■新兵と冒険

■新兵と冒険

Ver.4.00で追加されたストーリーモード「冒険譚」のシナリオを扱うページです。
ゲームシステム自体の攻略・解説は冒険譚ページを参照ください。
またこのページにはネタバレを含むため、シナリオについて雑談する場合は望まない人の目に触れないようにそれぞれの個別ページのコメント欄を活用するようご協力お願い致します。


■新兵と冒険
1話(ストーリー深度0)
+ 起動
起動

『……なせ……い……死な……ぜっ……に……』

声が響き、身体が小さく揺れる。
頭の中の声はだんだんと鮮明になっていき、つられて意識が覚醒をはじめる。

「ん、マスター……?」

ゆっくり目を開くと、
――それがどんな感情なのかはわからないが――
【マスター】が眉を落として覗き込んでいた。

【マスター】
様々な物語を経た人。物語に介入し、創造する才を持った人。
心をも書き記す可能性を、持った人。
そう教えられた。

「自分は問題ありません。すぐに動けます」

特に身体の不調がないことを確認し、そう事実だけ告げる。
マスターはなおも眉を落としたままだったが、自分が身体を起こしたのを見ると、
大きく息をついて立ち上がった。

そして自分が横に立つと、一冊の本――

【冒険譚】

とだけ書かれた本の表紙に触れる。
自分の手を、握りながら。

「では、行きましょう。物語の、はじまりの地へ」

こうして、心の記述を集める旅――
【錫の兵隊】の冒険譚が、はじまりを告げた。

2話(ストーリー深度10)
+ 錫の器
錫の器

見据える先には、ヴィランと呼ばれる巨大な影。
どこから来て何をするのか、それすら不明な敵役。

主人公として箔をつけるための存在として
世界をリセットさせるための存在として
物語の終着点となるための存在として

理由は異なれど、どれも必然性から生まれる怪物。
あれらには物語を動かす何かが存在している。

『彼らは倒されなければならないんだ、キミたちの手によって』

それによって自分の物語は進むのだと。
自分に足りないものを補完できるのだと。
そう教わった。

『異なる経験や記述が積み重なることで、キミは新たにキャストとして完成するからね』

だから、戦う。
人格を――心を獲得し、望まれた【キャスト】たり得るために。

「戦いましょう、マスター。心を、自分に足りないものを得るために」

そう告げて銃剣を握る手に力を込めた。

戦い方は、身体が覚えている。
キャストは戦うための存在だから、きっとそれは自然なことなのだろう。

強大な敵だが、臆することはない。
臆するだけの心は、まだ持っていないのだから。

3話(ストーリー深度20)
+ 戦場を駆ける
戦場を駆ける

「正面より敵『黒き錫の兵隊』、来ます」

傷だらけの黒い鎧に、酷使され過ぎてか先端が欠けた黒い槍。
色や細かな意匠の違いはあれど、それは確かに【錫の兵隊】だった。
彼らもまた、自分が戦うべきヴィラン。

「……あれは」

遮二無二突撃を仕掛けてくる兵たちの中に一点、くすんだ黄褐色の光が見える。

兜と鎧の間、首元に引っかかった首飾りは戦傷のせいか一部が砕け去リ――
閉じ込められていた小さな花も、すでに枯れてしまっている。

「前に見た、何か……?」

似た何かを見た記憶がある。
だが、今思考すべきではない。

狙いを定め、引き金を引いた。
僅かに逸れた鉛塊が、首筋を捉える。
それでも人一人打ち倒すには過剰な威力のそれは頸甲を弾き飛ばし、
首に巻きついていた鎖も引き千切った。

衝撃ではじけ飛んだ首飾りが、足元に落ちる。
拾い上げてみても、不明瞭な感覚は消えない。

「ッ……これ、は……」

反射的に目を閉じると、突如として映像が瞼の裏に流れ込む。
最初はモノトーンだったそれは、徐々に色を帯びていった。

4話(ストーリー深度30)
+

∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵
視界に色が戻った時、記憶にない風景が広がっていた。

「おう兄弟! 今日も勝とうぜ!」

突然、快活な声が、パシパシ背を叩く音と共に聞こえてきた。
振り向いた先で、青年が白い歯を輝かせている。
首元には、琥珀で封じた花飾りが揺れていた。

「お、これか? いいだろ、彼女からもらったんだ」

自分の注視を察し、花飾りを撫でる。
彼の視脲の先には、俯き加減に頬を赤くした若い女性が一人。

「……いいモンだな、帰るところがあるって」

それは彼らにとって重要なものなのだろう。
――自分には、わからないが。

「俺たちの仕事はそんな場所を守ることと、帰ってくることだ」
「お前も、あんまり心配かけんなよ?」

ポン、と音を立てて肩に手が置かれる。
彼の指が指し示す先で、彼女は踊っていた。

ヒラヒラと舞い踊る少女。
彼女がこちらを認識し、口の端を上げようとした瞬間――
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵

「気が付きましたか!?」

今まさに自分へ届かんとする黒槍を、白い戦姫が受け止めていた。
すぐさま自分の武器を確認し、頷きを返す。

「助力に感謝を。このまま突破しましょう」

5話(ストーリー深度40)
+ 女王
女王

幾重もの黒槍を打ち破った先に、彼女はいた。

「随分と調子が良さそうじゃぁないか」

他の兵隊たちとは異なる軽装の鎧に、足首に届くほどのロングスカート。
そして何より異質なのは、顔の半分を覆い隠す黒いヴェール。

顔は伺い知れないが、声から女性であろうことは認識できる。
しかし背後に多くの黒い兵を従えてなお堂々とした威容は、
彼女が士気高揚のための"お飾り"でないことを物語っていた。

「あなたが、自分たちの敵ですね」

言って、構える。
ただの将ならばともかく、敵の核となる者が自ら顔を出したのだ。

撃てば、終わる。
躊躇せず引き金に指を掛け、力を入れる。
狙いはただ一点、文字通りその頭。

撃ち出された弾丸は――

「……おや、私がわからないのか?」

狙いを僅かに逸れ、微動だにしない女の目の高さを通り抜ける。
そして、発生した烈風がヴェールを僅かに裂くにとどまった。

その奥で、青色が妖しく光る。

すぐに次弾を……

思考した刹那。
彼女の世界が、止まった。

6話(ストーリー深度50)
+ 青い瞳
青い瞳

一瞬だったか、それとも数日経過したのかはわからないが――
再び思考が動き出した時、既に状況は終了していた。

紙芝居のように切り替わった視界に映るのは、人の消えた戦場。

消えたのは眼前の敵と、幾人かの味方。
味方の方はおそらく、戦闘で命を落としたのだろう。

「人的損害は軽微。ですが敵ヴィランも取り逃したようです」

結局あれは誰だったのだろうか。

ヴェールの奥に見えた、宝石の如く煌めく青い瞳。
それを見た瞬間に、文字通り停止してしまったことを思い出す。

「何か魔法の使い手でしょうか、それとも……」

『ヴィランを総べる者には不思議な魅力がある』という噂が立っていた。
それが魅了など、魔眼に類するものならば納得もできる。

「ただ、あの瞳……」
以前、見たような感覚があった。

それはいつ、どこでなのだろうか――

7話(ストーリー深度60)
+ もう一度
もう一度

もう一つ、頭の隅に残り続けているものがある。

戦いの最中に見た光景。
青年と女性、そして踊り子。

少なくともあれは自分自身が経験したことではない。
あれはまるで

「誰か別の人物の視点でものを見ているような――」

そう、そんな感覚だった。

なぜそんなものを見たのか? なぜあの場面だったのか?
思い出そうとすればするほど、新たな疑問が増えていく。

何よりも気になるのは、あのコロコロと変わった青年の顔だ。

歯が見えるほど口元が引っ張りあげられた顔
耳や頬を赤く染め、目じりを大きく下げた顔
目を細めて遠くを見るような顔

あれこそがおそらく、"感情"を表現する方法なのだろう。

どういった原理で変わるのか。
自分で変えられるものなのか、それとも特定の感情を抱くと変わるものなのか。

「もう一度……もう一度見ることができれば、何かわかるのでしょうか……」

そんな"不思議"は、ただ募るばかりだ。

8話(ストーリー深度70)
+ 求めるままに
求めるままに

「マスター、行きましょう」
戦場へ

「戦えばわかるはずなのです」
戦場へ

「そのために、戦っているのですから」
戦場へ——!


「何が危険なのですか?」
誰かが、危険だと言った。
「がむしゃらに戦っているだけに見えて、危なっかしい」と。

自分たちはキャスト、戦うための存在。
それがなぜ、戦うだけではいけないのか。

「自分は戦えています、危険はありません」
幾度もの戦闘を越え、着実に力を獲得してきた。
敗北はおろか、怪我すらも負わないほどに。

「それに、必要だからこうしているのでしょう?」
戦うこと。
記し、紡いでいくこと。
自分が完成するためにはそれが必要だと、言ったではないか。

そうすれば、足りないものを得ることができるのだと!

でも、それだけではダメと言う。
今のまま戦い続けるだけではダメだと。

「では……では自分は、どうすればいいのですか……!」

9話(ストーリー深度80)
+ 掴めないもの
掴めないもの

結局、解答は得られていない。

幾度もの戦いの中で蓄積されたのは、戦う力だけ。
だがいくら戦っても、誰かの視点でものを見るような感覚は訪れなかった。

「もっと先に進まなければならないのに……」
使命感ばかりが、錫の器で燻り続けている。

——果たして、本当に使命感だけなのだろうか?
自分の中にあるモノが何なのか、説明できない。
ならば、ここには他のモノがあるのではないだろうか。

「これが感情だったら……」

感情については、まだ理解できていない。

理解できていないということは、得ているのではないだろうし——
自分が今、その感情に見合った顔をしているかもわからない。

「顔の変化は、他者が見ても明確な変化。なら……」

試しに、ぺたぺたと顔を触ってみる。

しかし——

自分の肌を触っているという実感しか、今は湧かなかった。

10話(ストーリー深度90)
+ 陽炎に見た炎
陽炎に見た炎

戦闘を終えた兵士たちが、焚き火を囲む。
アイアン・フックの言によると、このような炎には人を集わせる機能があるらしい。

また以前ミクサは、『静かな炎、落ち着く……ね』と言っていた。
思い出し、焚き火の芯を覗き込む。

しばらくすると、炎と共に視界が揺らぎはじめた。

——————来た!

意識した瞬間、周囲の風景が色あせ、曖昧になる。
歪む視界に思わず目を閉じてしまったが、すぐ目を開けた。

それでも視界は歪んだままで。
誰かに抱きとめられているのだろうか、身体も動かない。

『……なせ……い……死な……ぜっ……に……』
そして、届く声は遠い。

同時に脳裏を、様々なイメージが通り過ぎる。
目を合わせると顔を綻ばせ
喧嘩して頬を膨らませ
二人きりで歩いて耳を赤く染める
他にも、数えきれないくらいの表情が場面毎に切り替わる。

そこに突如、轟音と共に炎が割って入った。

一瞬紅蓮に染まった視界が晴れ、はっきりと捉える。
瞳いっぱいに涙を浮かべ、綺麗な金髪を乱した、上質な紙のように白い肌の踊り子。
彼女の、くしゃくしゃに歪んだ顔を。

11話(ストーリー深度100)
+ 白と黒
白と黒

踊り子と同じ顔を持つヴィラン。
度々見る光景は、彼女の記憶なのだろうか。

青い瞳と白い肌。
勿論共通点は他にもあるが、今はそれだけでも十分すぎる。

だが決定的に違うものも存在していた。

「あの、顔……」

どちらも口の端は上がっており、踊り子は目もとも緩んでいた。
しかし、ヴィランは口もとだけ。

まるで、無理にそうしているような——
別のものの上から張り付けたかの如き顔。

「同じ感情でも、違う顔になることがあるのでしょうか、それとも……」

顔を作るのが先か、感情が先かの違いなのか。

加えて、あの姿。
不思議な感覚の中で見る姿では、白を基調とした薄手の衣装だったはずだ。
それがドレスから顔を隠すヴェールまで、黒一色に染まっていた。

さしずめ、黒の女王とでも呼ぶべきか。

とにかく、まずはあのヴィラン——
黒の女王について、考えなければ。

12話(ストーリー深度110)
+ 答えはどこに
答えはどこに

ここには様々な物語を出自とするキャストたちがいる。
だから、彼ら彼女らの話を元にいくつかの仮説を立ててみた。

まず、吉備津彦のように可能性が分岐した説。
似ている顔と相反する面という点では、あり得そうな話だ。

もう一つ、美猴のように時間を経て変異した説。
性質の変容という部分は、近いのではないだろうか。

他にもいくつか仮説は立ててみたが、自分を納得させるには至らない。

吉備津彦と闇吉備津の間にはターニングポイントがある。
しかし、踊り子と黒の女王の間には今のところそれがない。

美猴は成長過程であり、大聖はその到達点だ。
しかし、踊り子と黒の女王がそのような関係だとは思えない。

ではサンドリヨンとアシェンプテルのように、そもそも似た別の人物なのか——

創造主、クリスチャン・アナスンに問うてみても

『それを得るための旅路だろう?
全ての材料が揃わない内に、真の完成は見えないものさ』

と受け流すばかりで、明確な答えは得られなかった。


13話(ストーリー深度120)
+ しっかり者の錫の兵隊
しっかり者の錫の兵隊

マスターも、創造主から詳しいことを教わってはいないようだった。
代わりにと言って、“お話”として伝わっている物語——
『しっかり者の錫の兵隊』について、教えてくれた。


男の子が、錫のスプーンから作られた二十五体の錫の兵隊を誕生日にもらう。
兵隊たちはみんな同じ姿をしていたが、一体だけは素材が足りず片足が欠けていた。

その家には紙でできたお城と、そこで踊る紙の踊り子がいた。
一本足の兵隊は片足を上げた踊り子を「似た者」と捉え恋愛感情を抱き、視線を送り続ける。

ある時一本足の兵隊は一人、窓から外に落ちてしまい、下水道や魚の腹を渡ることになる。
だが最後には男の子の家へと戻ることに成功する。

しかしかぎタバコの黒小鬼が唆したか、兵隊は男の子の手で暖炉に投げ込まれてしまう。
兵隊が炎で溶け逝く中、踊り子が風に揺られて暖炉に飛び込み、共に焼けてしまった。


こんなお話だ。

最後に消滅してしまうとはいえ、踊り子が変質する記述はどこにもないらしい。

であれば、黒の女王——彼女は一体……?

