※国立公文書館デジタルアーカイブ『新編会津風土記20』より
組町の東北にあり。
東は極楽寺前通より西は外郭の隍端に至る。
長1町余・幅3間、家数24軒。
外部リンク等
余談
- 東は極楽寺前通り(現在の小田橋通り)より、西は隍端(現在の会津風雅堂の南側辺りか)に至るとの事
- 「幕末会津若松城下地図」だと場所がはっきりしないが、御長柄丁ニ番丁辺りと思われる
- また「安政年間若松城下絵図」を見てもこの辺りは宅地が密集していたわけではないので、空き地を馬場として利用していたものと思われる。
最終更新:2026年01月24日 22:38