※このページには『真暗ノ記憶』に関するネタバレが含まれます。
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一話
彼女がまだ『人間』だった頃
「これは、少しだけ昔の物語」
「これは、『彼女』がまだ人だった時代の物語」
「これは、世界に『花』が生まれた時の物語――」
「これは、『彼女』がまだ人だった時代の物語」
「これは、世界に『花』が生まれた時の物語――」
「......大きく育つのよ」
培養器の中で育つ『有機物』に、そう呟く女性。
彼女は手慣れた様子でコンソールを操作する。
培養器の中で育つ『有機物』に、そう呟く女性。
彼女は手慣れた様子でコンソールを操作する。
空中に複数のホログラムパネルが展開され、
養器内のステータスを事細かに映し出す。
表示される項目は、温度・湿度・酸素濃度・土壌の成分・
熱伝導率など多岐にわたる。
養器内のステータスを事細かに映し出す。
表示される項目は、温度・湿度・酸素濃度・土壌の成分・
熱伝導率など多岐にわたる。
そのどれか一つのバランスも崩してはならない。
難しい仕事だが、彼女はやりがいと誇りを感じていた。
難しい仕事だが、彼女はやりがいと誇りを感じていた。
今から何千年も昔の話。この地球は『自然』に溢れていた。
山や海を始めとする生態系の中で様々な動植物が繁栄し、
人間と共存していた。
山や海を始めとする生態系の中で様々な動植物が繁栄し、
人間と共存していた。
しかし、人間による開発や環境汚染、
また自然そのものによる災害や気候変動により、
地球の生命は緩やかに終わりに向かう。
また自然そのものによる災害や気候変動により、
地球の生命は緩やかに終わりに向かう。
そして今、この地球上に動植物が育つような『自然』は、
完全に失われてしまっていた。
完全に失われてしまっていた。
ここは、彼女が所属する遺伝学研究所。
最新技術の粋を集約し、建てられたこの施設には、
世界で指折りの学者や研究者が集められていた。
最新技術の粋を集約し、建てられたこの施設には、
世界で指折りの学者や研究者が集められていた。
その中でも彼女は遺伝子工学の第一人者として招かれ、
絶滅した動植物の再生・復活実験に力を注いでいた。
絶滅した動植物の再生・復活実験に力を注いでいた。
「状態は良いみたいね......やってみましょう」
コンソールに指を伸ばし幾つかの操作を行うと、
電子音が鳴り、培養器の中に液体が散布される。
コンソールに指を伸ばし幾つかの操作を行うと、
電子音が鳴り、培養器の中に液体が散布される。
その液体は、DNAに直接作用する特製の成長促進剤。
液体が『有機物』に作用して早回ししたように成長し、
白い花が咲いた。
液体が『有機物』に作用して早回ししたように成長し、
白い花が咲いた。
「やった......!」
彼女は小さくガッツポーズする。
彼女は小さくガッツポーズする。
本当は小躍りでもしたい気分だったが、
この研究室は常時監視されている。
実は昔、それで恥ずかしい思いをしたことがあった。
この研究室は常時監視されている。
実は昔、それで恥ずかしい思いをしたことがあった。
「また、再生に成功したみたいだな」
大男が研究室へと現れる。
おおよそ研究者という言葉が似つかない体格だが、
羽織られた白衣でその男も研究者であることが分かる。
大男が研究室へと現れる。
おおよそ研究者という言葉が似つかない体格だが、