14話(ストーリー深度130)
+ やるべき事、やりたい事
やるべき事、やりたい事

「結局、自分は何をやるべきなのでしょう」

ただ戦うだけでは、求める結果を得られないことは理解できた。
しかし今度は、どうすることが最善なのかがわからなくなってしまった。

<ジュゼ>「ジブンのやりたいことから、やっちゃえばいーじゃん!」
「自分の、やりたいこと……?」

気付くと、周囲に他のキャストの方々が集まっていた。
でも、やりたいなんていう意思——優先順位を、自分で決めるなんて……

<ジーン>「全部やりたいなら、全部やっちまうのさ」
<シュネ>「一人でできないことでも、私たちが手伝うから、ね!」
<吉備津>「ここにいるのはみな、貴殿の友なのだ」
<火遠理>「それにお主には、成すだけの力も時間もあるのじゃから」

口ぐちにそう言いながら、同じ顔をしている。
いつか見た、踊り子のような顔を。

<サンド>「一つずつで良いのです。できると思うことから、やってみましょう!」

一つずつ。

それなら、まずは——

「自分は、あの人に……黒の女王にもう一度会いたいです」
言うと、顔に少し力が入った気がした。

15話(ストーリー深度140)
+ 境界線を越えて
境界線を越えて

<深雪乃>「誰かに会いたいなら、自分から攻めて攻めて……攻めるべし!」

キャストたちの言葉に背中を押され、女王の根城と言われている場所を目指す。
黒の女王に会うという、明確な目的を持って。

進むにつれて、道を阻む別のヴィランたちも力を増してきた。
しかし、それらもあくまで通過点。
こんなところで止まってはいられない。

止まれないのであれば、止まらなければいいだけだ。
成すだけの力は自分にも、他のキャストたちにもある。
後ろに続くキャストたちの方は振り返らず、先頭をひた走った。

——————
————
——

どれだけのヴィランを倒しただろう。
他の物語で見るような怪物まで現れたが、闇を倒す存在である自分たちの敵ではなかった。

「間もなく敵ヴィラン、黒の女王の支配圏に入ります。みなさん、よろしいですか?」
返事は無いが、聞こえてくる足音は力強くなるばかり。

「では、行きます」
境界線を踏み越えるつもりで、歩幅を広げる。

その時だった。

またしても、巨大な影が立ち塞がる。
シルエットは同じ——だが、纏う雰囲気は違っていた。

16話(ストーリー深度150)
+ 奇妙な戦い
奇妙な戦い

手ごたえがない。
何度、誰が攻撃を試みても結果は同じだった。
刃も銃弾も通らず、弾かれる。

確かに見た目は違っているが、それくらいの差異は今までにもあった。
加えて、敵ヴィランの行動に大きな変化はない。
特に防御姿勢をとっているわけでも、結界があるようにも見えない。

「とにかく、糸口を見つけましょう」
近くで観察するため、猛攻の間隙を縫って接近を試みる。

ヴィランは足元に滑り込んだ自分に狙いを定め、腕を大きく振りかぶった。
相手をひるませるつもりで、銃剣の切っ先を向ける。

だがそんなこと気にも留めず、ヴィランはその腕を振り下ろした。
「しまっ……」

刃は通らず、弾かれる。
当然それは、こちらから攻撃した時に限らない。

弾かれた反動で飛び退きとっさに銃身で身を庇うが、巨腕はなお速度を増して迫る。
「まだ自分は……」

刹那。
ノイズが走る。

「っ、こんな時に……!」
抗う意思を無視して、視界は色を失っていった。

17話(ストーリー深度160)
+

視界が開けると、真っ赤な壁が広がっていた。
いや違う、これは——

『大丈夫か?!』

幾重にも重なった、赤い鎧兜と槍の壁。
それは、急ごしらえの防御陣形だった。

壁の隙間から見える敵の姿は、ついさっきまで自分が戦っていたヴィラン。
衝撃を複数人で分散し、振り下ろされた腕を押し留めていた。

『攻撃が通じない、勢いを殺すことも難しい、か……!』

正面から、はじめてこの感覚を得た時にも聞いた声がする。
今にも崩れそうな即席の盾は、しかして明確な意志を持つ彼を中心に形を保っている。

『ぎっ……行け! お前がやらなきゃ……ならないんだろっ!』

兜の奥から響く歯ぎしりを塗りつぶすように、叫ぶ。

『こいつは、俺らだけでなんとかしてやる!』

確かに、このヴィランを倒すことが目的でないのなら、合理的な提案だ。
この視点の主一人でも遂行可能なことだからこそ、こう言ってもいるのだろう。
だけど——

だけど、本当にそれでいいのだろうか?
自分の身体でないからか、その疑問は音にならなかった。

18話(ストーリー深度170)
+ 開かれた扉
開かれた扉

<美猴>「なぁにボサッとしていやがる!」
身体の芯まで響く大声で、意識が強制的に引き戻される。

「あ……」

目を開いた先には、たくさんの人と武器。
吉備津彦、温羅、ピーター、他にも多くのキャストが——
クリスタルの剣、銀の槍、巨大化した棍、他にも数多の武器が、壁を築いていた。

<シュネ>「大丈夫?!」
<ピーター>「攻撃も通じなきゃ、勢いすら殺せない、か……ちょっとマズいぜ……!」
槍を両手で支えるシュネーヴィッツェンとナイフの腹と腕をクロスさせたピーターが、
声を絞り出す。

<サンド>「貴女は行ってください! そのために、ここまで来たのでしょう?!」
中央に立つサンドリヨンが、こちらを見ずに叫んだ。

同じだ。
いつか糸口を見つけてヴィランを倒すことができるであろうことも。
私一人でも先に進めるであろうことも。
でも——だけど——

「……イヤ、です」
理由はわからないが、そう思った。
言葉が勝手に口をつく。

「自分は……私は、みなさんを置いて行くなんて、イヤです!」
あれ、今私、なんて——

19話(ストーリー深度180)
+ ハローワールド
ハローワールド

——非合理的な選択だと思う。

「私、みなさんが背中を押してくれたから……だから、やりたいって思えたんです」
堰を切ったかのように溢れ出して止まらない。

「確かに、私は黒の女王に会いたいです。でもそれだけじゃなくて……」

「一人じゃなくて、みんなで行きたい。これも、私のやりたいことなんです!」
私が一揃いの“錫の兵隊”だからだろうか?
言葉にしても、理由はわからない。

——でも、本当にやりたいこと……なんだと思う。

<ジーン>「お前の願い、確かに聞き届けたぜ」
<アリス>「うんうんっ! やりたいなら、やっちゃおう!」

その声を合図に防御を解き、みな一歩だけ後ろに跳んだ。
間髪入れずに、ヴィランの巨大な腕がクレーターを一つ生み出す。

<サンド>「一筋縄ではいかないかもしれませんよ?」
「はい、それでも!」

確かに自分の口から出た応えに、サンドリヨンは「そうですか」と柔らかく返す。
同時に、クリスタルブーツが淡く光を湛えはじめた。

「みなさん……ありがとうございます!」

最後に一言伝え、改めて眼前のヴィランを見据える。
その眼窩には、赤い槍の穂先が光っていた。

20話(ストーリー深度190)
+ 清らかな心
清らかな心

『まずは一つ、文字通り心を掴んだようだね!』
謎のヴィランを撃破した私たちを迎えた創造主アナスンの第一声。

「まさか私がこんな風になるなんて、今でもちょっと驚いてます」

明確なカタチの無いものだとは、わかっていたつもりだったけど。
やっぱり、まだ実感がわかない。

『随分素直に表現できるようになったねぇ。清純な子、といったところかな?』
「清純、ですか?」
<サンド>「清らかで素直、ということですよ」
すぐ横にいたサンドリヨンが、少し得意げに教えてくれた。

他の人より大げさな身振りを交えて、アナスンが続ける。
『その通り! 良い子に育ってくれて、ボクも嬉しい限りさ!』

「そ、それは何よりです。ではこれで——」
言われてなんだかむず痒くなり、マスターを促してその場を後にしようとする。

『おっと、一つだけ教えておくれ』
だが興味深そうにこちらを見つめながら、創造主アナスンが問うてきた。

『今、キミは嬉しいかい?』
嬉しい。
自然と顔が綻ぶのを感じて、何かを理解できたような気分になった。

そうか、この感情が——

「はいっ! とっても嬉しいです!」

21話(ストーリー深度200)
+ 揺らめく柱
揺らめく柱

「自分——いや私、次はどうしたら? ……いいん、でしょう」
意識していないと、“元”の自分が出てしまう。
必然、以前に比べて口籠ってしまうことが増えた。

『キミが心を得られるということはわかったんだ、
キミ自身が望むようにしていいんだよ』
「望む、ように——」
心を持つという望みは、一応果たされた。
であれば、私の心が次に望むことはなんだろう。

「ですが、でも、こんな私のままじゃ、何をしたらいいか」
“心のない自分”という、確固たる柱は既にない。
“持たないが故に欲しい”という、明確な理由も。

そして“清純という心を持つ私”となった自分の真ん中は、
柱と呼ぶにはまだ脆すぎた。

『ふぅむ……性格や感情は、本来生活や環境の積み重ねから形成・定着されるものだ。
この短期間では心を形成できても、定着にまでは到ってないのかもしれないね』
創造主アナスンは、今の自分についてそう分析した。
つまり、本当の意味で心を手に入れられたわけではない、と。

心を得ても、その心の通りに振る舞えない自分は、私は——。

22話(ストーリー深度210)
+ "ヒト"でない彼女
"ヒト"でない彼女

「清純、空白……」
マスターたちと行動を共にしても、未だその悩みに決着はついていなかった。

<ジュゼ>「なになにぃ〜? なぁに悩んでるの?」
ため息をつく私に声をかけてきたのは、ジュゼ。
“心を持つ人形”として作られた、自分とは似て非なるキャスト。

「まだ、心を持つキャストとして上手く振る舞えていない気がして……」
<ジュゼ>「そんなことでずーっと悩んじゃってるの?」
ジュゼはオーバーな動作で全身のパーツをがちゃがちゃと鳴らし、肩を竦めた。

「そんな、こと……?」
<ジュゼ>「そーそー! やっぱりフベンだよ、ニンゲンみたいな心って!」
自分が不便ではないことの証明のように糸を自在に振り回し、続ける。

<ジュゼ>「だってさ、マネするだけで悩まなきゃいけないんでしょー? メンドーじゃない?」
「でも、私はそのために——そうするのが、自分の物語だと——」

<ジュゼ>「あのヘンな人、なんだっけ……あー、まぁいいや。
キラキラ爪のヘンな人は、自由にしていいって言ってたんでしょー?」
「それは……はい……」

<ジュゼ>「じゃあ、別にしなくてもいいんじゃない?」
そう言うが早いか、彼女は私の手を引いた。

23話(ストーリー深度220)
+ あらすじの外
あらすじの外

あれからしばらく、ジュゼが引っぱる手を離してくれることはなかった。
時に現れるヴィランを倒しながらでも、その足が止まることはない。

<ジュゼ>「こっちにも何かありそーじゃない?」
「あ、そっちは……」
物語の中には、なんとなくだが“そっちに進むように用意された”道がある。
ジュゼが進もうとしているのは、道から外れた場所だった。

<ジュゼ>「いーからいーから! ちょっとした冒険にしゅっぱーつ!」
言われるがまま、茂みへと足を踏み入れる。

<ジュゼ>「おおー、なんかフンイキある場所じゃなーい?」
道を外れた先にあったのは、草も木も、空間すら歪んだ場所。

「これは……?」
だが一つ瞬きした途端、どれも前からそうだったようにしっかりとした形を成していく。
しかしそれを見守る暇もなく、グンッと世界が大きく揺れ動いた。
倒れないようにだけ意識しながら、二歩三歩——と足を踏み出す。

<ジュゼ>「キャハハハッ! 焦ってる焦ってるぅ」
バランスを取っている間にも、空間が修復される速度と競うように、ジュゼが加速する。
気付けば私も、抗うことを忘れ駆け出していた。

24話(ストーリー深度230)
+ 世界に開いた穴
世界に開いた穴

<ジュゼ>「ふぅーん、けっこーやるじゃん」
形の不明瞭な森を走り続ける。
時折、進路を妨害するような“さっきまで無かったはずの”木が現れることがあった。
だが——

<ジュゼ>「血しぶきショーの始まりだぁ!」
一声叫んだジュゼの爪に、文字通り根こそぎ払われて姿を消すだけ。
その都度、まるで感情を持っているかのように空間の修復が遅れていき、
ついにはジュゼが完全に追い抜いてしまった。

