アットウィキロゴ

郭外 > 千軒道

陸奥国 若松 郭外 千軒(せんげん)
大日本地誌大系第30巻 186コマ目
※国立公文書館デジタルアーカイブ『新編会津風土記23』より

滝沢町妙法寺前通より西の方、紫雲寺前通に至る。
長1町56間・幅2間。

この邊昔は家数一千軒ありし(ゆえ)名くという。
今は寺院のみにて他の家居なし。
(下屋敷を註せざるものこれに倣う)


寺院

蓮華寺

この通の北頬にあり。
浄土真宗京師西本願寺の末山なり。
始は郭内米代(その地詳ならず)にありて壮麗の寺なししが、天文の頃(1532年~1555年)無頼の住持ありて寺宝を携て出奔す。
一族了誓というもの葦名氏に請て再興す。(ゆえ)にこれを中興の祖とす。
文禄中(1593年~1596年)城郭修築の時今の地に遷れり。
本尊弥陀客殿に安ず。

浄国寺

蓮華寺の西に並べり。
古今山と號す。大町融通寺の末寺浄土宗なり。
相伝う、京師東山禪林寺の学侶空山という者文禄元年(1593年)この地に来て開けり。
本尊弥陀客殿に安ず。

観音堂

境内にあり。

定善寺

浄国寺の西にあり。
山號を光明山といい下野国大澤圓通寺の末寺浄土宗なり。
慶長16年(1611年)利圓という僧この寺を草創す。
本尊弥陀客殿に安ず。

白山神社

境内にあり。


外部リンク等

最終更新:2026年02月12日 23:38
添付ファイル