会津郡高久組下荒久田村

陸奥国 会津郡 高久組 下荒久田(しもあらくだ)
大日本地誌大系第31巻 37コマ目

府城の北に当り行程23町。
家数31軒、東西2町4間・南北1町48間、四方田圃(たんぼ)なり。

東3町30間滝沢組下柳原村の界に至る。その村まで8町50間余。
西1町1間中明村の界に至る。その村は未申(南西)に当り7町20間余。
南2町46間上荒久田村の界に至る。その村は巳(南南東)に当り7町30間余。
北4町24間中前田村の界に至る。その村は丑(北北東)に当り7町30間余。
また戌(西北西)の方5町8間沼木村の界に至る。その村まで5町40間余。

端村

新田

本村の東50間にあり。
家数5軒、東西22間・南北43間、四方田圃なり。

水利

黒川堰

上荒久田村の方より来り、数派となり田地に注ぐ。

中明堰

中明村の方より来り数派となり田地に注ぐ。

寺院

寶蔵院

村西にあり。
真言宗醫王山と號す。博労町自在院の末寺なり。
享禄4年(1531年)尊勝という僧草創せり。
本尊大日客殿に安ず。

薬師堂

客殿の東にあり。

古蹟

村より寅卯(東北東~東の間)の方5町計、米沢に通る裏街道の左右に並び、その数7あり。因て土人七壇(ななつだん)と称す。
高2尺計より7、8尺計・周2間より14、5間計に至る。
何の由来を伝えず。
経壇・熊野壇など称す。