※このページには『真暗ノ記憶』に関するネタバレが含まれます。
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キャラクター | ![]() |
一話
彼女がまだ幼い少女だった頃
燃え盛る炎を、二つの瞳が見つめていた。
少女の無心な表情からは、何も読み取れない。
闇夜にほとばしる炎が、少女の瞳に焼き付いていく。
少女の無心な表情からは、何も読み取れない。
闇夜にほとばしる炎が、少女の瞳に焼き付いていく。
醒めた思考が、少女に告げる。
この景色を、一生忘れることはないだろうと............
「おかあさん! 手伝ってー!」
キッチンに、少女の明るい声が響く。
テーブルの上に並んでいるのは、
緑、黄、赤......色とりどりの野菜と、大きな肉の塊。
幼い妹をあやしていた母親が少女の方を振り返る。
「ふふっ......張り切っているわね」
母は真剣な様子の少女を笑顔で見守っていた。
キッチンに、少女の明るい声が響く。
テーブルの上に並んでいるのは、
緑、黄、赤......色とりどりの野菜と、大きな肉の塊。
幼い妹をあやしていた母親が少女の方を振り返る。
「ふふっ......張り切っているわね」
母は真剣な様子の少女を笑顔で見守っていた。
少女は母親から、料理の手ほどきを受けていた。
「味付けはもう少し濃いほうがいいね......」
「ほら、ちょっと食べてみて」
母の味付けした料理を口に運んだ瞬間、
眉間にしわを寄せていた少女の顔が、一瞬にして明るくなる。
「味付けはもう少し濃いほうがいいね......」
「ほら、ちょっと食べてみて」
母の味付けした料理を口に運んだ瞬間、
眉間にしわを寄せていた少女の顔が、一瞬にして明るくなる。
「美味しい!!」
これでばっちりだねと、少女と母は目を見合わせた。
少女は湯気の立つ料理をテーブルに並べていく。
母は妹を席につかせ、三人で食卓を囲んだ。
三人......いや、ほとんどを二人で食べるとすると、
そこには、不釣り合いな数の料理が並んでいた。
母は妹を席につかせ、三人で食卓を囲んだ。
三人......いや、ほとんどを二人で食べるとすると、
そこには、不釣り合いな数の料理が並んでいた。
母は幼い妹のために、肉を小さく切り分けながら言う。
「練習のつもりが、ちょっと作り過ぎちゃったね......」
少女と母は苦笑いしながら料理を口に運んだ。
「練習のつもりが、ちょっと作り過ぎちゃったね......」
少女と母は苦笑いしながら料理を口に運んだ。
美味しい料理は、会話を弾ませる。
「ねぇねぇ、もうすぐだよね! お父さんが帰ってくるの!」
少女は待ちきれない様子で、母親の顔を見た。
「ねぇねぇ、もうすぐだよね! お父さんが帰ってくるの!」
少女は待ちきれない様子で、母親の顔を見た。
その手紙が届いたのは数日前。
内容は、父親が兵役から帰還する、という知らせだった。
少女はそれを見るやいなや、はしゃぎまわり、
母にすがりつきながら言うのだった。
内容は、父親が兵役から帰還する、という知らせだった。
少女はそれを見るやいなや、はしゃぎまわり、
母にすがりつきながら言うのだった。
「お父さんの大好物、私がつくりたい!」
少女は父親の帰りを待ち続けていた。
最後に見た、戦地へと向かう父の横顔。
その表情は複雑で、どんな思いを抱いているのか、
幼い少女にはわからなかった。
でも、最後に抱きしめてくれた時の言葉、
「絶対に、帰ってくる」
その約束を信じ続けていた。
最後に見た、戦地へと向かう父の横顔。
その表情は複雑で、どんな思いを抱いているのか、
幼い少女にはわからなかった。
でも、最後に抱きしめてくれた時の言葉、
「絶対に、帰ってくる」
その約束を信じ続けていた。
ついに約束が果たされる。
そう思うと、少女は居ても立ってもいられない。
今まで蓋をしてきた感情が......喉元まで顔を出していた。
でも、それをぐっと飲み込んで我慢する。
「だって、もうお姉ちゃんなんだから......!」
そう思うと、少女は居ても立ってもいられない。
今まで蓋をしてきた感情が......喉元まで顔を出していた。
でも、それをぐっと飲み込んで我慢する。
「だって、もうお姉ちゃんなんだから......!」
少女の妹は、父親が家を出て、しばらくして生まれた。
戦場にいる父は、妹が無事に生まれたことを、まだ知らない。
お父さん、妹のことを見たら、どんな顔をするだろう。
もしかしたら、お父さんのことを......取られてしまうかも......
