NieR Re[in]carnation ストーリー資料館

ノエル 『螺旋兵器』

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shinichiel

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キャラクター  ノエル


一話

『末妹』が目を覚ますより過去

薄暗い部屋の中に立ち並ぶ機械。
物々しい雰囲気を放つそれは、立てた棺の様な姿をしていた。

大きな音を立て、その棺の前面部が開く。
そこには白い髪を肩ほどまで垂らした、
一人の少女が眠っていた。

長い睫毛が微かに揺れ、瞼が重々しく持ち上がる。
開かれた暗い橙色の瞳。
彼女は状況を把握しようと、左右へ瞳を泳がせた。


初めに目に入ったのは、壁面に取り付けられたモニター。
そして、何をするでもなく立ち尽くす、十数人ほどの人影。

少女は無意識に、その人影の顔を窺おうとする。
一人、そしてもう一人と、順番に視線を移していった。

そうして理解できたのは、ここに居る人影は皆、
同じ顔をした少女達であるという事だった。


瞳の色、髪の色、唇の色、肌の色、
着ている服や耳の形、身長、恐らくは体重までも。
その全てが寸分違わず、まるで同じ姿をしている。

「..................」
しかし、少女は驚く素振りなど見せなかった。
それを知っていた訳ではない。
むしろ、彼女は何も知らないのだ。

冷たささえ感じない、情緒の欠けた表情。
目覚めたばかりの少女は、その髪の色のように真白だった。


機械の外に出て、彼女は簡潔な所作で歩き始める。
他の少女達を通り過ぎ、部屋の中央で足を止めた彼女は、
再び辺りを見回した。

十数人の少女と、同じ数が立ち並ぶ空の機械。
――最後に眼を覚ましたのは彼女であったようだ。
そして、何も映っていないモニター。

床や天井などを列挙しない限りは、
部屋にあるのはそれだけだった。


部屋の状況が把握できると、少女は己の身体へ眼を落とす。

身に着けられているのは、他の少女達とお揃いの衣服。
口元までを隠した襟の内側には、
何か小さな機械が取り付けられている。


それから、少女はモニターの方へと顔を向けた。
室内の微かな光を反射して、少女の顔が映り込む。

そこに映る顔もまた、周りの少女達と同じ顔をしていた。
感情の窺えない瞳がぼんやりと、自分の顔を見詰めている。

少女がそうしていると、
暗く落ちていた画面が突如、青色に灯った。


青いモニターへと映し出される白い図形。
瞬いては形を変え、それを繰り返す。

「............」
少女は意味も分からず、ただ画面を踊る図形を眺めていた。
その時、襟元の機械が高音と共に駆動を始める。



瞬間、少女の意識は反転した。
頭の中に響く声、視界を駆け抜けていく景色。
濁流の様にあらゆる情報が脳内を満たしていく。

頭が熱い。
そんな錯覚が頭の中で像を結び、
意識の中に『文字』となり灼き付いていった。

こえ、いろ、イたみ、ヒかリ、ネつ、かタチ、カゲ、
声、色、痛み、光、熱、形、影――――



「はぁっ、はぁっ......」
少女の視界が戻る。
呼吸は整わず、足はふらついたまま。
しかし、彼女は理解した。

私達は、『兵器』だ。

汗で貼りつく前髪をよけ、少女はモニターへと眼を向ける。
そこには白い『文字』でこう書かれていた。

『十一番記憶の強制投与に成功。』


――動植物を基に造られた兵器を、生体兵器と呼ぶ。