<ジュゼ>「もう終わりぃ? ちょっと手加減してあげよっか?」
言いながらも、ジュゼの足は止まらない。

「ちょ、ちょっと——」
待って、という言葉も続かない程のスピード。
もう周囲の景色は歪んだままで、自分が本当に地面の上に立っているかも定かではない。

このままどこまで行くのかという思案も束の間。
ガガガガガッという連続音と共に、再び世界が大きく揺れる。

<ジュゼ>「何、コレ……」
歪んだ地面を更に大きく抉って急停止したジュゼの視線の先。
地面と思しき場所にぽっかりと開いた不自然な穴から、何かが這い出ようとしていた。

25話(ストーリー深度240)
+ 何処からかの来訪者
何処からかの来訪者

腕か、脚か、それともヒトガタでない何かのパーツか。
無数の不定形の黒い影が、我先にと生れ出ようとしている。

<ジュゼ>「うげぇ……へーんなのぉ」
ジュゼが鋭い爪の先で、緩慢な動きを続けている“何か”に触れようとする。
だがそれよりも早く、“何か”がジュゼの腕を取った。

<ジュゼ>「離せって! キモチわるい!」
「私が!」
銃剣で、すぐさま繋がった部分を切り払う。
するとジュゼの腕にこびり付いた黒いもやも、名残惜しそうに溶けて行った。

「大丈夫ですか?」
<ジュゼ>「だいじょーぶだいじょーぶ、ありがと」
跡が残ったりすることはなく、文字通り綺麗さっぱり消え去った。
切断面から何かが飛び出たりもしないが、逆に這い出ようとする勢いも止まらない。

まじまじとその様子を見ている間に、いくつもの塊が穴を完全に抜けた。
そうして生まれ出た塊たちは、森で見た世界の修復と同様に明確な形を成していく。

<ジュゼ>「ちょーっとマズいかも……? 逃げるよ!」
三度世界が揺れて、走り出す。
背後では、いくつもの咆哮が不協和音を奏でていた。

26話(ストーリー深度250)
+ 焚き火
焚き火

<ジュゼ>「いやいやぁ、ヘンなとこだったねー」
「ええ、あれは一体なんだったんでしょうか……」
相変わらず森の中、幾分か歪みの少ない場所で足を止める。
ジュゼは……全身を使って、踊り(?)を踊っていた。

<ジュゼ>「んー、これ? ちゃんと動くかなーって」
黒いもやに触れられた場所が気になるようだ。

「大丈夫そうですか?」
<ジュゼ>「ヘーキヘーキ! とりあえず、ここで休もー!」
最後に腕をぐるぐる回して、うんうんと頷いている。
そして左足を取り外すと、ポイと地面に投げ——

「何を?!」
<ジュゼ>「ニンゲンって、こーゆーとこで休む時にはなんでか火を起こすらしいよ?
んでもって、周りのヘンなのは燃えるかわからないし」
「ちょっ、ちょっと待っててください」
そのまま火を起こそうとするジュゼを必死に止める。
周囲に落ちている枝に見えるものを集め、火をつけてみせた。

<ジュゼ>「おおー、ちゃんと燃えるじゃーん!」
渡した左足を元に戻し、ジュゼががちゃがちゃと手を叩く。
色々とあった一日の最後の最後でどっと重い何かを全身に感じ、
二つの意味で揺らめく炎の前に腰を落ち着けた。

27話(ストーリー深度260)
+ 因縁の糸を辿って
因縁の糸を辿って

いつの間にか眠ってしまった様子のジュゼを横目に、振り返る。
歪んだ空間、その先の穴、不定形の影、生まれ落ちるモノ——

【アレがそんなに不思議だったか?】
思考に集中しようと目を閉じた刹那、炎の色を黒い影が遮った。
「あなたは……!」
目の前には、黒衣の女が立っていた。
切れ目の入ったヴェールの間から見えるのは、闇の中にあっても妖しく光る青い瞳。
ヴィランたちを束ねる者、黒の女王。

咄嗟に後ろへ跳び、銃を構える。
だが相手はそれを気にも留めないどころか、視線を軽く逸らしてすらいる。

<ジュゼ>「コイツ、敵だよね」
視線の先、いつの間にか起きていたジュゼが、口元だけで笑って睨みつける。
黒の女王は怯むことなく告げる。同じように笑みを湛えた口で。

【敵とはツレないじゃないか。なぁ、『糸の切れた操り人形』のジュゼ?】
<ジュゼ>「なんでオマエがそれを……!」
はじめて、ジュゼが今までとは全く違う表情を見せた。
それを見て、黒の女王の口角が更につり上がる。

【教えると思うか?】
黒の女王がそう言い終わるよりも早く、ジュゼは砂煙すら上げずに踏み込んだ。

28話(ストーリー深度270)
+ 糸を手繰る女
糸を手繰る女

<ジュゼ>「ちょこまかちょこまか……止まれってば!」
【おいおい、あの時より遅くなったんじゃないか?】
森の中で見せた以上の速度で、ジュゼが黒の女王へ追いすがる。
対する黒の女王は、余裕の表情で逃走を続けていた。
距離を離されてはいないが、追いつけない。走力という意味では、完全に拮抗している。

そう考えたのも束の間。

【遊び足りないだろう? 少し本気を出してあげようか】
<ジュゼ>「いいよ……その鼻、ヘシ折ってあげる」
黒の女王は大きく跳んだかと思うと、着地と同時に急加速した。
呼応するように、ジュゼも速度を上げる。

声を出すことも忘れて走るも、二人の背中はみるみるうちに離れて行ってしまった。
その後から、ジュゼがつけたであろう破壊跡を頼りに辿る。

「せめて、どの方角に向かったかだけでも——」
【何か探し物かな?】
真新しい傷が残る木に手をついたところで、声がした。
耳に、そして頭の中によく残っている声が。

「どうして、ここに……」
【なぁに、トリックだよ】
黒の女王が、髪も乱さない姿でそこに立っていた。

29話(ストーリー深度280)
+ 舞台上に二人きり
舞台上に二人きり

【こうやって話すのは久しぶりじゃあないか、なぁ?】
「あなたは、ジュゼが確かに——」
【おや、そうだったかな?】
見れば、髪どころか身に纏う黒いドレスにも塵一つついていない。
あれだけの逃走劇を演じたにも関わらず。

【まぁそんなことはどうだっていい。覚えてないか、二人で話した時のことを】
「二人で、話した……」

世界が色を失い、静止する。
久しぶりの感覚にハッとした次の瞬間には、周囲の景色も
様変わりしていた。
立っているのは鬱蒼とした森ではなく、よく手入れされたどこかの一室。

目の前には、女が一人立っていた。

『二人っきりになったんだ、少し踊ろうじゃあないか』
クスクスと笑いながら、恭しく一礼する青い瞳の女。
だが視線は彼女を睨みつけたまま、ほんの僅かにも揺らぎはしない。

『つれないものだねぇ……
仕方ない、相応しい相方を用意してあげようじゃあないか』
そう言って、部屋奥の緞帳を上げた。
ステップを踏むような軽快な靴音が、部屋中に響く。

タンという短い着地音に続いたのは、鋭く風を斬る音だった。

30話(ストーリー深度290)
+ 筋書きへの復帰
筋書きへの復帰

<ジュゼ>「あーっ! いたいたー!」
甲高い声が、頭上から落ちてきて、はっと現実に引き戻された。
地面を砕く勢いのまま拳から着地した声の主が、指を差す。

<ジュゼ>「あんなのにボクの相手させるなんて、ぜーったい許さないから!」
声の主であるジュゼが、ボロボロに斬り裂かれたドレスを投げ捨てた。
地面に落ちた布きれを一瞥すると、黒の女王は肩を上下させて小さく笑いはじめる。

【なかなか滑稽な見世物だったよ、ありがとう】
<ジュゼ>「ああぁもう! ムカツクなああっ!」
激昂するジュゼが、再び戦いの口火を切ろうとする中——
<ドロシィ>「ストップストーップ! ちょい待ちいやジュゼ!」
それを制止するように、三つの影が降り立った。

<ドロシィ>「笑ってられるのも今の内や! もー逃がさへんで!」
<美猴>「観念しやがれぃ!」
<大聖>「大事はないか、小さき兵よ」
ドロシィと美猴、そして大聖だった。それぞれ黒の女王を牽制するように武器を構える。

【無粋な連中じゃあないか……まぁいいさ】
それでも余裕を崩さない黒の女王は、心底残念という風にかぶりを振った。

【今度はちゃんと待つとしよう。場所はわかるだろう?】
言って、彼女はまるで影に溶けるかのように消えていった。


31話(ストーリー深度300)
+ 急く者と制する者
急く者と制する者

「場所はわかっています、早速行きましょう!」
武器を取り、椅子から立ち上がる。
しかし何かごつっとした壁のようなものにぶつかり、すぐに座り直してしまった。

<ジーン>「わりぃわりぃ、大丈夫か?」
立っていたのはジーン。
口で謝ってはいるが、彼は最初から私の動きに気付いているようだった。

「あ、はい。ありがとう、ございます」
差し伸べられた手を取り立ち上がる。
だが姿勢を正した後もその手が離されることはなく、ジーンは笑いながら問うてきた。

<ジーン>「そんなに急いでどこ行くんだ? 俺で良ければ聞くぜ?」
「彼女は物語の中、あの城にいるんです。早く行って倒さないと!」
振り払おうとするが、その細腕からは想像できないほどジーンの力は強い。
そして何を考えたのか、一発額を弾いてきた。

「あいたっ!」
衝撃で、再び椅子に座ってしまう。

「な、何を——」
立ち上がろうとしても、今度は上手くいかなかった。
たった指一本、それだけで。

<ジーン>「さ、今度は俺の話を聞いてもらうぜ?」

32話(ストーリー深度310)
+ 願いを叶える手段
願いを叶える手段

「話を聞くって……そんな時間ありません!」
<ジーン>「まぁ聞けって」
ジーンが口を開く。まるで、悪巧みをする少年のように。

<ジーン>「お前の願いは?」
「物語を進めて、黒の女王を——」
<ジーン>「本当に?」
言葉を遮って、ジーンの顔が迫る。
今度は値踏みするかのような、まっすぐな視線で。

水晶の如く透き通った瞳には、自分の姿がはっきりと映り込んでいる。
そこにいる私は、至極驚いた表情をしていた。

驚くという表情を、ちゃんとしていた。

「あ……」
<ジーン>「ん、わかったみたいだな」
言ってジーンが額から指を離すと、魔法にも似た束縛が一気に解けた気がした。

<ジーン>「じゃ、まずはのんびりと待ってみようぜ。
時には立ち止まってみることも必要ってな」
ジーンが私の座る椅子のすぐ近くに胡坐をかいて、壁に寄り掛かる。
そして目を閉じると、小さく息をもらしはじめた。

もう立ち上がっても、止める者はいないだろう。
しかし不思議と、立ち上がろうという気にはならなかった。

33話(ストーリー深度320)
+ ただ待つということ
ただ待つということ

椅子に落ち着いて、アトリエの中を眺める。
こんな時間、持ったことがあっただろうか?
多分、なかった気がする。

本を読む者、眠っている者、忙しなく動き回っている者——
誰もが、思い思いに過ごしている。

そんな中で、誰かに声がかかった。
私には行けない場所へ向かうらしい彼女は私を一瞥すると、マスターの背を追っていく。

本来は私が行くべき場所、私が見なければならない場所。
なのに、私自身がこんな風にしていていいのだろうか?

<ジーン>「いいんだよ、別に」
心を読んだかのような物言い。
壁に寄り掛かっていたジーンが、姿勢を変えずに口だけ開く。

<ジーン>「落ち着かないか?」
「ええ、まぁ……こんなの、はじめてですから」
頷いて、再度アトリエを見渡す。
マスターの後を追った彼女の姿はとうになく、それ以外の変化はあまりなかった。

待つことが、ジーンの言う通りに大事なことなのかはわからない。
でもなんとなく——ほんの少しだけ——時間が増えたような、気がした。


34話(ストーリー深度330)
+ 時計の針は誰のもの?
時計の針は誰のもの?

