会津郡橋爪組北後庵村

陸奥国 会津郡 橋爪組 北後庵(きたごあん)
大日本地誌大系第31巻 51コマ目

この尊名も比丘尼後庵がゆえにより後庵村という。初め金屋村につづき住せしが、何の頃にかここに移す。金屋村の端村西後庵の北に当たれるを以て北の字を冠らしめしという。

府城の西南に当り行程2里。
家数7軒、東西1町6間・南北59間。
四方田圃(たんぼ)なり。

東2町53間金屋村の界に至る。その村は辰巳(南東)に当り7町50間余。
西3町36間・南1町、共に西後庵新田村の界に至る。その村は南に当り6町50間余。
北47間新在家村の界に至る。その村は丑寅(北東)に当り2町50間。
また亥子(北北西~北の間)の方1町53間西麻生村の界に至る。その村まで8町20間。