※このページには『真暗ノ記憶』に関するネタバレが含まれます。
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一話
ランタンの灯りで赤茶けた土壁に、異形の影が映る。
数百年前に封じられた坑道の奥深くに、奴は潜んでいた。
ドラゴン――それもとびきり凶悪な、太古の龍。
ドラゴン――それもとびきり凶悪な、太古の龍。
侵入者に気付いたドラゴンは、
威嚇するかのように、坑道を揺るがす咆哮を上げた。
次の刹那、鋭い牙の奥が深紅の炎で赤く染まる。
威嚇するかのように、坑道を揺るがす咆哮を上げた。
次の刹那、鋭い牙の奥が深紅の炎で赤く染まる。
戦いは、唐突に始まった。
――――2時間後。
『MISSION COMPLETE!』
モニターに映し出される金色の文字。
地に臥したドラゴンと、剣や杖を高らかに掲げる冒険者達。
ファンファーレと共に舞う、煌びやかなエフェクト。
地に臥したドラゴンと、剣や杖を高らかに掲げる冒険者達。
ファンファーレと共に舞う、煌びやかなエフェクト。
間接照明だけが焚かれた薄暗い部屋の中、
パソコンデスクに向かう青年の眼鏡にも、
ちらちらとエフェクトが反射する。
パソコンデスクに向かう青年の眼鏡にも、
ちらちらとエフェクトが反射する。
青年が興じていたのは、オンラインアクションゲームだった。
いまやプレイ人口100万人に達しようかという、
国内屈指の人気タイトルだ。
いまやプレイ人口100万人に達しようかという、
国内屈指の人気タイトルだ。
そして現行バージョン最強の敵として、
実装されたばかりのドラゴン『太古の龍』は、
たったいま青年と仲間達によって討伐された。
実装されたばかりのドラゴン『太古の龍』は、
たったいま青年と仲間達によって討伐された。
グループチャットのウインドウに、仲間達の言葉が躍る。
勝利の余韻を楽しんでいるようだ。
勝利の余韻を楽しんでいるようだ。
「おつ~」
「オレ、何度も死んでスマン......!」
「みんな初見だし、しょうがないよ」
「勝てたからいいじゃんw」
「てか、ほとんどレヴァニアの独壇場w」
「オレ、何度も死んでスマン......!」
「みんな初見だし、しょうがないよ」
「勝てたからいいじゃんw」
「てか、ほとんどレヴァニアの独壇場w」
『レヴァニア』とは、デスクに向かう青年が操る、
人外のようなキャラクターの名前だった。
もちろんゲーム用のハンドルネームで、本名ではない。
人外のようなキャラクターの名前だった。
もちろんゲーム用のハンドルネームで、本名ではない。
青年も仲間に向け、キーボードを叩く。
「俺は遊びでやってるわけじゃないんでね」
「俺は遊びでやってるわけじゃないんでね」
すると仲間からの、速攻の突っ込み。
「でた! レヴァニアの口癖w」
青年の......というかレヴァニアの発言は、
あくまでリップサービスだ。
あくまでリップサービスだ。
仲間達も、ゲーム上とはいえ長い付き合いなので、
それを承知した上で面白がって茶化している。
それを承知した上で面白がって茶化している。
つまり、気の置けない友人同士の内輪ネタだった。
しかし、青年がドラゴン討伐の立役者であることは、
誰の目にも明らかだった。
彼がいなければ、討伐は成しえなかっただろう。
誰の目にも明らかだった。
彼がいなければ、討伐は成しえなかっただろう。
時計の針が午前1時を過ぎた頃、
ぼちぼちと仲間達が現実へと戻っていく。
ぼちぼちと仲間達が現実へと戻っていく。
「それじゃお先w」
「おやすみなさーい」
「てか、明日6時起きw」
「オレも寝るわ!」
「おつ~」
「おやすみなさーい」
「てか、明日6時起きw」
「オレも寝るわ!」
「おつ~」
青年も「みんなまた明日」とチャットに残し、
メニューからログアウトを選ぶ。
メニューからログアウトを選ぶ。
ゲーム内でどれだけ活躍しようと、
それとは無関係に現実はやってくる。
それとは無関係に現実はやってくる。
青年は気怠げにベッドへ潜り込み、眼鏡を外した。
翌朝。
虚ろな目をした青年は、満員電車に揺られている。
虚ろな目をした青年は、満員電車に揺られている。
眠い、疲れた、もう帰りたい......
