※このページには『真暗ノ記憶』に関するネタバレが含まれます。
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一話
血に濡れた白い腕が虚空を泳ぐ。
けれどその手は何も掴めない、何も掴まない。
手に入れたとて、触れる事もまた恐ろしいから。
けれどその手は何も掴めない、何も掴まない。
手に入れたとて、触れる事もまた恐ろしいから。
想うのだ。この地から逃れたいとは思えども、
壊してしまうなら、始めから手に入れぬ方が良いのだと。
壊してしまうなら、始めから手に入れぬ方が良いのだと。
/迷獄の唄
刃が骨に触れる感触が、僅かに指を押し返す。
血に汚れた女の手が、刃物を握っていた。
慣れた感触。
幾千の命を奪う中で、血と共に其の手に染み付き、
研ぎ澄まされていった感覚。死の気配。
刃を手に生きて来た彼女が、今更其れを誤る筈も無い。
慣れた感触。
幾千の命を奪う中で、血と共に其の手に染み付き、
研ぎ澄まされていった感覚。死の気配。
刃を手に生きて来た彼女が、今更其れを誤る筈も無い。
薬指、中指と力を込め、残る指は同時に深く柄を握った。
指先に感じた死を手繰り寄せる様に。
此の儘骨を断ち、首を落とす――――
指先に感じた死を手繰り寄せる様に。
此の儘骨を断ち、首を落とす――――
「あ、待って」
突如掛けられた声に、刃を握る彼女の手が止まる。
その鈴の鳴るような声は、彼女に向かってこう続けた。
突如掛けられた声に、刃を握る彼女の手が止まる。
その鈴の鳴るような声は、彼女に向かってこう続けた。
「その鯖なんだけど、頭は内臓と一緒に取り除くから、
まだ切り離さないでね」
まだ切り離さないでね」
背後に立つ声の主へ、女が疑問を投げかける。
「骨は......?」
「それは大丈夫、でも完全に切り離しちゃうのは駄目」
「......ただ『斬る』のとは違うんだね、料理って」
声の主は、苦笑しながら答えた。
「まぁ、人斬りの技術とは結構違うんじゃないかな......多分」
「骨は......?」
「それは大丈夫、でも完全に切り離しちゃうのは駄目」
「......ただ『斬る』のとは違うんだね、料理って」
声の主は、苦笑しながら答えた。
「まぁ、人斬りの技術とは結構違うんじゃないかな......多分」
傾いた太陽の光が、柿色に屋内を染める時。
茹だるような夏と、涼やかな秋の狭間。
夕暮れの訪れは、日に日に早くなっていた。
茹だるような夏と、涼やかな秋の狭間。
夕暮れの訪れは、日に日に早くなっていた。
――日の長かった夏の分、夜は堰を切って空に溢れ出す。
「うん、内臓も取ったし、次は血合いに包丁を入れようか」
「血合い?」
厨房に立って包丁を握る女性。
元々は炊事場ではなく、戦地で刃を振るっていた彼女は、
料理用の刃物の握リ方がどうにも慣れない様子で、
何度か包丁の柄を握り直している。
「血合い?」
厨房に立って包丁を握る女性。
元々は炊事場ではなく、戦地で刃を振るっていた彼女は、
料理用の刃物の握リ方がどうにも慣れない様子で、
何度か包丁の柄を握り直している。
「筋肉のことらしいよ。赤黒い部位があるでしょ?」
「筋肉ねぇ、これかな......」
それを後ろから見守る少女は――齢は十六程だろうか――
長く伸ばした髪を揺らしながら、
包丁を握る彼女の手元を、覗き込んでは微笑んでいた。
「筋肉ねぇ、これかな......」
それを後ろから見守る少女は――齢は十六程だろうか――
長く伸ばした髪を揺らしながら、
包丁を握る彼女の手元を、覗き込んでは微笑んでいた。
「......私が料理をするのが、そんなに可笑しいかい?」
まな板を見下ろしながら、彼女は不満気に漏らす。