少女達は、一人の人間を元に造られた兵器だった。

彼女達は、生み出されてから目覚めるまでの間に、
兵器としての本能を植え付けられ、
薬品の投与によって、強引に身体を成育させられた。

そして目覚めた後、兵器として必要な知識だけを与えられ、
少女達は戦いに駆り出される。
殺す事の意味も、生きる事の意味も分からないまま。


彼女達にも、『兵器』としての役目が与えられた。

『十三体の標的を殲滅せよ』
モニターに映し出された命令。
はい、という同じ声が、人数分だけ部屋に響いた。

作戦の説明に続き、標的の情報が画面へ映し出される。
音はなく、文字と図のみが、
淡々と画面に映し出されては消えていく。


『説明は以上です。作戦行動を開始してください。』
その文言を最後に、モニターは再び暗く落とされた。

青い明りを失い、再び影に沈んだ部屋。
その黒を裂くようにして、白い光が射し込んだ。
壁面が動き、少女達の視界に、外の景色が広がる。

白日の空、現れる漆黒の車両。
少女達は作戦目標を目指し、
行進の様に整った足取りで車両へと乗り込んでいった。


二話

作戦開始から約二十一分。
かつては市街地であった区画にて、
少女達は揃い、ある一点を見詰めていた。

目標地点に到達した少女達は、それから四分後に標的と遭遇。
しかし、未だ交戦状態へは移行していない。

それには一つの理由があった。


少女達の見詰める先には作戦目標が一体。
その姿は少女達と同じく、頭部、胴体、四肢といった、
人間と同じ要素で構成された人型である。

しかし、それぞれの部位は不均一に歪み、
その姿は乱雑に縫い合わせられた人形を想起させた。

太陽光を不気味に反射する表皮は、
淀んだ虹色に輝いている。

そこまでは、情報通りだった。


少女達の中でも、最も後方に立つ少女。
大きな狙撃銃を構える彼女は、
あの薄暗い部屋で最後に目を覚ました個体だ。

「..................」
彼女は狙撃銃の照準器を覗き込み、味方の状況を確認する。

剣などの近接武器を持ち、前線に立つ少女達。
槍や大剣など、大型の武器を扱う者はその後方に、
彼女の様な、遠距離武器を持つ少女は、更に後方から機を窺う。


少女達の武器は、移動に用いた無人車両から持ち出された物だ。
人数分が用意されていたそれは少女達に分配され、
役割の違いをもたらしている。

同じ顔、同じ心を持つ少女達は、武器の役割に沿って、
別々の行動を取り始めていた。

味方の状況を確認してから、少女はそのまま照準器越しに、
標的の様子を窺う。


作戦開始前の情報と異なっていた点。
それは標的が、少女達に反応を見せなかった事。

一度少女達をはっきりと確認したにも関わらず、
まるで興味がないかの様に、標的は地面に指を走らせている。

その行動は説明された彼等の特徴、
『凶暴かつ残虐』という項目とは一致しない。
少女達はそれを警戒していた為に、戦闘行動に入れずにいた。


遭遇から五分ほどが過ぎ、戦況はようやく動き出す。
剣を握った少女が、他の少女達へ、
自分が距離を詰めると提案をしたのだ。

標的に向かい、ゆっくりと歩みを進める彼女。
照準器を覗き込む少女は、その様子を見詰めている。

その距離が十五メートルほどに縮まった時。
虚ろな瞳が、少女へと振り返った。


その瞳が、少女の肢体を見回す。
少女が剣を振り上げようとした瞬間、それは宙へと迸った。
音もなく、突如幕を開ける戦闘。
標的は空中で体を捻じらせ、
その勢いのまま、少女へと両腕を振り下ろす。

