。

<リン>「では、試着のお時間にいたしましょう!」

54話(ストーリー深度530)
+ 特徴的で可愛いけど
特徴的で可愛いけど

四肢をがっちりと覆う甲冑は、ただ堅牢なだけではない。
防御力を確保しつつも細身で、羽根のモチーフも少女らしさを際立たせている。
派手に見える装飾も、一つのテーマ上に配されているからか、見事にマッチしていた。

<リン>「まさに戦う乙女! 自らの目的を忘れず、気配りもできた完璧なお姿ですわ!」
<シュネー>「結構似合ってるじゃない」
妲己の手で精巧に再現された甲冑をまじまじと眺め、
その場の誰もが納得の声を上げる。

ある一人、話題の真の中心である錫の新兵を除いて。

「確かにしっかりしてるし、特徴的で可愛い、けど——」
着替えさせられてからずっと両手で隠し続けていた場所に視線を落として、零す。

「お腹、めちゃくちゃスースーする……」
サイズ以外正しく、一切のアレンジなく再現されたシュネーヴィッツェンの衣装。
当然、その腹部は大きく露出していた。

<シュネー>「少し経てば慣れちゃいますよ」
<リン>「その通り! 慣れればお家、とも言いますわ!」
胸を張ってみせるシュネーヴィッツェンとリン。
だが当の本人である錫の新兵は、ついにお腹を抱えて座り込んでしまった。

「アタシには恥ずかしすぎるのっ!」

55話(ストーリー深度540)
+ 夢見る迷子の魔法服
夢見る迷子の魔法服

<ウィキッド>「私の服を参考にしたいと? 他でもないシスターズの頼みだ、構わんよ」
次に訪ねたのは、ウィキッド・ドロシィ。
彼女の服であれば機能性、デザイン、そして面積も問題ないと踏んでのことだった。

「ちょっとはだけてるけど、まぁこれなら閉めれば……」
実際気にはなっているようで、目つきも今までになく真剣だ。

しかし

<アリス>「新兵ちゃん、ここにいるってホント?!」
静かだったはずのその場所に、甲高い声がこだまする。
音を置き去りにしかねない速度で駆けてきたのは、リトル・アリスだった。

<リン>「アリスさん、何事ですの?」
<アリス>「新兵ちゃんがお洋服見てまわってるって聞いたから!」
目をキラキラさせて錫の新兵に詰め寄るリトル・アリス。

<リン>「ご自分のお洋服を見せにいらした、ということですわね」
<アリス>「そうだよ! ね、ね、おそろいのお洋服にしよう!」
それを見て“ご自由に”と手振りで示したウィキッド・ドロシィに、リンが会釈を返す。
状況を飲み込めていない錫の新兵の腕が、目を光らせたリンに握られた。

<リン>「では、試着のお時間にいたしましょう!」

56話(ストーリー深度550)
+ 無理無理無理無理!
無理無理無理無理!

発育途中の健全なラインが出た上半身と、ストライプのオーバーニーソックス。
それを繋ぐ腰回りには、スカイブルーとピンクのフリルが派手に踊っている。
まごうことなき少女、その可愛らしさを最大限に生かしたのが、今の錫の新兵の姿。

<アリス>「か、か——」
<アリス><妲己><リン>「「「かわいー!」」ですわ!」
今までにない、特大の黄色い声援。
リトル・アリスとリンは互いに両手を合わせて目を輝かせている。
妲己に至っては、錫の新兵にしつこく頬ずりしていた。

「無理無理無理無理! アタシにはこんなの無理ぃ!」
錫の新兵がぶんぶんとかぶりを振るのにつられて、フリルが可愛く揺れる。
そしてそれを見た外野のテンションは更に上がり、
認識した錫の新兵は、更に縮こまってしまうのだった。

<リン>「恥ずかしがってばかりいないで、ちゃんと見せてくださいまし!」
<アリス>「そうだよそうだよーっ! せっかくおそろいなんだから!」
なんとか立たせようと悪戦苦闘するアリスとリン。
少女とは思えない力で引き上げられ、錫の新兵の全身が次第に露わになっていく。

「アタシは着せ替え人形じゃないんだってばぁっ!」

57話(ストーリー深度560)
+ 踊り子の服
踊り子の服

<リン>「んー、他にはいらっしゃいませんわね」
“図書館”に並ぶ数多の童話。
それを一冊一冊見て回るリンたちは、タイトルからキャストを想起する。
しかし、錫の新兵が望むような格好のキャストにもうアテは無かった。

<妲己>「あらぁ? あるじゃない、もう一冊」
妲己が指し示したのは、この場にある本ではない。
指の先にあるのはアトリエ、そしてそこに唯一存在する本。

『しっかり者の錫の兵隊』

<多々良>「おお、確かに!」
<リン>「ですが、あの物語のキャストは——」
キャストとして扱うのかは意見の分かれるところだが、
そう扱うのであれば——錫の兵隊。二十五番目の彼が、そうなのだろう。
つまりは普通の赤い鎧兜姿、となってしまう。

<妲己>「そっちじゃないわよ。一人いるでしょ? なんだかワケアリそうなのが」
<リン>「紙の踊り子さん、ですの?」
普通の鎧兜では一番納得しないであろう妲己が、呆れた様子で答えを示す。

紙の踊り子、パピール。
まだはっきりとはしないが、錫の新兵と縁のありそうな彼女。

<リン>「では、私たちで拝見しに行きましょう!」

58話(ストーリー深度570)
+ 似合いと不釣り合い
似合いと不釣り合い

キャストたちの行き着いた先は、とある思い出。
物語における回想シーンというのが正しいか、セピア色にぼやけた世界。
まだ“普通の戦争”をしていた頃の、誰かの記憶。

<パピール>『ほら、見て!』
そこでのパピールは、今までの踊り子衣装ではなかった。
鮮やかな空色を基調に、所々でピンクのポイントが主張する女の子らしい服装。

<饒舌な兵士>『おっ、可愛いじゃん! なぁ!』
饒舌な兵士の言葉に、二十五番兵が小さく頷く。
もっと大きな反応を期待していたのか、饒舌な兵士は肩をすくめる。

<パピール>『ふふ、ありがと』
当の本人であるパピールは満足そうに笑うと、いつものように踊り始めた。
そんな噛み合わないようにも見える二人を傍目に、饒舌な兵士は大げさに両肩を上げる。

