※このページには『真暗ノ記憶』に関するネタバレが含まれます。
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一話
王子が父に棄てられる前
灰色の瞳が文を追っていた。
『王とは征服者ではない』
『王とは国家の象徴である』
『王とは国民の代表である』
『王とは国家の象徴である』
『王とは国民の代表である』
並び立つのは王が志すべき言葉の数々。
しかしそれを映し出す瞳には、
感心や発見といった彩りが表れることはなかった。
しかしそれを映し出す瞳には、
感心や発見といった彩りが表れることはなかった。
そんな事は知っていると、退屈そうに息を吐く少年。
一国の王子である彼は、未来の為、
王としての知識を蓄えようとしていた。
一国の王子である彼は、未来の為、
王としての知識を蓄えようとしていた。
「結局この本も、同じような話ばかりだ......」
王子は読み終えた本を閉じ、蔵書室へ向かうことにした。
王子は読み終えた本を閉じ、蔵書室へ向かうことにした。
王子が先程まで読んでいた本を手に自室を出ると、
警備兵達が、張り詰めた表情で警備している様子が目に入る。
警備兵達が、張り詰めた表情で警備している様子が目に入る。
今日は調印式だった。
少年のいる王国に対し、隣国が持ち掛けた条約は、
王国へ資源を供給する代わりに、
『機械兵』を提供して欲しい、といった内容だった。
王国へ資源を供給する代わりに、
『機械兵』を提供して欲しい、といった内容だった。
王国は現在、機械兵の開発に注力している。
人口の少ない隣国にとって、兵力の確保は難題であり、
自律戦闘を行う機械兵は、
その打開策となり得るものと判断したのだろう。
王国側としても、開発の為の資源は多ければ多いほど良い為、
条約の締結はやぶさかではなかった。
人口の少ない隣国にとって、兵力の確保は難題であり、
自律戦闘を行う機械兵は、
その打開策となり得るものと判断したのだろう。
王国側としても、開発の為の資源は多ければ多いほど良い為、
条約の締結はやぶさかではなかった。
大理石の床が、王子の足音を響かせる。
城内は広く、蔵書室まではそれなりに距離があった。
警備兵達に挨拶をしながら、彼は調印式の事を考える。
城内は広く、蔵書室まではそれなりに距離があった。
警備兵達に挨拶をしながら、彼は調印式の事を考える。
彼はまだ、こういった国同士のやり取りという物を、
実際に見たことがない。
将来を考えるなら、調印式については知るべきだと、
王子は思っていた。
実際に見たことがない。
将来を考えるなら、調印式については知るべきだと、
王子は思っていた。
そうだ、こっそり様子を見に行こう。
これは後学の為なのだから。
これは後学の為なのだから。
王子はそう自分に言い訳をして、
蔵書室に向かう道すがら、応接室の様子を窺うことにした。
蔵書室に向かう道すがら、応接室の様子を窺うことにした。
既に相手国の人間が到着していたらしく、
応接室の周囲には、何人もの大人たちが集まっている。
応接室の周囲には、何人もの大人たちが集まっている。
警備の王国兵と、国王の護衛として訪れた、隣国の兵士たち。
列席する多くの大臣や書記官。そしてその中央には両国の王。
列席する多くの大臣や書記官。そしてその中央には両国の王。
王子はその中に一人、少女が混じっている事に気付いた。
多くの大人たちに物怖じもせず、
白いスカートを持ち上げ、上品な仕草で頭を下げる少女。
見覚えのある横顔を見て、王子は思い至る。
隣国の王にはご息女がおられる、彼女がそうだ、と。
白いスカートを持ち上げ、上品な仕草で頭を下げる少女。
見覚えのある横顔を見て、王子は思い至る。
隣国の王にはご息女がおられる、彼女がそうだ、と。
先程まで読んでいた本の記述を思い出す。
彼女自身は王ではない。しかし、王家の人間が振舞うべき、
誇りある態度を理解している。王子にはそう感じられた。
彼女自身は王ではない。しかし、王家の人間が振舞うべき、
誇りある態度を理解している。王子にはそう感じられた。
それと同時に自分を省みる。
彼女のような自信に満ちた振る舞いが、
自分に出来るだろうか?