そんなことを考えているうち、
電車は無情にも会社の最寄り駅に到着する。
そんなことを考えているうち、
電車は無情にも会社の最寄り駅に到着する。
勤務先は、いわゆるITベンチャーと呼ばれる企業で、
青年は勤続4年目の中堅エンジニアだった。
青年は勤続4年目の中堅エンジニアだった。
青年の会社では、出社後のルーティンとして、
毎朝チーム単位でミーティングを行う。
毎朝チーム単位でミーティングを行う。
誰々の進捗が遅れているだの、
急な仕様変更への対応がどうだのと、
上司が一方的にしゃべるだけのミーティングだ。
急な仕様変更への対応がどうだのと、
上司が一方的にしゃべるだけのミーティングだ。
青年は、そんな上司の話を聞き流しながら、
昨晩のゲームプレイを思い返していた。
昨晩のゲームプレイを思い返していた。
ドラゴンとの戦いを経て、
仲間達の目に、自分の振る舞いはどう映っていただろうか。
仲間達の目に、自分の振る舞いはどう映っていただろうか。
昨日の自分は、
ちゃんと『レヴァニア』を演じきれたのだろうか。
ちゃんと『レヴァニア』を演じきれたのだろうか。
青年は、自身が作ったレヴァニアというキャラクターに、
ある『役柄』を演じさせていた。
ある『役柄』を演じさせていた。
率先して陣頭指揮を執るリーダー気質、
それでいてユーモアも忘れず
仲間とはフランクに接しあえる仲で、
皆から信頼されるカリスマ性も兼ね備える......
それでいてユーモアも忘れず
仲間とはフランクに接しあえる仲で、
皆から信頼されるカリスマ性も兼ね備える......
それは、ゲームの中だけにいる、まるで別人な自分――
現実の青年は、レヴァニアとは対極的な性格だった。
内向的で、喜怒哀楽も表に出さず、友達と呼べる人もいない。
社会生活に必要な最低限のコミュニケーションしか取らず、
人間関係に深入りしようとは思わない。
社会生活に必要な最低限のコミュニケーションしか取らず、
人間関係に深入りしようとは思わない。
そしてどことなく、現実社会の理不尽さ、非合理さに、
納得がいかない感情をくすぶらせている。
納得がいかない感情をくすぶらせている。
そんな青年の唯一ともいえる趣味は、『ゲーム』だった。
ゲームで遊ぶのも、ゲームを作るのも好きだった。
ゲームで遊ぶのも、ゲームを作るのも好きだった。
オンラインゲームで仲間達と遊ぶ傍ら、
こつこつと組んできた自作ゲームも、完成に近づいている。
こつこつと組んできた自作ゲームも、完成に近づいている。
自分が勇者となり、魔王に囚われた姫を救う、
やや懐古的とも言える王道RPG。
やや懐古的とも言える王道RPG。
そのゲームの主人公の名も――『レヴァニア』だった......