彼女は咄嗟に、剣を盾に身を庇った。


衝撃に土煙が舞う。
その中で、少女の瞳が赤色に輝いた。

虚ろな眼と紅の視線が交差する。
それは、人の形をした、人ではない者達。


土煙の中を赤い光が駆け回る。
加速していくように繰り広げられる攻防は、
両者が人ならざる者である証明に他ならない。

攻撃がぶつかり合い、赤い光の動きが止まった。
煙が風に流れ、両者の姿が露になっていく。

「......っ――――」
その時、狙撃銃を握る彼女が息を止め、引き金を引いた。


空を裂く弾丸。
標的が銃声を耳にすると同時に、その左腕が弾け飛ぶ。
片腕を失い、鍔迫り合いの体勢は崩された。

無防備に倒れ込む標的。
剣を握った少女の背後から、もう一人の少女が飛び出す。
空中から突き立てられる槍が、雷の様に標的を貫いた。

一体目、沈黙。
狙撃銃を構える少女は心の中でそう唱える。
同時に、自身の中にある、不可思議な感覚に気が付いた。


穴を埋めるような感覚。
しかし彼女はそれが何なのか、
何によって引き起こされたかを理解できない。

少女は何かを確認するように、両の掌を見た。
そこには何もない。

――何かを、手に入れた様な気がしたのに。


「......?」
少女は狙撃銃を握り直し、立ち上がった。

胸中に違和感を抱えながら、
彼女達は次なる標的を探し、移動を開始する。

先頭に立つは、剣を握るあの少女。
戦いで与えられた役割が、
少女達の中に、自然と『リーダー』を生んでいた。


先導して歩く彼女もまた、自分の掌を見下ろしている。
しかし、彼女にもその違和感の正体は分からない。

勝利を喜ぶ感情ではなく、
お互いを補い合う連携、ただそれが、成功した事への高揚感。

少女達にはまだ、それが分からなかった。


三話

廃墟を駆ける白い影。

足音を立てぬよう走る少女の視線の先には、
強大な標的と対峙する他の少女達。

急ぎ足音を立てれば、作戦は瓦解する。
臆して足を緩めれば、その分だけ死者が出る。

最善の手は何か。
走りながら考える彼女は、
血に濡れた手を袖で拭い、狙撃銃を握り直した。


――その『強大な標的』と遭遇したのは、十五分前。
少女達が十一体目の標的を倒した時。

廃ビルの上から現れたそれは、まさしく災害だった。

その体躯、およそ十メートル。
人の形を無理矢理に拡大したような不自然な体格には、
所々に皹が走っている。


『変異種』。
通常の個体にはない特質を獲得した存在。
その情報は、作戦前に共有がなされていた物。
しかし、その遭遇は、余りに唐突だったのだ。

まるで隕石の様に降ってきた十二体目は、
着地と同時に一人を踏み潰し、
少女達がそれを認識するより早く、もう一人の命を奪った。

廃墟の街に少女達の鮮血が舞う。
巨体の頂点にある虚ろな瞳が、その光景を見下ろしていた。


――そして少女達は今に至る。
陣形の立て直しには成功した彼女達だったが、
その戦況は、全く優勢とは言えなかった。

変異種の繰り出す拳を殺し、少女が刃を振るう。
しかし、巨体を覆う厚い外皮が、その攻撃を通さなかった。

有効打を与えられぬまま、疲弊していく少女達。
その時、標的の育後で爆発音が響く。
狙撃銃の銃声だった。


大きな弾頭が標的の首元へと奔り、
着弾の衝撃に巨体が揺れる。

しかし、それだけだった。
またも拒絶された攻撃は、その表皮に皹を走らせたのみ。
巨体が振り返り、弾薬を装填する少女へと襲い掛かる。

だが、それこそが彼女達の狙いだった。


人間の身体は、骨の動きに対応する為、
伸縮する柔らかい肉や皮膚で覆われている。

人型をそのままに身体を巨大化すれば、
その伸縮の必要な距離が、通常よりも大きくなる。
巨体に走る皹は、その変化に耐えられなかった箇所だ。

そう考えたのは『リーダー』、剣を握る少女だった。

巨体が振り返り、腰元の皹が開く。
足元を駆けていた少女は、自分から注意が逸れた瞬間に、
飛び掛かり、その皹へと剣を突き立てた。


標的は叫び声を上げ、その体勢を大きく崩す。
少女はそのまま、標的の身体を駆け上がるように剣を走らせた。
噴き出した血液が、少女の身体を真赤に染め上げる。

標的の巨体が、うつ伏せに地面へと倒れ込んだ。
地面が震え、埃が舞う。
そして残る少女達が、一斉に巨人の頭部に迫った。

狙うは、狙撃銃で皹を入れた首元。
再び放たれた狙撃銃の弾頭が、皹を割りその表皮を貫いた。
続く少女達がその痕を大剣で裂き、槍を突き立てる。


やがてその巨体は、痙攣するように指先を震わせた後、
一切の動きを見せなくなった。

廃墟の中でそれを見ていた少女は、
狙撃銃から手を離し、息を吐く。

呼吸で狙いがぶれないよう、
止めていた息を吐き出すその仕草は、