平和な、何気ないワンシーン。
だがそれは、同時に誰かが暗い感情を募らせる瞬間でもあった。

玩具箱の国を望む小高い丘の上。
黒い視線は確かに、三人を捉え続けていた。

59話(ストーリー深度580)
+ 黒き城主の鎧う物
黒き城主の鎧う物

<???>『玩具箱の国』
オペラグラス越しに映るのは、活気付く人々。
あそこには兵隊や踊り子以外にも、多くの者が暮らしている。

<???>『玩具箱の国——』
彼ら彼女らは眠る時以外、押し黙ることなんてほとんどない。
楽しげな声が、ここまで聞こえてきそうだ。

<???>『玩具箱の、国……』
戦争の中にあっても、彼らには拠り所がある。
家族が、友人が、恋人がある。

<???>『ああ、羨ましい』
口に出しても、応える声は無い。

<???>『ああ、妬けてしまう』
口に出しても、何もない部屋に虚しく響く。

<???>『ああ、嫉ましい』
口に出しても、心に支えは生まれなかった。

ならば、こちらにも同じものを創れば良いのだと思った。
己が手で。

60話(ストーリー深度590)
+ 平和な記憶の贈り物
平和な記憶の贈り物

<妲己>「こんなカンジぃ?」
冒険譚の中で見たパピールの服を思い出そうと、膝をつき合せる妲己、リン、多々良。

<多々良>「ここはもうちょっと、こうじゃないか?」
三人によって再現される衣装は、同時に細かく手が加えられていく。
所在なさげな錫の新兵が見守る前で。

<妲己>「あら、気になるのかしら?」
「い、いや、そんなんじゃないけど」
ぷいと目を逸らして立ち去ろうとする錫の新兵だが、当然三人はそれを許さない。
ヤシャオーの指が錫の新兵をひょいと摘まむと、他の二人の前に吊るした。

<リン>「ちょうど、試着してみて欲しかったところですわ!」
リンが衣装を手に持ちにじり寄る。
途中で妲己が指を鳴らすと、錫の新兵と衣装が煙に包まれた。

鮮やかな空色を基調に、所々でピンクのポイントが主張する女の子らしい制服。
煙が晴れてお目見えしたのは、そんな錫の新兵。

<リン>「まぁ! 見立て通り、お似合いですわ!」
戦いはありながらも平和だった日常の象徴、普通の女の子としての姿。
そんな自分を見た錫の新兵は、まるで別人格のように素直な言葉を口にした。

「戦闘用っぽくはなくなったけど……うん、なんか……あ、ありがとう」
その一言は、再び黄色い声が上がる条件として十二分のものだった。


61話(ストーリー深度600)
+ 黒の記憶・1
黒の記憶・1

光があれば影がある——

なんて書き出しは、もう様々なお話で使い潰されている。
とはいえ、彼ら彼女らの冒険譚には文字通りの光と影があった。

玩具箱の国と黒の国。
白い踊り子のいる国と、黒い踊り子のいる国。

二人は踊る。
帰ってくる彼らのために。
帰らざる彼らのために。

二人はいる。
彼らが歓声を捧げる光として。
彼らの感情を揺らす影として。

光があれば影がある。
ここにあるのは、光に憧れた影のお話。

62話(ストーリー深度610)
+ 黒の記憶・2
黒の記憶・2

『衣装を変えてみても——』
少しだけ気取った、可愛らしいサマーワンピース。
彼女に似た白いヒラヒラの服。

『誰も、気にとめやしない』
布が空を切る音だけが虚しく尾を引いた。
がらんどうの城に、黒い踊り子を観る者は、いない。

『私に——』
バルコニーに繋がった、大きな窓を開ける。
眼下に広がる灰色の風景から吹き込む風が、ひどく冷たい。

『何が足りないって言うのよ』
遠くに見える、華やかな国。
今日もあそこでは様々な“ごっこ遊び”で国としての歴史が進んでいく。

私一人を、置き去りにして。

63話(ストーリー深度620)
+ 黒の記憶・3
黒の記憶・3

人がいれば、国になる。
国を作れば、人は来る。

そう気付いて少しした後、黒い踊り子は最初の国民を招いた。

『ようこそ、新しき民よ』
『お招きいただきありがとうございます、女王陛下』
『あら、女王陛下だなんて……まだまだ、一介の踊り子よ』
恥ずかしそうに、でもわざとらしく黒い踊り子は口元を隠す。
相変わらず寒々しい風がバルコニーから吹き込む城内。

『他の方は殺風景と言いますけど、言い換えればそれは無駄が無いということ』
最初の国民は、流暢にしゃべり始める。

『であれば、無駄のないままに美しい、貴方だけの国を築けば良いというものですわ』
『そう言って貰えて嬉しいわ。貴女を最初の国民として招いて本当に良かった』
最初の国民に向け、恭しく頭を下げる黒の踊り子。

『まだ何もない国だけど……どうぞ、ごゆっくり』
言い終えて顔を上げた彼女は、“たった一人で”確かに笑っていた。

64話(ストーリー深度630)
+ 女の子の秘密
女の子の秘密

<ドロシィ>「そーいや、アンタん中ってどうなっとるん?」
「……それは生物の構造的に、という意味でしょうか」
ドロシィ・ゲイルが興味深そうに錫の新兵の背中、もとい腰のハートを覗き込む。

<ドロシィ>「ちゃうちゃう、あーなんちゅーんがええんかな……性格?」
「性格、ですか」
<ドロシィ>「そや! なんや色々ややこしいことになっとるやろ」
空白にはじまり、清純と無邪気、怠惰とツンデレ。
今ではそれらの性格が、錫の新兵には宿っていることになる。