<アシェ>「なあ、これで本当にいいのか?」
『これって、何がだい?』
アシェンプテルと創造主アナスンが、少し離れた場所で話しているのが聞こえた。

<アシェ>「私には、無為に時間を過ごさせているようにしか見えないが」
『そう見えるかい?』
<アシェ>「そうだと言った」
声を抑えたりはしないのは、二人なりの気遣いなのだろう。
私も別段気にすることなく、二人の会話に聞き入る。

『いいんだよ、ゆっくりでね』
目を細めたアナスンがこちらを一瞥したかと思うと、すぐアシェンプテルへ向き直る。

『多分、あの時のボクは焦っていたんだと思う』
アナスンの声が細まった。
そして何かを思い出すような目になると、天井へと視線を移す。

『だからというわけではないけど』
しかしそう一息置くと——

『あの子にはゆっくりと、自分で時計の針を進めて欲しいんだ』
今度は口の端を上げて、小さな子供のように、破顔した。
だがそれも一瞬。すぐおかしそうに口元を歪めると、言い放った。

『それに多少力を抜けるくらいの方が、生きてる実感が湧くだろう?』

35話(ストーリー深度340)
+ 立ち止まって
立ち止まって

多少力を抜けるくらいの方が——

あの言葉には、背中を押されたような気がした。
止まっているだけなのに背中を押されるというのも、変かもしれないけれど。

そしてその言葉を聞いてから、“力を抜く”という行為がよく目につくようになった。

<ミクサ>「すぅ……ごはん、あったかいね……」
<リン>「むにゃ……お腹……いっぱいですの……?」
ミクサとリンはミラベルに頭を預けて寝息を立てており、

<ミラベル>「はわ、はわわ……」
ミラベルは二人を起こさないように、あたふたしたくとも出来ないでいるようだった。

エピーヌは完全に全体重をお兄さんに預けているし、ドルミールに関してもそうだ。
……いや、ドルミールは少し例外かもしれないが。

戦場では大立ち回りを演じている吉備津彦や大聖も、床に座ってじっと目を閉じている。

戦いの物語の主人公として生きてきたはずのキャストたち。
こんな風にする時間だって、満足に取れなかったかもしれない。
それでも、戦いが終われば実際にこうなっている。

だからきっとこうするのが自然なことで、必要なことなんだろう。

「では私も少しだけ、力を抜いてみましょうか……」

36話(ストーリー深度350)
+ 幕間の平和
幕間の平和

『ここんところ平和だよなぁ』
いつの間にか、私はまたあの感覚の中に入ってしまっていたらしい。
饒舌な錫の兵隊が、だらりと椅子に腰かけたまま天井を見上げてこぼしている。

『いいことじゃない。貴方もそう思うでしょう?』
青い瞳の踊り子が、こちらを向いて首をかしげる。
それに頷いてみせると、踊り子は満足げに顔を綻ばせた。

『だからほら、貴方もそんなに肩肘張ってないで』
『そうだぜ。メリハリってやつが大事なんだよ』
踊り子の言葉に、より脱力した姿勢となった饒舌な錫の兵隊。

『貴方は少しくらい、この人の落ち着きを見習って?』
少し厳しくあたる踊り子自身も、机に身体を預けて腕を伸ばす。
やれやれといった具合に目を細める饒舌な錫の兵隊は、返事代わりにあくびを一つ返した。

『休み方なんて知らないって? バッカだなぁ、兄弟』
饒舌な錫の兵隊は椅子を持ってすぐ横に来ると、いつものように肩を抱く。
そしてそのまま、力任せに身体を倒した。

『こういうのでもいいんだよ。だらーっとしようぜ、たまには』
ほとんど叩きつけられるような勢いだったにも関わらず、不思議と痛みはない。
それどころか、心は安らぐような気さえした。

37話(ストーリー深度360)
+ 謂れを知る者
謂れを知る者

あの顔を見ると、否が応でも思い出す。
どうあっても、思い起こしてしまう。
未だはっきりとしない黒の女王と踊り子の関係を。

青い瞳に白い肌、共通項は確かにある。
それだけじゃない“何か”を感じてもいる。

だが、ついさっき見えた踊り子の暖かい笑顔。
対して思い出すのは、鋭く冷ややかな黒の女王の笑み。

同じだとは思えないし、今は“異質なもの”という確信もある。
“思いたくない”という明確な感情すら、自分の中に存在しているように思えた。

そしてもう一つ。

私と彼女、黒の女王の関係。
私が目を覚まし、マスターと出会ってからは、幾度か接触する機会があった。

しかし——

——おや、私がわからないのか?
——こうやって話すのは久しぶりじゃあないか、なぁ?

彼女の言動は、それよりも前に何かがあったことを、確かに示唆していた。

38話(ストーリー深度370)
+ 目を閉じて、はじめて
目を閉じて、はじめて

<ジーン>「悪い夢でも見たのか?」
突然の声で、現実に引き戻される。
我に返った直後に見たのは、目と鼻の先にあるジーンの顔だった。

「あ、いえ、少し考え事を……」
多分、とても休めているとは思えない酷い顔をしていたのだろう。
せっかく気を遣ってもらっているのに、これでは台無しだ。

<ジーン>「気なんて遣ってねぇさ」
またしても、心の中を読まれている。
魔神の力……なのだろうか。

<ジーン>「それに考え事ができたなら——考える時間を持てたなら、何よりだ」
「え、と……?」
<ジーン>「ゆっくり、集中できただろ?」
確かに、ジーンの言う通りだ。
異質という確信も、自分の中にある感情も、集中できたからこそ自覚できた。

<ジーン>「じゃ、頭を使ったところでもうひと休みだ」
ジーンは再び壁際に座り込むと、すぐに目を閉じる。

踊り子がやっていたのと同じように、机へと身体を預けて腕を伸ばした。
すると木製机独特の匂いや温かさのせいか、すぐに瞼が重くなる。
みんなが良いと言ってくれたのだから、たまには何も考えないで目を閉じてみよう。

39話(ストーリー深度380)
+ 怠惰なる願い
怠惰なる願い

<ジーン>「んーっ……さってと、いい頃合いかぁ?」
間延びしたジーンの声が聞こえる。
直後に立ちあがる音が続き、足音が近づいてきた。

<ジーン>「おーい、そろそろ行くか?」
真上からの楽しげな声に頭を揺さぶられて、
ぐわんぐわんと目が回る感覚に叩き起こされた。

「ボクは……は……」
<ジーン>「は……?」
完全に突っ伏している姿勢から首だけなんとか横に動かす。
ようやく物理的に口を開けるようになったから、言葉を捻りだした。

「はーたーらーきーたーくーなーいー」

そう、動きたくない。働きたくない。
もっと、できればずっと、こうしていたい。
たった一つそれだけが、ボクの今の望みだ。

<ジーン>「おいおい、こいつはまさか……」
今の姿勢では見えないけど、ジーンの声はひきつってる。
そして顔を覗き込んできた表情も、声の印象通りに引きつってるみたいだった。

「ね、このままでも……いいんじゃなぁい……?」

40話(ストーリー深度390)
+ おやすみなさい
おやすみなさい

<アナスン>「あっはっはっはっは!」
<ジーン>「これ笑い事でいいのかよ」
あんまりにも大きな笑い声が、頭の芯まで響いた。
見えないように顔を伏せて、おもいっきり顔をしかめる。

「いいと思うんだけどなぁ……だめぇ?」
<ジーン>「いやいや、お前この間と言ってることがちぐはぐじゃねぇか?!」
聞こえなくてもいいくらいの音量で零すと、ジーンがオーバー気味に反応した。
あんまり大きい声、出さないで欲しい……言うんじゃなかった……。

<アナスン>「前にも言ったけど、これでいいんだよ」
続いたアナスンの言葉は、優しく抑え目な声色だった。
もしかして、気を遣ってくれたのかな……?
その気遣いを無下にしないために、心を落ち着かせて寝る姿勢を整える。

<アナスン>「この子は一つ一つの性格が目立つけど、誰だってこういう部分あるだろう?」
<ジーン>「そりゃまぁ、そうだけどよ」
心当たりがあるのか、バツの悪そうなジーンの声。
それを最後に、段々みんなの声が小さくなっていった。

これでようやく、安心して目を閉じられる。

「はなし、終わった? なら、もう一眠りするから……おやすみぃ……」
次起きたら、冒険でもなんでも行くから……多分……。


41話(ストーリー深度400)
+ ゆさゆさ
ゆさゆさ

ゆさゆさ……

<シュネー>「おーい」
身体が揺さぶられてる気がする。

ゆさゆさ……ゆさゆさ……

<シュネー>「おーい新兵ちゃーん、起っきろー」
「ん……」
身じろぎで返事をして、意思を示す。
“おきてるから、やめてほしい”と。

ゆさゆさ……ゆさゆさ……ゆさゆさ……

<シュネー>「聞こえてますかー? 大丈夫—?」
「ん、んん……!」
猫みたいにビクンと背を震わせて、しつこく揺さぶる手をはね退ける。
こうなったらてってー抗戦だ。
テコでだって、動いてやるもんか。

と、それ以降誰かが触れることはなかった。
しかし、勝利を確信した耳には、まだまだ元気な声が飛び込んでくる。

<シュネー>「仕方ない——あの人を呼びましょう!」

42話(ストーリー深度410)
+ どかどか
どかどか

<シュネー>「とまぁ、こんな感じなんです」
部屋の隅で丸まったままでいたら、どかどかと誰かが近づいてきた。

<ヴィルヘルム>「ふむ。怠惰という性格が先鋭化した結果、というわけか」
おもっくるしい声。
たぶん、ヴィルヘルムとかいう人……?

<ヴィルヘルム>「奴は何か対処したのか?」
<シュネー>「いえ……『これでいいんだー』って」
<ヴィルヘルム>「ならば、このままにおけばよかろう」
そうだよぉ……ほっといてくれても、お互い困らないでしょー?
というか、ほっといてくれないとボクは困るんだけど……。

<シュネー>「そういうわけにはいきません!」
突然の大声に、背中がビクンと跳ねる。

<シュネー>「このままでは、立派に闇と戦うなんて夢のまた夢です!」
うーん……錫の新兵は怠惰な性格で戦いませんでした、で良くなぁい?

<ヴィルヘルム>「……仕方ない。一つだけ、話をしてやろう」
<シュネー>「お話ですか? どんな?」
本を開く音がした。

<ヴィルヘルム>「怠け者には教訓話と、相場が決まっている」

43話(ストーリー深度420)
+ ぱたぱた
ぱたぱた

むかしむかし、あるところに、母親と二人の娘がいた。
姉は働き者だったが実の娘ではなく、
妹は怠け者だが実の娘というだけで可愛がられていた。

ある日、姉は糸巻きを洗おうと井戸に身を乗り出したことで
糸巻きを水の中へ落としてしまう。
怒った母親は糸巻きを拾うまで家には入れないと激昂し、
姉は仕方なく井戸へ戻ると、思い切って中へと飛び込んだ。

井戸を抜けた先の不思議な広い草原でしゃべるパンやリンゴの木を
助けながら進んだ姉は、ホレのおばさんと名乗る女の家で働くことになる。

「ふとんをよく振り、羽毛が飛び散るようにして世界に雪を降らせる」

それだけの仕事を日々こなし続けた姉はある日、家に帰りたいと告げた。
女は勤勉だった姉の意思を尊重し、それを承諾。
その帰り際、姉の服には空から降ってきた大量の金貨がくっついた。

糸巻きだけでなく大量の金貨まで持ち帰った姉を見た母親は、
実子である妹にも同じようにしてくるように言いつける。

しかし極度の怠け者で、実際井戸の先の世界でも何もしなかった妹が
いざ帰ろうとした時——
その体にこびりついたのは、一生とれない真っ黒な松ヤニだった。

44話(ストーリー深度430)
+ ぐだぐだ
ぐだぐだ

<ヴィルヘルム>「どうだ?」
<シュネー>「どう? この話を聞いて、何か思うところはない?」
どうって言われても——

「——ボクは、身の丈にあわないお願いなんてしないしぃ」
<シュネー>「あ、起きた!」
「もともと起きてるってばぁ」
顔を伏せたままで声を上げる。
でも何かが気に入らないみたいで、背中に刺さる視線が痛い。

<シュネー>「それは起きてるって言わない!」
高い声も耳に痛い。

「だってぇ、そのお話って欲かいた母親と実の娘が悪いんでしょぉー?」
<シュネー>「その通りね」
「でもボクは欲なんてないし——強いて言えば、ずっとこうしてたいけどぉ」
言ってたら、また眠くなってきた。

<シュネー>「怠惰は立派な罪の一つ!」
<ヴィルヘルム>「しかし怠惰は、実際他の六つが欲を発端とするのに対して放棄を端と——」
頭の上を飛び交う声のせいで、せっかくの眠気が来ては去ってしまう。

「もうちょっとだけ寝たいから、静かにしてもらえると嬉しいんだけど……」
<シュネー>「私の話、聞いてました?」
「……うん」
ぐっすり眠れるのは、もう少し先になりそうだなぁ……。

45話(ストーリー深度440)
+ でもでも
でもでも

なんだか、ボクのことは置いてけぼりでずーっと話してる……。
まぁそれは別にいいから、このままほっといて欲しいんだけどなぁ。
できるだけ、静かに。

もう雑音にしか聞こえなくなった言葉は、それでも耳に響いてくる。
そんな中で少しでも一人になりたくて、妄想を巡らせた。

よく弾むベッド。
羽根がいっぱい詰まった、ふわふわの掛布団。
そこで静かに寝息を立てる自分。

あれ、これ、どこかで——

「さっきの、お話……」
怠け者は真っ黒な松ヤニだらけの身体になってしまう。
真っ黒な、身体に。

久しぶりに、思い出した。
誰かの黒い視線が纏わりつくような感覚。

恐る恐る、細く目を開けても、ボクの身体はいつものまま。
でも一つだけ、戦闘でついたらしい小さな黒いシミが、目についてしまった。
それが蠢いたような、そんな気がした。

「でも、ボクは大丈夫……だよね?」

46話(ストーリー深度450)
+ めらめら
めらめら

<ヴィルヘルム>「これ以上は時間の無駄なようだな。私は帰らせてもらおう」
<シュネー>「ちょ、ちょっと!」
甲高い声に、また起こされる。
今度は、ちょっとだけ助かったかも。

<ヴィルヘルム>「そんなにコレに何かをしたいのならば、別の手段を教えてやる」
耳打ちしてるらしい声がする。
ボクに関係ないことならいいけど。

<ミクサ>「本当に、いい、の……?」
<ヴィルヘルム>「見せて教える、というのは教育の常套手段の一つだ。構うまい」
<ミクサ>「んん……わかったよ——炎の中に、見えた幻……」
おずおずと誰かが言った。
すると、閉じた視界の端が明るく染まる。

「あ、あづいぃ……」
熱い。
暑いっていうより、もっと直接的に熱くなってきた。

パチパチという音も聞こえてくる。
まさか、誰か部屋の中で焚き火でもはじめたの……?

