この村、旧大なる藤樹ありし故名く。
府城の北に当り行程21町。
家数15、軒東西1町20間・南北1町25間、二本松街道にあり。
四方田圃なり。
東1町30間
滝沢村の界に至る。その村は辰巳(南東)のに当り11町10間。
西45間府下
東黒川上河原分に界ふ。
南2町22間東黒川
上河原分・
蚕養宮村に界ふ。
北2町26間
郷原村に隣り、その村際を界とす。
また
戌亥(北西)の方2町10間
北柳原村の界に至る。その村まで5町余。
山川
滝沢川
滝沢村の境内より来り村中を過ぎ戌(西北西)の方に流るること4町余
北柳原村の界に入る。
広6間。
関梁
橋
村中にあり。
長7間・幅2間、滝沢川に架す。
水利
日橋堰
外部リンク等
村名について
幕末まで(1868年)、会津郡藤原村
明治8年(1875年)、 藤原村・郷原村・北柳原村・柳原新田村が合併し亀賀村となる。
明治22年(1889年)、上蚕養村・八幡村・金堀村・鶴賀村・亀賀村・松長村・八角村が合併し蚕養村となる。
明治24年(1891年)、蚕養村が一箕村に改称。
昭和30年(1955年)、門田村・湊村・一箕村・高野村・神指村・大戸村・東山村が若松市に編入し、改称して会津若松市となる。
最終更新:2025年12月22日 22:16