彼女のような自信に満ちた振る舞いが、
自分に出来るだろうか?
そう考えていると、視線に気付いた少女が振り向いた。
咄嗟に、王子はその視線を遮るように、本で顔を隠す。
咄嗟に、王子はその視線を遮るように、本で顔を隠す。
それを見た少女は、王子の方へ近づいて来た。
動揺を隠せずまごつく王子、その目前で立ち止まった少女は、
躊躇いも無くこう言い放った。
躊躇いも無くこう言い放った。
「あんた、この国の王子でしょ? なんか弱っちそうね」
「なっ......」
王子は先程までの考えを早々に否定する。
初対面の相手を侮辱する人間が、誇りある人間の筈がないと。
初対面の相手を侮辱する人間が、誇りある人間の筈がないと。
「あ、貴女だって一国を治める王の娘でしょう!?
そういった言葉遣いは、褒められたものでは......!」
そういった言葉遣いは、褒められたものでは......!」
彼なりの対抗意識なのか、王子は自分の考えを主張する。
しかし沼に杭、
彼女はその主張には、まるで興味がなさそうだった。
しかし沼に杭、
彼女はその主張には、まるで興味がなさそうだった。
「いいからそういうの。それよりもさ......」
「そういうのって......私は......!」
「そういうのって......私は......!」
主張を続けようとする王子の口を遮るように、
少女は指を突き出す。
そして桜色の唇を、ふっと綻ばせてはこう言った。
少女は指を突き出す。
そして桜色の唇を、ふっと綻ばせてはこう言った。
「私と一緒に遊ばない?」
灰色の瞳は混乱し、白黒と色を変えた......
二話
「こんなことをして、後で問題になっても知りませんよ......」
ぐったりとして、呆れた様子で王子が呟いた。
彼の白色の髪には、ほんのりと汗が絡んでいる。
ぐったりとして、呆れた様子で王子が呟いた。
彼の白色の髪には、ほんのりと汗が絡んでいる。
王子と王女の二人は中庭を目指し、
城内の警備網を掻い潜ろうとしていた。
王女は外で遊ぼうと主張したが、城外への通路は警備が厚く、
二人は――というより王女は――中庭へ向かうことを、
余儀なくされたからだ。
城内の警備網を掻い潜ろうとしていた。
王女は外で遊ぼうと主張したが、城外への通路は警備が厚く、
二人は――というより王女は――中庭へ向かうことを、
余儀なくされたからだ。
「大丈夫でしょ。私、外面良いし」
隣国の王女は、臆面も無くそう言ってのける。
彼女は王子とは対照的に、その目を爛々と輝かせ、
物陰から警備兵を見詰めていた。
隣国の王女は、臆面も無くそう言ってのける。
彼女は王子とは対照的に、その目を爛々と輝かせ、
物陰から警備兵を見詰めていた。
だが王子も、彼女の言葉を否定することは出来なかった。
彼女の貞淑な態度については、彼も耳にした事があったのだ。
もっとも、かの国の王女は人間味が薄く不気味、
というような内容ではあったが。
彼女の貞淑な態度については、彼も耳にした事があったのだ。
もっとも、かの国の王女は人間味が薄く不気味、
というような内容ではあったが。
だからこそ王子は、 彼女が見せる態度の意味を考えていた。
品行方正な態度が偽りの物だったとしても、
それを今見せない理由は何なのか。
品行方正な態度が偽りの物だったとしても、
それを今見せない理由は何なのか。
「けど、ここを通るにはあの兵士がやっかいね......
