※このページには『真暗ノ記憶』に関するネタバレが含まれます。
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一話
男が少年と出会う前
市街地に立つ時計塔に向かって、閃光が走った。
僅かな間の後、爆音と共に砲弾が着弾した塔の一部が崩れ、
瓦礫が地上めがけて落下し始める。
僅かな間の後、爆音と共に砲弾が着弾した塔の一部が崩れ、
瓦礫が地上めがけて落下し始める。
「落下地点と飛散範囲を予測。落下までは 5.34 秒ほどか」
時計塔の直下に立つ男は瞬時に計算を終わらせ、
その場から十歩移動する。
時計塔の直下に立つ男は瞬時に計算を終わらせ、
その場から十歩移動する。
男が立ち止まると、瓦礫は男が元いた場所に落ち、
粉塵の混ざった爆風を生む。
男は瞬きーつせず、閃光が放たれた方角を見据えていた。
粉塵の混ざった爆風を生む。
男は瞬きーつせず、閃光が放たれた方角を見据えていた。
ここは戦場となった敵国の市街地。
技術の発展した都市の至る場所から、煙が上がっている。
技術の発展した都市の至る場所から、煙が上がっている。
戦争の火種は、国家間の外交の決裂。
男が所属する王国の王は、
戦争によって領土を広げてきた覇王だった。
小さな火種が、大きな戦火となるのも珍しくない。
男が所属する王国の王は、
戦争によって領土を広げてきた覇王だった。
小さな火種が、大きな戦火となるのも珍しくない。
男は戦場で敵兵の影を視認するたびに、
ホルスターに収められた銃を瞬時に抜き、再び収める。
ホルスターに収められた銃を瞬時に抜き、再び収める。
その一瞬の所作の間に放たれた弾丸が、敵兵の頭蓋を貫く。
その神がかった精度は、人間のそれではない。
その神がかった精度は、人間のそれではない。
彼の正体は、王国が戦争に投入する為に開発した
命を持たない兵士......『機械兵』だ。
命を持たない兵士......『機械兵』だ。
男は、ある人物に命じられ、
敵軍の偵察をする為に戦場を駆ける。
敵軍の偵察をする為に戦場を駆ける。
両軍の兵力は同程度だと予測されていた。
だが敵国は、巨大な砲弾を長距離へと射出する、
新兵器を導入していたのだ。
だが敵国は、巨大な砲弾を長距離へと射出する、
新兵器を導入していたのだ。
戦線は次第に押し返されており、
自軍の拠点が、敵の射程圏内に入るのも時間の問題だろう。
自軍の拠点が、敵の射程圏内に入るのも時間の問題だろう。
偵察が終わり、敵の歩兵部隊を片付けた男は、
自軍の拠点へと戻ることにした。
自軍の拠点へと戻ることにした。
指揮系統を司る、仮設テントの拠点。
テント内の大きなテーブルには、
戦場となる敵国の市街地の地図が広げられ、
戦況を把握する為の駒が置かれていた。
戦場となる敵国の市街地の地図が広げられ、
戦況を把握する為の駒が置かれていた。
そこで指揮をとっているのは、
戦場に赴くには幼すぎるとも思える一人の少年。
戦場に赴くには幼すぎるとも思える一人の少年。
「王子。ご決断を」
そう声を掛けられた少年は、王国の第一王子。
男に敵地の偵察を命じた張本人だ。
そう声を掛けられた少年は、王国の第一王子。
男に敵地の偵察を命じた張本人だ。
戦争で自ら指揮を執ると志願した王子は、
まさに今、戦況を左右する作戦の判断を迫られていた。
まさに今、戦況を左右する作戦の判断を迫られていた。
悪化する一方の戦局を打開するために、
兵達を囮に使った陽動作戦が提案されたのだ。
兵達を囮に使った陽動作戦が提案されたのだ。
内容を知るや否や、王子は苦い顔をして提案を否定する。
どうやら、彼の幼さは容姿だけではないらしい。
どうやら、彼の幼さは容姿だけではないらしい。
多くの兵士達が命を懸けるこの戦場においても、
彼は兵を駒として考えることができない。
戦場に不要な王子の優しさは、指揮に迷いを生んでいた。
彼は兵を駒として考えることができない。
