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郭外 > 石塚

陸奥国 若松 郭外 石塚(いしづか)
大日本地誌大系第30巻 178コマ目
※国立公文書館デジタルアーカイブ『新編会津風土記22』より

黒川の西新町の東にあり。
その名の従て起る処を詳にせず。
或は伝う。天應元年(781年)陸奥大堟・石川浄足伊治公呰麻呂が乱*1を避け本州宮城郡多賀城より來奔(らいほん)堂家(だうけ)(今の滝沢組牛墓村の地)という処に潜み居しが、終に彼こにて身まかりぬ。
後その子孫分れて三家となり、一は堂家と称し、一は石部と称し、一は石塚と称して三浦の時まで(なお)当時の勢家(せいか)*2たり。
この地は彼の石塚が館ありし所(ゆえ)この名残るという。

石塚



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余談

  • 石塚六軒丁の東、黒川には江戸時代には仮橋が、現在は湯川橋が架けられています
最終更新:2026年02月04日 21:18
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