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郭外 > 外小田垣 > 隍端一番丁

陸奥国 若松 郭外 外小田垣 隍端(ほりばた)一番丁
大日本地誌大系第30巻 170コマ目
幕末会津若松城下地図 - 会津若松市/デジタルアーカイブ

小田垣口の郭門を出て(ほり)に就き、東の方小田町組町に出る通なり。
長1町57間余・幅4間、家数8軒。南頬にあり。

西端より南に折れて河原新丁に出る道あり。

外部リンク等



余談

  • 旧会津陸上競技場は郭内の小田垣地区で、本通りの間には堀と土塁があった。
  • なお、幕末会津若松城下地図には「外小田垣(ホリバタ)一番丁」とあるが、外小田垣をホリバタと呼んでいるわけではなく、外小田垣と一番町の間に「隍端(ほりばた)」の字が入る。二番丁にも「隍端」の字が入るのだが、略されているのは謎。
最終更新:2026年01月24日 20:53
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