天神橋の詰より南の方田畝に通す。
長1町50間余・幅2間、家数31軒。
町の南端にて
本郡南青木組北青木村に界ふ。
(南町分の地なり)
天神橋
この町の北端黒川に架す。
長16間余・幅2間、
勾欄あり。
天満宮の側なる
故この名あり。
この橋を
踰えて
河原新丁に出つ。
神社
天満宮
この町の北頬、黒川に傍て一段高処にあり。
葦名直盛鎌倉より下向の時、深沢天神を勧請しこの地に祭る。故に深沢天神と称す。当社の北なる黒川の邊をも深沢と唱ふ。
鳥居拝殿あり。
末社五座
伊勢宮
本社の未申(西南)の方にあり。
山王神社
伊勢宮の南にあり。
稲荷神社
山王社の南にあり。
摩利支天神社
稲荷神社の南にあり。
天王神社
摩利支天社の南にあり。
別当 威徳院
境内にあり。
永命山と號す。郭内延壽寺の末寺天台宗なり。
当社勧請の時延壽寺の弟子英順という僧をして奉祭せしむ。これ当寺の元祖なり。
その後数世を経て寛永12年(1635年)の頃灌英という僧住して荒廃を修理す。故にこれを中興とす。
本尊弥陀客殿に安ず。
外部リンク等
余談
- 菅原神社の境内に象眼町稲荷丁にあった松本稲荷が祭られている
- 太郎庵の「会津の天神さま」の元ネタはここの菅原神社(天神様)
- 会津西街道(松川街道)の起点となるのは実質この年貢町通りかと考えるが、有識者の方々の見解は如何か?
最終更新:2026年01月31日 23:42