少女は、そんなことを考えてしまう自分に首を振った。
............
......
戦場にいる父は、妹が無事に生まれたことを、まだ知らない。
お父さん、妹のことを見たら、どんな顔をするだろう。
もしかしたら、お父さんのことを......取られてしまうかも......
少女は、そんなことを考えてしまう自分に首を振った。
............
......
料理の練習は大成功だった。作りすぎたことを除けば......
少女は、パンパンになったお腹をさすりながら、空想に耽る。
テーブルには、父の大好きな料理がずらりと並ぶ、
それを口に運び、満面の笑みを浮かべる父。
そして隣にいるのは、あの頃よりも大きくなった自分......
私が成長したことを知って、
お父さんは、きっと驚く。
きっと......喜んでくれる。
そんな想像をするだけで、にやけてしまう。
少女は、パンパンになったお腹をさすりながら、空想に耽る。
テーブルには、父の大好きな料理がずらりと並ぶ、
それを口に運び、満面の笑みを浮かべる父。
そして隣にいるのは、あの頃よりも大きくなった自分......
私が成長したことを知って、
お父さんは、きっと驚く。
きっと......喜んでくれる。
そんな想像をするだけで、にやけてしまう。
「ほら、ぼさっとしてないで、片づけを手伝って!」
母の声が、空想に耽る少女を現実に引き戻した。
「もうお姉さんなんだからね!」
母の声が、空想に耽る少女を現実に引き戻した。
「もうお姉さんなんだからね!」
少女は母からのお叱りに頬を膨らませた。
そんな態度をよそに、母は少女に食器の片づけを任せると、
今度は幼い妹の面倒をみる。
女手ひとつで二人の子供の面倒を見る苦労は、
少女の目から見ても明らかだった。
そんな態度をよそに、母は少女に食器の片づけを任せると、
今度は幼い妹の面倒をみる。
女手ひとつで二人の子供の面倒を見る苦労は、
少女の目から見ても明らかだった。
母親の背中を見ながら少女は思う。
「私がしっかりして、お母さんを支えてあげなくちゃ......」
「私がしっかりして、お母さんを支えてあげなくちゃ......」
母はどんな時も笑顔を絶やさなかった。
だから私は、辛い時も、悲しい時も、寂しい時も、頑張れた。
母を困らせてばかりだった自分はもう卒業だ。
だから、かまってもらえなくても、私は平気。
少女はそう自分に言い聞かせると、
手際よく食器を洗い、棚にしまっていく。
だから私は、辛い時も、悲しい時も、寂しい時も、頑張れた。
母を困らせてばかりだった自分はもう卒業だ。
だから、かまってもらえなくても、私は平気。
少女はそう自分に言い聞かせると、
手際よく食器を洗い、棚にしまっていく。
夜も更けて、少女はベッドに入る。
長かった一日に疲れたのか、すぐに意識が薄れていった。
頭の上に、なにか、柔らかい感触を抱く......
母の手のひらだ。
長かった一日に疲れたのか、すぐに意識が薄れていった。
頭の上に、なにか、柔らかい感触を抱く......