二話
「おい、聞いてるのか」
上の空だった青年を、上司がどやす。
今は、朝のチームミーティングの真っ最中だ。
今は、朝のチームミーティングの真っ最中だ。
青年はハッと意識を現実に戻し、
「すみません」と小さく頭を下げた。
「すみません」と小さく頭を下げた。
上司はここぞとばかりに、青年を叱責する。
「君は、もう少し積極的に仕事に取り組んでほしい」
「そこの後輩を少しは見習ってはどうだ」
「君は、もう少し積極的に仕事に取り組んでほしい」
「そこの後輩を少しは見習ってはどうだ」
同じチームに所属する後輩は、まだ新卒2年目なのに、
仕事ができる男として上司に気に入られていた。
仕事ができる男として上司に気に入られていた。
青年をフォローするように、件の後輩が口を挟む。
「先輩にはいつも助けてもらっていますよ」
「自分なんかまだまだ未熟で......」
「先輩にはいつも助けてもらっていますよ」
「自分なんかまだまだ未熟で......」
すると上司は、へりくだる後輩の態度を見て、
再び青年を追い立てる。
「ほら君、こういう謙虚な姿勢が大事なんだ。わかる?」
再び青年を追い立てる。
「ほら君、こういう謙虚な姿勢が大事なんだ。わかる?」
後輩の口角が少しだけ上がったのを、
青年は見逃さなかった。
青年は見逃さなかった。
後輩は、楽で評価される仕事だけを選り好み、
それ以外のつまらない仕事は、青年に押し付けていた。
上司のお気に入りという、自分の立場を最大限に利用して。
それ以外のつまらない仕事は、青年に押し付けていた。
上司のお気に入りという、自分の立場を最大限に利用して。
上司も上司で、後輩のほうが駒として扱いやすいと思ってか、
見て見ぬふりをし続けている。
見て見ぬふりをし続けている。
青年は、明らかに上司と後輩から標的にされていた。
こいつなら何をしても大丈夫、という標的に。
こいつなら何をしても大丈夫、という標的に。
同日、昼休み。
オフィスの一角にある休憩スペースで、
青年は自販機で買った菓子パンをかじっている。
オフィスの一角にある休憩スペースで、
青年は自販機で買った菓子パンをかじっている。
そこに一人の男が寄ってきて、
「今朝も大変だったな」と、缶コーヒーを差し出す。
「今朝も大変だったな」と、缶コーヒーを差し出す。
男は、青年と同期入社したエンジニアで、
今は同じチームに所属していた。
今は同じチームに所属していた。
友達と呼べるほどの仲ではないが、
青年も同期の心遣いに悪い気はしていない。
青年も同期の心遣いに悪い気はしていない。
しかし、波風を立てない性格というか、八方美人というか、
誰に対しても同じ態度であることも、青年は知っていた。
誰に対しても同じ態度であることも、青年は知っていた。
「ま、ほどほどにがんばろう」
同期はそう言い残し、自席へ戻っていった。
同期はそう言い残し、自席へ戻っていった。
同日、終業時刻。
帰ろうとする青年を、上司が呼び止めた。
帰ろうとする青年を、上司が呼び止めた。
何かと思えば、いつもの小言だ。
ありきたりな叱責を上司は並べる。
ありきたりな叱責を上司は並べる。
しかし何を言われても、青年の心には響かなかった。
俺は生活するため、
仕方なくここにいるだけなのだから――
仕方なくここにいるだけなのだから――
青年は内心そう思いながら、
上司の小言が早く終わることを願った。
上司の小言が早く終わることを願った。
同日、帰路。
ほどほどに混雑した電車の中で、
青年はスマートフォンの画面を追う。
ほどほどに混雑した電車の中で、
青年はスマートフォンの画面を追う。
いつものようにゲーム関連の情報サイトを眺めていると、
ふと広告が目に入ってきた。
ふと広告が目に入ってきた。
それは、かのオンラインゲームの開発元である、
大手ゲームメーカーのエンジニア募集広告だった。
大手ゲームメーカーのエンジニア募集広告だった。
いつもは邪魔でしかない広告も、
なぜかこの時だけは、青年の目に輝いて映った。
なぜかこの時だけは、青年の目に輝いて映った。
同日、帰宅後。
「おはよう」
「おはよう」
青年がグループチャットに軽いジャブを打ち込むと、
すぐさま数人から反応が返ってくる。