<ヴィルヘルム>「どのような結末になったか、後で責任を持って報告するように」
熱さの中で背筋に寒さを感じて、うっすらと目を開ける。
すぐ傍で、真っ赤な何かが揺らめいていた。

47話(ストーリー深度460)
+ どろどろ
どろどろ

驚いて、バッと跳ね起きる。

その衝撃のおかげなのか、火の手は一瞬で収まった……気がした。
他のみんなも別に慌てた様子はない。

「うぅん……幻覚でも、見てたのかなぁ……」
炎は確かに目の前、服の袖からも上がってたはずだった。
でも、身体のどこを見ても燃えてはないし、燃えたような跡は見えない——

はずだったのに。
気付いてしまった。

「何、これ……?」
袖口の一部が、燻ってる。
熱さも何も感じないのに、チリチリと黒く焦げる感触だけが確かにある。

そしてそれを認識した刹那、感覚はより確実なものに変わった。
ほんの小さなシミにしか過ぎなかったはずの黒色が、じわじわと広がる。

「あ、あ、ああ……イヤだぁ……!」
振り払おうとすると、それは速度を上げた。

理解する度に加速する黒い波。
それは瞬く間に、腕を一つ呑み込んだ。

48話(ストーリー深度470)
+ ぷるぷる
ぷるぷる

「—————————————?」
「ひぁぁ、く、来るなぁ……!」
手が伸びてくる。
かろうじて手とわかるような、真っ黒い影が。

影を振り払った自分の手から、黒い何かが飛び散った。
少しは身体の黒が消えたかと思ったけど、相変わらず。
それどころか、もう右の肩口までも黒に浸食されている。

無事なままの左手で払い落とそうと、一度右腕を掴む。
しかしその一瞬、水が網目を伝うかのように、黒は左腕をも駆けあがっていった。

「ボク、ボクは、何も悪いことなんて、してないのにぃ!」
その黒に意識なんてものはないのだろう。
今まで以上の速さで染まっていく身体を、ボクはただ見てることしかできない。

思い出したのは、黒き錫の兵隊たち。
錫の兵隊たちと全く同じ見た目ながら、色だけが黒く変わった彼ら。

そして、もう一つ。
彼らを従える黒い女王と、彼女が知ってるらしい過去。

「そっか――」

ボクは——私は——自分は——もしかしたら——

49話(ストーリー深度480)
+ びくびく
びくびく

<シュネー>「ちょっと、新兵ちゃん?!」
ゆさゆさ……

身体が揺れてる。
身じろぎもできないほどの黒に呑まれたボクは——

「え、あ……? あ、ぼ、ボク……!」
ハッとなって、自分の身体を見回す。うん、見回せた。
着てるのはいつもの制服。別段目立って黒くもない、普通の制服。

「あれ、なんで……」
<シュネー>「どうかしたの? うなされてたけど、大丈夫?」

「ボク、今、真っ黒に——」
<シュネー>「真っ黒? 特に変わったようには見えないよ?」
言われた通り、今のボクは元のままだ。
だけど、確かに感じた“黒”くなるイメージ。

思い出したのは、襲い掛かってくる黒い兵隊たち。
考えたのは、自分がああなってしまう未来。

まだあれが、闇の影響を受けた姿なのかははっきりしてない。
でももし、あれがそうなのだとしたら——

「ああは、なりたくない……かな……」

50話(ストーリー深度490)
+ しぶしぶ
しぶしぶ

<ミクサ>「わたし、その……ごめん……なさい……」
「謝らなくていーんだよ。むしろ——」
さっきは黒い手を払いのけたと思ったけど、実はミクサちゃんだったらしい。
それもあってか怯えてる彼女をなだめ、甲高い声の人を見る。

「あの人がむりやりするから、こうなったんじゃなぁい?」
<シュネー>「なっ! 元はと言えば、あなたがだらけてばかりいるからでしょう!」
正しいと信じて疑わないご様子で仁王立ちしてる。

<ミクサ>「あ、あの、二人とも、ケンカは、ダメ……」
<シュネー>「ああっ、ごめんなさい。びっくりさせちゃいましたね」
おろおろとして間に入ろうとするミクサちゃん。
対する彼女は、急に声を抑えてミクサちゃんの目線に合わせて膝を折った。

「……なんか、当たり方ちがくなぁい?」
<シュネー>「普段からちゃんとしてる子にはこれが普通なんです!」
ヒイキだ……。

でも、まぁ……。

「まじめな“ホレおばさん”が怒らないくらいなら——」
自分のことだとは気付いてなさそうな彼女を横目に見ながら、大きなため息をつく。

「ふつーに動いてみても、いいかもねぇ」
それで少しだけ、不満を外へ吐き出せた気がした。


51話(ストーリー深度500)
+ お掃除!
お掃除!

動いてみてもいい、とは言ったけど……
「なぁにすればいいのさぁ」

<ミクサ>「誰かのお手伝い、とか……?」
ボクと一緒になって小さくなっていたミクサちゃんが、顔だけ向けて言う。

「お手伝いって、例えば?」
<ミクサ>「ううん……ここのお掃除、とか」
まぁ確かに、あの人のアトリエであるここはあんまりキレイとは言えない。
でも、これをキレイにするのってどれくらいかかるんだろう……?

「うう……めんどくさそう……」
考えただけで、もうすでに疲れてきた。

<シュネー>「掃除といえば、サンドリヨンお姉様!」
耳を振るわせる大音響。
発生源は、どこまでもうるさいシュネーヴィッツェンだった。

<シュネー>「それにお姉様なら、あなたみたいな人でも優しく教えてくれるはず!」
一言余計だよ……。

<ミクサ>「そう、だね……」
<シュネー>「善は急げ! お姉様のもとへ向かいましょう!」
ミクサちゃんが普通に同意したことにモヤっとしながら、
ボクの身柄は引きずられていった。

52話(ストーリー深度510)
+ は、無理そう……
は、無理そう……

<シュネー>「お姉様!」
<サンド>「あら、シュネーヴィッツェン」
Wonderland内の別室へ、一直線に向かったシュネーヴィッツェン。
そこにいたのは、今まさに掃除をしていたサンドリヨンさんだった。

<ミクサ>「んん、どうも……」
「どーもぉー」
色々と不思議に思いながら部屋に入り、頭を下げる。

<サンド>「ミクサさんに、新兵さんまで。お揃いで、どのようなご用件ですか?」
軽やかに裾をつまんだサンドリヨンの服は、いつものドレスとは違う。
不潔ってほどじゃないけど、汚れた服。

<シュネー>「この子が人の役に立つため掃除がしたいって言うので、連れてきました!」
<サンド>「では、私の替えで申し訳ありませんがこれを。そのままでは汚れてしまいますから」
言って、部屋の隅に置いてあった籠から何かを取り出す。

「こ、これは……」
手渡されたのは——サンドリヨンのものよりは幾分マシだが——ボロい服。
所々黒く染まってる、服……。

「黒、い服……黒いふくは、イヤ……」
きっとなんともない、ただの掃除用の、気遣いで渡してくれたもの。
でも——だから、この感覚は、きっと、ボクにしかわからない。

53話(ストーリー深度520)
+ というかなんで
というかなんで

<シュネー>「お姉様のくださった服がイヤですってぇ?!」
<サンド>「落ち着きなさい、シュネーヴィッツェン。——どうしたのですか?」
肩にかけられた手を払ってしまいそうになって、止まった。

「黒い服は、ダメ、なんだぁ……うっ!」
また、この感覚。
違和感に目を強く閉じると、視界は真っ黒に変わった。

前までとは少し違った雰囲気。
目を開けた時に見えたのは、白と黒を基調とした空間。
シック……と言うより、少し寂しくて、寒いくらい。

<???>『黒く塗っても、お前は私じゃない』
くるくると、回りはじめる。身体ごと。

<???>『私には、ならない……』
悲しそうに聞こえる声。
だけど、なんだか空虚な——本当に悲しいのか、わからない声。

<???>『なら!』
ダンッと強く床を蹴り、声の主がボクに詰め寄った。

<???>『お前は、私の“オモチャ”だ』
びっくりするくらいの握力に、回転する動作をムリヤリ止められる。
声の主——黒の女王は、鼻先が触れる距離まで迫っていた。

<黒の女王>『だから黒く、黒くするんだ……真っ黒に……』

54話(ストーリー深度530)
+ 何かする流れに?
何かする流れに?

<シュネー>「ちょっと! しっかり!」
「へ、え、あ?」
大きな声で引き戻された。
開けた目に映ったのは、真っ白い肌に赤い唇。シュネーヴィッツェン。

<ミクサ>「ま、また、いつも、の……?」
「うん……それに、なんかここのところヘンなんだ」
感覚のぜんぶは上手く言い表せないけど——

「黒い色が……黒い服が、怖いんだ」
その一点だけは、確か。

<サンド>「黒い服が?」
「正確には、黒い部分のある服、かなぁ」
もらった服の一部、洗いきれなかった黒いシミを一瞬だけ見て、答えた。

<サンド>「では、お掃除は私にお任せください」
サンドリヨンさんは手早く替えの服を引き取ると、
少し屈んでボクに目線を合わせてきた。

<サンド>「貴女は、貴女のできることを探してみましょう」
「う、うん」
ボクの返事を聞いて返ってきた笑顔に、少しドキッとする。

<シュネー>「じゃあ、とりあえず次行きましょうか!」
<サンド>「シュネーヴィッツェン。貴女は手伝っていただけます?」
引き攣った顔のまま立ち尽くすシュネーヴィッツェンをそのままに、ボクたちは部屋を後にした。

55話(ストーリー深度540)
+ そもそもボクは
そもそもボクは

ボクたち以外誰もいない、静かな空間で、考える。
不思議と、今までみたいに眠くはならない。

ボクにできるのは、ボクの話を進めることくらい。

椅子に腰かけ、考える。
アトリエに置かれた一冊の本を見て。

「できることを探すって言ったけど——」
それでいいのかなぁ。

<ミクサ>「それで、いいと思う……よ?」
横に小さく座ったミクサちゃんが、こっちをじっと見つめながら言う。
強制も否定もしない、なんだか気楽な言葉だった。

「そ? じゃ、最初はこれでいいかぁ」
だからボクも、それだけ返す。
それからずっとついてきてくれたミクサちゃんに、手を差し伸べた。

「何かやっておかないとぉ」
手を、細い指が掴む。

「ホレおばさんがうるさいからねぇ」
小さく頷いたミクサちゃんとボクは、そうしてもう一度立ち上がった。

56話(ストーリー深度550)
+ 何かしてどうなるの?
何かしてどうなるの?

とりあえずは、いつも通りヴィランと戦うことにした。
敵は——

「黒い、兵隊……」
よりによって、こんな時に!
あんまり持ちたくなかった銃を持つ手が、震えるのがわかってしまった。

<ミクサ>「大丈夫」
でもそこに聞こえてきたのは、小さいけど、しっかりとした声。
ぎゅっと握られた手があったかい。

ゆっくりと手を離して、最初の一歩を踏み出す。

「お、おおっ」
いける……かも。
両手で銃を構えて、狙いを定めた。
手間取っている間も、敵は近づいてくる。

「お、おもいぃ、けど……!」
目の前に迫った鎧に銃剣を突き立てて、引き金を引く。
破裂音の後で、金属の塊が地面に落ちる音がした。

それが、この戦場で最後の大きな音だった。

取り残された黒い兵隊の手は、ボクたちに向けられていた。

57話(ストーリー深度560)
+ どうにかなっちゃった
どうにかなっちゃった

<シュネー>「で、連れてきちゃったんですか」
「放っておくのは、なんかさぁ……」
戻ったボクたちを待ってたのは、服を着替えたシュネーヴィッツェン。

倒れてた黒い兵隊。
ボクたちの方に伸びてた彼の手は、どうしても無視できなかった。

<ミクサ>「かわいそう、だった、から……」
口ごもるボクの代わりに、ミクサちゃんが囁き声で続けてくれた。

<シュネー>「とはいえ、どうするんです? この、人……?」
床の黒い兵隊に疑いの目を向けてたシュネーヴィッツェンの表情が変わる。
何が——え?