まるで安堵の息を漏らしたかのようにも見えた。

少女は狙撃銃を抱え、他の少女達の元へ戻ろうとする。
その時、少女の背後で物音がした。


十三体目。
廃墟の奥から現れたそれは、
狙撃の為に孤立していた少女の喉笛を、容赦なく食い破った。

血飛沫が舞い、その身体が力なく倒れる。
廃墟に、紅色の染みが広がっていく。


破れた喉から、呼吸の音が漏れた。
遠ざかっていく意識の中、少女は自分の掌を見る。

――そこにはただ、
血に濡れた手が、力なく投げ出されているだけだった。


四話

――十三体目の標的、その息が止まる。

そうして作戦を終えた少女達の前に、無人車両が再び現れた。
厚い装甲に覆われた漆黒の機体は、
数人の少女達を乗せ、彼女達の目覚めた場所へと走る。

窓のない車内は薄暗く、武器を収納する為の設備以外には、
転倒防止用の手すりが壁面にあるのみ。
『兵器』を運ぶ車両であれば、当然の造りだった。


荒野を走る金属の箱。
椅子さえない車内に、少女達は座り込む。
その人数は、元々乗っていた数の半分にも満たない。

車内を支配する、沈黙と鉄の匂い。
壁面に収納された武器は。血に濡れたままだ。
少女の一人が、意味もなくその武器に目を向ける。


並んでいるのは、自身が使っていた片手用の剣や、
使用者を失った幾つかの武器。
そして、破損等により武器を回収出来ず、空白となった箇所。

銃器を納めていた枠にはその空白が多く、
狙撃銃のあった部分は、とりわけ大きな空白になっていた。

――埋められない穴。
それを見ながら、少女はそんな事を考えていた。


車内に座り込んだ少女達は、一言も言葉を発さない。
しかしその沈黙の中でさえ、
装甲の影響なのか、車外の音は聞こえなかった。

少女は武器を見詰めるのを止め、瞳を閉じる。
車に揺られながら、ただ時が過ぎるのを待つ。

往路と同じはずの移動時間が、
長く感じていた。

長く、感じられるようになっていた。


――それから暫くして。

長らく揺れ続けていた車の動きが止まった。

目的地へと辿り着いた車両が、ひとりでに扉を開く。
窓のない車内に、太陽の光が射し込んだ。


開かれた扉から車外へ、少女達が歩いていく。
負傷により足を引き摺る者。
疲弊し、足取りの重い者。

瞳を閉じた少女は立ち上がりもせず、
様々な足音が遠ざかっていくのを聞いていた。

誰の足音も聞こえなくなってから、
少女は静寂に急かされたような気がして、
ゆっくりと瞼を開く。


最後の一人が車を降りると、
大きな扉が音を立てて閉じ始めた。

少女はふと、振り返る。
動作する扉に隠れ見えなくなっていく、壁面の武器。

「..................」
扉が完全に閉じ、エンジン音が響き始める。

無人車両が何処かへ走り去っていくまで、
少女は一人、ずっとそこに立ち尽くしていた。


『お疲れ様でした。』
薄暗い部屋へと帰ってきた少女達を出迎えたのは、
青い画面に映る、無機質な白い文字。

想定よりも死傷者が少ないなど、
少女達を称賛する言葉を映し出す画面。
作戦前と同様、音もなく、
淡々と文字が映し出されては消ていく。


称賛の言葉の次に映し出されたのは、
『次の作戦』についてだった。

目標や手順は今回と同一だが、
標的の数など、作戦規模は今回よりも大きくなるという。
その為に、人員の補充も行われるそうだ。

少女達は黙って画面を見詰めている。


次の作戦についての幾つかの指示と説明が終わると、
少女達は傷の修復と身体の調整の為、
眠っていた機械の中へ戻る事を促された。

少女達が「はい」と返事をする。
その返事はもう、作戦前の様に揃ってはいなかった。

暗く落とされる画面。
少女達は指示に従って、
自身の眠っていた機械の中へと戻っていく。


棺の様な機械の中で、少女は考えていた。
想定されていた死傷者数。
彼女達の死は、初めから予見されていた。

今、自分は生きている。
しかしそれは今回を生き残ったに過ぎない。

次の作戦で自分が死んだとして、
別の少女が『補充』され、戦いは続くのだろう。


何かに違和感を抱いていた。
少女は思考を巡らせながら、自分の掌に目を落とす。

そこには何もない。
始めから、そこには何もなかったのだろうか。

自分が何について考えようとしているのか。
少女には分からない。



機械の内部を液体が満たしていき、
少女の意識が霞んでいく。

――――――手にあったような気がした何か。
――――今はそれを感じられない。

――本当に、そこには何もなかったのだろうか。

少女はその疑問に答えを出せぬまま、
暗闇の中へと落ちていった。
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