会津郡中荒井組台村

陸奥国 会津郡 中荒井組 (だい)
大日本地誌大系第31巻 47コマ目

府城の西北に当り行程1里23町。
家数4軒、東西25間・南北35間。
東北は和泉村の端村上和泉に続き1村の如く、西南は田圃(たんぼ)なり。

北の方20間余、上和泉の民居を隔てて家数1軒。
またその北20間余に家居1軒あり。

西2町和泉村の界に至る。その村は丑(北北東)に当り1町40間。
南25間出尻村の界に至る。その村まで1町20間余。



北会津村誌より一部抜粋
道路より西を台和泉、或は単に台村ともいって、和泉の肝 煎の支配はうけていたが、寛文五年の書上げでも、文化六年の書上げでも、ただの八軒で独立した村の取扱いを うけてきた。恐らくここに、全く系統を異にする、磐城の専称寺の末山、浄土宗正栄山台泉寺があったためと思 うが、文化六年の風土記では、これを和泉村に二ヵ寺あるがように取扱っているから、台村独立扱いの由来は、 確認は困難である。