鎧が、赤くなった。
ボクたちからすれば、戻ったって言う方が正しいのかもしれないけど。

<シュネー>「前に、もう一つのお話でもありましたね。あっちは赤から黒でしたけど」
「死んじゃったわけじゃ、ない……よねぇ?」
<シュネー>「うん、息はしてるね」
赤い鎧に置かれたシュネーヴィッツェンの手は、少しずつ動いてる。
よ、よかったぁ……。

<ミクサ>「じゃあ、他の人たちも、戻せる、の?」
直後のミクサちゃんの一言、それが少し——多分ボクだけ——引っかかった。

58話(ストーリー深度570)
+ でもこれってつまり
でもこれってつまり

<シュネー>「戻せる……んじゃ、ない?」
まぁ、普通そう思うよね。
ボクだってそう思う。

<ミクサ>「兵隊さんたちも、安心、だね」
でも——いや、だからこそ。
余計なことを、考えてしまう。

変わってしまったボクの姿を。

<シュネー>「ともかく、貴女にもできることがあるじゃない! 安心したわ!」
「う、うん。これでもう、文句ないよねぇ」
やれやれと肩をすくめるシュネーヴィッツェン。
それに対して、口の端を上げて応えてみせる。

<シュネー>「どうしたの? 何か心配ごと?」
何かを察したのか、顔を覗き込んできた。
意外にするどい。
でもここで後ろ向きなことを言ったら、またお小言がはじまってしまう。

「んにゃぁ、ボクの考えすぎ——だと、思う」
それはイヤだから、もう一回、にへらっと顔を崩してみせた。

59話(ストーリー深度580)
+ そういうことだよね
そういうことだよね

赤い兵隊は、黒い兵隊へ。
戦に負けた兵隊は、染められてしまう。

黒い兵隊は、赤い兵隊へ。
戦に負けた兵隊は、染められてしまう。

これがルール。
他のキャストにはない、あんまりにも強引で、簡単な決まり事。
このお話が戦機として成立するために必要な、大事なパーツ。

そのルールには当然、“錫の兵隊”であるボク自身も含まれてるんだと思う。
それに色こそ違うけど、ボクが身につけてるものは鎧。
一致する部分が、あんまりにも多い。

黒い手が、常に肩に置かれている。
気のせいかもしれないけど、気のせいであって欲しいけど——

「やっぱり、ボクも……」
そう思わずには、いられなかった。

60話(ストーリー深度590)
+ これで平気って本当?
これで平気って本当?

<シュネー>「全く、それで誤魔化したつもりですか?」
「ぐえっ!」
背中を向けた途端、首根っこを引っ掴まれた。
な、なにこのバカぢから……。

<サンド>「いけませんよ、シュネーヴィッツェン」
凛々しい声と優しい両手に包まれる。
シュネーヴィッツェンとは、何もかもが対照的だ……。

「サンドリ」<シュネー>「お姉様!」
<サンド>「用意に手間取ってしまい、申し訳ありません。さぁ、これを」
お姫様にお姫様抱っこされたまま唐突に手渡されたのは、
女の子らしさを強調した、真新しい制服。

「え、え、これ、ボクに?」
<サンド>「冒険を頑張ったご褒美です」
あったかい笑顔が、まぶしすぎる。

「でも、ご褒美なんて、ボクはこれしかできないだけでぇ——」
<サンド>「では貴女と、お掃除を頑張ったシュネーヴィッツェンへの」
サンドリヨンさんは、そのまま続けた。

<サンド>「彼女が、ご褒美なら貴女の服が良いと」
<シュネー>「まぁ、これなら鎧じゃないから、その……多分、大丈夫でしょ!」
にっと笑うシュネーヴィッツェンが、ちょっと、ほんの少しだけ、かっこよかった。


61話(ストーリー深度600)
+ 黒の景色・1
黒の景色・1

止まらないと思っていた足は、欲しかった感情によって少し重くなった。

それでも、私の体はようやく動き出す。
生まれたいくつもの感情が、性格と呼ばれるものを作り上げたことで。

しかし同時に何度も見てきた色の無い景色が何なのか、まだわからない。
多分、私に必要なもの……なのだと思う。

そしてこれから語られるのは、“私”が知らないその断片。
色褪せた景色に色を加えるかもしれない、可能性の欠片。
本当かすらわからない、いつか誰かから伝え聞いた昔話。

でもその昔話は、前に進むため、確かに必要なもう一つの車輪だった。

62話(ストーリー深度610)
+ 黒の景色・2
黒の景色・2

踊る影が一つ、見る影はいくつも。

『私も衣装を変えてみたの。どうかしら?』

——
しかし声援はなく、それはまるで一心不乱な踊りの稽古。

『ほら見て、水夫の制服。素敵だと思わない?』

———
静謐な空間で返ってくるのは、自分の声と靴の音だけ。

『見惚れて言葉も出ないのかしら。ふふ、そうよね? ごめんなさい』

————
上がらない声を無視して、ステップを踏む。

『……つまらない人たちね』

—————
足を止め、毒づいてみても、抗議する声すら起こらない。
なんて……なんて、従順な人たちなんだろう。

63話(ストーリー深度620)
+ 黒の景色・3
黒の景色・3

『私も衣装を変えてみたの。どうかしら?』
『やはりキミは美しい。実にお似合いの格好だよ』

くぐもった時針のリズムに合わせて、声が聞こえてくる。

『そうでしょうそうでしょう! 私は美しいでしょう!』
『ああ、本当に美しいよ。それでいて少女の可愛さまで兼ね備えているね』

寒々とした風が、そんな言葉を運ぶ。

『でも……見惚れて言葉も出なくなっちゃうかしら?』
『そんなことはない、キミは称えてこそさらに輝くものだよ』

大きな牙の隙間からは、耳に心地良い言葉が瘴気と共に漏れ出る。

『お世辞まで上手になっちゃって……でも嬉しいわ』

満面の笑みを浮かべ、あたりを見渡す。

『みんなが、私のものになってくれて』

そこには、同じ黒さを身に纏った者たちが並んでいた。

64話(ストーリー深度630)
+ 黒と漆黒
黒と漆黒

“黒”にもようやく慣れた頃、一つ違和感が生まれた。

誰かの記憶で見る黒い誰かと、私たちの前に現れた黒の女王——
二人は極めて似ていたが、明確に違ってもいた。

ただ格好が違う、というだけではない明確な何か。
むしろその点については、似ている部分に含まれるべきだろう。

もっともっと繊細な、でも大きなポイント。

サンドリヨンとアシェンプテルほどではない。
勿論他のどのキャストの違いとも合致しない何処か。

「見た目じゃない……別の人になったとも思えない……」
誰かから聞いた蜃気楼の町を探すのにも近い感覚で、思考を巡らせてみる。

しかし今、目の前にいるでもない誰かのことに集中できはしなかった。

<美猴>「おいおい、お前みてぇのがしかめっつらしてどうしたぁ!」
<大聖>「かの者、瞑想の構え。堰くは無粋なり」
私の周りには、多くの人がいるのだから。

65話(ストーリー深度640)
+ 何れ菖蒲か杜若
何れ菖蒲か杜若

<大聖>「ふむ、相違を感ずると」
<美猴>「ずいぶんとこまけぇこと気にするじゃねぇか」
正反対に見える、美猴と大聖。
しかし実態は、美猴が大いなる時を経た姿が大聖ということだった。

<美猴>「コイツくらい違いがありゃ、わかりやすいもんだがなぁ」
<大聖>「我は汝であって汝とは異なる者」
大聖は微動だにせず、平坦な声のまま零す。

<美猴>「ケッ、オレ様だってオレ様自身だとは思っちゃいねぇよ」
大げさな動きでそっぽを向いた美猴。
そうして背中を向けあった二人からは、どうしてか似た雰囲気を感じてしまう。

<大聖>「汝、求むは何れの解なりや?」
瞬間移動したかのように目の前で腕を組む大聖が、覗き込むでもなく問うてくる。

「私、私は——」
何の答えが、欲しいのだろうか。

<美猴>「まーたしかめっつらになってんぞ。もちっと余裕持っとけ!」
突然の衝撃に、瞼の裏がバチバチと光る。
バンバンと背中を叩く音が、後から聞こえてきた。

66話(ストーリー深度650)
+ 知らない記憶
知らない記憶

「余裕を、余裕を……」
瞑想するように目を閉じて、考える。

<美猴>「あーほら、嬢ちゃん目ン玉回しちまってるじゃねぇか」
においとふさふさの毛の感覚は近いのに、狼狽する声だけは少し遠い。

<大聖>「否、沈思黙考」
これまで見てきた、断片的で不鮮明ないくつかのシーンを思い返す。
やっぱり姿形以外大きく感じる部分はないように思えた、その時——

今までとは違う顔が映る。
激昂、怒りの表情。

ほんの一瞬だけ見えたそれはあまりに強烈で、
否応なしに私の中の何かが刺激される。

「もしかして……?」
強く目を閉じ、掴みかけた何かに集中する。

<美猴>「お——じょ——ん——」
余計に遠くなっていく声。
次第に、意識は暗く深い底へと沈んで行った。

67話(ストーリー深度660)
+ 黒の景色・4
黒の景色・4

黒の女王は嗤う。
誰も入れない、彼女だけの領域で。

部屋の隅、打ち捨てられた白い衣装。
投げられた格好のまま埃を被っている、彼女の衣装に似たそれを見つめて。

「人望が厚いというのも、中々に疲れるものだな」

当然、ただの衣装が応えるはずもない。
しかしそれを意に介さず、それどころかより調子を上げて語りかける。

「しかしこれも国を背負う者の責務。この私が全うしなくてはなぁ?」

相も変わらず、誰もいないはずの空間。
自分に言い聞かせるでもないのに、彼女の言葉は続いていく。

「みな私に言葉を尽くしてくれる。嘘のない言葉をな」

鏡を模した扉に視線をやり、その先に並んでいるであろう者たちに微笑む。
また、彼女を称える言葉が一つ聞こえた気がした。

68話(ストーリー深度670)
+ 歪んだ標
歪んだ標

<美猴>「もう平気なのか?」
彼女の城を目指して物語の世界を移動するさなか。
どの事象に対しての言葉かわからないが、美猴は心配そうに覗き込んでくる。

「ええ、大丈夫です」
意識ははっきりしているし、身体も問題なく動く。
現状の活動に何も支障がないので、そう簡単に返した。

<美猴>「んん? なぁんかどっかで見た景色してやがるな」
闇の軍勢の領域とは思えない、やけに綺麗に整えられた道。
歪んではいるものの、それはどこかで見たことがある造りだった。

<美猴>「おお、そうだ! こりゃ玩具箱の国ってのと似てやがる」
玩具箱の国。
かつての『しっかり者の錫の兵隊』にあったとされる、黒の女王と敵対していた国。
度々フラッシュバックする幻に映る、きっと私と縁のある場所。

「この、道が……?」
おぼろげな記憶の端々を、必死に思い出す。

<大聖>「小さき差異こそあれど、確かに似たり」
目を細め辺りを見渡す大聖も、美猴の言葉に同意した。

もしかしたら、この場所は——

69話(ストーリー深度680)
+ 黒の景色・5
黒の景色・5

『存外簡単なものだな』
見よう見まねで作った道は少し歪んでいたものの、
その役割を全うできるくらいのものにはなっていた。

彼女はまだ、城以外に国として必要なものをほとんど持っていない。
だから、国に必要なものを見て、作る。

『不足があっては、国に人を留めるどころではないからな。これも役目か』
草原を切り拓き、石を敷き詰める——
という必要もなく、手をかざせば思った通りのものが生み出される。

否、正確には生み出してはいない。

改造と上書き。
捻じ曲げ、塗り潰しているだけ。

『ま、しかし私は“良き主”だからな。みなのためにやってやろうではないか』
だが彼女はあまり気にした風もなく、鼻歌まじりに彼女なりの“国作り”を続ける。

黒の女王の思想を映していく黒の領域。
彼女の中だけの理想は、確かに形を成しつつあった。

70話(ストーリー深度690)
+ 同じ二つの路
同じ二つの路

現在と過去の二つで、黒く歪んだ道を往く。
行き先は同じ。

一人は先を歩いた者の影を追って。
独りは遠く対する者の光を嫌って。

物語の始まった場所へ。
物語の終わった場所へ。

自らの終わりに向かって。
自らの始まりに向かって。

目的は同じ。
<錫の新兵><黒の女王>「さ ぁ 、 物 語 を 書 き 上 げ ま し ょ う」


71話(ストーリー深度700)
+ 理由を求めて
理由を求めて

「なぜ、わざわざ似たようなものを作ったのでしょう」
眺めた街道には、不格好な黒い石畳が広がっている。
ただやはり、記憶の中、そしてここに来る前に見た、おもちゃの国の白い石畳に似てる。

<美猴>「羨ましかったとか、自分の方が良いもん作れるとか、そんなとこだろ」
<大聖>「我の名の如く、か」
まるでそう言うと知っていたかのように間髪入れず、大聖が言う。

<美猴>「オレ様に向かって言うこたねぇだろ!」
言うが早いか、美猴さんが声を上げた。

<大聖>「意識過剰」
<美猴>「オレ様はまだ美猴だビ・コ・ウ! 七天大聖サマとはちげーの!」
視線は向けず、直立不動の大聖さん。
対する美猴さんは大げさな動きで、大きな牙を剥きだしにして威嚇する。

「あ、あの……」
このままでは置いて行かれてしまう……いろんな意味で。

<美猴>「っとすまねぇな。でも実際どっちかだと思うぜ、“わざわざ”なら猶更な」
申し訳なさそうに笑うと、慣れた風な力加減で頭にポンと手を置いた。

72話(ストーリー深度710)
+ 物語の今と昔
物語の今と昔

<美猴>「ただ今大事なのは、ちっと別の話だ」
頭の上に疑問符が一つ浮かぶ。
手掛かりになりそうな“似たものを作った理由”よりも、大事なことがあるのだろうか。

<大聖>「かの者により、如何なる変化が“生まれた”か」
「それは……?」
疑問符が一つ増える。

<美猴>「昔のことの理由は本人にしかわからねぇだろうが」
それを見透かしたかのように、大きな手が再度頭の上に乗った。

<美猴>「でも“今”の話なら、オレ様たちの領分だ」
「今、ですか」
<美猴>「そうだ。これは“今のお前”の話だからな」
腰を落とし、まっすぐにこっちを見つめる美猴さん。
一転して大きな牙を剥きだしカッカと笑うと、少し乱暴にガシガシと手を動かす。
頭の上に浮かんでいた疑問符は、気が付いたらどこかに飛んでしまっていた。

