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陸奥国 若松 郭外 下町 大和(やまと)
大日本地誌大系第30巻 160コマ目
幕末会津若松城下地図 - 会津若松市/デジタルアーカイブ

当麻町の末に続き、長4町33間・幅4間余、家数80軒。
町末より西に折れて高久組諸村にゆく道あり。

ここより11町59間、中明村に界ふ。
この町、葦名盛氏の時佐瀬大和が郎等どもを置し所(ゆえ)この名あり.
(赤岡分の地雑はる)

寺院

金剛寺

この町の西頬にあり。
宝珠山華蔵院金剛寺

大安寺

町末にあり。
五之町高巖寺の末山浄土宗なり。念法山と號す。
文禄3年(1594年)岌正という沙門草健す。
本尊弥陀、客殿に安ず。

光明寺

この町より高久組にゆく道の北頬にあり。
永禄元年(1558年)慶了という僧草造す。
初は郭内五之丁にあり(今その所を詳にせず)。天正9年(1581年)ここに移れり。
浄土真宗西本願寺の末寺なり。
本尊弥陀、客殿に安ず。

太子堂

境内にあり。


参照・補足


外部リンク等


余談

最終更新:2026年01月15日 23:18
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