アットウィキロゴ

権現下郭 > 五軒丁

陸奥国 若松 郭内 権現下郭 五軒丁
大日本地誌大系第30巻 115コマ目
※会津城下のまちわり - 会津若松史 第2巻より

権現下郭の土居に就き、東より西にゆき北に折れまた西に廻りて大町通に出。
長4町4間・幅10間。
家数5軒。

この辺、加藤氏のときまでは士屋敷あまた有りしが、今は五軒となりき故この名あり。

倉屋敷

二ヶ所あり。
東にあるを(うは)倉といい、西にあるを(した)倉と称ふ。
家人に給する倉米を蔵む。

熊野口

また天神口ともいう。郭南・深澤天神社に近き故なり。
この丁の東端にて西に向い南に折れ河原新丁に分る郭門なり。
番所、北向。
熊野宮の側にある(ゆえ)この名あり。

外讃岐口

熊野口の西にあり。
内郭に同名ある(ゆえ)内外を以て分つ。
(府城西出丸の条下と照見るべし)
今鎖して往来を禁ず。

正覺寺迹

今豊岡神社のある所なり。蒲生氏の頃までこの寺ありしといい伝う。


外部リンク等

最終更新:2026年03月09日 22:38
添付ファイル