羽織られた白衣でその男も研究者であることが分かる。
「あなた......まだ寝てると思ってた」
彼とはこの研究施設で出会い、恋をした。
結婚してもう五年にもなる。
彼とはこの研究施設で出会い、恋をした。
結婚してもう五年にもなる。
「綺麗な花だな、何と言う花なんだ?」
「名前は分からないのよ......でも文献によると、
見つけると願いが叶うと言われていた花みたい」
彼女はこの花のDNA情報を手に入れたとき、
絶対に再生させようと心に決めていた。
「名前は分からないのよ......でも文献によると、
見つけると願いが叶うと言われていた花みたい」
彼女はこの花のDNA情報を手に入れたとき、
絶対に再生させようと心に決めていた。
必ず叶えたい願いが彼女にはあったから。
「この世界が緑でいっぱいになりますように......」
彼女は綺麗に咲き誇る白い花に願った。
彼女は綺麗に咲き誇る白い花に願った。
いつか、この失ってばかりの世界に何かを与えたい。
彼女はそう思い、遺伝子工学の道を志したのだ。
彼女はそう思い、遺伝子工学の道を志したのだ。
そしてその思いは、一歩ずつだが実りをつけていた。
突然、ブザーが鳴り培養器に赤いランプが灯る。
二人が培養器の中を見ると、咲いていた花が急に萎れていく。
二人が培養器の中を見ると、咲いていた花が急に萎れていく。
「なぜ......」
女は焦った様子でバネルの情報を確認する。
花の栄養素を示す数値がどんどんと減少していく。
女は焦った様子でバネルの情報を確認する。
花の栄養素を示す数値がどんどんと減少していく。
「......培養器内の基準値を上げてみましょう」
花を維持するための栄養素の割合を通常の倍に引き上げる。
花を維持するための栄養素の割合を通常の倍に引き上げる。
培養器の中に液体が散布され、
酸素濃度や土壌内の栄養素が調整される。
酸素濃度や土壌内の栄養素が調整される。
しかし花は萎れ続け、花びらがパラパラと土に落ちた。
「この花自体の消費するエネルギー量が異常すぎる......」
夫は冷静に観察していた。
この症状自体は見たこともないものだったが、
実験中に花が枯れてしまうことは少なくない。
夫は冷静に観察していた。
この症状自体は見たこともないものだったが、
実験中に花が枯れてしまうことは少なくない。
しかし、彼女は冷静さを失っていた。
花が枯れてしまうと、
込めた願いまでも消えてしまうようで。
花が枯れてしまうと、
込めた願いまでも消えてしまうようで。
女はコンソールに指を伸ばし再度操作を行う。
赤く光る培養器の中に、再度液体が散布される。
赤く光る培養器の中に、再度液体が散布される。
「絶対に枯らせはしないわ......」
彼女は最後まで諦めたくなかった。
液体を浴びた花が、また急速な成長を遂げ花弁を再生させる。
しかし、様子がおかしい。成長が止まらない。
彼女は最後まで諦めたくなかった。
液体を浴びた花が、また急速な成長を遂げ花弁を再生させる。
しかし、様子がおかしい。成長が止まらない。
花は培養器を突き破り、
まるでカップから溢れ出るコーヒーのように床に広がる。
まるでカップから溢れ出るコーヒーのように床に広がる。
何かを探すように茎がウネウネと這い回り、
花弁が、花茎が、その質量を増していく。
花弁が、花茎が、その質量を増していく。
それは、研究室の壁や天井をも覆うほど巨大になっていった......
