耶麻郡五目組日中村

陸奥国 耶麻郡 五目組 日中(につちゆう)
大日本地誌大系第32巻 116コマ目

府城の北に当り行程6里28町。
家数12軒、東西1町18間・南北1町30間。

東1町18間水沢村に界ひ日中川を限りとす。その村は寅(東北東)に当り5町10間余。
西5町32間野辺沢村の山界に至る。その村まで13町余。
南11町6間熱塩村の界に至る。その村まで14町10間。
北は重山連なり7里余にして米沢領出羽国置賜郡に界ふ。

この村東は日中川に傍て熱塩村の山に対し、南は平地につづき西北に山(めぐ)り、北は殊に高山なり。
丑(北北東)より未(南南西)の方まで数区の端村環列す。
またこの村より山間を経ること3里計、小田付組入田付村よりの径路に合し米沢領塩地平村に通す。小径にて駄馬を通せず。

小名

荒田(あらた)

本村の西7町にあり。
家数2軒、東西27間・南北13間。
四方田畠なり。

端村

宇津原(うつのはら)

本村の寅(東北東)の方8町にあり。
家数4軒、東西17間・南北1町1間。
東は日中川に傍ひ三方田圃(たんぼ)なり。

千石沢(せんこくさは)

宇津原より寅(東北東)の方2町にあり。
家数16軒、東西1町12間・南北30間。
東は日中川に傍ひ西南北は田畠なり。

堰場(せきは)

宇津原の西1町にあり。
家数6軒、東西59間・南北41間。
四方田畠なり。

上原(かんはら)

堰場より戌亥(北西)の方50間余にあり。
家数2軒、東西29間・南北28間。
東南は田畠にて西北に山林あり。

田中(たなか)

上原の南50間にあり。
家数3軒、東西16間・南北40間。
東南は田畠にて西北は山林に連なる。

古内(ふるうち)

田中より申(西南西)の方30間にあり。
家数10軒、東西44間・南北1町37間。
西北は山林に連なり東南は田畠なり。

百目貫(とうめき)

本村の西6町にあり。
家数8軒、東西20間・南北2町10間。
西は山林にて三方田畠なり。

明戸(あけと)

百目貫より巳(南南東)の方1町にあり。
家数2軒、東西47間・南北33間。
東は日中川に傍ひ三方田畠なり。

中在家(なかさいけ)

小名荒田の申(西南西)の方1町にあり。
家数5軒、東西20間・南北1町26間。
四方田畠なり。

山川

檜沢山(ひさはやま)

村北3里計にあり。
この山多く荒砥を産す。

飯森山(いひもりやま)

村より亥(北北西)の方5里余にあり。
大倉山(おほくらやま)高倉山(たかくらやま)と共に檜沢山の西北に連なり最も高山なり。
昔飯豊権現の鎮座ありし所という。
その余数峯ありて深山なり。
本村及び隣村より多くこの山に入り薪を伐て府下に出す。

日中川

米沢領の界大森山(おほもりやま)穂乳盡山(ほにうつくしやま)より源を発し数多の澗水(かんすい)これに合し、山中を2里余屈曲し檜沢山に至り檜沢川という。また丑寅(北東)の方より小檜沢川これに会し、山中を経ること3里余にて水沢村との間を未申(南西)の方へ斜めに流れ熱塩村の境内に注ぐ。

黒滝(くろたき)

村北5里余、日中川の上流にあり。
高3丈余。
常には人跡少しなる地なり。
旱歳にここに至て雨を祈れば験ありという。
また11町計下流に糸滝というあり。高3丈計。

土産

砥石

檜沢山より出す(ゆえ)檜沢砥と称す。
(はだ)(あら)く最も鉈鎌を硎くに宜し。
また熱塩村の山中よりも出す。

早百合

この村の山中に多し。花淡紫紅極めて愛玩すべし。白花あれども至て稀なり。(すべ)て近村にも多くあれどもこの村及び山岩尾村に最も多し。
加藤氏の時白花のものを求めし文書2通、この村の農民弥五兵衛が家に蔵む。その文左に録す(※略)

神社

磐椅神社

祭神 磐椅神?
相殿 伊勢宮
   鹿島神
   山神 3座
   若宮八幡
鎮座 不明
村の未(南南西)の方6町にあり。
鳥居拝殿あり。

神職 中野出羽

その先詳ならず。元禄中(1688年~1704年)小大夫某始て当社の神職となる。今の出羽義重まで5代なり。

羽黒神社

祭神 羽黒神?
草創 不明
村より午未(南~南南西の間)の方6町計、山上にあり。
鳥居拝殿あり。

別当 八大院

本山派の修験なり。應永中(1394年~1428年)長成という者開基してより現住長敬まで22世という。

八幡宮

祭神 八幡宮?
鎮座 不明
村の戌(西北西)の方1町にあり。
鳥居拝殿あり。八大院司なり。

寺院

常繁寺

村より戌亥(北西)の方5町にあり。
飯豊山と號す。熱塩村示現寺の末寺曹洞宗なり。
開基の年代詳ならず。
天正中(1573年~1593年)示現寺14世智宏中興す。
本尊釈迦客殿に安ず。




蛇足。
地図へのマーク付けがごちゃごちゃになってしまいました。
最終更新:2020年08月11日 16:42