大沼郡橋爪組田蠃岡村

陸奥国 大沼郡 橋爪組 田蠃岡(つふらおか)
大日本地誌大系第32巻 172コマ目

昔螺良岡に作る。寛文中今の字に改む。

府城の西南に当り行程2里18町余。
家数36軒、東西1町12間・南北3町30間。
四方田圃(たんぼ)なり。

東1町11間余八重松村に隣りその村際を界とす。
西6町30間福光村の界に至る。その村は未申(南西)に当り7町40間余。
南2町1間関山・上小松両村の界に至る。その村は辰巳(南東)に当り20町10間余。
北8町14間大八郷村の界に至る。その村は丑寅(北東)に当り12町。

山川

螺良岡山(つふらおかやま)

村南5町にあり。
頂上まで4町計。
西は福光福永村両村の山に続き、南は関山・上小松両村の山に連なる。
松樹雑木あり。

塚山(つかやま)

村より戌亥(北西)の方1町田圃(たんぼ)の間にあり。
周2町計の柴山なり。

水利

堤2

一は村南10町余にあり。
周236間。
明暦3年(1657年)に築く。
上堤という。

一は村南9町にあり。
周210間。
承應元年(1652年)に築く。
下堤という。

神社

田蠃神社

祭神 田蠃神?
相殿 明神 地主神なり
鎮座 不明
村中にあり。
この社、昔は村西2町計田畝の間にあり。
土人伝ていう。往古この村を闢し時、田地を墾発せしに土中に岩のごときものあり。犁歯に破られて白き水流れし(ゆえ)あやしみて見れば、大なる螺あり。村民等遂に祠を建てこれを祭る。いつの頃にかこの所に移し祭るという。その旧地今も螺池とて東西9尺・南北8尺系の池水あり、炎旱にも涸ず。即村名の因て起る所なりとぞ。
鳥居幣殿拝殿あり。村民の持なり。

寺院

鳳来寺

村南5町計山麓にあり。
真言宗醫王山と號す。府下観音寺の末山なり。
開基の年代詳ならず。
永禄年中(1558年~1570年)朝譽という僧住してより相続いて今に至る。
本尊大日客殿に安ず。

薬師堂

鳳来寺の南にあり。
創建の年代詳ならず。
往古はここより西の方8町計山中にあり、何れの頃にかこの所に移す。その旧地を今に堂平という。
その後堂宇廃圮せしを観音寺の僧宥辨鳳来寺に来り住し慶安4年(1651年)再興せり。
仁王門に力士の像あり。古物と見ゆ。
鳳来寺これを司る。

稲荷神社

境内にあり。
社内に1尺四方計の板額のごときものあり。表に衣冠の神像を画く。所々剥落す。
裏に『津不良岡薬師堂勧請神此依有志初奉造榮所也義藥敬白康暦三年辛酉六月一日』と記せり(康暦3年:1381)。即当社の神體(しんたい)とす。
これによれば薬師堂ここに移せしも康暦3年なるべし。
鳳来寺これを司る。