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陸奥国 若松 郭外 千石町 中間(ちゆうげん)
大日本地誌大系第30巻 169コマ目
幕末会津若松城下地図 - 会津若松市/デジタルアーカイブ
【地図補足】
・「幕末会津若松城下地図」は一番丁の位置が風土記とは異なっており番丁の数字がずれる。
・千石町二番丁と書かれている通りが風土記でいう中間丁の一番丁に当たる。
・千石町三番丁と書かれている通りが風土記でいう中間丁のニ番丁に当たる。

二番丁の北に並び通2条あり。
南を一番丁といい、東西1町29間・幅2間、家数46軒。
北を二番丁といい、東西1町29間・幅2間、家数37軒。

中間*1共の居所なり。
(千石町分の地雑れり)

参照・補足

※国立公文書館デジタルアーカイブ『新編会津風土記20』より周辺地区を拡大したもの(右が北側)
同(千石町)二番丁の北側に二本「中間町」が並んでいる事がわかる

外部リンク等

最終更新:2026年01月23日 20:55
添付ファイル

*1 「仲間」とも書く。武士の最下級で、侍の下、小者 (こもの) の上に位した