耶麻郡川東組長坂新田村

陸奥国 耶麻郡 川東組 長坂新田(なかさかしんでん)
大日本地誌大系第32巻 14コマ目

府城の東北に当り行程7里14町。
家数16軒、東西2町46間・南北1町46間。
西は山に()ひ東に田圃(たんぼ)あり。

東4町酸川野村に界ひ檜原川を限りとす。その村まで16町。
西5町20間磐梯山の麓に至る。その奥は境界分明ならず。
南11町・北9町、共に渋谷村の界に至る。その村は辰(東南東)に当り18町。

この村もとは長坂といい廣野なりしを、萬治3年(1660年)白木城村の百姓出て草莱(そうらい)を闢く。(ゆえ)に名く。

小名

三屋(みつや)

本村の辰巳(南東)の方7町余にあり。
家数4軒、東西1町・南北1町40間。
寛文4年(1664年)に闢く。
西北は山林につづき東南は田畠なり。

山川

檜原川

村より丑寅(北東)の方16町にあり。
渋谷村の境内より来り、戌(西北西)の方より辰(東南東)の方に流るること18町、また渋谷村の界に入る。
広30間余。

水利

土田堰

渋谷村の境内にて檜原川を引き渋谷村の方に注ぐ。

上山下堰

渋谷村の境内にて檜原川を引き田地の養水とし渋谷村の方に注ぐ。

古蹟

屋敷跡

村北9町に屋敷腹という処あり。
この中に検断屋敷と唱え人の住居せし跡2ヶ所あり。
寶暦中(1751年~1764年)この地を耕すとき陶器に蔵むる銭1貫文を得ることあり。みな永楽銭*1なりしという。
山腰に古道の跡なお残れり。

岩窟

村西4町計、山腰にあり。
入口3尺四方計。中の広3、4畳敷計。上古の世穴居の跡にや。その躰まさしく人工と見ゆ。
また村より辰巳(南東)の方の田畑の中より古瓦石砮の類を得ることあり。