「ふふ、戦いじゃあれだけ恰好いい人が、
鯖一尾に手間取ってると思うとなんだか、ね」
まな板を見下ろしながら、彼女は不満気に漏らす。
「ふふ、戦いじゃあれだけ恰好いい人が、
鯖一尾に手間取ってると思うとなんだか、ね」
そう言って少女は、どこか嬉しそうに笑みをこぼす。
女はきまりが悪そうに目を逸らし、眉をひそめた。
しかし、それこそ彼女の言う『戦い』での姿とは程遠く、
かえって少女を楽しませてしまう。
女はきまりが悪そうに目を逸らし、眉をひそめた。
しかし、それこそ彼女の言う『戦い』での姿とは程遠く、
かえって少女を楽しませてしまう。
「こういう事はしてこなかったんだ、仕方ないだろう」
「私も、あの日まではした事なかったよ?」
「..................」
「私も、あの日まではした事なかったよ?」
「..................」
それはその通りだろう、女もよく知っていた。
返す言葉を失い、女が息を漏らす。
返す言葉を失い、女が息を漏らす。
あの日。
二人にとって、その言葉が指す日は明白だった。
二人にとって、その言葉が指す日は明白だった。
五年前、初夏。
豪雨が空を覆った日。
人斬りの女と、彼女に殺される筈だった娘は出会った。
女は殺すつもりだった、いつも通りに。
少女も殺されるつもりだった。そう願っていた。
豪雨が空を覆った日。
人斬りの女と、彼女に殺される筈だった娘は出会った。
女は殺すつもりだった、いつも通りに。
少女も殺されるつもりだった。そう願っていた。
けれど女は殺さなかった。
それは気紛れだったのかもしれない。
だがそれは確かに、二人の今へと続いている。
それは気紛れだったのかもしれない。
だがそれは確かに、二人の今へと続いている。
数奇な縁が繋いだ関係。
あれから、二人は過去の生活を捨て、
共に静かな日々を送っていた。
あれから、二人は過去の生活を捨て、
共に静かな日々を送っていた。
――遠くで鈴虫が鳴いている。
「ごめんごめん、貴女は仕事で外に出てるもんね。
いつもありがとう、感謝してるよ」
からかった事を謝る少女を、女が背中越しにちらりと見る。
二人の眼が合った。
いつもありがとう、感謝してるよ」
からかった事を謝る少女を、女が背中越しにちらりと見る。
二人の眼が合った。
「全く、調子の良い事を......」
反射的に視線を戻し、女は言う。
しかしその行為は敗北宣言に等しく、少女がまた笑った。
反射的に視線を戻し、女は言う。
しかしその行為は敗北宣言に等しく、少女がまた笑った。
「それより、これからどうすれば?」
「血合い切ったし、洗おうか」
「血合い切ったし、洗おうか」
女は頷いて、まな板の上の魚を桶に浸す。
鯖の身から流れ出た血が、
桶の中の水を、僅かに赤く濁らせていた。
桶の中の水を、僅かに赤く濁らせていた。
二話
遥か天を目指し、眩い陽を仰ぎ、花は白昼夢に耽る。
届かぬと知り、黒く朽ち果てるその時まで。
届かぬと知り、黒く朽ち果てるその時まで。
天に向けて目一杯に広げられた花弁は、
あえかに伸びる手指を思わせる。
あえかに伸びる手指を思わせる。
その愚直さを人は畏れた。
求めることさえ、我等は怯えていたのだ。
求めることさえ、我等は怯えていたのだ。
/亡獄の唄
「切り込みを入れて塩なんて、拷問みたいな仕打ちだね......」
女は手元にある魚の切り身を見下ろしながら、
小さな声でそう呟いた。
女は手元にある魚の切り身を見下ろしながら、
小さな声でそう呟いた。
深い考えや感慨はなく、思ったことを口にしただけだろう。
しかしそれを聞いた少女は、
考えもしなかった内容にやや戸惑いを見せた。
「た、確かにそうかもしれないけど、
