祭神 | 山神? |
鎮座 | 不明 |
九々明村については、くわしいことはわからないが、もと冑中にいたのが移住したという伝承がある。文禄三年(1594)にはすでに村は成立していたので、近世初頭には移住していたことになるが、『新編会津風土記』には、
「此村は大岩・沢中・鳥屋三村の境内を開作し、此村に隷せる地なし」
とあって、三村による境界が確定した後に、村が成立したことを示している。
江戸時代を通じて経済的に高田方面との結びつきが強く、九々明は狭間峠の要衝 をなしていたが、今日では廃村になってしまった。