二話
研究所内に非常事態を告げるサイレンが鳴る。
夫婦がいる研究室は異様な情景が広がっていた。
培養器から溢れ出す巨大な花。
ありとあらゆる隙間を埋めるように植物の根が広がっていく。
培養器から溢れ出す巨大な花。
ありとあらゆる隙間を埋めるように植物の根が広がっていく。
その成長は研究所の壁や床、天井をも覆っていき
研究室の半分ほどを埋め尽くし、ようやく止まった。
研究室の半分ほどを埋め尽くし、ようやく止まった。
「おい、大丈夫か!」
騒ぎを聞きつけた同僚達が、夫婦のもとへとやってくる。
騒ぎを聞きつけた同僚達が、夫婦のもとへとやってくる。
「すまない、実験事故だ。成長促進剤を過度に与えた」
放心していた女に代わり、夫が事情を説明する。
同僚達は怪我がなくて良かった、と夫婦の心配をしてくれる。
放心していた女に代わり、夫が事情を説明する。
同僚達は怪我がなくて良かった、と夫婦の心配をしてくれる。
「......ごめんなさい......わたし......」
「いいんだ、怪我がなくて良かった」
夫が彼女を優しく抱擁する。
その温かさに緊張していた心がとけていく。
「いいんだ、怪我がなくて良かった」
夫が彼女を優しく抱擁する。
その温かさに緊張していた心がとけていく。
「しかし、興味深い花だな......」
仲間の一人がそう言い、巨大になった花の茎にあたる部分を、
手で叩いたりして観察している。
研究者の性か、周りの皆も同様に花を観察し始めた。
仲間の一人がそう言い、巨大になった花の茎にあたる部分を、
手で叩いたりして観察している。
研究者の性か、周りの皆も同様に花を観察し始めた。
元の植物だったころとは比べ物にならない硬度の茎。
そもそも、明らかに質量が増している。
分裂して増加しているのではなく、単純に巨大化しているのだ。
そもそも、明らかに質量が増している。
分裂して増加しているのではなく、単純に巨大化しているのだ。
「これは......何だ?」
花弁を熱心に見ていた男が何かを見つける。
どうやら花弁の奥に何かを見つけたらしい。
花弁を熱心に見ていた男が何かを見つける。
どうやら花弁の奥に何かを見つけたらしい。
「待って、危ないかもしれない......」
彼女は止めようとするが、男は、大丈夫と空返事を返す。
彼女は止めようとするが、男は、大丈夫と空返事を返す。
「......ッ! 腕が抜けない!」
花弁の中へと手を伸ばした男は、焦った声を出す。
どうやらジョークではない様子だった。
花弁の中へと手を伸ばした男は、焦った声を出す。
どうやらジョークではない様子だった。
男の焦った声が、徐々に深刻さを伴った
甲高い悲鳴へと変わっていく。
甲高い悲鳴へと変わっていく。
同僚達が花弁をこじ開けようとするが、
硬い岩石のようにびくともしない。
硬い岩石のようにびくともしない。
「待って......助けてくれ!」
腕を花に囚われた男は、ズルズルと全身を飲み込まれていく。
同僚達が必死に身体を引っ張るが、花の力のほうが強い。
腕を花に囚われた男は、ズルズルと全身を飲み込まれていく。
同僚達が必死に身体を引っ張るが、花の力のほうが強い。
「た......たすけ......」
男は頭から足の先まで完全に花に喰われた。
男は頭から足の先まで完全に花に喰われた。
男を飲み込み、丸々と膨れ上がった花弁から、
何かが軋み砕けるような音が聞こえる。
何かが軋み砕けるような音が聞こえる。
そして花弁が開き、噴水のように血が噴き出した。
それはまるで涎を垂らす肉食獣のように。
それはまるで涎を垂らす肉食獣のように。
花の中央から男だったものの肉塊が転がり落ちる。
そしてその肉塊から、また新しい花が発芽した。
そしてその肉塊から、また新しい花が発芽した。
発芽した花は、さっきと同じように急速に成長し、
反比例するように肉塊が萎んでいく。
まるで養分を吸い取っているかのようだった。
反比例するように肉塊が萎んでいく。