青魚は臭みを取らないと............」
しかしそれを聞いた少女は、
考えもしなかった内容にやや戸惑いを見せた。
「た、確かにそうかもしれないけど、
青魚は臭みを取らないと............」
二人が作ろうとしているのは、『鯖味噌』と呼ばれる料理。
特別調理の難しいものではないが、料理に疎い者にとって、
魚の扱いを知ることは良い経験になるだろう。
少女はそう考えて献立を決めた。
特別調理の難しいものではないが、料理に疎い者にとって、
魚の扱いを知ることは良い経験になるだろう。
少女はそう考えて献立を決めた。
「これで、暫く寝かせるんだっけ」
彼女は度々、調理の工程を少女に確認していた。
二人は寝食を共にする上で、役割の分担を定めている。
故に彼女は少女の腕をよく知っているし、信頼していた。
彼女は度々、調理の工程を少女に確認していた。
二人は寝食を共にする上で、役割の分担を定めている。
故に彼女は少女の腕をよく知っているし、信頼していた。
「うん、塩を馴染ませたら水気が出てくるから」
とはいえ少女も、元々料理が得意だった訳ではない。
彼女と出会ってから始めた事で、最初は何度も失敗をした。
五年間での成長は、共に居た時間の証明ともいえるだろう。
とはいえ少女も、元々料理が得意だった訳ではない。
彼女と出会ってから始めた事で、最初は何度も失敗をした。
五年間での成長は、共に居た時間の証明ともいえるだろう。
「その水が抜ければ、臭みも取れるってことかい?」
「そうそう。湯引きもするから、お湯の準備をしようか」
「そうそう。湯引きもするから、お湯の準備をしようか」
「ところで......やっぱりそういう事、したことあるの?」
指を合わせながら、少女が尋ねる。
直接的な表現を避けた彼女は、
先程の呟きが気にかかっていたらしい。
指を合わせながら、少女が尋ねる。
直接的な表現を避けた彼女は、
先程の呟きが気にかかっていたらしい。
「あぁ、拷問の話? うーん......特にはなかったかな......」
「そ、そっか」
「私は専ら、殺す担当だったからね」
殺さないなら他の奴の仕事さ、と女は付け足した。
「そ、そっか」
「私は専ら、殺す担当だったからね」
殺さないなら他の奴の仕事さ、と女は付け足した。
殺す仕事、そう聞いて少女はあの日の事を思い返す。
武士の群衆をたった一人で相手取り、
彼女が自分を救い出してくれたあの日を。
武士の群衆をたった一人で相手取り、
彼女が自分を救い出してくれたあの日を。
あの後、幼かった少女は、
意識を失った彼女をどうにか抱えて城を出た。
家にあった金貨を持てるだけ持ち出し、
必死に医者を探し、助けを求めた。
意識を失った彼女をどうにか抱えて城を出た。
家にあった金貨を持てるだけ持ち出し、
必死に医者を探し、助けを求めた。
土砂降りの雨と、彼女の血に濡れながら、
二度と声が出なくても良いと叫びながら、
折れそうな足をどうにか前へ動かした。
二度と声が出なくても良いと叫びながら、
折れそうな足をどうにか前へ動かした。
「好きに生きろ」
血に濡れた座敷の上で聞いた、彼女の言葉。
だが、そんなことを言われたのは初めてだった。
生きたい生き方など分からない。
だから少女は、今やりたいと思う事を一心不乱にした。
血に濡れた座敷の上で聞いた、彼女の言葉。
だが、そんなことを言われたのは初めてだった。
生きたい生き方など分からない。
だから少女は、今やりたいと思う事を一心不乱にした。
けれど、少女が知っている彼女の姿は、
その日と、それからのものだけ。
その日と、それからのものだけ。
彼女は一体、どれだけの苦難を経験してきたのだろう。
少女は、彼女との距離に気付かされた気がした。