すぐさま数人から反応が返ってくる。
「おは~」
「いま起きたんかw もう夜だぞ」
「あ、レヴァニアさんきたー」
「いま起きたんかw もう夜だぞ」
「あ、レヴァニアさんきたー」
オンラインでしか繋がっていない『他人』なのに、
なぜこんなにもマイホーム感を覚えるのだろうか。
なぜこんなにもマイホーム感を覚えるのだろうか。
それから数時間、青年は仲間達と同じ時を過ごす。
しかし、今日の強敵討伐は、散々だった。
パーティ内の連携がうまく噛み合わず、時間切れで敗北。
パーティ内の連携がうまく噛み合わず、時間切れで敗北。
青年は、自分の指揮が悪かったと謝罪したうえで、
「次は負けない」と新たな作戦を提示した。
「次は負けない」と新たな作戦を提示した。
無論、仲間達も敗北が青年の責任でないことは百も承知で、
その作戦に耳を傾けながら、各々の意見を交わす。
実に建設的な議論だった。
その作戦に耳を傾けながら、各々の意見を交わす。
実に建設的な議論だった。
そして今日も、現実に戻される時間がやってきた。
一人、また一人と画面から名前が消えていく。
一人、また一人と画面から名前が消えていく。
すると、ある仲間が去り際に言った。
「レヴァニアさんって、リアルでも頼りになりそうだよね」
「レヴァニアさんって、リアルでも頼りになりそうだよね」
何気なく青年を褒めたつもりだったのだろう。
だが青年の心の内は、
まるで仲間達を騙しているような、
ひどい罪悪感に襲われていた。
まるで仲間達を騙しているような、
ひどい罪悪感に襲われていた。
リアルの俺は、レヴァニアみたいに立派な奴じゃない。
俺だって、できることならレヴァニアみたいに......
俺だって、できることならレヴァニアみたいに......
ゲームからログアウトした青年は、
とうに寝る時間は過ぎていたものの、
パソコンのブラウザを開き、検索窓に文字を打ち込んだ。
とうに寝る時間は過ぎていたものの、
パソコンのブラウザを開き、検索窓に文字を打ち込んだ。
そうして辿りついたのは、帰り道に広告を見かけた、
大手ゲームメーカーのエンジニア募集サイトだった。
大手ゲームメーカーのエンジニア募集サイトだった。
本当の自分がこんな奴だと、仲間達に知られたくない。
仲間達の信頼を、裏切りたくない。
そのためには、怠惰な現実を............自分を変えなきゃ。
仲間達の信頼を、裏切りたくない。
そのためには、怠惰な現実を............自分を変えなきゃ。
レヴァニアなら、きっとすぐに決断するはずだ――
青年はほんの少し考えたあと、募集サイトの『エントリー』ボタンを押した......
三話
青年のスマートフォンに、メール着信の通知が光る。
大手ゲームメーカーからの、書類審査通過の報せだった。
大手ゲームメーカーからの、書類審査通過の報せだった。
青年は喜怒哀楽を表に出すタイプではなかったが、
メールを見返すたび、にやけてしまう自分がいた。
メールを見返すたび、にやけてしまう自分がいた。
それから数ヵ月後、スーツを着込んだ青年は、
大手ゲームメーカー本社を訪れていた。
大手ゲームメーカー本社を訪れていた。
先に行われた二次審査で、
青年は寝食を削って完成させた自作ゲームを提出。
青年は寝食を削って完成させた自作ゲームを提出。
そのクオリティを認めてもらえたのか、
最終試験となる面接にこぎつけたというわけだ。
最終試験となる面接にこぎつけたというわけだ。
面接の場で、青年はこれまでの自分を覆い隠し、
徹底して『レヴァニア』を演じることにした。
徹底して『レヴァニア』を演じることにした。
ゲームの中での立ち振る舞いを思い出しながら、
レヴァニアならどう答えるだろうかと考えながら、
面接官の質問に答えていく。
レヴァニアならどう答えるだろうかと考えながら、
面接官の質問に答えていく。
すると自分でも意外なほど、
前向きかつ積極的な言葉が自然と口からあふれ出す。
前向きかつ積極的な言葉が自然と口からあふれ出す。
提出した自作ゲームの評価も上々だったようで、
青年は確かな手応えを感じたまま、面接を終えた。
青年は確かな手応えを感じたまま、面接を終えた。
面接からの帰路。
青年は晴れた空を見上げながら、考えていた。