あんた、何か思いつかない?」
あんた、何か思いつかない?」
王女がぼやく、
王子は懐中時計へと目を落としたしたまま考え込んでいた。
王子は懐中時計へと目を落としたしたまま考え込んでいた。
「ちょっと......聞いてる?」
王女が王子の手首を掴み、非難するように顔を近寄せる。
「あ、済みませ......」
彼がそう言いかけると、今度は王女の方が考え込んだ。
王女が王子の手首を掴み、非難するように顔を近寄せる。
「あ、済みませ......」
彼がそう言いかけると、今度は王女の方が考え込んだ。
「時計......」
そう呟く口元は、ゆっくりと笑みを浮かべていく。
そう呟く口元は、ゆっくりと笑みを浮かべていく。
「ねぇ、今夜食事会があったわよね?」
彼女は声の調子を上げてそう言った。
調印式が終わった後の、会食の事だろう。
王子の返答を待たず、彼女は言葉を連ねていく。
彼女は声の調子を上げてそう言った。
調印式が終わった後の、会食の事だろう。
王子の返答を待たず、彼女は言葉を連ねていく。
「なら、城の警備は夜まで続くはず。
あの兵士にも交代の時間があるんじゃないかしら?」
あの兵士にも交代の時間があるんじゃないかしら?」
そこまで説明されて、
王子も彼女の言わんとしている内容が理解できた。
しかし、賛同できるかは別の話である。
王子も彼女の言わんとしている内容が理解できた。
しかし、賛同できるかは別の話である。
「さっきのあんたみたいに時計を見る可能性、あるわよね?」
「......まさか、その間にここを通り抜けると?」
「......まさか、その間にここを通り抜けると?」
冷や汗を垂らす王子、察しが良いわねと笑う王女。
「いくら時計を確認していても、足音はどうするんですか?」
「立てないように走ればいいじゃない」
「そんな......」
「立てないように走ればいいじゃない」
「そんな......」
彼が何を言っても、王女はそれを改めるつもりはないらしく、
その瞳はまっすぐと兵士を捉え、
今か今かとその時を待っている。
その瞳はまっすぐと兵士を捉え、
今か今かとその時を待っている。
正直なところ、王子も彼女を説得するのは半ば諦めていた。
彼女の行動力は、
言葉や理由で押さえつけられる物ではない、と。
彼女の行動力は、
言葉や理由で押さえつけられる物ではない、と。
そうこうしているうちに、 その時が来た。
警備兵が自動小銃から片手を放し、左手首を顔に寄せる。
あくびをする兵士は、
交代の時間を心待ちにしていたのかも知れない。
十秒にも満たない、ごく僅かな間隙。
王女はそれを見逃さず、 王子の襟首を掴んで書き出した。
あくびをする兵士は、
交代の時間を心待ちにしていたのかも知れない。
十秒にも満たない、ごく僅かな間隙。
王女はそれを見逃さず、 王子の襟首を掴んで書き出した。
二人は兵士の眼を逃れ、廊下を静かに走り抜ける。
王子も引っ張られながら、
転ばぬよう必死に王女の後を走った。
王子も引っ張られながら、
転ばぬよう必死に王女の後を走った。
「やった......!」
王女は歓喜の声を漏らし、
ようやくたどり着いた中庭への扉に手をかけた。
王女は歓喜の声を漏らし、
ようやくたどり着いた中庭への扉に手をかけた。
「な、何よこれ......」
息を切らした王子をよそに、王女はある事実に愕然とする。
中庭の周囲には窓があり、その付近には警備兵がいたのだ。
彼等の視線から逃れようとすれば、 いくら中庭と言えど、
動ける範囲は限られている。
彼等の視線から逃れようとすれば、 いくら中庭と言えど、
動ける範囲は限られている。
「これじゃあ、遊べないじゃない!」
「ちょっと、声が大きいです......!」
「ちょっと、声が大きいです......!」
結局、 二人は警備の眼から逃れるように、
植え込みの影に座り込んでいた。
天頂より射す陽の光は、二人の影を芝生に落としていたが、
それも他の者に見えることはないだろう。
植え込みの影に座り込んでいた。
天頂より射す陽の光は、二人の影を芝生に落としていたが、
それも他の者に見えることはないだろう。