少女は、彼女との距離に気付かされた気がした。
晩夏の夕空に、群れた烏は飛び去って行く。
緋色の中を飛び抜けていく黒い影は、
墨を垂らしたかのように鮮鋭に空を切り取る。
緋色の中を飛び抜けていく黒い影は、
墨を垂らしたかのように鮮鋭に空を切り取る。
「ごめんね。変なこと聞いて」
安易に書くについて尋ねたことを、少女は謝罪する。
彼女は自身の過去を快く思っていない。
それは少女も、重々分かっていた。
安易に書くについて尋ねたことを、少女は謝罪する。
彼女は自身の過去を快く思っていない。
それは少女も、重々分かっていた。
だが当の彼女は、特に気にしてもいない様子で答える。
「あぁ......いいよ、気にしなくて」
「あぁ......いいよ、気にしなくて」
「でも......」
少女はつい、食い下がる。
気を遣われるのは苦しいから。
嫌なことは、嫌と言ってほしかった。
少女はつい、食い下がる。
気を遣われるのは苦しいから。
嫌なことは、嫌と言ってほしかった。
けれど、彼女は笑っていた。
「隠したからって、無かったことになる訳じゃないんだ」
「......うん」
「それに、今更何かを隠す間柄でもないだろう?」
女は顔を上げ、目を細めて少女に笑いかける。
「隠したからって、無かったことになる訳じゃないんだ」
「......うん」
「それに、今更何かを隠す間柄でもないだろう?」
女は顔を上げ、目を細めて少女に笑いかける。
「......ありがと」
その答え、その笑顔が、少女の心の穴を埋めていく。
「うん」
満足そうに向き直る女の背中に、少女は恨めし気に呟いた。
その答え、その笑顔が、少女の心の穴を埋めていく。
「うん」
満足そうに向き直る女の背中に、少女は恨めし気に呟いた。
「......そういうところ、ずるい」
三話
花は散り際が最も美しい、と語る者がいる。
しかし、死は必定であり、それその物に価値などない。
しかし、死は必定であり、それその物に価値などない。
我等は美しきを求め手を伸ばす。
しかし触れるは難く、往々にして涯を思い知るだろう。
その美しきを求めて散った記憶を、
散る事こそが美しかったと、錯覚しているに過ぎないのだ。
しかし触れるは難く、往々にして涯を思い知るだろう。
その美しきを求めて散った記憶を、
散る事こそが美しかったと、錯覚しているに過ぎないのだ。
そうして人々は間違えていく。己を慰める為だけに。
/融獄の唄
暮れていた空はますます翳り、
下り始めた夜の帳を感じさせる。
月明りを待ち焦がれるかのように、騒めき出す虫達。
先程まで鳴いていた鈴虫の声に交じり、
他の虫も声を上げている。
下り始めた夜の帳を感じさせる。
月明りを待ち焦がれるかのように、騒めき出す虫達。
先程まで鳴いていた鈴虫の声に交じり、
他の虫も声を上げている。
「轡虫だ」
鍋の中をかき混ぜながら、少女の細い声がそう告げた。
鍋の中をかき混ぜながら、少女の細い声がそう告げた。
「よく分かるね?」
少女に答えた声の主は、鯖の油分を落とそうと、
切り込みを入れた皮目を撫でるように洗っている。
少女に答えた声の主は、鯖の油分を落とそうと、
切り込みを入れた皮目を撫でるように洗っている。
「最近、本で見たんだ」
「そういえば沢山貰ってきてたね、古本」
二人が居を構えているのは、人里から少し離れた林の近くだ。
少女自身の趣向による面でも、
彼女は本を手に、時間を過ごす事が多かった。
「そういえば沢山貰ってきてたね、古本」
二人が居を構えているのは、人里から少し離れた林の近くだ。
少女自身の趣向による面でも、
彼女は本を手に、時間を過ごす事が多かった。
「ちょっと色々、勉強をね。
私もそろそろ、働き口を探さないとって」
