河沼郡牛沢組大野村

陸奥国 河沼郡 牛沢組 大野(おほの)
大日本地誌大系第33巻 150コマ目

府城の西に当り行程7里24町。
家数24軒、東西1町10間・南北4町20間。山間に散居す。

東16町大沼郡中荒井組出戸田沢村端村沼山の山に界ふ。
西16町50間余・南1里計大沼郡高田組軽井沢村の山に界ふ。
北8町40間小柳津村の山界に至る。その村は戌(西北西)に当り17町20間。
また
村の辰巳(南東)の方18町、山中に1区あり。次郎右衛門新田という。
家数3軒、東西20間・南北20件。
この村の農民次郎右衛門という者闢し新田なりという。

山川

繋川

村東8町計にあり。
この村の山中より源を発し、西北に流るること1里余小柳津村の境内に入る。
広2間計。

清水

村中にあり。
東西1間半・南北1間。
昔徳一が加持により湧出しという。
今に至るまで水多く清冷なり(光和泉寺の条下と照見るべし)。

水利

村の辰巳(南東)の方18町余山中にあり。
周80間。

神社

熊野宮

祭神 熊野宮?
相殿 熊野宮
鎮座 不明
村北1町計にあり。
鳥居あり。出倉村舟木伊勢が司なり。

熊野宮

祭神 熊野宮?
鎮座 不明
村南20間計にあり。
鳥居あり。村民の持なり。

寺院

光泉寺

村中にあり。
浄土宗壽命山と號す。府下大町融通寺の末山なり。
縁起に、昔大同年中(806年~810年)徳一この地に来り柳津村に虚空蔵堂を建しときこの山中より材木を伐しむ。盛夏の時にて人夫炎熱に苦しみ且水に渇しければ、徳一6株あり喬木の下に居て加持せしに(たちまち)清水迸り出て諸人渇を癒し蘇生の思いをなせしとぞ(今村中にある清水なり)。造立の功成て後徳一再びここに来り、彼の喬木を伐て六地蔵を刻み本尊とす。
いつの頃にか火災に罹り殿宇焼失たり。寛文中(1661年~1673年)良專という僧再興す。
彌陀を本尊とし客殿に安ず。

地蔵堂

境内にあり。