<ウィキッド>「お前は本当に……もうちょっと言葉を選べないのか?」
あまりにもストレートに現状を表現するドロシィ。
傍で壁の花となっていたウィキッド・ドロシィが、見かねて口を挟んだ。

<ドロシィ>「あんままどろっこしい言い方してもしゃーないやろ」

<ドロシィ>「それにアンタも気になるんちゃう? この子のコト」
<ウィキッド>「……まぁ、気にはなるな。性格の違う自分っていうのは」
彼女も近くにいた——つまり、気になってはいたらしい。
口を尖らせると、ウィキッドもまたハートを覗きはじめた。

65話(ストーリー深度640)
+ 秘密の伝え方
秘密の伝え方

<ウィキッド>「そもそもどういう仕組みなんだ?」
気になると口にして開き直ったのか、ウィキッドも興味津々だった。

<ドロシィ>「なんやぁ? アンタも気になっとったんやないか」
<ウィキッド>「し、仕方ない……その、まぁ……仕方ないじゃないか!」
意地悪そうにニヤつくドロシィと、耳まで真っ赤にして顔を伏せるウィキッド。
話題の中心であるはずの錫の新兵は、二人を見たまま固まっていた。

「あの——」
<ドロシィ>「おおそうやったスマンスマン! で、実際んとこどうなん?」
ドロシィとウィキッドが再度詰め寄る。
二人に気圧されながらも、錫の新兵は一度自身の内側に集中しはじめた。

「どう、と言われても……」
目を閉じたまま、錫の新兵は言い淀む。
今の状態がわからないのではない、その状態を表すのに適切な言葉が見つからないのだ。

「なんというか、ぶん、れつ……?」
<ドロシィ><ウィキッド>「「分裂?!」」
単度を聞いてぎょっとし、後ずさる二人。

「いや、別の、私……?」
反応を聞いて言い換えたものの、二人の困惑した表情は変わらなかった。

66話(ストーリー深度650)
+ 伝え方を探して
伝え方を探して

「私にもわからないんです。たくさんいるんですけど、全部私で……」
錫の新兵は祈るように、自分の胸に手を当てる。

<ドロシィ>「お、おお」
対するドロシィとウィキッドは、“分裂”という言葉に気圧されたまま。

「別の自分に、なる……? いや、切り替える……でしょうか」
頭の中——心の中?—で何をしているのか、他者にはわからない。
ただ彼女が身震いするのにあわせて、ハートの内側で何かが瞬いたように思えた。

<ドロシィ>「役割を変える、みたいなもんやろか」
<ウィキッド>「だとしたら、まさに“キャスト”だな」
キャスト、配役——物語の中で与えられた、主役という役。
本来であれば、ただ一つの。

<ドロシィ>「ま、一人で色々やれるキャストがおってもおかしかないしなぁ」
「そう……でしょうか」
異端ともいえる自身の状態に、錫の新兵は目を伏せる。

<ウィキッド>「ここにはいろんなヤツがいる。言い方は悪いが、お前もその中の一人に過ぎんさ」
ウィキッドはそう言うと口の端を上げ、肩を叩いた。

67話(ストーリー深度660)
+ 黒の記憶・4
黒の記憶・4

——こんなんじゃ、埋まりはしない

声がする。
そのどれもが私を称える声、国を賛美する声。

——私が欲しいのは、これじゃない

窓の外、遠くに見える玩具の国。
幻聴のように細く小さい歓声が、聞こえてくる。

——どうしてこれじゃないの

踊り子がいて、国があって、国民がいて。
同じはずなのに。

——うるさい

鳴り響く歓声は止まない。
大きいものも、小さいものも。

『うるさいッッッ!』
声は、止まない。

68話(ストーリー深度670)
+ 探さずともここに
探さずともここに

<ドロシィ>「頭ン中、うるさかったりはせーへんの?」
ドロシィの質問攻めはまだ続いていた。

「私が意識しなければ、他の性格の私にはなりません……今のところは」
<ドロシィ>「ほーん。ずっと頭ン中で出せーって言い合っとるもんかと思っとったわ」
がちゃがちゃと音を立てて飛び回る、ドロシィの使い魔たち。
銀色の靴も、どこかに行きたそうに軽快な足音を鳴らしている。

「ここには“私”以外にもたくさんの方がいるから、でしょうか?」
<ウィキッド>「うるさいヤツが、か?」
皮肉げに笑いウィキッドが見渡した先。
落ち着きなく遊ぶピーター、アリス、ジュゼ
かしましくお喋りを続けるシュネーヴィッツェンやリン
そんな、多くのキャストたち。

「ふふ、そんなところでしょうか」
ウィキッドの視線を追った錫の新兵。
彼女は、はじめてその冗談に乗るように小さく笑ってみせる。

彼女の中に確かにいる別の自分。
その子たちもまた、同じように笑っていた。

69話(ストーリー深度680)
+ 黒の記憶・5
黒の記憶・5

『余裕がなかったな、あの時は』
黒い城の一室で、踊り子は自嘲気味に嗤う。
思い返す彼女の素振り、そして格好は、今や大国の女王が如く優雅だった。

『まぁ……形になれば余裕も生まれる、か』
最初に欲しがったものとは異なってはいる。
しかし彼女の下で、その黒い国は確かに形を成していた。

『やぁ、我が愛しき国民たちよ』
扉に手をあて、広いフロアに躍り出る。
そこを埋め尽くす無数の黒い影たちは、即座にこうべを垂れた。

『貴方たちひとりひとりがいるからこそ、この国は成り立っている』
黒い踊り子——否、女王が近くにいた兵隊の頬を撫でた。
緊張しているのか、撫でられた兵隊は微動だにしない。
それを愛おしそうに見つめ、女王は続ける。