そう言って少女は笑う。屈託のない様子だった。
「ふぅん......そういうものか」
私もそろそろ、働き口を探さないとって」
そう言って少女は笑う。屈託のない様子だった。
「ふぅん......そういうものか」
女は、少女が今の歳になる前から『仕事』をしていた。
初めて人を殺したのはまだ年齢が一桁の頃である。
故に世俗には疎く、人々がどう動き、
どう生活をしているのかは詳しくはない。
彼女の『そういうものなのか』という言葉には、
少しばかり、悲嘆の色が混じっていた。
初めて人を殺したのはまだ年齢が一桁の頃である。
故に世俗には疎く、人々がどう動き、
どう生活をしているのかは詳しくはない。
彼女の『そういうものなのか』という言葉には、
少しばかり、悲嘆の色が混じっていた。
「そろそろ、良いかな」
少女はそう言って、煮立ち始めた鍋から杓子を持ち上げた。
隣で手拭いを握っている女の方を向く。
「それじゃあ鯖、煮ちゃおうか」
「うん、分かった」
僅かに弾んでいる彼女の声色に気付き、
少女は心の中でそっと笑った。
少女はそう言って、煮立ち始めた鍋から杓子を持ち上げた。
隣で手拭いを握っている女の方を向く。
「それじゃあ鯖、煮ちゃおうか」
「うん、分かった」
僅かに弾んでいる彼女の声色に気付き、
少女は心の中でそっと笑った。
女は菜箸を、包丁以上に握り難そうにしながら、
魚の切り身を鍋の中へと運んでいく。
魚の切り身を鍋の中へと運んでいく。
「皮が上になるように置いてね」
「......こう?」
「そうそう、それじゃあ生姜と落し蓋を......」
「......こう?」
「そうそう、それじゃあ生姜と落し蓋を......」
彼女は慣れない手つきで、少女の助言に従う。
だが、その手先の器用さは目を見張るものがあった。
それは、凄惨な過去から来るものなのだろう。
だが、その手先の器用さは目を見張るものがあった。
それは、凄惨な過去から来るものなのだろう。
「仕事はどう?」
鯖を煮込み、その様子を眺めながら、少女が尋ねた。
「昔に比べたら楽だよ。腕が鈍って良くないかね」
女はそう言って手をひらひらと振る。
鯖を煮込み、その様子を眺めながら、少女が尋ねた。
「昔に比べたら楽だよ。腕が鈍って良くないかね」
女はそう言って手をひらひらと振る。
彼女に秀でた物があるとすれば、やはり武だろう。
あらゆる武器の扱いに長け、古今の戦術を学び、
多くの死線を潜り抜けた彼女を超える逸材などそうは居ない。
あらゆる武器の扱いに長け、古今の戦術を学び、
多くの死線を潜り抜けた彼女を超える逸材などそうは居ない。
故に彼女はそれらの知識や経験で仕事をしていた。
主には用心棒や、師範代として剣術を教えるなどだ。
主には用心棒や、師範代として剣術を教えるなどだ。
時には再び死地に立つこともある。
所詮自分は人斬りのままかと思いもしたが、
この時世、仕方のない事ではあった。
とはいえ傭兵という立場は、かつてに比べて肩の荷は軽い。
所詮自分は人斬りのままかと思いもしたが、
この時世、仕方のない事ではあった。
とはいえ傭兵という立場は、かつてに比べて肩の荷は軽い。
一所に留まることのない動乱の世で、
二人は確かに、自分たちの居場所を築き上げていた。
二人は確かに、自分たちの居場所を築き上げていた。
「そう、大変じゃないのなら良かった」
女の回答に少女は微笑む。
「......働き口を探すって、もしかして」
けれどその様子に、女の方は思う所があった。
女の回答に少女は微笑む。
「......働き口を探すって、もしかして」
けれどその様子に、女の方は思う所があった。
少女が、自分に負い目を感じているのではないかと。