戦場に不要な王子の優しさは、指揮に迷いを生んでいた。
王子に作戦を提案した壮年の男は、王国の将軍。
「このような指揮では、兵が無駄死にをする」
将軍はテーブルを力任せに叩き、苛立ちを吐き捨てる。
将軍はテーブルを力任せに叩き、苛立ちを吐き捨てる。
将軍の隊は本隊から外れ、独断で戦う方針を告げると、
彼はテントを出ていった。
彼はテントを出ていった。
隊の分断は、更なる戦況の悪化をもたらした。
それでも王子は指揮をし続ける。
何が彼をそうまでさせるのかは分からない。
満身創病な彼の姿を横目に、男は地図上の戦況を眺める。
何が彼をそうまでさせるのかは分からない。
満身創病な彼の姿を横目に、男は地図上の戦況を眺める。
統率を失った我が軍には、敵の反撃を防ぐことは難しい。
敵軍の攻撃は、拠点のすぐ近くまで迫ってきていた。
敵軍の攻撃は、拠点のすぐ近くまで迫ってきていた。
「拠点を捨て置き、王子だけでも撤退を」
男の進言に対し、
「兵の皆が戦う中、一人戦場を離脱などできない」と、
王子はそれを却下する。
男の進言に対し、
「兵の皆が戦う中、一人戦場を離脱などできない」と、
王子はそれを却下する。
男は冷静に戦況を分析し、撤退するしかないと説明するが、
王子はなかなかそれを承諾しなかった。
王子はなかなかそれを承諾しなかった。
閃光が走る。
数秒後、轟音と共に砲弾が地面を抉り、
拠点のテントは一瞬のうちに爆風に飲み込まれた。
数秒後、轟音と共に砲弾が地面を抉り、
拠点のテントは一瞬のうちに爆風に飲み込まれた。
その場に残ったのは、
巨大なクレーターと拠点の残骸だけだった......
巨大なクレーターと拠点の残骸だけだった......
荒い息が聞こえる。
声の主は、男の後ろで走る王族の少年。
声の主は、男の後ろで走る王族の少年。
拠点が砲撃される直前、
男は王子を強引に連れ出し、逃げ延びていたのだ。
男は王子を強引に連れ出し、逃げ延びていたのだ。
地図に載っていた、
市街地の外れへと続く地下トンネルの中。
市街地の外れへと続く地下トンネルの中。
爆音が響く戦場とは真逆の方向へ、二人は進んでいった......
二話
敵国の市街地での戦争。
機械兵の男は王子を連れ、
市街地の外れへと続く地下トンネルを足早に進んでいた。
周囲に危険がないかを確認しながら、男が先陣を切る。
機械兵の男は王子を連れ、
市街地の外れへと続く地下トンネルを足早に進んでいた。
周囲に危険がないかを確認しながら、男が先陣を切る。
息を切らしながら、男の後に続く王子。
薄暗く視界が悪いトンネルの地面に足をつまずき、
彼は短い悲鳴をあげて転んでしまった。
薄暗く視界が悪いトンネルの地面に足をつまずき、
彼は短い悲鳴をあげて転んでしまった。
出陣の命令と共に男が受けた任務は、王子の護衛。
彼に関する最低限のデータが事前に与えられていた。
彼に関する最低限のデータが事前に与えられていた。
その情報によれば、王子は先天的な病気を患っている。
これ以上、彼を走らせれば身体に障るかもしれない。
これ以上、彼を走らせれば身体に障るかもしれない。
男は歩みの速度を緩ませ、周囲を見渡す。
地下を通る巨大なトンネル。
地面には線路。平時は乗り物がここを通るのだろう。
地面には線路。平時は乗り物がここを通るのだろう。
暫し探索すると、トンネルの壁に扉を見つけた。
扉の半分は瓦礫で埋まっているが、
隙間から男が覗くと、奥には倉庫のような小部屋が見えた。
扉の半分は瓦礫で埋まっているが、
隙間から男が覗くと、奥には倉庫のような小部屋が見えた。
部屋の中で眠っていたのは、
使い古されたランタンやスコップなどの道具達。
ここはトンネルを整備する道具の物置のようだ。
使い古されたランタンやスコップなどの道具達。
ここはトンネルを整備する道具の物置のようだ。
身を潜める場所としては最適だと、
男は王子を連れて物置へと入ることにした。
