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郭外 > 徒町 > 願成就寺前通

陸奥国 若松 郭外 徒町 願成就寺前(ぐわんじゆじまへ)
大日本地誌大系第30巻 167コマ目
幕末会津若松城下地図 - 会津若松市/デジタルアーカイブ

長丁の北に並び、東は浄光寺前通より西は臺町(上町)まで。
長2町55間・幅6間、家数26軒。

寺院

浄光寺

この通りの東端にあり。
寿栄山井上浄光寺

明光寺

浄光寺の南に在り。
開山道味という僧、元和年中(1615年~1624年)京師本願寺に至り本尊ならび寺號を請い、帰て地を加藤氏二請てこの地を開く。
時に寛永6年(1629年)なり。
京師東本願寺の末寺浄土真宗なり。
本尊弥陀、客殿に安ず。

寶物

親鸞画像 一軸
本願寺准如が元和8年(1622年)の裏書あり。

法林寺

この通の北頬にあり。
稲臺山と號す。浄土宗京師智恩院の末寺なり。
もと下野国宇都宮にあり轉陽山法輪寺と号す。蒲生氏再封の時従てこの地に来る。
鐘楼に懸る所の鐘径2尺、銘文なし。

客殿

7間に6間、南向。
本尊三尊弥陀。

稲荷神社

境内にあり。

観音堂

同上。

願成就寺

法林寺の西にあり。
叶山と號す。京師智恩院の末寺浄土宗なり。
もと耶麻郡五目組上三宮村にありて加納山願成寺と號す(上三宮の条下に詳なり)。
慶長4年(1599年)22世世良翁、上杉景勝の名に因て今の地に移りこの寺を開き、即願成寺の號を用い加納山を改て叶山と號す。故に良翁を以て開山とす。
2世尊譽に至て堂宇の制初て備る。故にこれを中興とす。
寛永20年(1643年)肥後守正之封に就に及て出羽国浄土寺の僧霊徹従てこの地に移り当寺の住持職となれり。これを第7世とす。
この時寺領100石を付せり。
寺號就の字を加えしは正保2年(1645年)霊徹洛に赴き勅を蒙て改めし所といい伝う。

制札

門外西にあり。

総門

2間に1間余、南向き。

外繋

門を入て左にあり。2間に1間半。

客殿

8間半に7間半。南向。
本尊三尊弥陀。
この北に4間に3間の所あり。台徳院殿、文昭院殿、有章院殿、惇信院殿の霊牌を安置し奉る。
また傍の一段卑き所をしつらい当家の位牌を蔵む。

書院

8間に3間半。

庫裏

13間に10間半。


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最終更新:2026年01月22日 21:14
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