まるで養分を吸い取っているかのようだった。
そしてその花はまだウネウネと蠢いている、
まだ足りない『養分』を探すかのように。
まだ足りない『養分』を探すかのように。
「......逃げろ......逃げるんだ!」
誰かが声を荒らげ、一斉に走り出す研究者達。
そこからは誰のものか分からない悲鳴がずっと響いていた。
誰かが声を荒らげ、一斉に走り出す研究者達。
そこからは誰のものか分からない悲鳴がずっと響いていた。
本来、根を張った場所から動けないはずの花だが、
花弁を頭にした蛇のように、人間を追いかけてくる。
花弁を頭にした蛇のように、人間を追いかけてくる。
花弁が人を喰らって咲き、肉塊からまた花が生まれる。
増えていく花は、徐々に、でも確実に、
研究者達を追い詰めていった。
研究者達を追い詰めていった。
「ここだ、ここに隠れよう!」
夫は彼女の手を引き、研究区画の隅にある、
小さな倉庫へと身を隠した。
夫は彼女の手を引き、研究区画の隅にある、
小さな倉庫へと身を隠した。
荒くなった息を無理やり整え、息を殺す。
外ではまだ悲鳴や絶叫、花が這いずる音が聞こえる。
外ではまだ悲鳴や絶叫、花が這いずる音が聞こえる。
「......わたし......どうしたら......」
自分が再生させた花が人を食べ、増殖している。
あれは復活させてはダメだったのかもしれない。
いや、自分が調合した成長促進剤が悪かったのかもしれない。
自分が再生させた花が人を食べ、増殖している。
あれは復活させてはダメだったのかもしれない。
いや、自分が調合した成長促進剤が悪かったのかもしれない。
「......今は生き残ることだけ考えよう」
そう言って夫は彼女を抱擁する。
罪悪感を、恐怖を紛らわすように強く、強く。
そう言って夫は彼女を抱擁する。
罪悪感を、恐怖を紛らわすように強く、強く。
女の震えがゆっくりと止まる。
しかし、倉庫の外からまた絶叫が聞こえた。音はかなり近い。
しかし、倉庫の外からまた絶叫が聞こえた。音はかなり近い。
「君はここにいるんだ。大丈夫、すぐに戻る」
夫は返事も聞かぬまま倉庫の外へと向かい、
こっちに来い化け物、ど叫びながら走り去る。
囮になって花を引きつけてくれたようだった。
夫は返事も聞かぬまま倉庫の外へと向かい、
こっちに来い化け物、ど叫びながら走り去る。
囮になって花を引きつけてくれたようだった。
「待って......ひとりにしないで......」
後には痛いほどの静寂と、女だけが取り残された......
後には痛いほどの静寂と、女だけが取り残された......
三話
どれくらいの時間が経っただろうか。
時々聞こえていた這いずるような音は止み、
施設内は静かになっていた。
倉庫の外に出ようとしたが、扉がロックされている。
時々聞こえていた這いずるような音は止み、
施設内は静かになっていた。
倉庫の外に出ようとしたが、扉がロックされている。
閉じ込められた彼女は恐怖と罪悪感からか、
身体が急速に冷えていくのを感じる。
身体が急速に冷えていくのを感じる。
今はただ夫の無事を祈り続けた。
皮肉にも、この倉庫は夫と初めて出会った場所だった。
あの日、彼女は両手にいっぱいの備品を抱えていた。
そのせいで扉が開けられなくなっていた彼女を、助けてくれたのが
彼だった。
そのせいで扉が開けられなくなっていた彼女を、助けてくれたのが
彼だった。
「一度にたくさん運ぼうとするからだろう、アホだな」
そんなことを言われ、怒ったことを彼女はよく覚えていた。
それからも何度か世話を焼かれるうちに、
彼女の心は彼に惹かれていった。
研究に没頭し、寝食を忘れる彼女を彼は支え続けてくれた。
そんなことを言われ、怒ったことを彼女はよく覚えていた。
それからも何度か世話を焼かれるうちに、
彼女の心は彼に惹かれていった。
研究に没頭し、寝食を忘れる彼女を彼は支え続けてくれた。
「......誰かいないか......!」
うっすらと誰かの声が聞こえた、気がした。
