府城の南に当り行程6里26町。
家数13軒、東西1町・南北20間。
東は
倉谷村に続き、南は戸石川に
傍ひ、西北は山に倚る。
村中に下野街道あり。
西7町・北3町、共に
倉谷村の界に至る。
南30間
小池村に界ひ戸石川を限りとす。その村まで8町。
山川
高倉山
村より戌亥(北西)の方9町にあり。
頂まで1里計。
衆峯に秀つ。
戸石川
村南30間にあり。
倉谷村の境内より来り、東に流るること5町、また
倉谷村の界に入る。
神社
高倉神社
村より戌亥(北西)の方6町、高倉山の麓にあり。
鳥居あり。
明應9年(1500年)に記せしという当社の勧進帳あり。その趣によれば、高倉宮以仁王の霊を祭しと見ゆ。具文明應の頃の物とは見えざれども、神職の家に伝わるままに左に録す。(※略)
神職 星河内
先祖は八瀬彌久太とて治承之頃より当社の神職たりしという。後に八瀬を改て星と称す。元文の頃(1736年~1741年)十太夫直国という者あり、今の神職直忠が3世の祖なり。
藤巻神社
祭神 |
面足尊・惶根尊 |
鎮座 |
不明 |
高倉神社の西にあり。
星河内これを司る。
余談。
面足尊・惶根尊とは神世七代の第6代の神です。
余談2。
水抜地区から大内宿に行く県道131号下郷会津本郷線の
この辺りに階段と旗竿があります。試しに登ってみた所、結構長い山道が続いていました。途中鳥居がありますが、額字からは先に何があるのか判断ができません(「奉?」と書かれていました)。先は山道が左右(東西)に別れており両方の道の先にはそれぞれ社が鎮座していました。ただ何の建物か判断できるものがなく詳細は不明です。
両方の社の中には人形の彫り物が奉納されているようです。
東の社の中
推測になりますが…。
風土記の内容を当てはめると東の社は高倉神社、西の社は藤巻神社ではないでしょうか?
追記(2020/10/13)
東の社の写真を見ると中に明治11年11月12日の日付と以仁親王と書かれた札があります。高倉神社で確定でしょう。
おおよその位置
宗教法人の登録情報(福島県法人課宗教法人名簿より)
認証番号 |
法人名 |
所在地 |
434 |
高倉神社 |
下郷町大字栄富字境窪戌291 |
2353 |
藤巻神社 |
下郷町大字栄富字境窪戌293 |
最終更新:2020年09月28日 22:16