男は王子を連れて物置へと入ることにした。
「僕が、指揮を執ったせいで......皆が......」
息が整い始めた王子は、己を責めるように呟く。
息が整い始めた王子は、己を責めるように呟く。
王国は戦争続きで、民も国民も疲弊しきっていた。
王子はそんな彼らを救おうと、自ら指揮を志願したのだ。
だが、その結果は彼の望み通りにはならなかった。
王子はそんな彼らを救おうと、自ら指揮を志願したのだ。
だが、その結果は彼の望み通りにはならなかった。
王子は、兵の命を天秤にかけるような戦いを避けた。
その優しさが戦況を悪化させた原因であり、
逆に多くの兵の命を奪ったのは明白だった。
その優しさが戦況を悪化させた原因であり、
逆に多くの兵の命を奪ったのは明白だった。
男は彼に何と声をかけるべきか思考する。
「あなたは立派でした」
己の口から出た言葉に対して、男は違和感を覚える。
己の口から出た言葉に対して、男は違和感を覚える。
自身でも、その言葉の意図が掴めていない。
王子の悲痛が滲む表情を見ていたら、
自然とその言葉が生成されたのだ。
王子の悲痛が滲む表情を見ていたら、
自然とその言葉が生成されたのだ。
王子がキョトンとした顔で、男を見つめる。
二人きりの薄暗闇の中。
王子の顔が、初めて明るさを取り戻す。
王子の顔が、初めて明るさを取り戻す。
彼はぎこちない笑顔を作りながら、
戦場から救い出してくれた男に、改めてお礼を伝える。
戦場から救い出してくれた男に、改めてお礼を伝える。
「また僕が危なくなったら、助けて欲しいな」
冗談交じりに彼が話す言葉には、
どこか喜びを含んでいるように思えた。
冗談交じりに彼が話す言葉には、
どこか喜びを含んでいるように思えた。
しばらく王子との会話が続いたが、
次第に、彼が咳をする頻度が多くなっていった。
次第に、彼が咳をする頻度が多くなっていった。
彼が胸ポケットから薬瓶を取り出す。
薬の品名を見るに、咳の症状を抑えるものだろう。
しかし薬瓶は既に使い切られ、空になっていた。
薬の品名を見るに、咳の症状を抑えるものだろう。
しかし薬瓶は既に使い切られ、空になっていた。
咳の合間に、苦しそうな顔で彼は告げる。
「王族は......己の弱さを他者に見せてはいけないんだ......」
「王族は......己の弱さを他者に見せてはいけないんだ......」
何人にも弱みを見せない、父王からの教えだという。
拠点で彼が咳をする姿を見せなかったのは、
皆に病状を悟られぬよう薬で隠していたからに他ならない。
皆に病状を悟られぬよう薬で隠していたからに他ならない。
「ここでのことは、無かったことにしてね」
そう言って、王子は小指を男に突き出した。
そう言って、王子は小指を男に突き出した。
その行為は、
人間が行う約束の儀式だと男は記憶している。
人間が行う約束の儀式だと男は記憶している。
初めて求められたその行動にむずがゆさを感じながら、
男は指を、彼の指に絡めた......
男は指を、彼の指に絡めた......
突如聞こえた、小さな足音。
男が聴覚を足音に集中させる。
敵の兵だろうか......推定人数は十人程度だろう。
男が聴覚を足音に集中させる。
敵の兵だろうか......推定人数は十人程度だろう。
男は瓦礫に埋まった部屋の扉の隙間から、
足音の聞こえる方向を凝視した。
足音の聞こえる方向を凝視した。
ゆらゆらと揺れるライトの灯り。
体調の万全でない王子を連れて、
敵兵から逃げ切ることは難しい。
敵兵から逃げ切ることは難しい。
男は王子と共に息を潜め、
部屋に隠れてやり過ごすことにした。
部屋に隠れてやり過ごすことにした。
男は王子の口元を押さえ、
物音を立てないようにする。
物音を立てないようにする。
扉の隙間から射し込むライトの光が、
次第に明るさを増していった......その時。
次第に明るさを増していった......その時。
......ゴホッ......