青年は晴れた空を見上げながら、考えていた。
もしこの会社に受かったら、俺は生まれ変わるんだ。
リアルでも、レヴァニアのようになるんだ。
面接では上手にできたじゃないか。
リアルでも、レヴァニアのようになるんだ。
面接では上手にできたじゃないか。
そしていつか、あの仲間達に――
歩き始めた青年の表情は、希望に満ちていた。
あくる日。
いつも通り『つまらない会社』に出社した青年は、
同期と後輩が神妙な面持ちで話している場面に遭遇する。
いつも通り『つまらない会社』に出社した青年は、
同期と後輩が神妙な面持ちで話している場面に遭遇する。
盗み聞きするつもりはなかったが、青年は興味に負けた。
ぼそぼそと聞こえてきた内容は、こうだった。
後輩が、何やら仕事で大きなミスをしたらしい。
自分の評価が下がることを恐れた後輩は、
そのことをまだ上司に報告できずにいた。
自分の評価が下がることを恐れた後輩は、
そのことをまだ上司に報告できずにいた。
しかし、このまま隠し通せるわけもない。
そこで青年の同期――
つまり先輩に相談を持ち掛けたようだ。
そこで青年の同期――
つまり先輩に相談を持ち掛けたようだ。
同期は後輩に対して、至極真っ当なアドバイスを送る。
「今すぐ報告して、きちんと謝るしかない」
「先延ばしするほど事態は悪化するぞ」
「今すぐ報告して、きちんと謝るしかない」
「先延ばしするほど事態は悪化するぞ」
後輩は、「そうですか......」と意気消沈した様子で、
どこかへ去っていった。
どこかへ去っていった。
同日、夕刻。
上司の席に、青年の同期が呼び出されていた。
上司の席に、青年の同期が呼び出されていた。
青年の席までははっきりと聞こえてこないが、
どうも同期が叱られているようだ。
どうも同期が叱られているようだ。
ところどころで聞こえる上司の怒声から、
後輩がミスした例の仕事に関することだとわかった。
後輩がミスした例の仕事に関することだとわかった。
なぜ同期が怒られている?
仕事でミスしたのは後輩のはず......
仕事でミスしたのは後輩のはず......
ふと青年が周囲を見渡すと、当の後輩とその連れが、
遠巻きからクスクスと笑っているではないか。
遠巻きからクスクスと笑っているではないか。
そうか、あの野郎――――殺すぞ。
暗い感情が滲み出てくる。
暗い感情が滲み出てくる。
青年は察した。
恐らく、後輩は同期にミスをなすり付けた。
そしてお気に入りの後輩からの進言を、
あの上司はすべて鵜呑みにしているに違いない。
そしてお気に入りの後輩からの進言を、
あの上司はすべて鵜呑みにしているに違いない。
居ても立ってもいられなくなった青年は、
勇気を振り絞り、上司の元に歩み寄る。
勇気を振り絞り、上司の元に歩み寄る。
レヴァニアよ、今一度、俺に勇気を貸してくれ。
上司の席に近づくにつれ、
叱責する声がハッキリと聞き取れるようになった。
叱責する声がハッキリと聞き取れるようになった。
「君はこのミスを隠すように、後輩に命じたと聞いているが?」
青年が予想した通りの展開だった。
このままでは、同期が責任を押し付けられてしまう。
このままでは、同期が責任を押し付けられてしまう。
青年は意を決し、二人の会話に割り込んだ。
上司は不機嫌そうに、「何の用だ」と答える。
上司は不機嫌そうに、「何の用だ」と答える。
実はかくかくしかじかで......と、青年は事の顛末を話す。
すると上司は、さも何かが分かった風に言った。
すると上司は、さも何かが分かった風に言った。
「さてはお前もグルか」
「もういい、席に戻れ」
「二人の処分は追って伝える」
「二人の処分は追って伝える」
それを聞いた青年は、すべての気力を失い、
呆然と立ち尽くしていた。
呆然と立ち尽くしていた。
俺はレヴァニアのように強い人間になると決めたのに、
結局はこの有り様だ。
現実では仲間を助けることすら、ろくにできやしない。
結局はこの有り様だ。
現実では仲間を助けることすら、ろくにできやしない。
もう嫌だ、こんな会社。
もう嫌だ、こんな自分。
もう嫌だ、こんな自分。
それでも......この最悪の状況でも、
レヴァニアなら心を折らずに上司と戦えたのだろうか?
