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会津郡原組下馬渡村

陸奥国 会津郡 原組 下馬渡(しもまわたり)村
大日本地誌大系第31巻 22コマ目

府城の東に当り行程2里1町余、家数24軒。
東西1町43間・南北1町50件。
ここより東1町余白川街道に家数2軒あり。
西北は山に続き東南は田圃(たんぼ)なり。

東8町16間中田村の界に至る。そのまで15町50間余。
西29間赤井村の山に界ふ。
南4町22間上馬渡村の界に至る。そのは巳(南南東)に当り5町50間。
北9町17間余赤井村の界に至る。その村は亥(北北西)に当り20町20間余。


山川

赤井川

村南7町余にあり。
上馬渡村の境内より来り14町計、亥(北北西)の方に流れて赤井村の界に入る。

水利

堤

村北1町にあり。
周70間余。

神社

熊野宮

祭神 熊野神?
相殿 山神
鎮座 不明
村東小山の上にあり。
鳥居幣殿拝殿あり。原村丸山主計が司なり

寺院

正福寺

村中にあり。
山號を高台山という。開基の年代詳ならず。
天正8年(1580年)賢譽という台家の僧住せり。その後無住となり或は大房という太子守の僧住持して宗旨を定まらず。
寛文中(1661年~1673年)曹洞宗となり本郡南青木組北青木村善龍寺の末山たり。
本尊弥陀客殿に安ず。

観音堂

境内にあり。

薬師堂

村中にあり。
草創の年代を伝えず。正福寺これを司る。


最終更新:2020年03月03日 00:29