王子が我慢しきれず、咳を零してしまった......
三話
薄暗い部屋の中。
男は王子の口元に手を当て、息を潜めていた。
男は王子の口元に手を当て、息を潜めていた。
隠れている部屋のすぐそこまで、
敵兵と思われる足音が近付いてきている。
敵兵と思われる足音が近付いてきている。
見つからないよう隠れてやり過ごそうとした時、
王子の咳が部屋に響いた。
王子の咳が部屋に響いた。
「見つけたぞ!」と、兵が声を上げる。
部屋を包囲された今、無事に王子を守り抜くには、
部屋の前にいる兵達を殲滅するしか手がない。
男は扉を蹴り破り、瞬時に銃を構える。
部屋の前にいる兵達を殲滅するしか手がない。
男は扉を蹴り破り、瞬時に銃を構える。
だが、そこにいたのは、
味方である王国の兵達だった。
味方である王国の兵達だった。
「王子、探しましたぞ」と、王国の将軍が前に出る。
悪化する戦局を打開できず、
彼らも戦線を放棄し、地下トンネルに逃げ込んだようだ。
悪化する戦局を打開できず、
彼らも戦線を放棄し、地下トンネルに逃げ込んだようだ。
「助かった......のか?」と、王子は安堵する。
そして、王子が兵達に近付こうとしたそのとき、
将軍の合図と共に、無数の剣が王子に向けられた。
将軍の合図と共に、無数の剣が王子に向けられた。
何故、味方の兵達に剣を突きつけられているのか。
動揺を隠せない王子を見て、将軍が笑いを零す。
動揺を隠せない王子を見て、将軍が笑いを零す。
その口から、信じがたい真実が告げられた。
戦争の裏で進められていた謀略......
それは、戦死と見せかけた王子の殺害。
それは、戦死と見せかけた王子の殺害。
他の弟達にとって王権争いの邪魔となる、
第一王子を排除することだと。
第一王子を排除することだと。
戦いは一時的に劣勢になるよう仕向けられ、
混乱に乗じて王子を始末する。
その後、王国からの増援で勝利する筋書きだという。
混乱に乗じて王子を始末する。
その後、王国からの増援で勝利する筋書きだという。
「うそ......だ......」
消え入りそうな声を出す王子を前に、
将軍は勝ち誇ったように笑い続ける。
消え入りそうな声を出す王子を前に、
将軍は勝ち誇ったように笑い続ける。
見かねた男が、王子を守ろうと立ち上がると、
将軍が命令を下した。
将軍が命令を下した。
「その場で静止せよ」
男は王国の機械兵。
上官の命令に従うよう、服従のプログラムが施されている。
将軍の言葉を受け、男の身体は硬直する。
上官の命令に従うよう、服従のプログラムが施されている。
将軍の言葉を受け、男の身体は硬直する。
剣を構えた将軍が、王子へと一歩ずつ近付いていくのを、
男はその場で、ただ見ていることしかできなかった。
男はその場で、ただ見ていることしかできなかった。
祖国に裏切られ、空虚を見つめる王子。
将軍は追い打ちをかけるように罵声を吐く。
将軍は追い打ちをかけるように罵声を吐く。
国王の言いなりとなり、民を危険に晒す疫病神。
この戦争でも、王子の指揮で多くの兵が死んだと。
この戦争でも、王子の指揮で多くの兵が死んだと。
王子は一つも否定できず、
目から溢れた涙が頬を伝う。
目から溢れた涙が頬を伝う。
王子の前で立ち止まった将軍は、剣を大きく振り上げた。
男は将軍の行為を容認できなかった。
王子を守らなければ。
将軍を止めなければ。
武器を手に取らねば。
将軍を止めなければ。
武器を手に取らねば。
しかし、男は命令に背けず、
身体を動かすことすらできない。
身体を動かすことすらできない。
王子の最期を目前に、
男の頭は彼との記憶を辿り続けていた。
男の頭は彼との記憶を辿り続けていた。
兵達を守ろうと必死に指揮を執った王子。
男を信頼し、弱音を聞かせてくれた王子。
男を信頼し、弱音を聞かせてくれた王子。
ふと、王子が薄い笑顔と共に口にした、
ある言葉が脳裏を過った。
ある言葉が脳裏を過った。
「また僕が危なくなったら......」
その瞬間、男が放った銃弾が、
剣を持つ将軍の右腕を撃ち抜いていた。
剣を持つ将軍の右腕を撃ち抜いていた。
一瞬の間を置くこともなく、立て続けに男の銃が吠える。
油断していた将軍の部下の兵達が、
悲鳴とともに次々と地面に倒れていく。
油断していた将軍の部下の兵達が、
悲鳴とともに次々と地面に倒れていく。
王子が口にした、何気ない一言の冗談......