「とはいえお城も道も、それ自体は元々あったものではないでしょうか」
<美猴>「むぅ……モノって感じじゃねぇっつーことか」
私と美猴さんがそんなやり取りをしてる中、一人思索に耽る大聖さん。
美猴さんはそんな大聖さんの声が聞こえているのか、あちこち動き回りはじめた。

まるで、一人の心と身体みたいですね——
少しだけそんなことを考えながら、私も自分の思考に集中した。

73話(ストーリー深度720)
+ 過去の歪
過去の歪

「歪み」
ふと、そんな単純な考えが頭の端に引っかかった。

<美猴>「あ、なんだってぇ?」
あまりに短い単語だったからか、美猴さんが大声で聞き返してきた。
その勢いに乗せられるように、浮かんだ言葉をそのまま口にする。

「似てるとはいえ歪んではいます。だから——」
<美猴>「歪み、それ自体ってぇワケか」
珍しく考え込むようなそぶりをしたかと思うと、妙に納得したような顔をしてみせる。
そして、大聖さんの方に声を向けた。

<美猴>「それこそテメェの……いや、オレ様たちの名前が正に、じゃねぇか」
納得したはずの顔が、少し苦々しそうな顔に変わる。

「大聖さんの?」
名前に疑問を持ったことはなかったので、一度消えたはずの疑問符が再び浮かぶ。

<美猴>「オレ様たちだっつってんだろ。『美猴王』『斉天大聖』どっちもだ」
顎で差し示された大聖さんは、いつも以上に無表情を貫いていた。

74話(ストーリー深度730)
+ 其の名の由来
其の名の由来

<美猴>「オレ様たちのは、どっちも生まれっからの名前じゃねぇ」
「そうなんですか?」
<美猴>「自称だよ自称。あんま言わすなよ、こっぱずかしいじゃねぇか」
言って、自分の頭を力強くかき乱す。

<美猴>「猿どもに乗せられて、美猴王なんて名乗ってな……」
恥ずかしそうに鼻を指でこすって、そう続ける。

<美猴>「ただオレ様はそこまでだ。あー、アイツは——」
言いづらそうに言葉尻を濁す美猴さん。
視線が、大聖さんに向けられる。

<大聖>「死籍を失し——」
だが視線が向くのが早いかどうかといったタイミングで、そんな言葉が聞こえてくる。

<大聖>「文字通り有頂天となった我の自称こそ、斉天大聖」
不動の姿勢で、口を動かしているのかもはっきりとしない様子で、しかしきっぱりと告げた。

<美猴>「どっちもあん時の自分に相応とはいえねぇ、歪んだ自称ってワケよ」
いやにあっさりと告げられた名前の由来に、大きなため息と言葉が続いた。

「でも、お二人はその……歪んでいるわけでは……ない、ですよね……?」
<美猴>「オレ様たちにゃ、歪みを正してくれるお師匠様がいたもんでな」

75話(ストーリー深度740)
+ 鶏が先か 卵が先か
鶏が先か 卵が先か

「では生まれたものが歪みだとして」
あれから他の可能性も考えてみたが、最後まで残ったのは単純なもの。

「その影響で、かの女王は歪んでしまったのでしょうか」
黒の女王。
これまでに見た、歪んだ景色の創造主と思しき誰か。

<大聖>「もしくは己が歪み故、歪みを生むか」
大聖さんの一言で、議論は一歩先へと進む。

<美猴>「鶏が先か卵が先かってぇ話か」
歪みが先か、女王の存在が先か。
その答えを探して思考を巡らせて、最初に思いついたのは更なる疑問だった。

「そもそも、彼女は本当に歪んでいるのでしょうか」
元々歪んでいたのでも、結果として歪んでしまったのでもない別の可能性。
ただあったものを、たまたま歪ませてしまっただけ。

<美猴>「歪み歪みって言い過ぎてもうワケわかんねぇが……まぁ、そうなんじゃねぇか?」
結局、この議論自体が歪んでしまっているような気がして、私たちは一度思考を止めた。

76話(ストーリー深度750)
+ わかっていたこと
わかっていたこと

「もし本当にそうだとして、一体何が原因なんでしょう」
<美猴>「そういうヤツとして作って……あーいや」
言葉を切って、わかりやすく頭をかいて悩む美猴さん。

<美猴>「書いた……生んだ……っめんどくせぇ! わりぃな、こういうの苦手なんだよ」
「いえ、言いたいことはわかります」
どの言い方でも、さしたる問題ではないでしょう。
という言葉は飲み込む。

「でも誰が……」
頭に浮かんだ姿から目を背ける。

<美猴>「んなもん、一人しかいねぇだろ」
<大聖>「汝の世界を造りし者」
しかし目の前の二人は、一切の躊躇なくその答えを口にした。

「です、よね……」
わかっていたこと。
私の世界を、私の生まれる物語を描いたのは、あの人に他ならない。
否定したかったわけではないが、それでも少し複雑なことは変わらない。

<美猴>「あー、オレ様はめんどくせぇの嫌いでな、今から聞きに行くぞ」
私の手を強引に引っ張って、美猴さんの足はずかずかと音を立てはじめた。

77話(ストーリー深度760)
+ 教えてください
教えてください

<アナスン>「なんだい、ボクに聞きたいことって」
アトリエの一室。
そこにいるとは知りつつも普段はあまり会いに行かない場所へ、一直線に向かった私たち。
何かの作業をしていたアナスンは、振り返らずともいつも通りの調子で迎えてくれた。

「私の物語を作ったのは、あなたで間違いないんですよね?」
美猴さんに文字通り背中を押されて、単刀直入に問う。

<アナスン>「んー? 『キミのお話の前提』っていうのが、正しいかな」
手を止めることなく、質問に答える。
もしかして、このまま答えを教えてくれるのでは?

「では黒の女王、彼女がああなっている理由も——」
<アナスン>「おっと、そこから先はボクの口から語るべきではないね」
しかし直前の淡い期待は、そう言い切る形で遮られた。

手元の作業を止め、こちらに向き直る。
すると相変わらずの飄々とした態度を崩さず、言葉を続けた。

78話(ストーリー深度770)
+ 教えてあげ//ない
教えてあげ//ない

<アナスン>「せっかく、キミはキミの物語を書きあげている途中だろう」
「それは、そうですが……」
確かに、言う通りではある。
そういった真実を得て、自分の物語を完成させるために、私はこうしている。

<アナスン>「真実を知るステップも、キミの物語の一部であるべきなんじゃないかな?」
「私の物語の、一部……」
そう、なのだろう。

<アナスン>「自分で見つけなくていいのかい? 自分の物語を」

私、私は……私の物語を……


声は、もう出なかった。

79話(ストーリー深度780)
+ 暴れざる二人
暴れざる二人

<美猴>「オレ様たちはこんなまどろっこしい話しに来たんじゃねぇんだ!」
声を出せずにいると、突然そんな大きな声が背後から轟いた。
作業に戻ろうとしていたアナスンの身体が、大きく跳ねる。

<アナスン>「へ?」
直後、あまりの声量に素っ頓狂な声を出して跳ねた姿勢のまま固まった。
そんな姿を目の前にしても、勢いは止まらない。

<美猴>「オレ様たちが欲しいのはなぁ!」
<大聖>「歪みし定めを生みしは汝か否か、望むはただ其の解」
息の合った様子で詰め寄る二人。
アナスンの目は、そのどちらにも焦点があっていない。

<アナスン>「いや、だからそれはだね——」
<美猴>「いやもだからもいらねぇっつってんだ! そうかなのか、違うのかだ!」
言い切るよりも早く、大きな声が無理やりに会話を繋いでくれる。

「あの——」

<アナスン>「わ、わかった! わかったから一回離れておくれ!」

でも、我に返って止めようとした私の言葉も、出る前に勢いで遮られてしまった。

感情が生まれても、会話って、やっぱり難しいな……。

80話(ストーリー深度790)
+ 答えの断片
答えの断片

<アナスン>「黒い彼女を作り出したのは、間違いなくボク自身だ」
<美猴>「じゃあやっぱりテメェが——」
一歩引いた場所から、再び踏み込もうと大きな口で吠える。

<アナスン>「だけど! 彼女がああなった原因が、全部ボクにあるわけじゃない。これも事実」
ただアナスンももう引かず、自分の言葉を続ける。

<アナスン>「ボクが教えられるのはここまで」
<美猴>「んだとぉ?! っとぉ」
掴みかかろうとする美猴さんの前に、身体を割り込ませた。
その行為に返ってきたのは、小さなウィンクひとつ。

<アナスン>「これは、ボクに“できなかったこと”をやってもらう試みだったはずだ」
育てるということを含めてね、と付け加えて、なお続く。

<アナスン>「だからどれだけ求められようと、これ以上をボクから言うわけにはいかない」
それだけ言うと立ち上がって、今度はあちらから近づいてきた。

<アナスン>「彼女と共に見つけてあげておくれ、この通りだ」
頭を下げる姿を見るのは、これがはじめてだった。
常に楽観的に見え、真面目な言動ですらそう感じさせない普段からかけ離れた姿。
私たちは、多分もう引き下がるしかない。

<アナスン>「と、一つヒントだけ。彼女は歪んでなんかいない。むしろストレートすぎたんだ」
冒険譚、その入り口、さらにその先を見ているような目。
そしていつになく真剣に見えるまなざしで、言った。

<アナスン>「だから歪んでしまったのなら、それは彼女自身ではなく彼女の願い……かな」


81話(ストーリー深度800)
+ 新しい形
新しい形

「少し違いますね、このあたりのヴィラン」
アナスンとの会話の後、すぐに物語の奥へと進んだ。
そこにいたのは、明確な違和感を覚えるヴィランたち。

<スカーレット>「そう?」
「はい」
しかしそうは思っても、会話、続きませんね……。
私にもう少し豊富な感情があれば、これも変わるのでしょうか。

<スカーレット>「これ、なんだかわかる?」
黙って辺りを調べている、ふと足を止めたスカーレットさん。
彼女が手に乗せていたのは、古ぼけてはいるが綺麗な金色の物体。

「何かの装飾品でしょうか? でも、どこから?」
<スカーレット>「ヴィランが落とした」
そんなこと、今まで無かったのに……?
さも当然のことのように淡々と告げるその手から、金色の装飾を受け取る。

「これ……え? っ!!」
受け取った手のひらに向かって、身体が収縮していくような感覚。
一切抵抗はできなかったが、不思議と意識だけははっきりしていた。

「この、景色は——!」

82話(ストーリー深度810)
+ その核となるもの
その核となるもの

<???>「さぁ動いてみせなさい、私の新たな民」
移動の衝撃か、閉じていた目を開く。
ただ、視界はまだぼやけてる。

広々とした空間。
しかしそこにいるのは、自分以外には目の前の誰かだけ。

<???>「調子は——ふふ、良さそうね」
身体は動かない。
しかし、目の前の誰かが身体を触れる感覚だけは、やけに明確だった。

<???>「これが核になるだけで……フン」
続いたのは、鈍い音と共に、胸が抉られるような感覚。
違う。
何かが、胸の中に侵入ってる。

<???>「少し癪だけど、悪くはないかしら」
憎々しそうに胸の中の何かを掴む手に、力が入る。
今にも、中身を握りつぶしそうなほどに。

<???>「あなたのものだから……わかるでしょう?」
パッと身をひるがえした目の前の誰かが、血振りをするように腕を振るう。
その手は細く薄く、まるで紙細工のよう。

<黒の女王>「ねえ、パピール」
あまりに鮮明なその声に、ようやく視界が戻る。

黒の女王が、笑っていた。

83話(ストーリー深度820)
+ 青く輝く宝石
青く輝く宝石

目を覚ました私を連れて、スカーレットさんはひたすらに進む。
私以上にまっすぐに、目的地に向かって。

<スカーレット>「綺麗な石ね」
道中、再び違和感のあるヴィランを見つけたが、特に構えるでもなく撃破する彼女。
冷淡だという印象はないが、同時に掴みどころ自体がない。
そんな彼女が、再び何かを拾ったようだった。

「それが、このヴィランの核のようですね」
手のひらで輝くのは綺麗な青い石。
装飾はないが、それが装飾品の一部であったことは容易に想像できる。

<スカーレット>「パピールの何か——だったかしら」
「不確かな記憶の、それも彼女の言葉からの推察ですが」
黒の女王が身体の中の何かを握っていた感覚。
あなたのものだから、という言葉。
証拠はそんな不確かなものしかなかったが、同時に頼れる情報もそれしかなかった。

<スカーレット>「ひとまず、そう信じましょう」
言って、手のひらを握ってきた。
想像よりも、温かい……。

<スカーレット>「試してみて」
「は、はい。ありがとうございます」
ハッと我に返り、石を手に取って意識を集中する。
吸い込まれる感覚は、すぐにやってきた。

84話(ストーリー深度830)
+ 黒く染まる日
黒く染まる日

<???>「白くて、綺麗な身体。本当に」
目を覚ました身体に、黒い手が一つ伸びてくる。

<???>「本当に、妬ましい……」
今度視界に映ったのは、別の人。
黒いシルエットは変わらないけれど、女王のそれではなかった。

<???>「いや違うわね」
一言毎に、手のひらが蛇のように身体を這う。

<???>「妬ましかったわ。そう、今この時までは」
身体を伝う手が頬にまで到達すると、もう片方の手が反対側の頬を捉えた。

この前のように触られている感覚はない。
でも、それがイヤだという思いだけは浮かび上がってくる。

<???>「綺麗な服も、身体も、心も、貴女を慕う人々も——」
顔を掴む手に力がこもる。
震える肩から、それが伝わってきた。

<黒い踊り子>「全部、私にしてあげる」
少し幼い、黒い姿の——踊り子。
女王のソレと似た笑顔が、そこには張り付いていた。

85話(ストーリー深度840)
+ 黒い踊り子
黒い踊り子

「今のは、誰……?」
<スカーレット>「何を見たの?」
スカーレットさんが、目の前にしゃがみ込んでいた。
口を開いたと同時に声をかけてきたから、ずっとそこにいたのかもしれない。