『これからも貴方たちがそうあり続けてくれることを、私は願うばかりだ』
彼女の言葉に無言で応える、無数の兵隊や巨躯の者たち。
彼らには、統一された意志が確かに存在しているようだった。

70話(ストーリー深度690)
+ 望むもの、探しもの
望むもの、探しもの

持つモノと持たざるモノ
誰もがその両面性を持っている。

踊り子は己の外側に、望んでいたモノを手に入れた。
それはとても静かなモノたち。
代わりに頭の中に響き続けるのは、呪詛にも似た数多の声。

兵隊は己の内側に、探していたモノを手に入れた。
それはとても静かなモノたち。
代わりに部屋中に響き続けるのは、日常の象徴たる数多の声。

二人はそれを受け入れた。
内も外も、分け隔てなく。

故に、物語は動き続ける。
その結末は、まだ誰にもわからない。
だが、確実に近付いていた。


71話(ストーリー深度700)
+ もともと?
もともと?

<ウィキッド>「お前の性格、それらは元々持っていたものなのか?」
ある時、ウィキッドが錫の新兵に問いかけた。
ドロシィが言い出したわけではない、ウィキッド自身から出た疑問。

「元々、とは?」
以前似たような質問もあったが、特にそんな反応はない。
聞かれた錫の新兵が浮かべたのは、単純な疑問符だった。

<ドロシィ>「寝てたモンが起きたんか、外からこう、ひゅっと吸い込んでぎゅっとしたモンか」
ろくろを回すドロシィ。
先に声をかけたはずのウィキッドが、じとっとした目で彼女をねめつける。

<ドロシィ>「ちゅーこっちゃろ?」
ドロシィは得意げな顔でそう言うと、錫の新兵に向けてウィンクしてみせた。

「ひゅっと……ぎゅっと……?」
だが当然と言うべきか、その説明は錫の新兵の頭上に新たな疑問符を作る。

<ウィキッド>「元々の自分がそうだったのか、影響を受けて新たに作り上げたか」
<ドロシィ>「そうそう、それやそれ!」
ため息に、ウィキッドの言葉が続いた。
その言葉で、ドロシィと錫の新兵が揃って浮かべていたものが一つ消えた。

72話(ストーリー深度710)
+ 形成するもの
形成するもの

<ドロシィ>「ま、多分やけど影響受けとるんちゃう?」
<ウィキッド>「なんでそう言える」
今度こそ間違いないといった顔を見せるドロシィ。
対するウィキッドは相変わらず半信半疑の表情だ。

<ドロシィ>「ほれ、例えば、無邪気な性格になった時のこととか」
<ウィキッド>「あの時は確か、笑ったアリスを真似たんだったか」
無邪気な笑顔を見せ、周囲に笑顔を取り戻させたアリス。
そのアリスまでもが顔を曇らせた時、それを晴らしたのは錫の新兵だった。

<ドロシィ>「もうちょっと言い方あるやろ……」
大げさに頭を抱えるドロシィ。
とはいえ、どこまでが正解でどこまでが不正解か、判断できるわけではない。
故にできることは、言葉を続けることだけだった。

<ドロシィ>「あとほら、ヴァイスん時も、それっぽくなっとったし」
ヴァイスとの交流は、決して長く、そして強烈なものではなかった。
だが錫の新兵はそんな彼女に近しい言動をしてみせた。

<ウィキッド>「そんなに例があるわけではないが、一理あるな」
<ドロシィ>「やろ? 小さい子も育った環境で性格作られるっちゅーし」
出会った頃は、ただの器のようだった。
しかし今では他の多くの者のように、確かに何かを内に抱えていた。

73話(ストーリー深度720)
+ 別の思惑
別の思惑

ひとしきり話し終え、錫の新兵が離れた後。

<ウィキッド>「小さい子か……それなら、別の見方もできるぞ」
周囲に気取られない程度の声で、ウィキッドが続きを口にしはじめる。

<ドロシィ>「別の見方?」
不思議そうにウィキッドを見るドロシィ。
しかしウィキッド自身は、視線を交わそうとはしなかった。

<ウィキッド>「言い方は悪いが——性格をキャストに“植え付けられた”」
顔色を変えず言い放ったウィキッドが、目だけでドロシィの様子を見る。

<ドロシィ>「植え付けるなんて仰々しいやっちゃなぁ」
しかし対するドロシィは、思ったよりも衝撃を受けてはいない。
拍子抜けするウィキッドを気に留めることもない様子で。

<ドロシィ>「みんながそんなことするためにこの子に接しとるっちゅーんか?」
周囲を疑いもしない、いつも通りの調子。
だがそんなドロシィを見て、ウィキッドは深いため息をつく。

<ウィキッド>「私たちの進む道は、誰が決めたものだったかな」
<ドロシィ>「ちょい待ち! ……それは話ん中だけやろ」
叫んでしまったことにハッとして、ドロシィがハッと口をつぐむ。
すぐに顔を伏せ、ウィキッドと額を突き合わせる。

<ウィキッド>「さてどうだか。実は“冒険譚の登場人物”と括られている可能性だってある」
その可能性自体は、決して悪いことではない。
だが確かな重い空気が、二人に絡みついているのは確かだった。

74話(ストーリー深度730)
+ 既にある証拠
既にある証拠

<ドロシィ>「第一、植え付けるってやり方わからんのやろ?」
<ウィキッド>「モノに魂や性格を植え付けるくらいは容易なことだ」
信じられない風のドロシィ。
しかしウィキッドは、さらりと言い切った。

<ドロシィ>「やけに自信たっぷりやな」
訝しむドロシィにねめつけられても、その余裕は変わらない。

<ウィキッド>「お前、本当に心当たり無いのか?」
ドロシィの全身に視線を這わせるウィキッドだが、
当のドロシィにはなにがなんだかわかっていない様子だった。

<ドロシィ>「ウチに? んなモンあるわけないやろ」
<ウィキッド>「呆れたものだ」
<ドロシィ>「もったいぶるくらいなら言わんでもええで」
本当に呆れているのは、素直に答えを言わないウィキッドを見るドロシィの方だ。
突き合わせていた額を離し、「これっきり」の意思を見せる。

