NieR Re[in]carnation ストーリー資料館

アルゴー 『てぶくろをもって』

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キャラクター  アルゴー


一話

冒険家が山で遭難死する、しばらく前

氷柱の垂れる窓。
そこから見える外の景色は、白銀に包まれている。

このあたりの雪は深く、冷たい。
降り積もる雪に覆われた草木も、
静かに春の訪れを待っているようだ。

まだ幼さの残る少女は、窓から外を眺めていた。


「はいどうぞ」

自分を呼ぶ声に少女が振り返ると、
母が湯気の昇るカップを差し出してきた。

温かい山羊のミルク。
身体が暖まるからと、母はよく作ってくれる。
でも、少女は別に好きでも嫌いでもなかった。


少女は「ありがと」とつたない返事をした。
そして母からカップを受け取ると、
山羊のミルクを少しずつ口に含みながら、
再び窓のほうに目を向ける。

「お父さん、いつ帰ってくるのかしらね」

母はそう呟くと、少女の返事を待つこともなく、
静かに台所のほうへと引き返していく。


ミルクで温まった息を、窓にハーッと吹きかける。
にわかに白く濁る窓。
少女はその上に指を滑らせ、
絵とも文字ともつかない模様を描いていく。

冬のあいだは外で遊べないから退屈。
だから少女は、よくこうして遊んでいた。

指でなぞった跡から覗く雪景色を見つめながら、
少女はつまらなさそうにしている――


雪山の中腹に立つ、小さな一軒家。
少女は、この家でほとんど母と二人で暮らしている。

少女の父は、たまにしか家に帰ってこない。
母によれば、父は「冒険家」として世界を旅しているらしい。

冒険家が何をする仕事なのか、少女はよく知らなかったが、
「お父さん忙しいんだね」くらいに思っていた。


母は、そんな父に対する愚痴を、
少女に向かってよくこぼしていた。

「人の話は聞かないし、これと決めたら頑固だし、
 飲んだくれだし、家のことより冒険ばっかりだし......」

そして最後は決まって「本当に困った人だ」と、
呆れた顔をする。

少女は、母と対等に会話するにはまだ年齢が足りなかった。
でも、母は母で少女以外に話し相手がいなかったから、
なかば独り言のようにぼやいていた。


そんな母から最近聞かされた話。
少女が生まれた時も、
父は冒険に出かけていて留守にしていたらしい。

「じゃあ、お母さん一人でわたしを生んだの?」

少女がそう聞くと、母はフフと笑いながら言った。


「たぶんお父さんは帰ってこないと思って、
 ふもとの街から助産師さんを呼んでおいたのよ」

少女は母の話をわかったようにうんうんと頷きながら、
「すごいね、お母さん」と返した。

自由奔放に冒険していた父が戻ってきたのは、
もう赤子の首が据わったころだったとか。


その後も、冒険にうつつを抜かす父に代わって、
母はほぼ女手ひとつで少女を育ててきた。

少女も、たまに帰ってくる父を不思議そうに眺めながら、
父親とはそういうものなんだと思っていた。

ただ、母が暗い顔をしていることだけが気がかりだった。

少女自身、父のことは嫌いではなかった。
しかし、母に対する気遣いのなさには、
物心がついてからどこか抵抗感を持っていた。


春の訪れを待たず、冒険を終えた父が帰ってきた。
その夜だった。
小さな事件が少女に起きたのは――


父と母と少女、三人で卓を囲む夕食時。
酒に酔った父は、少女を横目で見ながら、何気なく言った。

「お前が男だったら、俺と一緒に冒険できたのに」


気が付くと、少女の目から涙が溢れていた。

「なんでわたしは泣いているんだろう?」
自分が泣いている理由がわからなかった。

父は「冗談だ」と笑いながら少女の頭を撫で回す。
しかし、少女は素直に笑顔になることができなかった。


それから日が経つにつれ、
少女の中で、寂しさとも悲しさとも少し違う、
別の感情がどんどん強くなっていく。

それは、父に対する反骨心のようなものだった......


