河沼郡坂下組気多宮村

陸奥国 河沼郡 坂下組 気多宮(けたのみや)
大日本地誌大系第33巻 124コマ目

この村寛文中(1661年~1673年)まで転訛して桁宮に作れり。

府城の西北に当り行程4里。
家数27軒、東西2町15間・南北1町10間。
越後街道に住し、西南北は山に倚り東は平地に続く。
村の未(南南西)の方柳津道に一里塚あり。

東は村際にて牛沢組塔寺村に界ふ。その村は寅(東北東)に当り2町40間余。
西3町20間・北4町、共に船渡村の山界に至る。その村は西に当り17町。
南3町塔寺村の山に界ふ。
また
未(南南西)の方15町30間牛沢組大沢村の界に至る。その村まで22町10間。

小名

新田(しんでん)

本村の7町10間未(南南西)の方にあり。
家数2軒、東西40間・南北25間。

神社

気多神社

祭神 大己貴命(おおなむちのみこと)天活玉命(あめのいくたまのみこと)
勧請 不明
村西山腰にあり。
鳥居拝殿あり。原村山田伊勢が司なり。
里老相伝て、源義経奥州に下向の時弁慶従来て笈の背板を奉納せしという。
また社傍に「弁慶かし」とて大かしの木ありしとぞ。今は枯れてわずかに存す。



  • Google Map
    • 気多神社
    • 追分石
      • 「是れより左柳津路・是れより右越後路」と彫られた石碑
    • 山神社
      • 気多宮から49号線を柳津方面に向かう道の右に石鳥居がポンとあります。

余談。
(2020/5/9時点)GoogleMap上に気多宮のマークがありますが、あれ何でしょう?そこ民家なんですが…。