<ウィキッド>「……わかったよ、教えてやる」
観念したように頭を抱えるウィキッド。
聞いたドロシィはテンガロンハットで目元を隠し、口の端を大きく上げた。

<ウィキッド>「靴だ、銀の靴」
ウィキッドが指差したのは、ドロシィの足元。
精霊が宿り、思った場所へ飛べるという魔法の銀靴。

<ウィキッド>「銀靴の精霊ネッサ。そいつは元々、オズの魔女の一人だ」

75話(ストーリー深度740)
+ 東の魔女と銀の靴
東の魔女と銀の靴

<ドロシィ>「コイツが魔女ぉ?!」
ドロシィの大げさなリアクションに、周囲を飛び回っていた相棒たちが跳ねる。
その拍子にテンガロンハットを取り落とし、しゃがむついでに靴に触れた。

<ウィキッド>「お前、自分がどうやって東の魔女ネッサローズを狩ったか覚えてるか?」
<ドロシィ>「あーっと確か……オズに着いた時、ついでに家でぺちゃんと……」
オズの魔法使い、その導入部分。
家ごと独立魔法都市国家オズへと誘われたドロシィ・ゲイルが着地したのは、
まさに東の魔女の頭上だった。

<ウィキッド>「その時、当の魔女が死んでたか確認は?」
不運な東の魔女は、そのまま潰されてしまう。
そしてそのそばには、彼女が履いていた銀色の靴だけが残っていた。

<ドロシィ>「いや、潰したとだけ言われ……あーっ! あん時か!」
<ウィキッド>「そういうことだ」
そう、後に悪者だったと伝え聞くことになる魔女の遺体を確認した者はいない。
いたとしても、伝えられたのは“潰された”事実だけ。

<ドロシィ>「ちゅーても、あの子に性格植え付けるなんて——」
<ウィキッド>「覚えのある者なら“できる”ってことさ」
ドロシィにももうそれは理解できている。
そしてそこから繋がる事実にも、思い至ってはいた。

<ウィキッド>「そしておそらく、“覚えのある者を生み出せる者”にもな」

76話(ストーリー深度750)
+ 誰かが作った空白
誰かが作った空白

<ドロシィ>「てぇことは」
<ウィキッド>「ま、そういうことになるな」
全て理解したと言いたそうなドロシィと、なんとなく察するウィキッド。
当然と言えば当然か、二人の言葉は少なくなった。

———

——


<ドロシィ>「なぁなぁ」
壁に背を預け、しばらく錫の新兵を眺めていた二人。
唐突に、ドロシィが口を開いた。

<ドロシィ>「さっきの、空白の性格は誰かが作ったかもってことであっとる?」
<ウィキッド>「お前なぁ……」
やっぱりな、と言葉にはしないが、ウィキッドの目はその言葉をわかりやすく表現する。

<ウィキッド>「その通りだよ」
今度はじらすこともなく、率直に頷いた。

<ウィキッド>「それに誰かって、一人しかいないだろう……アナスンだ、おそらくな」
<ドロシィ>「ああ!」
声がでかい! と諫めるウィキッドの威勢に、ドロシィはわざとらしく縮こまる。

<ドロシィ>「じゃあ、あの子に直接聞かせてみればええんとちゃう?」
しかしすぐにあっけらかんとした調子に戻ると、
ドロシィはウィキッドの言葉も待たず錫の新兵に駆け寄った。

77話(ストーリー深度760)
+ 疑問を解きに
疑問を解きに

先頭をズカズカと進むドロシィ、その真横を少し早足で歩くウィキッド。
当の本人であるはずの錫の新兵は、二人に隠れる形で手を引かれていた。

<アナスン>「やあ! みんな揃ってボクに何の用かな?」
アトリエに着くと、アナスンは笑顔で三人を迎え入れた。

<ドロシィ>「ほれ、自分で聞いてみ」
「は、はい」
ドロシィに背中を押され、おずおずとアナスンの前に出る錫の新兵。
その表情にあったのは、少しの不安。

「あの、自分の性格……その、最初の空白というのを——」
半ば強制力が働いたような形ではあるが、この疑問は彼女も薄々だが持っていた。
本当に聞いていいものかも伺うように、細切れの言葉が口をつく。

<アナスン>「おーっと、ストップストップ!」
「え?」
しかしその問いは、アナスンの大きな声で全て出る前に上書きされてしまう。

<アナスン>「みなまで言わずとも、キミの言いたいことはわかる」
問いかけの内容にか、行為自体にか、一瞬だけ驚いた表情を見せたアナスン。
しかしすぐいつものような笑顔を浮かべると、錫の新兵と真正面から向かい合った。

<アナスン>「だけど、果たしてそれをボクの口から聞いてハイ終わり、でいいのかい?」
そしてアナスンの笑みはあくまでも優しい。
だがその言葉には、重圧があった。

<アナスン>「キミの冒険譚は、まだ続いているんだろう?」

78話(ストーリー深度770)
+ 道しるべと可能性
道しるべと可能性

「まさか、別の——」
<アナスン>「その疑問も同じだよ」
やはり、錫の新兵の言葉がすべて届くことはない。
アナスンはこれ以上聞く気はないとばかりに、自分の言葉を続ける。

<アナスン>「ボクである、ボクでないという結論が出た時点で、可能性が一つ消えてしまう」
真面目な笑顔、とでも言うのだろうか。
微笑むのともはぐらかすのとも違う、有無を言わせない笑顔。

<アナスン>「それじゃあ、せっかく無垢で無限のキミたちである意味がないじゃないか!」
そんな風に錫の新兵やドロシィたちが思っていた矢先。
仰々しい身振りで、いつも通りのアナスンが顔を出す。

