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郭外 > 半兵衛町組町 > 横通

陸奥国 若松 郭外 半兵衛町組町 よこ
大日本地誌大系第30巻 182コマ目
※国立公文書館デジタルアーカイブ『新編会津風土記22』より

前の五条の中ころに南北の通あり。
長1町30間・幅2間。

東の端にも南北の通あり。
長1町30間・幅3町。
南端より東に折れ半兵衛町横丁通に出る小路あり。
家数14軒。

一番丁の末より北に折れ五番丁の末に通する小路あり。
家数7軒。

また四番丁の末長源寺の北に1区あり。
家数15軒。
東に小路あり四番丁の末に通す。
(小黒川分の地雑れり)

角場

三ヶ処あり。
一ヶ処はは長源寺の西にあり、二ヶ処は共に五番丁の西北田圃(たんぼ)の間にあり。

寺院

長源寺

四番丁の西にあり。
浄土宗、山號を深岸山という。岩城郡専称寺の末山なり。開基詳ならず。
寛永の初(1624年~)天台・曹洞等の諸僧かわるがわる住して宗旨一ならず。これに於いて壇越離散し堂塔破壊せしが、その頃半兵衛町極楽寺に寓居せる良圓という僧、領主の命に依て当寺に住し廃れたるを興し、相続いて今に至れり。
三尊弥陀を本尊とし庫裏に安ず。

観音堂

境内にあり


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最終更新:2026年02月09日 01:45
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