「踊り子です。パピールとは違って、黒い姿でしたが」
見たままの感想しか言えなかった。
でも名前も、詳細な姿も今の私にはわからないのも事実。

<スカーレット>「黒い踊り子、はじめて聞いたわね」
スカーレットさんは少ない情報に文句を言うこともなく、淡々と話を進める。

「ただ、多分彼女は——」
つられて、私も想像にすぎないことを一つこぼしかけた。
一応、予想はあった。

<スカーレット>「もうわかっているなら、行きましょう」
それを進展ととったスカーレットさん。
声になっていたかも怪しい一言を合図に、彼女はすたすたと歩き始めてしまった。

「は、はい」
予想とはいえ、それは私にとってはほとんど正解だったのかもしれない。
だから、それを無条件に前へ引っ張ってくれるような真紅の背中は、少し大きく見えた。

86話(ストーリー深度850)
+ 黒の景色・6
黒の景色・6

<黒い踊り子>「妬ましかったわ。そう、今この時までは」
両手でパピールに触れる黒い踊り子。
その表情は寂しそうな、悔しそうな、少なくとも楽しさなどないといった類のもの。

<黒い踊り子>「綺麗な服も、身体も、心も、貴女を慕う人々も——」
顔を掴む手に力がこもる。
震える肩は、あまりにも真っすぐにその心境を示していた。

<黒い踊り子>「全部、私にしてあげる」
寂しそうな顔が、一転して笑顔に変わる。
仮面を張り付けたような、口の端が吊り上がった笑顔。

<パピール>「——杯の水を移すようなものね。もっと早くにできたかしら」
笑っていたはずの黒い踊り子の身体が、糸が切れたかのように倒れる。
その声を発したのは、無反応だったパピールだった。

<パピール>「んんっ……あんまり長い手足というのも、不便ね」
パピールが、不自然に腕と脚をくねらせて動き出す。
大きく伸びをすると、複雑そうな表情で足元に転がる黒い踊り子の残骸を睨みつけた。

<パピール>「気分転換がてら、まずは着替えましょう。こんなの、私の趣味じゃないもの」
所々すり切れた白い服を乱雑に脱ぎ捨て、用意してあったらしい黒い一枚布を纏う。
黒い布はボディラインに吸い付くと、徐々にドレスに近いモノへと変貌していった。

あとは、このつくりも……

呟いて、パピールだった彼女は独り、奥の間へと消えた。

87話(ストーリー深度860)
+ 彼女になるということ
彼女になるということ

「私にする、というのはどういうことなんでしょうか……」
<スカーレット>「言葉通りの意味じゃないかしら」
独り言のつもりで発した言葉に応える声。

「えっと、言葉通り? 黒い踊り子になった、ということですか?」
少しびっくりして、声がうわずってしまう。

<スカーレット>「そう」
でもスカーレットさんは笑ったりすることもない。
本当に、いつも通りの声。

「やっぱり、パピールがでしょうか」
<スカーレット>「おそらくね」
でも、やっぱり会話、続かないな……。
ほとんど独り言で終わってしまうのは、やっぱり少し寂しい。

<スカーレット>「……ごめんなさいね」
僅かに眉の端を下げたスカーレットさんが、頭も下げてくる。

「い、いえ! 私こそ、気を遣わせてしまって……」
この人は口下手というわけでも、交流を持とうとしないわけでもない。
ただ“必要なこと”をしてるだけ。

寂しさとかは感じないのかな?
という疑問は出たが、それは私の主観的なものでしかない。

そう一人で納得すると、私たちは再び歩きはじめた。

88話(ストーリー深度870)
+ 黒の景色・7
黒の景色・7

<黒の女王>「これが核になるだけで……フン」
黒の女王の腕が、半ばまでヴィランの胸に侵入する。
だがヴィランにも、黒の女王自身にも、感情の動きはない。

<黒の女王>「少し癪だけど、悪くはないかしら」
言葉と共に、女王は楽しむような、苦いような表情をようやく見せた。
引き抜かれ、振るわれた手から零れた滴が、血のように床へと飛散する。

<黒の女王>「あなたもそう思うでしょう? ねえ、パピール」
女王が話かけるのは、ヴィランの胸の奥。
黒に呑まれて、光を見せない核。

<黒の女王>「っと、“コレ”はもうパピールじゃないわね」
自身の身体を一通り眺めると、その内側を向くように目を閉じた。

<黒の女王>「“コレ”は私。彼女はもうここにはいない」
言って、胸に手をあてる。
まるでヴィランの核に触れるかのように。

<黒の女王>「でもまだ足りない。今度こそ、完全に消してあげましょう」
確たる意志を瞳に宿して、窓の外に視線をやる。

ただ一点、キャストたちに囲まれた錫の新兵へと。

89話(ストーリー深度880)
+ 沈黙と寂しさ
沈黙と寂しさ

「スカーレットさんは、その……」
横目でちらりと様子をうかがう。
スカーレットさんは、歩くのをやめてこちらを向いていた。

彼女なりの聞く意思、なのだろうか。

「……黙っているのが怖かったりは、しないのですか?」
思い切って口に出してみる。
つっかえていた何かが、少し軽くなった気がした。

<スカーレット>「私の生きる世界に、誰かはいるから」
「生きる世界に? それは——」
<スカーレット>「ただそうね、一度だけ考えたことはあるわ」
続く問いを聞くよりも早く語りだす。

<スカーレット>「この世界が、私一人のものだったらと」
遠い過去を思い返すように遥か彼方を見る、メガネ越しの瞳。
真紅の中にも空の色を映したかのように綺麗な。

<スカーレット>「もし本当にそうだったらと思うと、きっととても怖くて——」
寂しいもの、でしょうね。と締める。
言い終わると、もう会話は終わりとばかりに歩き出してしまった。

<スカーレット>「でも実際は近くに誰かが——今なら貴女がいる。だから、怖くはないわ」

90話(ストーリー深度890)
+ それがきっと真実
それがきっと真実

「記憶の通りなら、黒の女王はパピールの身体を使っている別の誰かです」
これは予想ではなく、もはや確信に近い何かになっている。

「その別の誰か、黒い踊り子。彼女はなぜわざわざ……」

‐本当に、妬ましい‐
‐羨ましかったとか、そんなとこだろ‐

わざわざ真似していた。
複製では満足しなかったのか、その身体を奪ってまで。

‐貴女を慕う人々も‐
‐寂しいもの、でしょうね‐

世界に一人だけという感覚。
遠くに見えた人々が、別世界の住人だと感じたとしたら。

「広間で、たった一人でいた彼女は」

寂しかったのでしょうか。

ずいぶん近くなり、その大きさを感じられるようになった黒い城を見る。
スカーレットさんと話して晴れたはずの胸の中に、新しいもやもやが生まれた。


91話(ストーリー深度900)
+ ヴィランについて
ヴィランについて

ヴィラン

キャストを明確な軸とするため、創造主の手で描かれる敵役。

ただしここでは、そうではなかった。

パピールにまつわる何かを核に、黒の女王の手で描かれる従僕。
彼女の渇きを癒すための代用品。
彼女の望みを満たすための数合わせ。

それは私たちとの戦いすら、本質的には意味がないということだった。
憤りはない。

ただ私は——

寂しいモノだと、そう思った。

92話(ストーリー深度910)
+ 黒の女王について
黒の女王について

黒の女王

パピールがパピールでなくなったもの。
黒い踊り子と呼ばれる誰かが変わったもの。

おそらく、羨ましかったから。
たぶん、寂しかったから。

曖昧な言葉しか浮かばないのは、私が彼女ではない証。

そう。私には、彼女の本当の気持ちはまだわからない。
でもきっと、私は理解しなければいけない。

それも私の冒険譚の一部だから。

そして彼女を理解するために必要なこと、それは——

93話(ストーリー深度920)
+ 友達が欲しくて
友達が欲しくて

「黒い踊り子の彼女は羨ましくて、寂しかったんだと思います」
得られた情報から、私はそう結論付けた。

<ピーター>「だから人気だったパピールやおもちゃの国自体を奪おうとした、ってことか」
「そうだと思います。みなさんは……?」
出した結論とはいえ、まだ私一人のものでしかない。
少しでも確かなものにするために、誰かの言葉が欲しかった。

<アイアン・フック>「貴様がそうだと言うなら、今はそう信じるしかあるまい」
しかし拍子抜けするくらいすぐにそれは

<アイアン・フック>「しかし、たった一人の海賊とは見上げた根性だ」
<ピーター>「海賊じゃねーだろ。友達がいなくて寂しいのかよ、オッサン」
<アイアン・フック>「貴様と一緒にするな小僧!」
そう叫ぶと、フック船長はピーターを追いかけてどこかへ行ってしまった。

「友達が、いなくて——」
まただ。
人が動く時、寂しいという感情が顔を出す。

<ピーター>「ま、とにかくまずは自分を信じてみろよ」
フック船長の手をかいくぐって来たのか、ピーターが口を挟む。

<ピーター>「それをぶつけて、間違ってたら、そんときまた考えてみりゃいいのさ!」

94話(ストーリー深度930)
+ 翼をください
翼をください

「自分を信じる……信じて、いいんでしょうか」
<ピーター>「信じる心は、翼になるんだぜ?」
独りごちる私の周りを飛び回るピーターは、証拠とばかりに速力を上げる。

<アイアン・フック>「ぜぇ……そんなことを言って、ぜぇ……また、子供をたぶらかす、つもりか」
ピーターの言葉に耳を貸していると、しばらく遅れてフック船長が戻ってきた。
息せき切らしながら。

<ピーター>「ほら、オッサンも俺を信じて飛んでみろよ! 飛ぶ方が疲れないぜ?」
<アイアン・フック>「フン、俺は俺と俺の仲間を信じてる。それで十分だ」
そう言い切った後には、大きく上下していた肩はもう揺れてない。
全身には大粒の汗が浮かんでいたけれど。

<ピーター>「とまぁ、こんなオッサンでも自分のことは信じてんだ」
ピーターを憎々しそうに睨みながらも、フック船長は面倒そうに頭を縦に振る。
それを見たピーターはニッと大きく笑い、天井近くまで飛び上がった。

<ピーター>「もっかい言うけどよ! 自分のやりたいこと、やってみろって!」
私を指さして、ピーターが大きく翼を開いてみせる。
フック船長も、もう睨むのをやめていた。

「わかりました。信じて——ぶつけてみます」

95話(ストーリー深度940)
+ 二人きり
二人きり

<アナスン>「ちょっとだけ、二人きりにしてくれるかい」
心の中、頭の中、そこに湧き出た彼女への全て。
それをぶつけるべく出撃しようとする私たちの前に、アナスンが立ち塞がった。

<アナスン>「錫の新兵、キミにいくつか質問がしたい。答えてくれるかな?」
「はい」

96話(ストーリー深度950)
+ 向かい合って
向かい合って

<アナスン>「欲しかったものは、掴めたかい?」
無言で、大きく頷く。

97話(ストーリー深度960)
+ 気持ちの整理は
気持ちの整理は

<アナスン>「それで、どんな気持ち?」

「わかりません。それこそいろんなものが、私の中にできましたから……」

98話(ストーリー深度970)
+ 想像したコトを
想像したコトを

<アナスン>「彼女の動機がもし、キミの想像通りだったら?」

「私が、私の感情から出した考えを、ぶつけてみます」

99話(ストーリー深度980)
+ これからのこと
これからのこと

<アナスン>「キミはこれからどうするんだい?」

「まずは話して、直接確かめます」

100話(ストーリー深度990)
+ いってらっしゃい
いってらっしゃい

<アナスン>「そうか……ありがとう。じゃあ、いってらっしゃい」

「はい。いってきます」



最終話(ストーリー深度999達成後解放される「黒い踊り子の痕跡」から「決戦」をクリア)
+ 錫の新兵たちの冒険譚
錫の新兵たちの冒険譚

<パピール>「どうしてこんな無茶をしたのよ」
「無茶とは?」
<パピール>「私を受け入れたことよ!」
<パピール>「下手したら、あなただってどうなるかわからなかったじゃない」
<パピール>「それに私が本気で乗っ取ろうとしたら、どうするつもりだったのよ」
「信じてみたんです。自分の考えを」
<パピール>「考え?」
「寂しいんだったら、友達になってもらえばいいんじゃないかなって」
<パピール>「はぁ?! そんな単純な……」
「そうですね、単純です」
「でも単純に、素直に言った結果、貴女はこうして友達になってくれた」
<パピール>「なっ、友達じゃないでしょう!」
「じゃあ、これから友達になりましょう」
「いえ、なってください。私の、私たちの友達に」
「一緒にいて楽しい場所を、一緒に作りませんか?」

これは戦記というシナリオの上で、誰も口にできなかった言葉。
きっと、歪んだ願いは、ここに正された。

<パピール>「わ、私は——」


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最終更新:2023年09月30日 18:57