二話

「お前が男だったら、俺と一緒に冒険できたのに」

父が少女の心をえぐってから、しばらく経った。
少女は、相変わらず母と二人でこの家に暮らしている。

父も以前と変わらず、
どこかへ冒険に出てはたまに帰ってくる、
という自由な生活を繰り返していた。


「なぜお父さんは、あんなに冒険が好きなのだろう?」
「なぜお父さんは、お母さんよりも冒険が大事なのだろう?」
「なぜお父さんは、わたしを......」

少女は、寝る前によくそんなことを考えていた。
でも、子供の目から見える世界の中だけでは、
答えにたどり着けなかった。


そしてまた、父がぶらりと冒険から戻ってくる。

家に戻った父は、お定まりのように、
冒険で得た品々を母に渡す。
奇妙な偶像とか、珍しい花とか、
そういうものを「戦利品だ」なんて言いながら。

「これを売って生活費にしろ」と父は得意げだったけれど、
あとで母から少女が聞いた話では、
大きなお金になったものなどほとんどなかったらしい。


けっきょく、
母は自分で編んだ服や手袋をふもとの街で売って、
生活費を工面しているようだった。

もちろん母は、そのことを父に内緒にしていた。

「戦利品が全部ガラクタだなんて知ったら、
 お父さんは怒るに決まっているから」
と、母は少女にこっそり教えてくれた。


戦利品を母に渡した父は、晩酌の席で強い酒を煽る。
いつもは寡黙なのに、
この時だけは上機嫌で土産話を母に聞かせた。


少女は、酒を飲む父を避けていた。
また嫌なことを言われるのではないかと、怯えていたから。
だから、父の土産話を直接聞いたことはほとんどない。

でも、父の大声が少女の寝床まで響いてくるので、
否応なく耳に入ってきてしまう。


灼熱の火山で猛獣と戦ったとか、
密林の奥地で遺跡を発見したとか、
幻の大地で巨人の蜃気楼を見たとか。

「もし自分が冒険好きな男の子だったら、
 興奮して聞き入っていたに違いない」

少女はそう思いながら、布団の中で目を閉じる。


母は長年のことだからもう慣れているのか、
それとも単に聞き飽きているのか、
たまに相槌を打つ声が聞こえるだけだった。


しばらくして、酔いの回った父と母との口論が聞こえ始める。
これも、父が冒険から帰ってきた時の、
「お定まり」のようなものだった。


口論の原因は本当に些細なことで、
少女が寝床で聞いている限りでは、
ほとんど父の言いがかりに近かった。

「俺の話を聞いてるのか」とか、そんな程度の話。


それでも、小さな子供にとって、
両親の口論を聞かされるのは苦痛でしかない。

父が怒気を吐くたびに、
怒鳴られた母と同じ痛みが自分の中にも入ってくるような、
そんな感覚が少女を恐怖と不安に陥れる。

少女は父と母の声を遮断するかのように、
頭から布団をかぶり、両耳を塞ぐ。
「お父さんなんて帰ってこなければいいのに」と思いながら。


ほどなくすると、
「冒険は俺の生き様だ」という父の声とともに、
扉をばたんと強く閉める音がした。
これが口論の終わりを告げる合図だった。

寝付けなくなった少女は布団から抜け出し、
静寂の訪れた食卓にいる、母のもとへ歩み寄る。

すると母は、「大丈夫」と優しい笑顔をくれた。
ほっとした少女は安心して布団に戻り、
ようやく眠りにつく。


父は、それからしばらく家に滞在したかと思えば、
少女がまだ眠っているうちに、
新たな冒険へと旅立っていく。

そして冒険から帰ってくると、
また上機嫌で酒を飲み、口論までの同じ流れを繰り返す。


なぜ、父は何度も同じことを繰り返すのか。
母も、なぜ父のふるまいにいつも付き合っているのか。
最初はまったく理解できなかった。

しかしある時、母が少女に言った。
「お父さん、ああいう人だから」

そう呟いた母の口元は、苦笑いしているように見えた。

少女はうまく言葉にできなかったが、それ以来、
「夫婦って、こういうものなんだ」と思うようになった。


三話

少女にとって何度目かの冬。

少女は、いつものように温かい山羊のミルクを飲みながら、
「もう見飽きた」と言いたげな表情で、
窓の外に広がる雪景色を眺めている。


木の実、花、動物、昆虫......