「はぁ、全く......とんだ骨折り損ね」
城に囲われた四角い空。
それを眺めながら、王女が不満げに呟いた。
それを眺めながら、王女が不満げに呟いた。
三話
隣り合い、芝の上に座る二人。
先程走ったことで、まだ息が整わない王子と、
退屈そうに空を見上げる隣国の王女。
運動をし足りず、不満気な態度の彼女も、
苦しそうに息を切らす王子を気の毒に思ったのか、
もう無理に遊ぼうとは言わなかった。
先程走ったことで、まだ息が整わない王子と、
退屈そうに空を見上げる隣国の王女。
運動をし足りず、不満気な態度の彼女も、
苦しそうに息を切らす王子を気の毒に思ったのか、
もう無理に遊ぼうとは言わなかった。
「遊ぶと言っても、何をされるつもりだったんですか......?」
王子が尋ねた。
王子が尋ねた。
「え? うーん......」
顎に手をあて、分かりやすく考え込む、あるいは、
そう見せかけた彼女は、しばらく唸ってから答えた。
「いや、考えてなかった」
「......結構、行き当たりばったりなんですね?」
「うん、遊びなんていくらでもあるかなって」
ははは、と王子は苦笑する。
顎に手をあて、分かりやすく考え込む、あるいは、
そう見せかけた彼女は、しばらく唸ってから答えた。
「いや、考えてなかった」
「......結構、行き当たりばったりなんですね?」
「うん、遊びなんていくらでもあるかなって」
ははは、と王子は苦笑する。
先天的に体が弱く、知識に重きを置いた、内向的な少年と、
生来快活で、自身の勘を信頼する、行動的な少女。
お互いに、初めて相対するタイプだったが、
二人の会話は弾んでいるように見える。
生来快活で、自身の勘を信頼する、行動的な少女。
お互いに、初めて相対するタイプだったが、
二人の会話は弾んでいるように見える。
「文字からじゃ、身に付かない事もあるわよ」
「そうですね、自ら体験しないと分からないこともあります」
「なんだ、分かってるじゃない」
「少なくとも、今日は特にそうでした」
「ふふ、なにそれ」
「そうですね、自ら体験しないと分からないこともあります」
「なんだ、分かってるじゃない」
「少なくとも、今日は特にそうでした」
「ふふ、なにそれ」
彼女が笑う。自然と王子も笑っていた。
「......変わった王女様ですね」
「あんたも相当ね」
「......変わった王女様ですね」
「あんたも相当ね」
二人の頭上で、黒い尾羽の小鳥が囀ずる音がする。
「何か話でも聞かせてよ。あんたの方が得意でしょ」
王女は王子の顔を覗き込むように言った。
「話......ですか......」
「どんな王になりたいとか、こんな国にしたい、とかさ」
「何か話でも聞かせてよ。あんたの方が得意でしょ」
王女は王子の顔を覗き込むように言った。
「話......ですか......」
「どんな王になりたいとか、こんな国にしたい、とかさ」
彼女はまっすぐ王子の眼を見詰めて、話を待つ。
「普通だって、笑わないでくださいね......」
王子はそう断ってから、持っていたままの本で、
口元を隠しながら言葉にした。
「普通だって、笑わないでくださいね......」
王子はそう断ってから、持っていたままの本で、
口元を隠しながら言葉にした。
「やっぱり、争いのない国にしたいです。
世界にはたくさんの人が居て、多くの素敵な物がある。
皆が協力できたら、更に素敵な物が生まれると思うんです」
世界にはたくさんの人が居て、多くの素敵な物がある。
皆が協力できたら、更に素敵な物が生まれると思うんです」
同じ目標に皆が進めるなら、誰も誰かの犠牲にならずに済む。
それが彼の願いだった。
それが彼の願いだった。
「貴女はどうですか?」
「私はね......」
「私はね......」
その時、二人に割り込むように、無機質な電子音が響く。
音が鳴っているのは王子の懐からだった。
「......済みません。父からです」
話の腰を折ってしまったことに、王子が頭を下げた。
「気にしないで」
王女のその言に、彼は再び謝罪をして、
その場から遠ざかった後、通信機を耳に近寄せた。
