小田垣口の郭門を出て隍に就き、東の方小田町組町に出る通なり。
長1町57間余・幅4間、家数8軒。南頬にあり。
西端より南に折れて河原新丁に出る道あり。
外部リンク等
余談
- 旧会津陸上競技場は郭内の小田垣地区で、本通りの間には堀と土塁があった。
- なお、幕末会津若松城下地図には「外小田垣(ホリバタ)一番丁」とあるが、外小田垣をホリバタと呼んでいるわけではなく、外小田垣と一番町の間に「隍端」の字が入る。二番丁にも「隍端」の字が入るのだが、略されているのは謎。
最終更新:2026年01月24日 20:53