春から秋にかけては、家を取り囲む大自然が、
そのまま少女の遊び場になる。

少女は泥だらけになりながら、
好きなだけ好奇心を満たすことができた。


でも冬だけは違う。
降り積もった深雪は、少女を狭い家の中に閉じ込める。

だから少女は、冬が大嫌いだった。


母は第二子をお腹に宿していて、臨月が近かった。
なのに、相変わらず父は冒険に出かけていて留守にしている。


母は、身重ながらも家事や編み物に忙しそうだった。
家を支えているのが母であることをよく知っている少女は、
邪魔すまいと、ひとりで遊ぶことが身に染みついていた。

しかし、家の中でできることなど、たかが知れている。
木片を削っておもちゃを作る程度の遊びはよくしていたが、
長い冬を越せるほど時間を潰せるわけもなく......

その日、少女はとくにやりたいこともなく、
退屈に飽きていた。


ふと雪景色から目を外し、少女は部屋の中を見渡す。

大きめな食卓と暖炉が置かれたこの部屋は、
母と少女が――たまに父もご飯を食べる場所。


暖炉の上には、父の好きな酒が並べられている。
少し埃をかぶった酒瓶たちは、
まるで飲んでくれる人の帰りを待っているかのようだ。

台所のほうからは、コトコトと何かを煮る音が聞こえる。
母が夕食の支度でもしているのだろう。


少女は、山羊のミルクが少し残ったカップを食卓に置き、
母がいる台所ではなく、別の場所へと足を運ぶ。

そんなに広い家ではない。
目的の場所にはすぐたどり着いた。

古びた木製の扉。
この向こう側は――


退屈をもてあそぶ少女は、ある決意を固めていた。
この家の中で、一箇所だけまだ入ったことのない部屋がある。

父の部屋だ。

父は、自身の部屋に入ることを禁じていた。
「大事な物が置いてあるから、いじられてはかなわん」と。


「父は部屋に何かを隠しているに違いない」

これまでに積み重ねられた、父に対する抵抗感や嫌悪感、
そして高まる好奇心が相まって、
少女は父の部屋へと誘い込まれる。


しかし、父の部屋に入るところを母に見られたら、
きっと止められるに違いない。
母は、なんだかんだで父との約束を大事にする人だから。

そう思った少女は、台所にいる母の目を盗み、
忍び足で父の部屋の前に立つ。


目の前には木製の扉。その先には父の部屋。
少女には、自分の鼓動がはっきりと聞こえる。

少女は緊張していた。
父の言いつけを破ることに、
そして父の秘密に迫ることに。


建付けの悪い木製の扉をわずかに開け、
少女は隙間から身を滑り込ませて扉を閉める。


主の留守で静まった部屋の中を、少女はまじまじと見渡した。

しかし父の部屋は質素極まりなく、机がひとつと、
冒険用の道具がいくつか置かれているほかは、
寝床があるだけだった。


少女は机の上に目をやった。
そこには、何冊もの手記が乱雑に積み上げられていた。

それぞれ、表紙には日付が記してある。


少女は、いくつかの手記をバラバラとめくってみる。
その内容はすべて、冒険の記録だった。

文字の荒々しさや内容から推測するに、
これは父が書いたもののように思えた。

暴言の途中で起きた、生死を分かつ危険の数々。
その時、何を思い、何を考え、どう対処したのか。
冒険の結末で、どんな景色が見えたのか。

その様子が手に取るようにわかる、克明な手記だった。


積まれた手記を読み流しながら日付を遡っていくと、
ある年よりも昔の手記がないことに、少女は気付く。

ちょうど少女が生まれた年のものだった。

その手記を開いた少女は、書かれた内容に息を止めた......


