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大沼郡橋爪組八重松村

陸奥国 大沼郡 橋爪組 八重松(やへまつ)村
大日本地誌大系第32巻 171コマ目

府城の西南に当り行程2里12町余。
家数33軒、東西1町10間・南北1町30間。
東は山に傍(そ)ひ三方田畝なり。

東2町37間福永村の界に至る。その村は辰巳(南東)に当り5町。
西は村際にて田蠃岡村に界ふ。その村まで30間余。
南は関山・上小松両村の田圃(たんぼ)相雑て地界なし。その村は巳(南南東)に当り19町10間余。
北11町大八郷村の界に至る。その村は丑寅(北東)に当り8町。

この村に元和年中火玉村(今の福永村なり)と水を争いし時の文書を持伝う。
左に載す(※略)

山川

館山(たちやま)

村の丑寅(北東)の方にあり。
頂まで2町余。
何の頃にか土人兵難を避けこの山に館を築き相保せし所なりという。

火玉川

村東4町20間余にあり。
福永村の境内より来り、7町20間余北に流れ、田蠃岡村の地を経て大八郷村の界に入る。

清水

村東4町20間余、駒場(こまば)という所にあり。
東西4間・南北6間。
下流、田地に灌ぐ。

水利

堤

村南14町10間余にあり。
周140間。
明暦2年(1656年)に築く。

神社

白山神社

祭神 白山神?
相殿 伊勢宮
鎮座 永仁5年(1297年)
村東3町山麓にあり。
古松の偃蓋(えんがい)八重に蕃(しげ)れる神木あり。即村名の因て起る所なり。
慶長中(1596年~1615年)蒲生氏これを伐しに、神の祟りありければ継いで1株の松を栽しむ。今に存せり。
石鳥居あり。福永村山口越後これを司る。

寺院

圓満寺

村東にあり。
府下道場小路観音寺の末山真言宗なり。
開基の年代しれず。
この寺昔は福永村藤巻神社の別当たりしゆえ山號を藤巻山といいとぞ。
何れの頃にか無住となり堂宇廃毀(はいき)す。
大永年中(1521年~1528年)宥観という比丘中興せりという。
本尊弥陀、脇立不動地蔵客殿に安ず。

地蔵堂

境内にあり。




最終更新:2020年04月04日 19:45