「私に気を遣ってるなら、焦らなくていいよ。
今まで苦労して来たんだから、少しくらい......」
生活が苦しい訳でもないんだから、と、
女が付け足そうとすると、少女がそれを遮る。
「それは、貴女も同じでしょ」
「......でも、私に気を遣う必要は」
「そうじゃないよ」
今まで苦労して来たんだから、少しくらい......」
生活が苦しい訳でもないんだから、と、
女が付け足そうとすると、少女がそれを遮る。
「それは、貴女も同じでしょ」
「......でも、私に気を遣う必要は」
「そうじゃないよ」
少女が女の手首に触れる。
二人の目が合う。
少女はそのまま、まっすぐに女の目を見つめて言った。
「一緒に頑張りたい、それだけだから」
二人の目が合う。
少女はそのまま、まっすぐに女の目を見つめて言った。
「一緒に頑張りたい、それだけだから」
そう言った少女は笑っていた。
だから女も、それ以上は何も言わなかった。
だから女も、それ以上は何も言わなかった。
四話
長く息をすれば、多くの傷を負う。
多くを知り、多くを悔い、無垢なままではいられなくなる。
命ある限り、傷は増え続けるのだから。
多くを知り、多くを悔い、無垢なままではいられなくなる。
命ある限り、傷は増え続けるのだから。
そうして諦めることに慣れた人は、
いつの日か、手を伸ばす素振りだけを繰り返す。
脱殻の手に、何も掴む意思はないというのに。
いつの日か、手を伸ばす素振りだけを繰り返す。
脱殻の手に、何も掴む意思はないというのに。
我々の目に花が美しく映るのは――――
「えっと......これで、完成?」
静閑の中、少女が白米を茶碗によそっていると、
女の声が耳に届いた。
静閑の中、少女が白米を茶碗によそっていると、
女の声が耳に届いた。
藍色を帯びた黒、薄紫、鮮やかな緋色。
西の雲は黒く、東の雲は白く。
複雑に彩られた空は、間もなく訪れる暗闇を待つばかり。
沈みゆく太陽は夕焼けの空に、山林の輪郭を黒く表していた。
西の雲は黒く、東の雲は白く。
複雑に彩られた空は、間もなく訪れる暗闇を待つばかり。
沈みゆく太陽は夕焼けの空に、山林の輪郭を黒く表していた。
「うん、これで完成。出来上がりだね」
終わりである事を強調するように、少女は疑問に答える。
「ヘえ......美味しそう」
少女の手助けこそあったが、彼女にとっては初めての料理だ。
感嘆の声を漏らす彼女の瞳も輝いて見える。
終わりである事を強調するように、少女は疑問に答える。
「ヘえ......美味しそう」
少女の手助けこそあったが、彼女にとっては初めての料理だ。
感嘆の声を漏らす彼女の瞳も輝いて見える。
「じゃあ、盛り付けよっか」
食器を手渡しながら、少女は女にそう告げた。
「盛り付け......って何か気にする事はある?」
「今回はこのお皿に一品だけだし、
食べるのは作った私たちだから、そんなにかな......?」
食器を手渡しながら、少女は女にそう告げた。
「盛り付け......って何か気にする事はある?」
「今回はこのお皿に一品だけだし、
食べるのは作った私たちだから、そんなにかな......?」
十分に煮込まれた鯖を杓子で優しく掬い、皿に盛り付ける。
また、その上から煮汁をかけ、刻んだ長葱を乗せる。
そうして出来上がった一皿。
女は自分の分の皿を感慨深そうに眺める。
香ばしい味噌と微かな生姜の香りが食欲を誘った。
また、その上から煮汁をかけ、刻んだ長葱を乗せる。
そうして出来上がった一皿。
女は自分の分の皿を感慨深そうに眺める。
香ばしい味噌と微かな生姜の香りが食欲を誘った。
「もう暗いし、早く食べようか。他の用意はできてるから」
先程の茶碗などを居間へ運びながら、少女が言う。