うっすらと誰かの声が聞こえた、気がした。
「いるわ......ここから出して!」
女は精一杯の声で叫んだ。
その声を聞いてか、倉庫の外が慌ただしくなる。
無線の音が鳴り、複数の足音や息遣いが聞こえてくる。
女は精一杯の声で叫んだ。
その声を聞いてか、倉庫の外が慌ただしくなる。
無線の音が鳴り、複数の足音や息遣いが聞こえてくる。
「いまから扉を切断します、離れてください」
扉の中央が赤熱し、やがてその光点がゆっくり動き出す。
高熱のカッターが扉を円状に切り取る。
その切り取られた扉から見えたのは凄惨な光景だった。
扉の中央が赤熱し、やがてその光点がゆっくり動き出す。
高熱のカッターが扉を円状に切り取る。
その切り取られた扉から見えたのは凄惨な光景だった。
施設の壁や床、天井に至るまでが
花の這いずりによって抉れている。
花の這いずりによって抉れている。
そしてその蛇腹状に抉られた溝に、
鮮血が滴る肉がびっしりと詰まっていた。
鮮血が滴る肉がびっしりと詰まっていた。
『花』の圧倒的な質量に、
身体を押しつぶされ、挽き回されたのだろう。
もうそれが誰なのか、なんて分からない。
女は込み上げる吐き気を我慢することができずに嘔吐した。
身体を押しつぶされ、挽き回されたのだろう。
もうそれが誰なのか、なんて分からない。
女は込み上げる吐き気を我慢することができずに嘔吐した。
「大丈夫ですか?」
切り取られた扉から顔を出したのは、
物々しい装備をした兵士だった。
防御スーツで顔以外を固め、手には光線銃が握られている。
まるで戦争でも起こったかのような出で立ちだった。
切り取られた扉から顔を出したのは、
物々しい装備をした兵士だった。
防御スーツで顔以外を固め、手には光線銃が握られている。
まるで戦争でも起こったかのような出で立ちだった。
女は汚れた口元を手で拭き、切り取られた扉から外へと出た。
外に出た直後、
鉄さびと排泄物が混ざりあった刺激臭が漂ってくる。
その瞬間、また思い出す。
『花』に喰われる仲間達の悲鳴。骨を砕かれる重たい音。
その残響が引きずるように耳の中で尾を引いていた。
鉄さびと排泄物が混ざりあった刺激臭が漂ってくる。
その瞬間、また思い出す。
『花』に喰われる仲間達の悲鳴。骨を砕かれる重たい音。
その残響が引きずるように耳の中で尾を引いていた。
また、胃が持ち上がり嘔吐する。
もう吐くものも残っていないのか、
ただ薄黄色の胃液が吐き出されるだけだった。
もう吐くものも残っていないのか、
ただ薄黄色の胃液が吐き出されるだけだった。
「......他に......生存者は......?」
女はすがるような思いで兵士達に尋ねたが、
彼らは首を横に振る。
絶望の色が濃くなる。
女はすがるような思いで兵士達に尋ねたが、
彼らは首を横に振る。
絶望の色が濃くなる。
でも行かねばならない。
夫がまだ生きているかもしれない。
どこかで助けを求めているかもしれない。
夫がまだ生きているかもしれない。
どこかで助けを求めているかもしれない。
「夫がいるんです......同行させてください」
研究所のことについては自分が詳しい、と理由をつける。
女は兵士達に同行し、研究施設を捜索することにした。
研究所のことについては自分が詳しい、と理由をつける。
女は兵士達に同行し、研究施設を捜索することにした。
研究施設の特に損害の激しいエリアに出た。
ここは第十一研究区画。女の研究室があるエリア。
ここは第十一研究区画。女の研究室があるエリア。
「これは......酷い」
研究所の床や天井に至るまでが赤色で染め上げられている。
花が生まれた時の血潮で、染め上げられたのだろう。
一体何人の同僚が喰われてしまったのだろうか......
罪悪感で身が凍りそうだった。
研究所の床や天井に至るまでが赤色で染め上げられている。
花が生まれた時の血潮で、染め上げられたのだろう。
一体何人の同僚が喰われてしまったのだろうか......