音が鳴っているのは王子の懐からだった。
「......済みません。父からです」
話の腰を折ってしまったことに、王子が頭を下げた。
「気にしないで」
王女のその言に、彼は再び謝罪をして、
その場から遠ざかった後、通信機を耳に近寄せた。
「今、何処で何をしている」
通信の相手は彼の父、この国の王だ。
「あ、え......と......」
王子の顔が強張り、声が掠れる。
通信の相手は彼の父、この国の王だ。
「あ、え......と......」
王子の顔が強張り、声が掠れる。
今、自分は警備の目を逃れ、中庭へ出ている。
それも、隣国の王女を連れて。
真実を言えば罰を受けるだろう。
だが父は、嘘で欺ける相手でもない、
彼の睫毛へ、冷や汗が流れ落ちた。
それも、隣国の王女を連れて。
真実を言えば罰を受けるだろう。
だが父は、嘘で欺ける相手でもない、
彼の睫毛へ、冷や汗が流れ落ちた。
「中庭に居ます」
王子は隠さず真実を述べた。
行動の責任は負わなくてはならない。そう考えたからだ。
「近くに他の人間は居るか」
王の言葉は、ただ簡潔に情報だけを問いかける。
王子はそれがどうにも恐ろしかった。
「隣国の、王女様が......」
絞り出すように答えを述べる王子は、
心配そうに彼を見る視線に気付かない。
王子は隠さず真実を述べた。
行動の責任は負わなくてはならない。そう考えたからだ。
「近くに他の人間は居るか」
王の言葉は、ただ簡潔に情報だけを問いかける。
王子はそれがどうにも恐ろしかった。
「隣国の、王女様が......」
絞り出すように答えを述べる王子は、
心配そうに彼を見る視線に気付かない。
「......大丈夫?」
心配そうに王女が彼の表情を窺う。
それに気付いた王子は、額の汗を拭って、
済みません、大丈夫ですと答えた。
心配そうに王女が彼の表情を窺う。
それに気付いた王子は、額の汗を拭って、
済みません、大丈夫ですと答えた。
「ええと、それで.....何の話でしたっけ?」
平静を装おうとする言葉が、かえって焦りを生んでいる。
だが王女は、それに言及する事はしなかった。
平静を装おうとする言葉が、かえって焦りを生んでいる。
だが王女は、それに言及する事はしなかった。
「さぁ、忘れちゃった」
四話
「ところで.....どうして私を誘ったんですか?」
気にかかっていたことを、王子が口にする。
気にかかっていたことを、王子が口にする。
だが彼はまだ、父からの電話を気にしていた。
父が言った、「そこに居ろ」という言葉。
怒られると思っていたからか、その言葉が何か、
不穏な気がしてならなかったのだ。
父が言った、「そこに居ろ」という言葉。
怒られると思っていたからか、その言葉が何か、
不穏な気がしてならなかったのだ。
「あー......」
問いかけられた王女は、ばつが悪そうに頬を掻く。
「いや、ね」
言葉を細かく区切りながら、時折首をかしげて、
彼女は慎重に言葉を紡いでいく。
「あんたもそうだと思うけど、
私の境遇は......ちょっと特殊だから」
王女は何を見るでもなく、前を向いて話す。
問いかけられた王女は、ばつが悪そうに頬を掻く。
「いや、ね」
言葉を細かく区切りながら、時折首をかしげて、
彼女は慎重に言葉を紡いでいく。
「あんたもそうだと思うけど、
私の境遇は......ちょっと特殊だから」
王女は何を見るでもなく、前を向いて話す。
「パパもママも忙しそうだし、他の大人だってそう。
鏡の前以外じゃ、子供を見かける機会もない」
兄弟がいたら違ったかも知れないけど、と彼女は付け足した。
鏡の前以外じゃ、子供を見かける機会もない」
兄弟がいたら違ったかも知れないけど、と彼女は付け足した。
「私は人の前ではこうしないとって、ずっと考えてたんだ」
そう言って彼女は王子の方へ向き直った。
王子も視線に気づき、彼女の顔を見る。
そう言って彼女は王子の方へ向き直った。
王子も視線に気づき、彼女の顔を見る。
「だから......さ、対等に話せる相手って――」
しかし王子は、その言葉の先を聞き取ることが出来なかった。
掻き消されたのだ。
彼は気付く、父の匂いに。硝煙の匂いに。
