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郭外 > 上町 > 鳥居町

陸奥国 若松 郭外 上町 鳥居(とりい)
大日本地誌大系第30巻 147コマ目
幕末会津若松城下地図 - 会津若松市/デジタルアーカイブ

六日町の南端より東の方横三日町に至る。
東西2町1間余・幅3間余、家数30軒。

この地、昔は伊舎須弥(いさすみ)神社の境内にて大なる石鳥居あり。
文禄中(1593年~1596年)外郭営築の時社地を削りこの町を置く。されども通りは毀たずして町中に在し(ゆえ)町名となりしという。
件の鳥居は慶長16年(1611年)の地震に(ことごと)く碎け倒れて今礎石のみ存す。
加藤氏の時杉山某とて市井を司りし者この石往来の巷にありて「無用の物なり、八角の境内に入べし」とて人夫をして挽しむるに、重くして動かすこと能はず。因て側の地を堀てその中に埋みぬ。その夜杉山が女子俄に物に狂て口ばしりけるは凡有司の職絶たるを継き廃れたるを。起すを以て志とするべきに左は無しで年久き鳥居の礎石を埋み、そのかみの名残だになくせしこと神慮をも(はばか)らず有司の志にも背く。これを罰せんか為め汝が女子の命を断ち7日の中に土中に埋めんと云いて(なお)慄き狂うこと甚し。杉山驚き中夜に人を馳て彼石を掘出し邊に(かこい)を結廻しその上に女子が命(つつが)なくば速に鳥居を造立すべしと祈誓せしが神罰(のが)れ難く7日を過ずして女子身まかれり。爾せしより後人この石を(おそ)れたふとむこととなれり。
また往古より死者を葬るに社前を(はばか)りてこの町を通さす、押て通る者は必その家に祟りありという。

神社

伊舎須弥神社

この町の北頬にあり。
伊舎須弥神社

稲荷神社

祭神 稲荷神?
創設 不明
この町の南頬にあり。


外部リンク等


会津寺社縁起 - 神社の部

神社名 所在地 神社縁起
八角神社
(伊舎須弥神社)
若松市鳥居町 崇神天皇元年神船にて天降り鉾をこの地に投じ、鉾八角の水晶となる。ここに社を建て宮を八角と号すとある。慶長6年(1601年)蒲生秀行社頭を造営、社領五拾石を寄付。
祭神:伊弉諾尊・伊弉冊尊
最終更新:2026年01月12日 20:50
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