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会津郡滝沢組藤原村

陸奥国 会津郡 滝沢組 藤原村
大日本地誌大系第31巻 17コマ目

この村、旧大なる藤樹ありし故(ゆえ)名く。

府城の北に当り行程21町。
家数15、軒東西1町20間・南北1町25間、二本松街道にあり。
四方田圃(たんぼ)なり。

東1町30間滝沢村の界に至る。その村は辰巳(南東)のに当り11町10間。
西45間府下東黒川上河原分に界ふ。
南2町22間東黒川上河原分・蚕養宮村に界ふ。
北2町26間郷原村に隣り、その村際を界とす。
また
戌亥(北西)の方2町10間北柳原村の界に至る。その村まで5町余。

山川

滝沢川

滝沢村の境内より来り村中を過ぎ戌(西北西)の方に流るること4町余北柳原村の界に入る。
広6間。

関梁

橋

村中にあり。
長7間・幅2間、滝沢川に架す。

水利

日橋(につはし)堰

郷原村の方より来り東南にて滝沢川に注ぐ。

外部リンク等



村名について

幕末まで(1868年)、会津郡藤原村
明治8年(1875年)、 藤原村・郷原村・北柳原村・柳原新田村が合併し亀賀村となる。
明治22年(1889年)、上蚕養村・八幡村・金堀村・鶴賀村・亀賀村・松長村・八角村が合併し蚕養村となる。
明治24年(1891年)、蚕養村が一箕村に改称。
昭和30年(1955年)、門田村・湊村・一箕村・高野村・神指村・大戸村・東山村が若松市に編入し、改称して会津若松市となる。
最終更新:2025年12月22日 22:16