権現下郭の土居に就き、東より西にゆき北に折れまた西に廻りて大町通に出。
長4町4間・幅10間。
家数5軒。
この辺、加藤氏のときまでは士屋敷あまた有りしが、今は五軒となりき故この名あり。
倉屋敷
二ヶ所あり。
東にあるを上倉といい、西にあるを下倉と称ふ。
家人に給する倉米を蔵む。
熊野口
また天神口ともいう。郭南・深澤天神社に近き故なり。
この丁の東端にて西に向い南に折れ河原新丁に分る郭門なり。
番所、北向。
熊野宮の側にある故この名あり。
外讃岐口
熊野口の西にあり。
内郭に同名ある故内外を以て分つ。
(府城西出丸の条下と照見るべし)
今鎖して往来を禁ず。
正覺寺迹
今豊岡神社のある所なり。蒲生氏の頃までこの寺ありしといい伝う。
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最終更新:2026年03月09日 22:38