レヴァニアなら心を折らずに上司と戦えたのだろうか?
青年には分からなかった。
あんな上司に、自分の正しさを説く意味が――
あんな上司に、自分の正しさを説く意味が――
数週間後。
青年の元に手紙が届く。
それは、大手ゲームメーカーからの正式採用の報せだった......
青年の元に手紙が届く。
それは、大手ゲームメーカーからの正式採用の報せだった......
四話
大手ゲームメーカーから、正式採用の報せが届いた。
翌日、青年は『つまらない会社』に出社してすぐ、
上司の席に行き退職届を提出した。
上司の席に行き退職届を提出した。
退職希望日は2週間後。
明日から最終出社日までは、
有給休暇の消化にあてる。
明日から最終出社日までは、
有給休暇の消化にあてる。
有り余る有給休暇はとても使いきれないが、
そんなことはどうでもいい。
そんなことはどうでもいい。
青年は、一刻も早くこの会社を去りたかった。
退職届を出された上司は、
とくに驚く様子も、とくに惜しむ様子もなく、
淡々と「わかった」と返事した。
とくに驚く様子も、とくに惜しむ様子もなく、
淡々と「わかった」と返事した。
その後、青年が退職することは、
すぐさまチームメンバーに知れ渡る。
すぐさまチームメンバーに知れ渡る。
朝のチームミーティングで、
上司から全員に情報共有がなされたからだ。
上司から全員に情報共有がなされたからだ。
ミーティング後、青年の同期が寄ってきて、
「お疲れさん」と、肩に手を乗せた。
「お疲れさん」と、肩に手を乗せた。
結局、後輩のミスをなすり付けられた冤罪事件は、
青年とその同期、二人の減給処分で幕を閉じた。
青年とその同期、二人の減給処分で幕を閉じた。
冤罪で減給されるのは到底納得できるわけもないが......
二人の言葉は、誰の耳にも届かなかった。
二人の言葉は、誰の耳にも届かなかった。
できるだけ波風を立てずに過ごしたい同期は、
そういう会社なのだと諦めたようだ。
そういう会社なのだと諦めたようだ。
退職届を出した、その晩。
青年は、初めて同期と二人で、
歓楽街に繰り出していた。
歓楽街に繰り出していた。
稀に開催されるチーム内の飲み会に、
青年はほとんど行ったことがない。
行く理由がなかったからだ。
青年はほとんど行ったことがない。
行く理由がなかったからだ。
だが今回は、他でもない『冤罪仲間』の同期に誘われたので、
これが最初で最後だと、了承したわけだ。
これが最初で最後だと、了承したわけだ。
居酒屋にて。
やや酒が回った青年は、同期に自分のことを打ち明ける。
好きなゲームの話、転職先、将来の夢、希望。
そして「自分はこれから変わるんだ」という決意......
やや酒が回った青年は、同期に自分のことを打ち明ける。
好きなゲームの話、転職先、将来の夢、希望。
そして「自分はこれから変わるんだ」という決意......