罪悪感で身が凍りそうだった。
すると突然、轟音がした。
何か巨大なものが蠢くような低い音。
何か巨大なものが蠢くような低い音。
「総員、戦闘配備ッ!」
怒号にも似た声が聞こえ、兵士達が銃を構える。
現れたのは、女が見たものよりも大きな花。
そして、それは世にもおぞましい見た目になっていた。
喰われた人の顔が複数、その花弁に浮き上がっていたのだ。
怒号にも似た声が聞こえ、兵士達が銃を構える。
現れたのは、女が見たものよりも大きな花。
そして、それは世にもおぞましい見た目になっていた。
喰われた人の顔が複数、その花弁に浮き上がっていたのだ。
その数は一人や二人ではなない、〔原文ママ〕
何十人もの顔がこちらを覗いていた。
何十人もの顔がこちらを覗いていた。
「攻撃開始ッ!」
隊長の一声で戦闘が開始される。
遠距離から発射される銃による多重弾幕。
隊長の一声で戦闘が開始される。
遠距離から発射される銃による多重弾幕。
ダメージを受け『絶叫』する花。
その声は、人間と変わりが無い。
その声は、人間と変わりが無い。
どうやら花はこの短時間で進化し、
人間の特徴や生態を学習しているようだった。
人間の特徴や生態を学習しているようだった。
そしてその絶叫の中に聞き慣れた声がした。
花弁の中に、彼女が愛した彼の顔を見つけてしまった。
花弁の中に、彼女が愛した彼の顔を見つけてしまった。
「やめて、撃たないで!」
彼女は兵士に駆け寄り嘆願する。
しかし、その願いは聞き届けられない。
彼女は兵士に駆け寄り嘆願する。
しかし、その願いは聞き届けられない。
自分の行動が無意味と悟り、
心の支えを失った彼女は堰を切ったように泣き崩れる。
心の支えを失った彼女は堰を切ったように泣き崩れる。
わたしのせいだ。わたしがあんなものを再生しなければ。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
戦闘が終わり、花は完全に沈黙した。
彼女は穴だらけになった夫を抱き、謝罪を続ける。
彼女は穴だらけになった夫を抱き、謝罪を続ける。
声が枯れ、やがて声が出なくなるまで、ずっと。ずっと......
四話
研究所の『事故』から数ヵ月の時が過ぎた。
あの日、研究所内の『花』は駆逐され、
全てが終わったと思っていた。
あの日、研究所内の『花』は駆逐され、
全てが終わったと思っていた。
しかし、また『花』は現れた。
『花』は生まれてからすぐに、種を蒔いていたのだ。
『花』は生まれてからすぐに、種を蒔いていたのだ。
この数ヵ月。
ニュースで伝えられるのは『花』による死者数と
居住区を追われた人々の報せばかり。
ニュースで伝えられるのは『花』による死者数と
居住区を追われた人々の報せばかり。
『花』は進化を重ね、圧倒的な繁殖力と生命力を身に着け、
世界に広がる災厄になっていた。
世界に広がる災厄になっていた。
「............駄目、駄目よ............駄目だッ!」
女は激情に任せ、コンソールを何度も叩く。
頬は痩せこけ、目は落ち窪んでいる。
もう何日もまともに寝ていないであろうことが窺い知れた。
女は激情に任せ、コンソールを何度も叩く。
頬は痩せこけ、目は落ち窪んでいる。
もう何日もまともに寝ていないであろうことが窺い知れた。
ここはとある機関によって建てられた小さな研究所。
ここでは『花』に対抗するための実験が重ねられていた。
研究所の唯一の生き残りであった彼女は、
『花』への対処や責任を求められた。
『花』への対処や責任を求められた。
彼女は研究所に幽閉され、
届けられる『花』の死骸から遺伝子情報を採取・分析し、
その『花』を殺せる薬液の製造を課せられていた。
届けられる『花』の死骸から遺伝子情報を採取・分析し、
その『花』を殺せる薬液の製造を課せられていた。
一時は効果的かと思われたこの作戦だったが、
暫くすると薬液への抗体を持った『花』が咲く。
暫くすると薬液への抗体を持った『花』が咲く。
そんな彼女と花のイタチごっこが今に至るまで続いており、
抜本的な解決にはなっていなかった。
抜本的な解決にはなっていなかった。
巨大な培養器の中に浮かぶ『花』。
