アットウィキロゴ

町分 > 西黒川 > 石堂分

陸奥国 若松 町分 西黒川 石堂分
大日本地誌大系第30巻 192コマ目


糠塚町の北にあり。
地面、東西3町1間・南北3町25間。

東は東黒川上河原分に界ひ、西は赤岡分に隣り、北は高久組上荒久田村に接す。

民居総て19軒あり。
糠塚町の北1町50間余に家数10軒あり。
東西28軒・南北56間、余の9軒は糠塚町の末に連なる。

昔この地に石堂某という者住せりという。
舊事雑考に或記を引て、貞治6年(1367)石堂殿下向十文字(じうもんじ)合戦ありと記せしはこの人の事にや(松川組音金村の条下を併せ見るべし)。

鬼渡林

糠塚町より上荒久田村に行く道の側に一株の欅あり。
周数囲・高10丈余。
この地もと鬼渡神社あり。
寛文中(1661年~1673年)蚕養國神社の末社稲荷神社の相殿とせし(ゆえ)この名残れり。今土俗誤て鶏林と称す。
咳嗽(がいそう)*1を患うもの、この樹に願をかけ鶏の絵を奉り尊崇する事となれり。


外部リンク等


市町村沿革変遷表

明治6年 明治10年 明治22年 明治36年 昭和30年
赤岡分 石堂村 栄和村 町北村 会津若松市
石堂分

余談

  • 富士の湯の西側にある小径は、線路が出来るまでは上荒久田への街道筋だった。
  • 糠塚町とは今の城北町駅前町の間の辺りにあった集落
最終更新:2026年01月11日 01:00
添付ファイル

*1 せき込むこと