耶麻郡川西組金滓沢新田村

陸奥国 耶麻郡 川西組 金滓沢新田(かなこさはしんでん)
大日本地誌大系第32巻 23コマ目

本寺村恵日寺草創の時この所にて鉄を鎔鐵せしとて今なお鉄屑多し。因て金滓沢といいしとぞ。
萬治2年(1659年)藤河吉右衛門某という者開し新田なり。

府城の東北に当り行程3里1町余。
家数4軒、東西1町5間・南北33間。
二本松裏街道の北に住す。

東4町・南7町、共に湖水を限りとす。
西3町40間戸口村の山に界ふ。その村まで9町40間。
北5町布藤村の山に界ふ。

山川

大皷石山

村南の湖水に臨める小き山をいう。
相伝ふ。何の頃にか文次郎という者ありよく田植歌を謡う。その所持の大鼓化して石となり、今湖中にありという。

五輪坂

村東にあり。
ここを越て長浜に至る。
二本松裏街道なり。

燈明石

五輪坂より下り長浜の西にあり。
蟹沢・金滓沢新田両村の界とす。
周4間計。その上平にして数人を坐すべし。
龍燈を磐椅明神に供すという。

水利

村西にあり。
周223間。



余談。
※地理院地図(明治41年測図/昭和6年修正)

旧・二本松裏街道は、現在の長浜の南側から迎賓館方面に坂を登り戸口方面へと抜ける道だったようです。



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