母の手のひらだ。
「いつも、ありがとう......」
母は一言呟いて、静かに部屋を出ていった。
少女は夢の中で、父と母と妹と、笑顔で食卓を囲んでいた。
少女は夢の中で、父と母と妹と、笑顔で食卓を囲んでいた。
二話
少女はソワソワと窓の外を眺める。
玄関の方から物音が聞こえるたび、立ち上がる。
そんな様子を見て、母は少女のことを子犬のようだと笑う。
からかわれた少女は頬を膨らませる。
玄関の方から物音が聞こえるたび、立ち上がる。
そんな様子を見て、母は少女のことを子犬のようだと笑う。
からかわれた少女は頬を膨らませる。
呼び鈴が鳴り、玄関に駆けていった少女が、
肩を落として戻ってくる。
そんなやり取りを何度か繰り返したのち、
ついに待ちかねた時がやってきた。
肩を落として戻ってくる。
そんなやり取りを何度か繰り返したのち、
ついに待ちかねた時がやってきた。
ゆっくりと玄関が開き、軍服姿の父が姿を見せる。
父の帰還を家族で迎える瞬間。
母も、少女も、どんなにこの時を待ちわびたか。
少女は思わず、父に飛びつく。
父の帰還を家族で迎える瞬間。
母も、少女も、どんなにこの時を待ちわびたか。
少女は思わず、父に飛びつく。
その直後だった。
「ドンッ――――!!」
父は、少女のことを突き飛ばした。
勢いよくしりもちをついた少女は、
なにが起こったのかわからず、呆然と虚空を見つめる。
勢いよくしりもちをついた少女は、
なにが起こったのかわからず、呆然と虚空を見つめる。
一家の再会に相応しくない沈黙......
重たい空気を察してか、泣き出す妹。
つんざくような泣き声に耳をふさぎながら、
父は足早に自室へと去っていった。
重たい空気を察してか、泣き出す妹。
つんざくような泣き声に耳をふさぎながら、
父は足早に自室へと去っていった。
戸惑う母は、
「ちょっと、お父さん、疲れていたのかな......?」
そう言って苦笑いしながら、少女の身を起こしてやる。
何が起こったのかわからず、少女はいまだ放心状態だった。
「ちょっと、お父さん、疲れていたのかな......?」
そう言って苦笑いしながら、少女の身を起こしてやる。
何が起こったのかわからず、少女はいまだ放心状態だった。
玄関には、妹の泣き声が響いていた。
それから食卓の用意ができるまで、父は顔を出さなかった。
少女はあからさまに落ち込んでいる。
自分の取った行動が父の機嫌を損ねたのだと、そう感じて。
自分の取った行動が父の機嫌を損ねたのだと、そう感じて。
そんな少女を心配して母は優しく声をかける。
「あなたはなにも、悪くないわ」
慰められると、少女は余計に泣きそうになった。
でもそれをこらえて、少女は笑顔をつくる。
「あなたはなにも、悪くないわ」
慰められると、少女は余計に泣きそうになった。
でもそれをこらえて、少女は笑顔をつくる。
一生懸命練習した料理。
それを食べればお父さんの機嫌も直るはず......!
少女はそう意気込んで、母とともに食卓の準備を始めた。
それを食べればお父さんの機嫌も直るはず......!
少女はそう意気込んで、母とともに食卓の準備を始めた。
キッチンを包み込む、香ばしい肉の焼けた匂い。
何度も練習して教わった、母の秘伝の味付け。
「トン、トン、トン、トン――――」
食材が形を変えていくたびに、
少女の心は、期待と不安の間を揺らめく。
何度も練習して教わった、母の秘伝の味付け。
「トン、トン、トン、トン――――」
食材が形を変えていくたびに、
少女の心は、期待と不安の間を揺らめく。
無事に帰ってきたことをお祝いするためにと、
用意していた飾り付けを部屋に施し、
お皿に温かい料理を盛り付ける。
用意していた飾り付けを部屋に施し、
お皿に温かい料理を盛り付ける。
あとは父が来るのを待つだけだ。
父はしばらくしたのち、
部屋に入ってきて、席に着いた。
父と、母と、妹と、少女。やっと家族が揃った。
部屋に入ってきて、席に着いた。
父と、母と、妹と、少女。やっと家族が揃った。
なぜか、父はなかなか料理に手を付けない。
あらためて見ると、父の身体は痩せ細り、
顔色も優れなくて、気分が悪そうだった。
夢にまで見た景色が現実になったにもかかわらず、
そんな父の様子を見ると、
少女は心の底から喜ぶことはできなかった。
あらためて見ると、父の身体は痩せ細り、
顔色も優れなくて、気分が悪そうだった。
夢にまで見た景色が現実になったにもかかわらず、
そんな父の様子を見ると、
少女は心の底から喜ぶことはできなかった。
むしろ今このときが、悪い夢であれば......