女も領いて、一皿を手にその後ろを着いていった。
先程の茶碗などを居間へ運びながら、少女が言う。
女も領いて、一皿を手にその後ろを着いていった。
座布団に腰を下ろし、手のひらを合わせる二人。
「いただきます」
「......頂きます」
「いただきます」
「......頂きます」
「......それで、どうして急に料理をしたいなんて?」
茶碗を片手に持ちながら、少女が女に問いかける。
茶碗を片手に持ちながら、少女が女に問いかける。
鯖味噌という品目を選んだのは少女だったが、
料理をしたい、と言い出したのは女自身だった。
今までの五年間、炊事の手伝いはあれど、
彼女が自分から料理をしたいと言ったことはなかったのだ。
料理をしたい、と言い出したのは女自身だった。
今までの五年間、炊事の手伝いはあれど、
彼女が自分から料理をしたいと言ったことはなかったのだ。
「今日は、仕事が早くに終わったから」
女はそう言って、白米を口元へ運ぶ。
女はそう言って、白米を口元へ運ぶ。
「......それと」
女は白米を嚥下し、気恥ずかしそうに理由を続けた。
女は白米を嚥下し、気恥ずかしそうに理由を続けた。
「昔、よく見かけてたんだ」
それは、彼女がまだ殺し屋だった頃に。
「今日のご飯は何、なんて話してる親子とか、
一緒に料理をする母子とか」
任務に向かう時、あるいは帰る時。
移動する街の中で彼女は幾度となく、
そういった家族の光景を目にしてきた。
「今日のご飯は何、なんて話してる親子とか、
一緒に料理をする母子とか」
任務に向かう時、あるいは帰る時。
移動する街の中で彼女は幾度となく、
そういった家族の光景を目にしてきた。
しかし、
親の笑顔さえ見たことのなかった彼女にとって、
それは余りに遠い世界だった。
「見てて思ったよ。
私にはこういう生き方はできないんだろうって」
自嘲気味に、女が息を漏らす。
少女はそれを、何も言わずに聞いていた。
親の笑顔さえ見たことのなかった彼女にとって、
それは余りに遠い世界だった。
「見てて思ったよ。
私にはこういう生き方はできないんだろうって」
自嘲気味に、女が息を漏らす。
少女はそれを、何も言わずに聞いていた。
「......だから、さ。ちょっと憧れてたんだ」
そこまで言って彼女は下を向き、しばらく言葉に詰まる。
そこまで言って彼女は下を向き、しばらく言葉に詰まる。
沈黙。
虫の声がなければ、時間を忘れてしまいそうな間隙。
虫の声がなければ、時間を忘れてしまいそうな間隙。
十数秒が経っただろうか。
彼女は唇を一度固く結んでから、その沈黙を破った。
「今日みたいに、誰かと厨房に立つの」
照れを隠すように笑うその表情は、
少女も初めて見るものだった。
彼女は唇を一度固く結んでから、その沈黙を破った。
「今日みたいに、誰かと厨房に立つの」
照れを隠すように笑うその表情は、
少女も初めて見るものだった。
「そっか」
少女が口を開く、それは同情でも同調でもない。
少女が口を開く、それは同情でも同調でもない。
「それで、自分で作ってみた料理はどう?」
少女が彼女に尋ねたのはそれだけだった。
少女が彼女に尋ねたのはそれだけだった。
けれど、それだけで十分だった。
二人の間に笑みが生まれる。
二人の間に笑みが生まれる。
「......思ったより、甘いね」
――――我々の目に花が美しく映るのは、
彼等が諦めを知らぬからだろう。
彼等が諦めを知らぬからだろう。
茎が折れたとて怖れもせず、
命潰えるその時まで、幼子の様に天を望み続ける姿が、
目を覆いたくなるほどに、羨ましいのだ。
命潰えるその時まで、幼子の様に天を望み続ける姿が、
目を覆いたくなるほどに、羨ましいのだ。
/常獄の唄