<ドロシィ>「はぐらかすのもそこまでや」
アナスンの所作を見るが早いか、ドロシィとウィキッドが同時に動く。
言葉と共に、二人は、アナスンに銃口を向けていた。

<アナスン>「っと、何の真似だい?」
引き金に指はかけていない。
だが、すぐにでもどうにかできる、という姿勢があるのは明白だった。

<ドロシィ>「こーんな可愛い子の頼み聞いてやっても、バチ当たらんやろ?」
首を動かそうとするアナスンを、銃の一振りで制する。
必然的にアナスンは、正面に立つ錫の新兵と相対し続ける他なかった。

<アナスン>「いや、だからね……?」
<ウィキッド>「生憎私たちはオズのドロシィ。隠されたものを暴くのは得意でね」

79話(ストーリー深度780)
+ 言いたくても
言いたくても

<アナスン>「だから、言いたくても言えないんだってば!」
暑くもない空間で、額に玉のような浮かべてアナスンが叫ぶ。

<アナスン>「彼女の可能性を潰すことは、一つたりともしない!」
再び、真面目な顔になった。
ただし今度は、口角が上がっていない。

<アナスン>「これは、マスターとしてのボクが設けた絶対のラインだ」
自らが口にする“ライン”を示すかの如く、一歩後ずさる。

<アナスン>「キミは今、ボクの言葉を欲している。それは、キミの思った以上にキミを縛るだろう」
アナスンが粛々と語る。
目に見えない境界線の向こうから。

<アナスン>「だから、言えない。わかるね?」
珍しく優しい口調で締めたアナスンを見ても、三人の難しい表情は変わらなかった。
錫の新兵の目にも、未だ困惑の色が強い。

<アナスン>「あー……わかった、一つだけ教えよう。だから、そんな顔しないで」
観念したとばかりに、アナスンは大きく肩を落とす。
途端にドロシィが目を輝かせ、境界線を越える。

<ドロシィ>「なんや話わかるやないか!」
<アナスン>「あたた……反則スレスレのことなんだ、あまり頼りにしないでおくれよ」
頷き、固唾をのむ錫の新兵とドロシィ。

<アナスン>「彼女の最初の性格形成は、当然単一の何かじゃなく様々なものの影響を受けている」
そこで一度止めるが、すぐ思い切ったような速さで言葉を紡ぐ。

<アナスン>「一番大きいのは彼女の“親”だ」
どういう意味の親かは自分たちで、という言葉を最後に、アナスンは背を向けた。

80話(ストーリー深度790)
+ ××も方便
××も方便

「本当に、聞いて良かったのでしょうか」
一度は驚いたような錫の新兵だったが、それも長くは続かなかった。
アトリエを後にしてすぐ、背後からか細い声が聞こえてくる。

<ウィキッド>「確かにこれから先、迷った時に今の言葉を思い出すだろうな」
ウィキッドの言葉で、さらに錫の新兵の表情が曇る。
しかしウィキッドは構わずに続けた。

<ウィキッド>「だが、これはある意味謎が深まった——可能性が広がったとも言えないか?」
<ドロシィ>「どゆこっちゃ」
<ウィキッド>「“親”がどういう意味かというアナスンの言葉……」
身を寄せて問い詰めるドロシィを片手間に抑えつつ、ウィキッドの口が小さく笑う。

<ウィキッド>「本来なら単一の意味しか持たないものに、謎が付加された」
ハッとして、錫の新兵が顔を上げる。
そうして視線を交わしたウィキッドが、得意げに目を細めた。

<ウィキッド>「ある意味で、君が謎を解くという“可能性”が増えたことにならないか?」
可能性という単語に、錫の新兵の目が輝く。
その後すぐ、二人を追い越す足音と、「二人とも、早く行きましょう!」と呼ぶ声が響いた。

<ドロシィ>「詭弁やな」
<ウィキッド>「詭弁さ。だけど嘘じゃない、あの子自身が嘘にしなければな」
そんな二人の声は小さく、錫の新兵には聞こえなかった。


81話(ストーリー深度800)
+ 軍服のてまえ
軍服のてまえ

広間から落とされた二十五番兵。
大きな水柱を上げて川に落ちた彼は、その急流に攫われた。

<シレネッタ>「大丈夫かな……」
<ワダツミ>「水多きこの場で何も出来ぬとは、歯痒いものよ」
打ち上げられた彼を離れて眺めているのは、ワダツミとシレネッタだった。
周囲には彼ら以外に誰もおらず、

<シレネッタ>「あっ、動いた!」
しばらくして、二十五番兵に動きがあった。
水が入り重いはずの鎧を脱ぐこともせず、立ち上がる。

<ワダツミ>「あの高さから落とされ、尚動けるとは」
<オト>「それ程までに、彼の踊り子を想う気持ちは強いのでしょう」
<ワダツミ>「で、あろうな」
運よく傍に流れ着いていた槍を手に立ち上がり、城に続く道へと一歩足を進める。

<シレネッタ>「あんな体のまま行ったら、今度こそダメになっちゃう!」
<オト>「誰か、彼の助けとなる方は……!」
シレネッタとオトがあたりを見回しても、彼に肩を貸す者はいない。

<ワダツミ>「彼自身、もう理解はしておるんじゃろうな」
聞えない声たちを無視して、彼は二歩目を踏みしめた。


82話(ストーリー深度810)
+ 黒の記憶・6
黒の記憶・6

<黒い踊り子>「落ちたか……」
二十五番兵が落ちた場所から、下を覗き見る。
大きな水音はしていたが、既に城下の川は波紋が広がるばかりだった。

<黒い踊り子>「ずっと突っ立ってるつもりか? 下がれ」
黒い踊り子の隣には、パピールが城下を眺めたまま立ち尽くしていた。
それを黒い踊り子が憎々しそうに睨むと、パピールは奥の部屋へと消えていく。

