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郭外 > 南町 > 年貢町

陸奥国 若松 郭外 南町 年貢(ねんぐ)
大日本地誌大系第30巻 175コマ目
※国立公文書館デジタルアーカイブ『新編会津風土記21』より

天神橋の詰より南の方田畝に通す。
長1町50間余・幅2間、家数31軒。
町の南端にて本郡南青木組北青木村に界ふ。
(南町分の地なり)

天神橋

この町の北端黒川に架す。
長16間余・幅2間、勾欄(こうらん)あり。
天満宮の側なる(ゆえ)この名あり。
この橋を()えて河原新丁に出つ。

神社

天満宮

祭神 深沢天神
勧請 建武2年(1335年)~
この町の北頬、黒川に傍て一段高処にあり。
葦名直盛鎌倉より下向の時、深沢天神を勧請しこの地に祭る。故に深沢天神と称す。当社の北なる黒川の邊をも深沢と唱ふ。
鳥居拝殿あり。

末社五座

伊勢宮
本社の未申(西南)の方にあり。
山王神社
伊勢宮の南にあり。
稲荷神社
山王社の南にあり。
摩利支天神社
稲荷神社の南にあり。
天王神社
摩利支天社の南にあり。

別当 威徳院

境内にあり。
永命山と號す。郭内延壽寺の末寺天台宗なり。
当社勧請の時延壽寺の弟子英順という僧をして奉祭せしむ。これ当寺の元祖なり。
その後数世を経て寛永12年(1635年)の頃灌英という僧住して荒廃を修理す。故にこれを中興とす。
本尊弥陀客殿に安ず。

外部リンク等


余談

  • 菅原神社の境内に象眼町稲荷丁にあった松本稲荷が祭られている
  • 太郎庵の「会津の天神さま」の元ネタはここの菅原神社(天神様)
  • 会津西街道(松川街道)の起点となるのは実質この年貢町通りかと考えるが、有識者の方々の見解は如何か?
最終更新:2026年01月31日 23:42
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