少女がそんなことを考えていると、
少女がそんなことを考えていると、
「ガシャンッ――――!!」
皿の割れる甲高い音が耳に突き刺さり、現実に引き戻される。
テーブルの上に並べられていた料理は、
床に落ちて散乱していた。
床に落ちて散乱していた。
「虫だ!! 虫がわいている!!」
狼狽した父は叫びながら、
床に散乱する「料理だったもの」を、
何度も踏みしだいている。
床に散乱する「料理だったもの」を、
何度も踏みしだいている。
ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり............
必死に「虫」を踏みつぶそうとしている父。
しかし、その「虫」は、他の誰にも見えなかった。
大きな音に驚き、泣き出す妹。
いったい何が起こっているのか、
いつも気丈に振る舞っている母でさえも、
その光景に、あっけにとられていた。
必死に「虫」を踏みつぶそうとしている父。
しかし、その「虫」は、他の誰にも見えなかった。
大きな音に驚き、泣き出す妹。
いったい何が起こっているのか、
いつも気丈に振る舞っている母でさえも、
その光景に、あっけにとられていた。
十秒程たったのち、我に返った父親は、
「す......すまない............」
そう一言だけ呟いて、立ち尽くした。
やがてのろのろと床に散らばった料理を拾い始める。
やがてのろのろと床に散らばった料理を拾い始める。
「あ......私も......!」
少女もすぐに席を立ち、床の掃除を手伝う。
凍り付いた空気がとけ、母も慌てて掃除道具を取りにいった。
凍り付いた空気がとけ、母も慌てて掃除道具を取りにいった。
その直後だった。
「いたッ......!」
床に落ちる血の滴。
少女は慌てたせいか、皿の破片で指を切ってしまった。
はたはたと床に落ちる少女の血、
それを見たとたん、父は突然顔を歪め、
そして、その場で嘔吐した。
少女は慌てたせいか、皿の破片で指を切ってしまった。
はたはたと床に落ちる少女の血、
それを見たとたん、父は突然顔を歪め、
そして、その場で嘔吐した。
母が掃除道具を取って戻ってきたとき、部屋の中は、
妹の泣き声と、残飯と、血と、吐瀉物が交じり合い、
めちゃくちゃになっていた。
妹の泣き声と、残飯と、血と、吐瀉物が交じり合い、
めちゃくちゃになっていた。
父は目を白黒させ、吐瀉物に汚れた顔を拭うこともせず、
家から出ていってしまった。
家から出ていってしまった。
その夜、父は帰ってこなかった。
三話
父は帰還してしばらくしても、職につくことができなかった。
家庭には多くの貯蓄があるわけでもなく、
母は外に働きに出るしかなかった。
家庭には多くの貯蓄があるわけでもなく、
母は外に働きに出るしかなかった。
母が居ないときは、少女が妹の面倒をみた。
はしゃぎたい盛りの妹は、家庭の状況なんでおかまいなしに、
今日も笑顔で、少女に遊んでほしいとねだるのだった。
その笑顔は、こわばった少女の心を、少し温める。
はしゃぎたい盛りの妹は、家庭の状況なんでおかまいなしに、
今日も笑顔で、少女に遊んでほしいとねだるのだった。
その笑顔は、こわばった少女の心を、少し温める。
だがその笑顔は、幸せばかりを運んでくるわけではなかった。
その日、少女と妹は積み木を並べて遊んでいた。
