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郭外 > 滝沢町 > 妙法寺前通

陸奥国 若松 郭外 滝沢町 妙法寺前(めいほふじまえ)
大日本地誌大系第30巻 184コマ目
※国立公文書館デジタルアーカイブ『新編会津風土記23』より

甲賀町の末に続き、北の方東黒川上河原分田圃(たんぼ)に通す。
長2町10間余・幅3間、家数8軒。

寺院

久福寺

この通の西頬にあり。
長照山と號す。佐州*1蓮華王山妙宣寺の末寺法華宗なり。
慶長9年(1604年)日圓という僧開基す。

三十番神社

境内にあり。

妙法寺

久福寺の北に並ぶ。
寶塔山妙法寺

智光寺

この通の東頬にあり。
金剛山と號す。江戸新智恩寺の末寺浄土宗なり。
慶長17年(1612年)領主忠郷の臣河野備中某岌穆という僧をしてこの寺を開かしめき。
本尊弥陀客殿に安ず。

龍眼寺

この通の北端西頬にあり。
貴光山と號す。
五之町高巖寺の末寺浄土宗なり。
永禄2年(1559年)貞穆という僧草創すといい伝う。
本尊弥陀客殿に安ず。

寶物

曼荼羅 1幅
当時23世霊遵大和国当麻寺の全図を摸せる処にて、表装ともに長4間余・幅2間半余、霊遵もと佛画を善し図する所当寺に伝はれるもの(なお)100有余幅に及べり。この曼荼羅はその中の一にて工を積むこと凡20余年を閲て経営完く備わりしという。
光彩甚密なり。
涅槃画 1幅
これも霊遵絵く処にて鳥獣蟲蟻みな名號をもて図せり。
千手観音木造 1軀
この木像は本州安達郡大倉山千體佛の一にて霊遵が時不測の霊夢に因り彼地より贈り来る処という。
(かや)の木像にて長3尺7寸。
処々虧損し、また面は剥落して耳目の形さだかならず。
厨子に納て客殿に安ず。

外部リンク等


余談

  • かつては久福寺の正面に木戸が設置されており甲賀町と区分けされていた。
最終更新:2026年02月10日 20:36
添付ファイル

*1 佐渡国。現在の新潟県の佐渡島