花弁にはかつての仲間達の顔が、
愛する夫の顔が鮮明に浮かび上がっている。
花弁にはかつての仲間達の顔が、
愛する夫の顔が鮮明に浮かび上がっている。
彼女は様々なことを考えていた。
願ってはいけなかったのかもしれない。
自然に逆らってはいけなかったのかもしれない。
人間には過ぎた技術だったのかもしれない。
自然に逆らってはいけなかったのかもしれない。
人間には過ぎた技術だったのかもしれない。
いっそ楽になろうとも思った。
しかし、花弁の中で眠る夫の無念を考え、
贖罪の気持ちだけで頑張ってきた。
しかし、花弁の中で眠る夫の無念を考え、
贖罪の気持ちだけで頑張ってきた。
でもそれも、もう終わりらしい。
研究所に来るはずの連絡員が来なくなって五日が過ぎていた。
成果のでない彼女を放棄したのか、
連絡員が『花』に襲われて死んでしまったのかは分からない。
成果のでない彼女を放棄したのか、
連絡員が『花』に襲われて死んでしまったのかは分からない。
食料が底をつき、飲まず食わずのままの彼女だったが、
不思議と苦痛は感じなかった。
もう感覚が壊れてしまっていたのかもしれない。
不思議と苦痛は感じなかった。
もう感覚が壊れてしまっていたのかもしれない。
死神の足音がすぐそこまで近づいている気がした。
「あなた......」
培養器に浮かぶ、『花』と融合した夫の姿。
何もできずに死んでしまうのなら、
ともに花弁の一つになれたなら良かった。
培養器に浮かぶ、『花』と融合した夫の姿。
何もできずに死んでしまうのなら、
ともに花弁の一つになれたなら良かった。
「でもあなたならきっと......諦めないわね......」
絶望に染まりそうになる心をもう一度奮い立たせる。
絶望に染まりそうになる心をもう一度奮い立たせる。
その時、彼女の頭にある考えが浮かんだ。
コンソールを幾つか操作する。彼女は少しだけ微笑みを零す。
愚かだと思ったが、花を殺す方法はそれしかないと思った......
コンソールを幾つか操作する。彼女は少しだけ微笑みを零す。
愚かだと思ったが、花を殺す方法はそれしかないと思った......
......幾日かが経ったが、連絡員はまだ来ていない。
彼女は栄養失調からか立っているのもやっとの状態だった。
彼女は栄養失調からか立っているのもやっとの状態だった。
培養器の前に立つ彼女は、複雑な表情で『それ』を見つめる。
その中に浮かんでいるのは『夫婦』だった。
その中に浮かんでいるのは『夫婦』だった。
彼女は 『花』と人の遺伝子をかけ合わせ、自分と夫のクローンを作り出していた。
彼女は震える指でコンソールを操作する。
培養器内を満たしていた液体が抜け『夫婦』が培養器の中から目覚める。
培養器内を満たしていた液体が抜け『夫婦』が培養器の中から目覚める。
「あなたの名前は『F66x』」
「あなたの名前は『063y』」
「......あなたたちで......この世界から......花を駆逐するの」
黙って頷くクローンの『夫婦』。
「あなたの名前は『063y』」
「......あなたたちで......この世界から......花を駆逐するの」
黙って頷くクローンの『夫婦』。
何度、絶望に打ちひしがれても。
何度、残虐に殺されたとしても。
何度、残虐に殺されたとしても。
その度に生まれ変わり、また花との戦いに身を投じる。
それが、彼女が考えた花を殺す方法。贖罪の形だった。
それが、彼女が考えた花を殺す方法。贖罪の形だった。
そして彼女は最初の命令を『彼女』に下した。
「............わたしを殺して」
『彼女』は黙って頷き、彼女の首に手をかけた。
『彼女』は黙って頷き、彼女の首に手をかけた。
首が絞まり、落ちていく意識の中。
彼女はとても安らかな顔をしていた――
彼女はとても安らかな顔をしていた――
それから数十年の時が過ぎた。
無限の繁殖力を持つ花。
無限の繁殖力を持つクローン。
無限の繁殖力を持つクローン。
その不毛な戦争は今も続いている。
終わらない闘争の中、
人の消えた街に『自然』が芽生えはじめていた......
終わらない闘争の中、
人の消えた街に『自然』が芽生えはじめていた......