門をつくり、町をつくり、お城を建てる。
そして妹は、お気に入りの、兵隊の人形を登場させる。
姉がおもちゃの楽器を使って、伴奏を始めると、
妹は、満足げな表情で兵隊の人形を行進させる。
こんな風にパレードの真似事をするのが、
最近の妹のお気に入りだった。
門をつくり、町をつくり、お城を建てる。
そして妹は、お気に入りの、兵隊の人形を登場させる。
姉がおもちゃの楽器を使って、伴奏を始めると、
妹は、満足げな表情で兵隊の人形を行進させる。
こんな風にパレードの真似事をするのが、
最近の妹のお気に入りだった。
姉と妹が遊ぶ賑やかな部屋を、暗い表情の父が通りかかる。
父の視界に、妹の持つ兵隊の人形が映り込んだそのとき、
父の視界に、妹の持つ兵隊の人形が映り込んだそのとき、
「やめろ!! そんなこと......今すぐにやめるんだ!!」
怒号が響き渡り、少女たちの動きを停止させた。
父は、妹の持つ人形を勢いよく掴み取ると、
その首をもぎ取り、積み木でできた町を蹴り飛ばす。
父は、妹の持つ人形を勢いよく掴み取ると、
その首をもぎ取り、積み木でできた町を蹴り飛ばす。
少女は、突然の出来事に目を丸くすることしかできない。
三秒の空白ののち、妹の大泣きが沈黙を突き破る。
父は、首のもげた人形をゴミ箱に投げ入れ、
怯えたような表情で自室へと引き返していった。
三秒の空白ののち、妹の大泣きが沈黙を突き破る。
父は、首のもげた人形をゴミ箱に投げ入れ、
怯えたような表情で自室へと引き返していった。
兵役から戻った父は、以前とは別人のようだった。
それでも、少女にとっては大切なお父さんだった。
ちょっと今は、具合が悪いだけ......
少女は自分に、言い聞かせる。
それでも、少女にとっては大切なお父さんだった。
ちょっと今は、具合が悪いだけ......
少女は自分に、言い聞かせる。
父自身も、いまの自分に負い目を感じているようだった。
あるとき、働きに出ている母の代わりに、
自分が家のことを手伝うと申し出たのだ。
もしそれが、少しでも立ち直るきっかけになるのなら......
そんな思いで、母と少女は、父の申し出を受け入れた。
あるとき、働きに出ている母の代わりに、
自分が家のことを手伝うと申し出たのだ。
もしそれが、少しでも立ち直るきっかけになるのなら......
そんな思いで、母と少女は、父の申し出を受け入れた。
翌日、父は幼い妹を風呂に入れる準備をしていた。
少し緊張している様子の妹、ぎこちない父の動作、
少女は心配になって、何度も様子を窺ってしまう。
でも、父がそうやって家庭的なことをする仕草をみると、
少女は少し、嬉しい気持ちになるのだった。
少し緊張している様子の妹、ぎこちない父の動作、
少女は心配になって、何度も様子を窺ってしまう。
でも、父がそうやって家庭的なことをする仕草をみると、
少女は少し、嬉しい気持ちになるのだった。
そろそろ、お湯も沸いた頃かと思い、少女が浴室を覗くと、
父はちょうど妹を湯船の中に入れようとしていた。
しかし、湯船を目の前にした妹の様子がおかしい......
違和感を覚えよく目を凝らすと、湯船に張られた湯は、
煮立つほどの熱湯だった。
父はちょうど妹を湯船の中に入れようとしていた。
しかし、湯船を目の前にした妹の様子がおかしい......
