蒲原郡下條組角島村

越後国 蒲原郡 下條組 角島(つのしま)村(角嶋との記載もあり)
大日本地誌大系第34巻 59コマ目

この村、應安の頃(1368年~1375年)津川町の農民新墾し、その頃は津川と書しという。後今の字に改む。

府城の西北に当り行程14里5町。
家数8軒、東西3町・南北1町。
山麓に住し南は揚川に臨む。

東6町鹿瀬組鹿瀬村の界に至る。その村は巳(南南東)に当り25町。
西8町京瀬村の界に至る。その村は戌(西北西)に当り13町。
南1町津川町に界ひ揚川を限りとす。津川町まで3町。
北1里3町行地村に界ひ諏訪峠を限りとす。その村まで2里1町。

また北の方1里余、諏訪峠に家居1軒あり。

山川

諏訪峠(すはとうげ)

村北1町計、新発田街道にあり。
ここを越て行地村に行く。
九折にして登ること1里17町、甚だ難所なり。大抵10月より4月までは雪深くして牛馬を通すこと能わず。
絶頂に諏訪明神の社あり。因て名く。
頂より望めば限界甚だ広く、東南の方ひらけて磐梯・布引等の諸山も見え、西北は数山を隔て晴朗のときは遥かに北海に行かう船も見ゆ。
北に下れば清水2あり。峠清水という。清冽にして炎旱にも涸れず。行人長坂に苦しみ、ここに至て渇きを救う。
この辺最も嶮岨(けんそ)にて、眼前に山起り路窮せるが如くなれば、牛馬却歩(きゃくほ)す。因て土人馬戻(こまもとり)牛戻(うしもとり)と称す。
山勢北にひき、西北は行地村に界ひ東南の方本村と京瀬村に属す。

真那板倉山(まないたくらやま)

村寄り亥(北北西)の方1里にあり。
頂まで8町。
北は行地村と峯を界ふ。
雑木多し。

揚川(あかのかわ)

村南1町計にあり。
鹿瀬村の境内より来り、西に流るること15町計京瀬村の界に入る。
広2町。

牧沢川(まきさはかわ)

村寄り戌(西北西)の方5町にあり。
真那板倉山の諸渓会して1となり、未(南南西)の方に流るること1里余揚川に入る。
広2間計。

関梁

船渡場

村南にあり。
新発田街道、揚川の渡なり。

神社

山神社

祭神 山神?
鎮座 不明
村北、山麓にあり。
鳥居あり。村民の持なり。


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    • 角島地区
      • JR磐越西線の津川駅は津川側(阿賀野川の南)ではなくこちら側(阿賀野川の北)にあります。
    • 諏訪峠
      • 角島から諏訪峠に行く途中に柳新田の一里塚があります。
      • 諏訪峠から北北西へ向かう経路は無くなってしまったようです。峠清水は残っているのでしょうか?
      • 諏訪峠の諏訪神社は、神社明細帳を見ると大きく×印が書かれています。大正5年5月4日にどこかの諏訪神社と合併したようです。(京瀬村の欄外も参照)
    • 真那板倉山?
    • 揚川 - 阿賀野川
    • 牧沢川 - 槇沢川?
    • 山神社
      • 神社明細帳に角嶋の山神社の記載はありますが、詳しい住所が載っていない(越後国東蒲原郡揚川村大字清川字角嶋まで)のでどこにあるか不明です。
      • 角島地区の東側に大山祇神社があります。北の山から移転したのでしょうか?
    • 角島観音堂
    • 角島の追分道標 - 参考:万葉風のページ
最終更新:2020年11月02日 19:46