青年がここまで自分のことを他人に晒すのは、
もちろんこれが初めてだった。
もちろんこれが初めてだった。
すでに酩酊状態の同期は、青年の話を聞いてか聞かずか、
「お前がいなくなったら......寂しいな」とボヤいている。
「お前がいなくなったら......寂しいな」とボヤいている。
2週間後。
青年の最終出社日。
青年の最終出社日。
青年は晴れ晴れした気持ちで、家を出る。
『つまらない会社』に行くのも今日が最後だと思うと、
朝の満員電車も苦にならない。
朝の満員電車も苦にならない。
出社しても別段仕事があるわけでもなく、
退職時に必要な書類の手続きを終えると、
もうやることがなくなった。
退職時に必要な書類の手続きを終えると、
もうやることがなくなった。
あとはセキュリティカードを返却すれば、
この会社とは本当のおさらばだ。
この会社とは本当のおさらばだ。
せめて最後に、同期に挨拶でもしてから帰ろうと、
青年はオフィスをうろついた。
青年はオフィスをうろついた。
しかし、どこにも同期の姿は見えなかった。
たまたま通りかかった後輩に尋ねると、
「知るわけないだろ」と冷たく返された。
再び冷たい殺意が湧く。
「知るわけないだろ」と冷たく返された。
再び冷たい殺意が湧く。
同期は風邪でも引いて休んでいるのだろうか。
青年はやむなしと、帰ることにした。
青年はやむなしと、帰ることにした。
『つまらない会社』の最寄駅。
ホームの中ほどで、帰りの電車を待つ青年。
まだ時間が早いこともあり、人はまばらだ。
ホームの中ほどで、帰りの電車を待つ青年。
まだ時間が早いこともあり、人はまばらだ。
明日はいよいよ、大手ゲームメーカーへの初出勤。
今日を最後に、この駅で降りる用事もなくなるだろう。
毎日通ったこの駅とも、しばらくお別れだ。
今日を最後に、この駅で降りる用事もなくなるだろう。
毎日通ったこの駅とも、しばらくお別れだ。
青年を刹那的に襲った寂寥感は、
一転して期待感へと変換された。
一転して期待感へと変換された。
明日から俺は、
自分のことを誰も知らない新天地で、生まれ変わる。
レヴァニアのように、強く、信頼に足り得る人間に――
自分のことを誰も知らない新天地で、生まれ変わる。
レヴァニアのように、強く、信頼に足り得る人間に――
希望の光が、青年の心を明るく照らしていく。
その時、構内に響くアナウンスが、
電車の到着を告げた。
電車の到着を告げた。
――
――――――
――――――――――――
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――――――――――――
青年の背中に、強い衝撃が走る。
気が付くと、青年は線路の上に横たわっていた。
気が付くと、青年は線路の上に横たわっていた。
何が起きた?
なぜ自分が線路に?
早くホームに戻らなきゃ......
なぜ自分が線路に?
早くホームに戻らなきゃ......
突然の状況に錯乱し、身体が動かない青年。
それをホームから見下ろす人影。
人影は、何かをブツブツと呟いている。
それをホームから見下ろす人影。
人影は、何かをブツブツと呟いている。
「お前が............」
青年は、ハッと顔を見上げた。
そこに立っていたのは、
自分が守ろうとしたはずの同期だった。
自分が守ろうとしたはずの同期だった。
「お前がいなくなったら......
次は俺がいじめられるじゃないかッ!
次は俺がいじめられるじゃないかッ!
「お前が俺よりも良い思いをするなんて......
絶対に許せないッ!」
絶対に許せないッ!」
「お前が......」
けたたましく鳴る警笛の音で、
その声は掻き消されてしまった。
その声は掻き消されてしまった。
すべての音が、止む。
静寂の闇の中にあるのは、混濁した意識の渦だけだった。
まだ死にたくない、もっと生キたい......
ゆメ......希ぼ......ウ............
......生マれ......変わ......ル............
......オレ、俺、おれ、おレ..................
..................オれ..................ハ..............................