四話

父の部屋に初めて忍び込んだのは、私がまだ小さい時だった。

私は父の部屋で、一冊の手記を見つける。
表紙に書かれた日付は、ちょうど私が生まれた年だった。

その手記の冒頭には、
この世に生を受けたばかりの娘に対する、
祝福の言葉がぎっしりと綴られていた。


なぜ自分のことが書かれているのかと目を疑いながらも、
私は無心で書かれた内容を追った。

「この広大な世界に眠る神秘を、そして父が生きた証を、
 最愛なる我が子に伝えたい。世界は美しいと」

「そのため、この日この時から、
 我が冒険のすべてを手記に残すことにする」

「ただ娘に素晴らしき人生があらんことを」


この時初めて、私は父の想いを知った。

ただ、父は愛情表現が下手だったのだ。
ただ、父は不器用だったのだ。


それが書かれた日付は、私の誕生日から三か月ほど遅かった。

私が生まれた日、
父は冒険に出ていて留守だったことは母から聞いている。
きっと冒険から戻ってきて、慌てて書いたのだろう。

そういうところも、父らしかった。


その日を境に、私の中で父の印象は変わった。

わたしは父に愛されていたのだ、という自信とともに、
凝り固まっていた抵抗感や嫌悪感が溶けていく。


手記を盗み読んだ日からしばらくして、
父が冒険から帰ってきた。

上機嫌で酒を飲み、母と口論して、
怒って部屋に閉じこもる、相変わらずな父だった。

幼かった私は、まだ父への態度を変えられずにいた。
やっぱり父と母の口論を聞くのは苦痛だったし、
自分の中に起きた感情の変化に、自分でも戸惑っていたから。

でも、私は少し勇気を出し、父にある物を贈ることにした。


父が新たな冒険に旅立つ日の朝。
その日も、雪が降っていた。

私は父が出立してしまう前にと早起きし、
木片で作ったお守りと、一通の手紙を父に渡した。

父は私からの贈り物に驚いた様子を見せたが、
すぐに「ありがとう」と微笑み、懐にしまい込んだ。
父の優しい笑みは、私の心を満たすに余りあるものだった。

そして、父は新たな冒険へと旅立った。


去っていく父の笑顔に気をよくした私は、
家に飛び込み、母に「編み物を教えてほしい」と頼んだ。
父が帰ってくるまでに、暖かい手袋を編んであげたいからと。

私は、それまで編み物など興味もなかったくせに、
一変して父に何かをしてあげたいと思っていた。

それが、父にずっと抵抗感を持っていた私にできる、
唯一の償いだと思ったから。


しかし......
その手袋を渡すことは叶わなかった。

父は冒険に出たまま、帰ってこなかったから。



あの日から、もう十年になる――



「お姉ちゃん、また冒険のお話を聞かせてよ」
私が食卓の部屋に戻ると、寝室から出てきた弟が言った。

弟は、大自然に囲まれたこの家で、元気に成長している。
でも、私や母からの伝聞でしか、父を知らない。

「いつか自分も、お姉ちゃんみたいになるんだ」
たまに私が帰ってくると、弟は土産話を聞きたがる。


私は今、駆け出しの冒険家として、世界を駆け巡っている。
父の残した手記は、いまではすっかり私の宝物だ。

母は私が冒険家になることをだいぶ嫌がったけれど、
血は争えないのだと諦めているみたい。


私が幼いころ、父から言われた言葉――

「お前が男だったら、俺と一緒に冒険できたのに」

それを言われてから、
私の中にずっと父への反骨心のような感情がくすぶっていた。

子供のころはうまく表現できなかったが、
いまなら言葉にできる。


私が女であることが理由なら、
それが間違いだったと父に認めさせてやりたい。
女だって一人前の冒険家になれることを証明したい。

だって私は――――父の子なのだから。


もし世界のどこかで父を見つけたら、
母に代わって山のような文句を全部言ってやる。
そう願い続けながら、私は新たな冒険の地へ旅立つ。



あの時編んだ、暖かい手袋を持って......
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