<黒い踊り子>「さて、気にしすぎだとは思うが」
黒い踊り子が弾き、時計のベルが鳴る。
真っ暗な壁から姿を現したのは、ワニの姿をしたヴィラン。

<黒い踊り子>「埃は隅々まで、自分の目で見て掃除しないとな」
黒い踊り子は現れたヴィランに手をあてると、ボソボソと何かを呟きはじめた。
その呟きが止むと同時、ヴィランの目に光が灯った。

<黒い踊り子>「さぁ、お掃除の時間だ」
黒い踊り子の差す方へ、ヴィランは勢い良く飛び出す。
その背を見て、黒い踊り子は高らかに歌いだした。

♪さよなら、さよなら、兵隊さん

♪これでお前もお終いだ

83話(ストーリー深度820)
+ 重槍肩に
重槍肩に

二十五番兵は一人、重いながらも着実に歩き続けていた。
しかし唐突に、彼のシルエットが黒に包まれた。
川から飛び出したヴィランが陽の光を遮った影によって。

<ワダツミ>「ええい、こんな時に……!」
<シレネッタ>「ウソ?! 早く助けないと!」
焦る言葉も聞こえなければ意味はなく、二十五番兵は正面を向いたまま。
ヴィランもまた吠えることもなく、相対者へ近付いていった。

<シレネッタ>「どうして逃げないの!?」
困惑するシレネッタの言う通り、二十五番兵は逃げる素振りすら見せない。
それどころか、一歩前へと踏み込んだ。

<オト>「今の彼は、とても逃げ切れる状態ではありません……」
<ワダツミ>「ここで背中を見せたら、それこそ終わりというものよ」
二十五番兵は脚に続き、腕に力を込め槍を構える。
戦う意志を示す彼を見たからか、ヴィランは構えていた刃を大きく振り下ろした。

<シレネッタ>「ああっ!」
大きな衝撃に土埃が舞い上がり、二人の姿が見えなくなる。

<シレネッタ>「彼は?!」
一撃の後、音は続かない。
そんな静止した状況から、視界が開けて見えたもの。
一つは満足な防御の構えすら取れていない二十五番兵。
もう一つは、そんな彼に対し外すことなどあり得ないはずの、地面に刺さる刃。

84話(ストーリー深度830)
+ 黒の記憶・7
黒の記憶・7

♪フンフンフン

鼻歌が聞える。
ぐったりとしたヴィランたちだけが、それを聴いている。

その車座の中央。
黒い踊り子は目を瞑り、首の動きだけで虚空にある何かを探していた。

<黒い踊り子>「見つけたぞ」
目は開かないまま、口の端をつり上がる。
同時に黒い踊り子は、まるで指揮者が開演を告げるかのように腕を構えた。

<黒い踊り子>「その怪我では——」
緩慢な動作でゆらりと動く細い腕。

<黒い踊り子>「長引くと辛かろう」
高い位置でピッと止まり、一瞬の緊張が走る。
しかしその表情は、余裕そのものだった。

<黒い踊り子>「すぐに消してやる、私の物語から」
自身が言い終わるのを合図に、黒い踊り子が動く。
最初の一つは大きな腕の振り下ろしだった。

<黒い踊り子>「と、外したか」
一度動きを止めて、再度振るう。
不器用な舞いのような動き。
納得がいかなさそうなその眉間に、浅い皺が刻まれた。

<黒い踊り子>「ふむ、存外上手くはいかないものだな」

85話(ストーリー深度840)
+ ぱっくり飲まれて
ぱっくり飲まれて

初撃を外して以降
ヴィランは、一度たりとも攻撃を当てようとはしていないように見えた。

<シレネッタ>「アイツ、もしかして楽しんでるの?!」
<ワダツミ>「外道め……」
他ヴィランに認識され、攻撃を受けたシレネッタとワダツミたち。
一度ヴィランの波を凌いだ三人は、交戦を続ける一人と一匹を再び捉えた。

直後、はじめて二十五番兵を真正面に捉えた攻撃が降り注ぐ。
二十五番兵は頭上に構えた槍で受け止めるも、やはりそれを弾くまでの力は無い。
足元では、土が歪みはじめていた。

<オト>「あれではもちませんね……」
このままでは危険なのは誰の目にも明らかで、当然本人が一番理解している。
押し付けられた刃を必死で弾くと、反動で後方に跳んだ。

着地は十全とはいかず、バランスを崩した二十五番兵は地面を転がるしかなかった。
ヴィランはそれを見ると腕の構えを解き、大きな口を開けた。

<オト>「なっ、まさか?!」
叫ぶオトの予想は的中していた。
抑制の効かなくなったヴィランが、跳躍する。

<ワダツミ>「いかん!」
しかし今度も二十五番兵は逃げない。
それどころか、自らその大口へと身を投げたのだった。

86話(ストーリー深度850)
+ 黒の記憶・8
黒の記憶・8

二十五番兵との戦いの後。
ほどなくして、ワニのヴィランは城の広間に戻っていた。

<黒い踊り子>「ご苦労——と言うのも違和感があるか」
ヴィランを迎え入れた黒い踊り子。
その身体を撫でても、ヴィランは唸り声一つ上げない。

<黒い踊り子>「自分の身体でないだけで、こうも動きに支障が出るとは」
固まった筋肉をほぐすように身体を伸ばすと、ヴィランがそれを真似た。
それを見て、黒い踊り子はハッとなり何かを取り出した。

<黒い踊り子>「しかし便利な代物だな、これは。まるで魔法の杖じゃないか」
黒い踊り子が、手に持った何かを指揮棒のように軽く振り回す。
すると生気が抜けたように、ヴィランの腕がだらりと垂れ下がった。