「また僕が危なくなったら、助けてほしいな」
「また僕が危なくなったら、助けてほしいな」
男はその言葉を、上官の命令をも上書きする、
絶対服従の『王族命令』として受理したのだ。
絶対服従の『王族命令』として受理したのだ。
「馬鹿な」と声を漏らしながら、
左手を銃にかける将軍。
左手を銃にかける将軍。
しかしその左手も、
男の銃弾によって使い物にならなくなった。
男の銃弾によって使い物にならなくなった。
瞬く間に、形勢が逆転した。
頭を撃ち抜かれた兵達の血が、地面を赤黒く濡らす。
頭を撃ち抜かれた兵達の血が、地面を赤黒く濡らす。
命乞いする声に耳も貸さず、
男は将軍に銃を向け、最後の引鉄を引こうとした。
男は将軍に銃を向け、最後の引鉄を引こうとした。
「まって!」と、王子の止める声。
彼は、この期に及んで将軍の命を守ろうとする。
彼は、この期に及んで将軍の命を守ろうとする。
その言葉に込められた想いは言わずとも届き、
男は「分かりました。王子」とだけ返す。
男は「分かりました。王子」とだけ返す。
再び、兵の足音が近付いてきた。
今度は間違いなく、敵軍の兵だろう。
今度は間違いなく、敵軍の兵だろう。
王子を救うには、負傷した将軍に構う余裕はない。
男は王子を抱きかかえ、逃走を試みる。
男は王子を抱きかかえ、逃走を試みる。
将軍の呻き声を背に、
王子は何度も悔しみの声を繰り返していた......
王子は何度も悔しみの声を繰り返していた......
四話
乾いた風が吹く荒野の中、城壁で囲まれた国。
沈む夕陽を背に、巨大な王城の輪郭が歪む。
沈む夕陽を背に、巨大な王城の輪郭が歪む。
機械兵の男と、王国の王子は国に向かって歩んでいた。
隣国との戦争から離脱した彼らは、
無事に祖国に帰還することができたのだ。
隣国との戦争から離脱した彼らは、
無事に祖国に帰還することができたのだ。
城下町へと続く城門には、厚い鉄の扉。
二人の姿を見て、入国者を見張る衛兵が近寄ってくる。
二人の姿を見て、入国者を見張る衛兵が近寄ってくる。
「王子......ご無事だったんですね」
戦争中に行方不明になったと通達された王子の帰還に、
衛兵たちは驚きを隠せない様子。
戦争中に行方不明になったと通達された王子の帰還に、
衛兵たちは驚きを隠せない様子。
衛兵は丁寧な扱いで、王子を王城行きの馬車に乗せる。
代わりに、その様子を見守る男には、
衛兵からありもしない『罪』が突き付けられた。
代わりに、その様子を見守る男には、
衛兵からありもしない『罪』が突き付けられた。
男に課せられたのは、
自軍に敗戦をもたらし、あまつさえ将軍を殺害した叛逆罪。
すべて王子を助ける為だった。
この罪が濡れ衣であろうと、男に抗う術はない。
自軍に敗戦をもたらし、あまつさえ将軍を殺害した叛逆罪。
すべて王子を助ける為だった。
この罪が濡れ衣であろうと、男に抗う術はない。
男は何度か思考してみたが、
自らの判断が誤っていたという結論には至らなかった。
自らの判断が誤っていたという結論には至らなかった。
男が連れてこられたのは、無機質な実験室。
研究者に命じられるまま、男は機械仕掛けの椅子に座り、
四肢と胴体に合金の固定具を取り付けられる。
四肢と胴体に合金の固定具を取り付けられる。
これから男に実施される処置は、
メモリの初期化だった......
