会津郡南青木組中野村

陸奥国 会津郡 南青木組 中野(なかの)
大日本地誌大系第31巻 78コマ目

府城の南に当り行程34町余。
家数24軒、東西2町29間・南北1町18間。
四方田圃(たんぼ)なり。

東1町19間井出村の界に至る。その村は巳(南南東)に当り1町40間余。
西32間・南5町19間、共に徳久村の界に至る。その村は西に当り4町30間。
北3町54間府下東黒川南町分の地に界ふ。

寺院

福蔵院

村中にあり。
真言中大寶山と號す。府下大町弥勒寺の末山なり。
開基を詳にせず。
本尊大日客殿に安ず。

古蹟

千本木(せんほんき)

村北2町余に男松1株あり。
俗に一本木と称す。
土人の説に、昔は府より鎌倉に通る往還にて、府城諏訪通郭門の邊よりここに至るまで千本の並木あり。その1本の遺れるなりという。旧は榎木なり。枯て後男松を栽えしとぞ。
またこの邊に法領(ほうれう)という字あり。昔義家朝臣東征の時御山村の山中より放たれし矢この邊に落しとてその所に法領神とて祠を建て祭りしが、寛文中(1661年~1673年)御山村八幡宮に相殿とす。今なお法領(井出村の界にあり)・下法領(この邊という)という字遺れり。法領と名けし謂を詳にせず。