<黒い踊り子>「ま、上手く使ってやろうじゃないか」
再び懐にそれをしまうと、広間の奥へと歩を進める黒い踊り子。

<黒い踊り子>「ただこれで操ったところで」
そこにあったのは黒檀の棺。

<黒い踊り子>「お前の模倣ができるわけじゃあない」
入っていたのは、パピール。

<黒い踊り子>「別のやり方を考えないとならんかな」
向かい合う黒い踊り子とパピール。
まるで、歪な鏡に映った風景のようだった。

87話(ストーリー深度860)
+ 混ざりあう記憶
混ざりあう記憶

<ワダツミ>「まさか、あのような……」
<シレネッタ>「でも、だからまたここまで来られた!」
再び城の広間に、キャストたちの顔があった。

キャストがここにいるということ、それは——

<黒い踊り子>『本当に』
棺の前に立つ、憎々しげな口調の黒い踊り子の背後。
ヴィランの大きな口が、ぎこちなく開かれる。

<黒い踊り子>『厭になるくらいのクソ真面目具合だな、キミは』
口の中から出てきたのは、満身創痍の二十五番兵だった。

<黒い踊り子>『そんなにアレの目の前で死にたいなら……』
懐から取り出した杖を振り上げる黒い踊り子。
即座に、黒い棺が静かな音を立てる。

<黒い踊り子>『パピール!』
不自然な素早さのせいか、名前を呼ばれたパピールの身体からは軋む音がした。
しかしそんなことは一切意に介さず、黒い踊り子は二十五番兵だけを睨む。

<黒い踊り子>『奴さんはお前の手にかかるのがお望みだ』
あ、ああ……

<黒い踊り子>『お前の手で終わらせてやれ』
そ……うぁ……

<黒い踊り子>『今度こそ、この場で!』
パピールの声は、もう答えなかった。

88話(ストーリー深度870)
+ 一つの決着
一つの決着

再び刃を交える二十五番兵とパピール。
しかし身体的にも精神的にも、二十五番兵は防戦一方だった。

<シレネッタ>「そう、だよね……あの子は……」
珍しく暗い表情を見せるシレネッタ。
ワダツミも理解しているようで、オトと視線を交わし頷く他には何もできない。

<黒い踊り子>『随分と下手な踊りじゃないか、それでは愛想をつかされるぞ』
先ほどの威圧的な声色は鳴りを潜め、黒い踊り子は余裕の表情で腕を振っていた。
その態度を見たキャストたちの眉間に、皺が刻まれる。

だが、それで終わりではなかった。

<シレネッタ>「ねえ、見て!」
シレネッタが示した先、黒い踊り子の手で踊る何か。
もやに包まれた、指揮棒のようなもの。

<ワダツミ>「もしや、あれでパピールを?!」
ワダツミたちと同時に、二十五番兵もそれに気付いたようだった。
パピールの肩の向こう、黒い踊り子の手元に視線が向けられた。

しかし黒い踊り子に意識が向き一瞬生じた隙へ、パピールの鋭い蹴りが迫る。

<シレネッタ>「今なら!」
シレネッタのそんな叫びが聞こえたのだろうか。
二十五番兵は、パピールの攻撃に目を見開いた黒い踊り子を確かに見据えていた。

残る全ての力を、片腕に集中。
乱暴に投げ出された騎士槍はパピールの頬をかすめ——標的を、捉えた。

<シレネッタ>「やった!」
<ワダツミ>「いや、まずいぞ!」
しかし当然、隙を捉えていたのは相手も同じ。
槍を投げた格好のまま、二十五番兵は青い炎で照らされた暖炉へと蹴り込まれた。

89話(ストーリー深度880)
+ 錫塊と金箔
錫塊と金箔

<パピール>『いやぁあああああっ!』
パピールの絶叫。
シレネッタの叫び声が、それと重なった。

<黒い踊り子>『クッ、せっかくの力を……』
忌々しそうな声を上げる黒い踊り子。
足元には、バラバラに砕けた何かの欠片が散らばっている。

<黒い踊り子>『だがまぁ、これで私の目的は一つ果たされた』
青い炎で燃え続ける二十五番兵。
ぎこちなく腕を前に伸ばすパピールの手は、彼にまだ届かない。

<パピール>『ダメぇっ!』
再びパピールが叫ぶと、彼女を抑えていた糸が切れたかのように身体が跳ねた。

<パピール>『イヤ、こんなの、私……!』
躊躇なく暖炉に手を突っ込み、二十五番兵を引っ張り出す。
すると、すぐさまパピール自身の身体にまで青い炎が伝播した。

<パピール>『なんで?! 消えない……こんな……』
パピールは自分についた火を顧みず、二十五番兵の火を払おうとする。
しかし炎は消えるどころか、弱まる様子すらない。

<パピール>『貴方は死なせない……絶対、絶対に!』
燃えたまま反応の無い二十五番兵を抱くパピールの目に、炎が揺れた。
瞳に映ったその炎が勢いを増した時、光が二人を、そして周囲の全てを包んだ。

90話(ストーリー深度890)
+ 遺された心
遺された心

<ワダツミ>「光に包まれた二人は、共に広間で臥す」
<シレネッタ>「これが私たちの見た、物語の結末だよ」
シレネッタとワダツミが語るのは、二十五番兵とパピールの結末。
信じ難いかもしれないが、オトもまた静かに頷く。

「そう、ですか……」
沈痛な面持ちで顔を伏せる新兵。
当然であろう反応を見た三人は視線を交わすと、再び口を開く。

<ワダツミ>「じゃが、何やら妙なことが起こってのう」
<シレネッタ>「エンドロールのように白黒になっていく世界で、一つだけ色を持っていたの」
ゆっくりと顔を上げる錫の新兵。
その顔にはまだ影が落ちているが、瞳には僅かな光があった。

「それは、一体……?」
問いかける錫の新兵に、真剣な面持ちで向き合う三人。
錫の新兵の不安そうな表情にも、少しの真剣さが宿る。

<シレネッタ>「彼女たちが遺した、あなたの——」
<ワダツミ>「背負っているもの。錫のハートじゃよ」
ハートに、錫の新兵が触れる。
強張った錫の新兵の表情は、迷子が親を見つけて手を取ったかのように、ほどけていった。


  • 深度900以降は最新シーズンのネタバレとなるため更新予定はありません。


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最終更新:2022年06月25日 10:16