彼は気付く、父の匂いに。硝煙の匂いに。
全ての音が消え失せたような感覚の中、
彼は呆然と、白い布が赤く染まっていくのを眺めていた。
それを止めることは、最早叶わない。
彼は呆然と、白い布が赤く染まっていくのを眺めていた。
それを止めることは、最早叶わない。
王子は理解した、理解してしまった。
ようやく聞こえて来た軍靴の音で。
動かなくなった桜色の唇を見て。
ようやく聞こえて来た軍靴の音で。
動かなくなった桜色の唇を見て。
父の兵が、王女を射殺した事を。
「ご苦労」
低い声が、王子の耳に届いた。
低い声が、王子の耳に届いた。
現れた国王が掌を挙げると、兵士が銃を下ろす。
「全く、恐ろしい国だ」
王の顔が苦々しく歪み、語りだす。
「全く、恐ろしい国だ」
王の顔が苦々しく歪み、語りだす。
「調印式の影で、王女まで用いた策謀を巡らせていようとは。
それも、未だ幼き我が子を拐かそうという奸計を」
王子は指先の一つも動かせずに、それを黙って聞いていた。
それも、未だ幼き我が子を拐かそうという奸計を」
王子は指先の一つも動かせずに、それを黙って聞いていた。
「そのような国と条約など結べるはずもない」
王子は、彼女にそんな目的があったとは思えなかった。
しかし、その確証はない。彼の心に落ちた父の影が、
初めて会った相手の何が分かる、と否定する。
王子は、彼女にそんな目的があったとは思えなかった。
しかし、その確証はない。彼の心に落ちた父の影が、
初めて会った相手の何が分かる、と否定する。
「当然、それを野放しにする訳にもいかない。
危険な芽は、早々に摘まなければな?」
そう言って王は、兵士たちへ向き直った。
兵士たちは賛同するように強く頷く。
その光景に、王子は安堵と、背に虫が這い上がるような恐怖を覚えた。
危険な芽は、早々に摘まなければな?」
そう言って王は、兵士たちへ向き直った。
兵士たちは賛同するように強く頷く。
その光景に、王子は安堵と、背に虫が這い上がるような恐怖を覚えた。
「戻るぞ」
背中越しに王子へとかけられる父の声。
「......はい」
彼は混乱したままの気持ちを振り払うようにして声を出す。
背中越しに王子へとかけられる父の声。
「......はい」
彼は混乱したままの気持ちを振り払うようにして声を出す。
一国の王である父がこう言っているんだ。
隣国の王女は人間味に欠けると噂だっただろう。
隣国の王女は人間味に欠けると噂だっただろう。
父の背中を追いながら、そう自分に言い聞かせる彼は、
身を守るかのように本を抱き締める。
身を守るかのように本を抱き締める。
表紙に付いていた血が、彼の袖に染み込んだ。
翌日の朝。
王子は礼服をまとい、国民の前に立っていた。
王子は礼服をまとい、国民の前に立っていた。
その服は、自身がこの国の王子であると示す為の服。
この服を着るという事は、国家の象徴としての、
一端を担うという事だった。
この服を着るという事は、国家の象徴としての、
一端を担うという事だった。
壇上に立つ、彼の足は震えている。
『お前が味わった恐怖を、民に説明してやれ』
――父の命令だった。
――父の命令だった。
彼女に恐怖など与えられていない。
それでも、彼は言わなくてはならなかった。
暗殺されそうになった自分の存在が......
戦争を正当化するからだ。
それでも、彼は言わなくてはならなかった。
暗殺されそうになった自分の存在が......
戦争を正当化するからだ。
唾を飲み込み、渇く口を開く。
「――――――――――」
自分が何を口にしているのか、分からなかった。
本当は、彼女は暗殺者だったのかもしれない。
本当は、彼女は無罪だったのかもしれない。
何も分からない。
ただ、
自分の言葉で、戦争が始まる。
本当は、彼女は無罪だったのかもしれない。
何も分からない。
ただ、
自分の言葉で、戦争が始まる。
それだけは、判っていた。
震える声で、彼は言葉を紡いでいく。
指先から全身が冷えていくような感覚。
指先から全身が冷えていくような感覚。
彼は指を握りしめ、その感覚を必死に押し潰そうとした......