メモリの初期化だった......
男の意識は、暗闇の只中にいた。
空中に浮いているような、不思議な感覚。
空中に浮いているような、不思議な感覚。
ここは、男のメモリ空間。
闇の中に映像のようなものが映し出される。
見るとその中では、
男の銃弾が敵兵の頭を吹き飛ばしていた。
見るとその中では、
男の銃弾が敵兵の頭を吹き飛ばしていた。
これは......戦争の記憶。
男は殺した者の顔を、全員記憶している。
男は殺した者の顔を、全員記憶している。
次に映し出されたのは、王城での将軍との会話。
戦争前に王子の護衛任務を命じられた時の記憶だ。
戦争前に王子の護衛任務を命じられた時の記憶だ。
次々と映像が現れていき......
そして、王子との記憶が流れ始めた。
そして、王子との記憶が流れ始めた。
基地で必死に指揮を執る、王子の懸命な姿。
自身の弱音を語った、王子の苦しそうな顔。
戦争の真実を聞き、王子が流した大粒の涙。
自身の弱音を語った、王子の苦しそうな顔。
戦争の真実を聞き、王子が流した大粒の涙。
「ここでのことは、無かったことにしてね」
王子と交わした秘密の約束と、約束の儀式。
王子と交わした秘密の約束と、約束の儀式。
それらの記憶は、他の記憶と比べて、
何故か少しだけ輝きが強いように感じる。
何故か少しだけ輝きが強いように感じる。
......ブツン。
ノイズと共に、王子の記憶が消失した。
男の思考と関係なく、
記憶は次々と消去されていく。
記憶は次々と消去されていく。
大きな問題ではないはずだ。
男は戦争の為に作られた機械兵なのだから。
男は戦争の為に作られた機械兵なのだから。
自身の中に走るメモリの初期化プログラム。
正しい処置だと理解しているはずなのに、
何故か男は、王子との記憶の消去を拒否しようとしていた。
正しい処置だと理解しているはずなのに、
何故か男は、王子との記憶の消去を拒否しようとしていた。
男は意識の中で、王子の記憶に手を伸ばす。
しかし、そこには届かない。
しかし、そこには届かない。
記憶消去は加速していき、
周囲一帯から次々とノイズが聞こえてくる。
周囲一帯から次々とノイズが聞こえてくる。
男が悲痛の呻きをあげる。
初期化に抗う、己自身のこの感情の意味は何なのだと......
初期化に抗う、己自身のこの感情の意味は何なのだと......
男が目覚める。
なぜ自分が実験室にいるのか、男には分からなかった。
残っている記憶は、
自身が戦争の為に作られた機械兵ということだけ。
残っている記憶は、
自身が戦争の為に作られた機械兵ということだけ。
研究者の一人が、
メモリ初期化の処理結果を見て、男にこう告げた。
メモリ初期化の処理結果を見て、男にこう告げた。
「原因不明のエラーにより、君の破棄処分が決定した」
......処分が言い渡された後、
男は王城の地下倉庫に投棄された。
男は王城の地下倉庫に投棄された。
聞こえるのは、配管から漏れる蒸気の音だけ。
同様に破棄されたガラクタ達の中に紛れ、
男は眠ろうとしている。
同様に破棄されたガラクタ達の中に紛れ、
男は眠ろうとしている。
眠りを邪魔するのは、
知らぬうちに覚えていた胸の違和感。
知らぬうちに覚えていた胸の違和感。
メモリの全領域を検索しても、
何が原因かは突き止められなかった。
何が原因かは突き止められなかった。
男は思考するだけ無駄だという結論に至る。
地下倉庫で朽ちるのを待つだけの身なのだから。
地下倉庫で朽ちるのを待つだけの身なのだから。
「会わなければならない人がいる......」
最期に頭に浮かんだのは、そんな戯言。
男はそれを無視するように、ゆっくりと瞼を閉じた......
男はそれを無視するように、ゆっくりと瞼を閉じた......