違和感を覚えよく目を凝らすと、湯船に張られた湯は、
煮立つほどの熱湯だった。
少女は慌てて父と妹のあいだに分け入り、妹を抱き寄せる。
間髪入れず、いったい何をしようとしているのかと、
目の前の父を問い詰めた。
間髪入れず、いったい何をしようとしているのかと、
目の前の父を問い詰めた。
父は少女の剣幕に押され、戸惑いながら答える。
「いや......俺はただ、風呂に......入れようと......」
父の返答には、
このおかしな状況に対する釈明はなにも含まれていなかった。
その返答に、ただただ戸惑うしかできない少女は、
「ちょっと......妹に熱があるみたい......」
そんな急ごしらえの嘘をつき、妹を連れて浴室をでた。
このおかしな状況に対する釈明はなにも含まれていなかった。
その返答に、ただただ戸惑うしかできない少女は、
「ちょっと......妹に熱があるみたい......」
そんな急ごしらえの嘘をつき、妹を連れて浴室をでた。
家のことに関わりたいという父の気持ちは嬉しかった。
しかし、その行動が家族を幸せにすることはなかった。
しかし、その行動が家族を幸せにすることはなかった。
母と少女の疲労は限界に近かった。
そしてある晩、事件が起きる。
疲弊しきった母が口火を切り、父と口論を始めたのだ。
少女の寝室まで響く、怒鳴り声の応酬、
怒気のこもった母の金切り声。
少女はそんな母の声を、一度たりとも聞いたことはなかった。
疲弊しきった母が口火を切り、父と口論を始めたのだ。
少女の寝室まで響く、怒鳴り声の応酬、
怒気のこもった母の金切り声。
少女はそんな母の声を、一度たりとも聞いたことはなかった。
母の怒鳴り声と父の怒鳴り声が混ざり合う。
それを聞いて、少女の胸は軋むような音をたてる。
それを聞いて、少女の胸は軋むような音をたてる。
いったい私たちはどうなってしまうのだろう......
少女は固く目をつぶり、ただ祈ることしかできなかった。
四話
バチバチと、何かがはぜる音で目が覚める。
「ゲホッ......ゲホッ............」
息を吸い込んだ瞬間に、煙が気管を刺激した。
「部屋が、燃えている......?」
少女は目の前の光景が、夢なのか、現実なのか、
わからなかった。
わからなかった。
しかし少女の体に伝わるその熱は、
これがまぎれもなく現実であることを伝えていた。
これがまぎれもなく現実であることを伝えていた。
「............ッ!!!」
お父さん......お母さん......妹は......!!
頭の中を駆け巡る思考、
一瞬で目が覚めた少女は、寝室を飛び出す。
頭の中を駆け巡る思考、
一瞬で目が覚めた少女は、寝室を飛び出す。
「お父さん......!!!」
リビングにいたのは、炎の中に立ち尽くす父。
その足元に横たわっているのは......
母の......死体......
父はゆっくりとこちらに振り返る。
自分でも何が起きたのかわからない、というような、
力のない瞳。
父の瞳を見つめ返す少女も、何も考えることができなかった。
自分でも何が起きたのかわからない、というような、
力のない瞳。
父の瞳を見つめ返す少女も、何も考えることができなかった。
炎が勢いを増していく。
部屋を揺るがす振動、何かが崩れ落ち、ガラスが割れる。
我に返った少女があたりを見回すと、
部屋の中には火の海が広がっていた。
部屋を揺るがす振動、何かが崩れ落ち、ガラスが割れる。
我に返った少女があたりを見回すと、
部屋の中には火の海が広がっていた。
突然、少女の視界が遮られる。
父の羽織っていた上着が少女のことを包み込んでいた。
父はそのまま少女を抱え上げ、猛然と駆け出す。
父の羽織っていた上着が少女のことを包み込んでいた。
父はそのまま少女を抱え上げ、猛然と駆け出す。
なんとか外へと逃げ出したとき、
少女たちの家は、炎の中に身を沈めていた。
煙を吸い朦朧とした意識の中で、少女は呟く。
少女たちの家は、炎の中に身を沈めていた。
煙を吸い朦朧とした意識の中で、少女は呟く。
「ま......まだ妹が..................」
父はその言葉を聞き終えるより先に走り出していた。
後ろ姿が、炎の中に吸い込まれて消える。
後ろ姿が、炎の中に吸い込まれて消える。
どれくらいの時間が経っただろう。
少女は呆然と、
燃え盛る炎を見つめていることしかできなかった。
少女は呆然と、
燃え盛る炎を見つめていることしかできなかった。
やがて炎の影から、父の姿が現れる。
その腕には、毛布に包んだ妹が抱きかかえられていた。
少女の目の前で倒れ込む父、
はだけた毛布の隙間から、妹の泣き声が漏れていた。
少女は妹を抱え上げ、安否を確かめる、
父が必死に守り抜いたのか、妹に大きな怪我はなかった。
しかし目の前に倒れ伏した父は......
その腕には、毛布に包んだ妹が抱きかかえられていた。
少女の目の前で倒れ込む父、
はだけた毛布の隙間から、妹の泣き声が漏れていた。
少女は妹を抱え上げ、安否を確かめる、
父が必死に守り抜いたのか、妹に大きな怪我はなかった。
しかし目の前に倒れ伏した父は......
全身に火焔を浴びたその体は、
皮膚が剥がれ落ち、まだら状の灰色と黒色に変色していた。
髪の毛も焼け縮れ、触ると炭のように崩れ落ちていく。
白く濁った左目は、視力が残っているのかも定かではない。
皮膚が剥がれ落ち、まだら状の灰色と黒色に変色していた。
髪の毛も焼け縮れ、触ると炭のように崩れ落ちていく。
白く濁った左目は、視力が残っているのかも定かではない。
父は混濁した意識の中、ひたすら何かを呟いている。
謝罪の言葉............
しかしそれは、母や少女や妹に向けられたものではなかった。
父の意識は、記憶の戦場を彷徨っているようだった。
父の意識は、記憶の戦場を彷徨っているようだった。
やがて父の呟く声が、小さく、弱くなっていく。
消え入りそうな声で、父は少女の名前を呼んだ。
しかし、そのあとに続く父の言葉を聞くことはできなかった。
少女が父の名を呼び返したときにはもう、
彼はこの世にいなかった。
しかし、そのあとに続く父の言葉を聞くことはできなかった。
少女が父の名を呼び返したときにはもう、
彼はこの世にいなかった。
....................................
........................
............
........................
............
父が戦争で体験したことを知ったのは、
それからしばらく経ってからのことだった。
それからしばらく経ってからのことだった。
戦場で下された命令。
ぶら下げた銃器と不釣り合いな、幼い子供たち。
血と、身体の破片と、呻き声。
転がったままこちらを見つめる瞳。
ぶら下げた銃器と不釣り合いな、幼い子供たち。
血と、身体の破片と、呻き声。
転がったままこちらを見つめる瞳。
地面に散乱するそれらの中には、
女の子だったものすら、含まれる。
そう、まるで自分の娘と同じような、つぶらな瞳......
女の子だったものすら、含まれる。
そう、まるで自分の娘と同じような、つぶらな瞳......
父の精神は、戦場に囚われたままだったのだ。
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、
なんど問うても、誰に問うても、
少女の心を軽くしてくれる答えなんて、この世にはなかった。
少女の心を軽くしてくれる答えなんて、この世にはなかった。
少女とその妹は、家の焼け跡を眺めていた。
「おかあさんと、おとうさんは、どこにいったの......?」
妹が姉の手を握り、不安そうに問う。
たった二人で世界に取り残された姉妹。
姉は、妹に優しく微笑む。
しかし、その問いに上手く答えることはできなかった。
たった二人で世界に取り残された姉妹。
姉は、妹に優しく微笑む。
しかし、その問いに上手く答えることはできなかった。
それでも少女には、たった一つ確かな想いがあった。
絶対に......妹を不幸にはさせない。
この子はこんな気持ち、知らなくていい......
絶対に......妹を不幸にはさせない。
この子はこんな気持ち、知らなくていい......
妹の手を強く握り返し、固く誓う。
その決意が、少女に残された、
たった一つの生きる希望だった......